6話「だから家族」


 タケルを連れてミコナと褐色エルフのヘイセが艦橋につき、シャル・ダリアというエメラルドグリーンの髪の少女と会話している時だった。

 彼らが乗ってきた来たエレベーターから三人の老人が現れる。


「またせたわい」

「すまぬな。色々やることがあってな」

「まったく老人を扱き使いおって」


 それぞれにぶつくさと文句を言いながら目の前に立つ。


「巫女ミコナよ、この青年が異世界の戦士か?」

「はい。ヤマガ・タケルという名です」


 問われたミコナが答えたので、タケルが続いた。


「山賀猛です。山賀が名字で猛が名です。タケルって呼んでください」

「ふむ。タケルじゃな。ワシはイジ・ジイじゃ」

「サルガー・フェスじゃ」

「グッチ・ケラダと申す……が、ジジイどもの名前なぞおぼえんでええぞ。ワシらはセットで長老でかまわん」

「えっと……」


 何かを続けようとしたタケルだったが、長老の一人に遮られる。


「そこに置いては礼儀は不要じゃ。目上に対する適度な礼儀があれば十分じゃ」

「えーと。じゃあ長老さん達って事で良いのかな?」

「うむ。それでええ」


 随分とフランクな長老さん達だなと頷くタケル。


「それよりも必要な話をするべきじゃろ」

「うむ」

「当面身の回りの世話はミコナと……丁度ええシャルとヘイセがやるとええ」

「俺がか?」


 ヘイセが隠しもせずにしかめっ面を浮かべた。


「うむ。同じ戦士じゃし同性じゃ。話もしやすかろう。ミコナは巫女としての仕事もあるじゃ、手が足りぬところをシャルが補完すればええ」

「シャルちゃんはシャルちゃんで色々忙しいですよ?」


 ミコナがシャルをチラリと見ながら口を挟む。


「わかっておる。だから二人で上手く仕事を分散して欲しい」

「わかりました」

「……わかり、ました」


 ミコナに隠れるようにシャルも頷く。てっきり断ると思ったのでタケルは意外だった。


「それでタケルには色々と説明せねばならぬの」

「うむ。細かいことは彼らに聞いてもらえばええが、概要だけはワシらから説明せねばなるまい」

「そうじゃな。それが礼儀というものだろう」


 どうやらようやく詳細が聞けそうだとタケルは腕を組んだ。


「まずは、我らの呼びかけに答えていただき感謝の意を表明させていただくのじゃ」

「うむ。よくぞ我らのために来てくれた」

「我らはタケルを歓迎する」

「シャルが持ってきた古文書に示されていた秘宝である、召喚宝珠を使うしか我らに生き延びる術は無かったのじゃ」

「古文書によれば召喚宝珠で呼び出されるのは強き力を持つ戦士」

「我らは戦士の力を必要としておった」


 なるほど、彼らは戦士を召喚していると思い込んでいるらしい。


「あー、水を差すようで悪いんだが、俺は別に戦士って訳じゃないぞ?」

「……なんじゃと?」


 一瞬の間のあと、長老ズの一人が間の抜けた声を上げた。


「たしかに戦士……剣の訓練みたいなのはやってるけど、俺の国では戦争をやらなくなって久しいからな。どちらかというと趣味の範囲の訓練だよ。もちろん軍隊とかの従軍経験も知識も無い」

「……何と言う事じゃ」

「いや、それにしては見事は魔導騎士鎧装の機動であった」

「うむ。詳細はワシらにはする由も無いが、適性があるのであれば問題無い」


 長老ズがお互いに頷き合う。納得したのならタケルとしても問題は無い。


「ならばその話は横に置くとしてじゃ、今の我らの状況を話そう」

「うむ。今ワシらは帝國……ブリガンデン帝國の横暴によって追われる流民であり、また帝國に抗する者としての自覚がある」

「今までは逃げるに精一杯だったがの」

「最近の帝國はとみに政治体制が酷い」

「50年ほど前から急に亜人排斥を謳うようになっておってな」

「亜人……エルフやドワーフ、獣人などが差別される社会になった」

「初めは人間に歓迎されたが、帝國は暴走を始めたんじゃ」

「あらかた亜人を排斥し終わった帝國は、今度は帝国内部の人間で政府に反抗的な人間を狩ることで民衆の支持を得ようと考えたらしい」

「行き過ぎた政府による監視じゃ、そりゃあ多くの反発を生んでおる」


 そこで一服とばかりに長老達は手近な席に座った。


「亜人だけでなく、反帝國の人間が自然に集まって出来たのがこの集団じゃ。ワシらはそのとりまとめ役をやっておる」

「帝國は強大じゃ。逆らうどころか逃げるので精一杯だったのじゃ」

「……だがそこのシャル・ダリア達が合流することで話は変わったのだ」


 長老ズがシャルに視線をやると、小柄な少女はミコナの背中にスッと隠れてしまった。恥ずかしがり屋らしい。


「彼女が持ってきた古文書、共に帝國より逃れてきた技術者に、元帝國士官」

「古文書に記された古代文明の浮遊要塞と、帝国がここ近年一気に力をつけた源である魔導騎士鎧装の秘密」

「それがシャルによってもたらされた」


 なるほどとタケルは頷いた。

 今まで逃げるしか無かった彼らにもたらされた一筋の光明が彼女だったわけだ。きっと先ほど会ったゴルゴンも彼女の連れに違いない。


「さらに要塞に隠されていた召喚宝珠」

「古文書に従って召喚したのが……お主、タケルじゃよ」

「見つかった最古の魔導鎧装の素体……我らのどの戦士もその固定化に成功せなんだ」

「じゃから、きっと異界の戦士ならばそれが可能であろうと、ただその一点に縋るしか無かった我らを許せ」

「戦士タケルよ、我らはお主に救いを求める」

「どうか我らと同じ剣を取ってくれるよう、伏してお願いする所存」


 真剣な長老達の視線に、タケルは軽く頷いた。


「大丈夫だ。こういう時のお約束ってもんがあるからな。俺は一緒に戦うよ」


 相変わらず軽いわねとミコナは内心思いつつも、感謝するしか無かった。長老達も同じ思いなのか、半ば目に涙を溜めながら立ち上がり、タケルに抱きつくように握手を求めた。


「うむ。ならばタケルも今日たった今から我らの家族じゃ」

「我らは家族を見捨てぬ」

「家族である限り、我らは助け合う事を誓う」

「家族か。なんか良い響きだな」


 軍事要塞に召喚されたのに家族と断言されたタケルは、軍隊的な暮らしも覚悟していただけに少し拍子抜けした。

 だがその歓迎は心地の良い物だった。


「うむ。ならばミコナよ。あとの事はお主達に任せるぞ」

「まずはゆっくりと休むとええ」

「この浮遊要塞は現在全速で海峡へとむかっておる」

「海峡?」


 意外な単語に思わず反芻するタケル。


「うむ。この国フェロー連合から逃げ出し、ゼベドナ王国へと渡るつもりじゃ」

「本来フェロー連合も反帝国気運の強い国ではあったのじゃが……」

「今回の件を見るに、やはり逆らい切れんかったのじゃろう」


 老人達は苦しげに呻く。


「この大陸で、明確に帝國と敵対している唯一の大国、ゼベドナ王国へと逃れる」

「これから行く海峡を渡ればゼベドナ王国じゃ」

「まずはとにかくゼベドナ王国へ逃れ、そこで体勢を整えようと思っておる」

「その辺の事はヘイセやミコナに聞くとええ」

「うむ。ワシらはちと疲れた。少々休ませてもらう」


 よく見れば老人達の顔には疲労が浮いていた。


「それが良いですよ。長老達に無理をさせて申し訳ないです」

「よい。それがワシらの仕事じゃ」

「うむ。後は巫女ミコナ。お主に任せる」

「わかりました。ゆっくりとお休みください」

「任せたぞ」


 そう言うと長老達はそこにいる全員に一言二言声を掛けてからエレベーターに消えた。


「大変そうだな」

「ええ。でも今は少し気が楽よ」

「どうしてだ?」

「ようやく家を手に入れたからよ」

「家?」

「そう……」


 ミコナは優しい笑みを浮かべて両手を広げた。


「ここが私たち全員の新しい家よ」


 なるほどとタケルは頷いた。

 それはタケルの新しい家でもあったからだ。


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