3話「魔導騎士鎧装は踊る」


『本当に良いのね?』


 魔導を使った無線から、ミコナの声が聞こえてくる。


「ああ。大丈夫だ」


 タケルは現在、4~5階建てのビルほどもある、巨大なヒト型のフレーム……素体のパイロットシートに座っていた。

 魔導騎士鎧装の素体は金属製の骨とむき出しの筋肉を併せ持ったような姿をしていたが、胸の部分に人が乗り込む操縦席が存在した。

 また背中には巨大なバックパックも存在した。

 ファンタジー物に出てくる、ブレストプレートを付けたスケルトン兵に印象が近い。


『じゃあもう一度説明するわね。今から素体の固定化魔法を起動するわ。タケルは出来るだけ明確にどんな騎士になりたいのかイメージして』

「ああ、俺のイメージが反映されるんだったよな。わかってる」

『……ごめんなさい。本当ならしっかりと意思確認してからやるべきなのに……』

「召喚した時点で今更だ」

『そうね。そうだったわね。それじゃあ魔法を起動するわ。しっかりイメージするのよ』

「了解だ」


 タケルからは外の景色は見えていなかったが、魔導騎士鎧装の真下に巨大な魔方陣が浮かび上がると、同時に素体も淡く光を帯び始めた。


「おおお! わかるぞ! 素体を通して俺の頭の中に力が流れ込んでくるのが!」

『凄い……! 信じられない魔力を吸い込んでる……!』


 ミコナは浮遊要塞の核、魔導縮退炉から潤沢な魔力を媒介しているのだが、ちょっと信じられない量の魔力が素体に流れ込んでいるのがわかった。


『これならいける!』

「任せろ!」


 イメージだ。イメージするんだタケル!

 強きもの……、俺にとって強いイメージ。

 その瞬間頭をよぎったのは武者の姿だった。


 瞬間、世界が光に包まれた。

 格納庫内がホワイトアウトするほどの強烈は光に、ワイバーンやグリフォンたちが暴れ出す。


 そして光が収まったあと、彼らは見上げた。新しく誕生した魔導騎士鎧装を。


「なんだあの姿は……」

「……騎士……では無いのか?」

「恐ろしくも美しい……」


 そこに屹立していたのは、ガンメタリックとホワイト。それに赤と青のアクセントの混じる白き巨人であった。


「……おお、頭の中に流れ込んでくる。動かし方も、この魔導鎧装の外見も……」


 その姿は武者鎧のようでもあり、主人公ロボのようでもあった。


「やべぇ、頭ん中で色々ごっちゃになっちまったようだな。だが見た目はそんなに悪くない」


 タケルのつぶやきと共に、目の前のハッチが外の景色を写しだした。

 見下ろすとミコナだけでなく、ヘイセと呼ばれていた褐色エルフや格納庫で右往左往していた人間達がこちらを呆けたように見上げている。


「おい! 暴れてる動物達をどかしてくれ! 俺も出る!」

『出るって……まだ魔導騎士鎧装用の武器は準備が終わってないの!』

「大丈夫だ。これがある」


 タケルは魔導鎧装の腰に吊されていた、黄金の鞘に納められた日本刀を持ち上げた。固定化と同時に生成された固定武装だ。


『でも……』

「魔導レーダーが敵の接近を捉えてる。もう対空が保たない!」

『おいミコナ! あいつを引きずり下ろして俺をアレに乗せろ! それなら……!』

『無理よ! 魔導騎士鎧装はただの兵器じゃ無いの! あれは固定化に成功した人間にしか操れないわ!』

『クソが!』


 どうやら褐色エルフがミコナに詰め寄っているらしい。

 そして再び爆音。


『まずい! 対空兵器が狙われ始めた!』


 受話器を持った男が、どこからか戦況を確認したのだろう、そう叫んだ。


「時間が無いんだろ?」

『……』


 しばしの沈黙。


『お願い……タケル……』

「おう。任せろ!」


 幸い会話している間に、暴れていた動物達はなだめられたようだった。

 

『くそっ! おいお前! 良く聞け!』


 褐色エルフがタケルに向かって怒鳴った。無線越しなので怒鳴らなくても聞こえるのだが、エルフはそれを理解していないらしい。


『ハッチから飛び出す時は速度が出ない! 狙われるぞ!』

「わかった! よし! 動くぞ! みんな離れろ!」

『退避だ! 退避!』

『ワイバーンが邪魔だ! どかせ!』

『マンティコアが暴れるぞ!』


 格納庫は大混乱だが構っている余裕は無い。タケルはゆっくりと魔導鎧装を一歩歩かせた。


「……うん。いける」


 頭に流れ込んできた操縦法は、半分が思考制御。半分はレバーやペダルを使う。だがレバーの役目はどちらかといえば出力調整だ。動きそのものは思考が主となる。タケルが一歩踏み出すイメージと同時に、ゆっくりとペダルを踏み込むと、連動するように巨体が動くのだ。

 一歩、一歩と踏み出す度に、タケルは手応えを感じていく。


『全員物陰に隠れろ! 冷却最大!』

『うわあ! マンティコアがぁ!』

『誰か無理矢理引っ込めろ!』


 床からせり上がった防御壁の裏にファンタジー生物を引っ張り込むクルー達。

 魔導鎧装をハッチ前まで移動させると、太陽の眩しい明かりが飛び込んできた。

 左右に伸びる土色の絶壁。どうやら深い渓谷らしい。


 眼下には激しい急流。

 高さはビル一つ分といった所か。


「よし! タケル出るぞ!」


 くはー! やってみたかったんだよな!


 叫ぶと同時に渓谷へ飛び出した。

 魔導鎧装が空中に放り出される同時に、バックパックのスチームが吹き出る。

 魔力によって生成された蒸気が機体を重力の楔からゆっくりと解き放つ。

 落下速度が急速に減速しつつ、渓谷下の急流に沿って前進、強引に頭を上げる。

 大量のスチームと激流の水が噴き上がった。


 速度に乗って一気に上昇すると、浮遊要塞の上に飛び出る。


「おおお! こりゃすげえや!」


 渓谷に巨大な鎖で固定されていたのは、浮島……。

 巨大な浮島であった。


 きっと何十年何百年と放置されていたのだろう、浮島は大量の土と木々が生い茂り、要塞というより小さな山だった。

 山の一部が崩れ、対空砲火が覗いている。

 そしてそこに青白い魔導騎士鎧装が突っ込もうとしていた。


「やらせねぇよ!」


 タケルは刀を抜き放つと、青白い魔導騎士鎧装に突っ込んだ。

 対空砲塔に巨大なライフルらしき飛び道具を構えていた青い魔導鎧装は不意を突かれたのか反応が遅れ、とっさに手にしていたライフルでその刀を受けてしまう。

 ライフルが虹色の閃光を発して爆発。お互い巻き込まれないように咄嗟に距離を取った。


『……魔導騎士鎧装だと!?』


 モニターの一部が四角く切り取られ、ウィンドウがポップアップした。

 そこに金髪の耽美な男性が映し出される。


『貴様! 何者だ!?』


 正しく驚愕の表情を浮かべた金髪男。


「おいおい、人に名前を尋ねる時はまず自分からってママに教わらなかったのか?」

『なんだと!?』


 いいねぇ!

 こういうやりとりやってみたかったんだよ!


『いいだろう、私の名は……』

「俺の名前は山賀猛! 異世界から召喚されし助っ人だ!」

『……ュンヒルデ……』


 ……。

 一瞬世界が止まる。


『き……貴様ぁ!』

「あ、悪い。どうぞ名乗りを」

『貴様に名乗る名などすでに無いわぁ!』


 青の魔導騎士鎧装が問答無用とばかりに背中の大剣を構えると、一気に振りかぶった。


「おっと」


 振り下ろされる大剣を刀で受け流す。


「短気だなおい」

『騎士を馬鹿にしたのだ! その罪万死に値するわ!』

「うはっ! こわ!」

『今更命乞いしてももう遅いぞ!』

「いやいや、別にそんなつもりはありませんから」

『ならば死ねい!!』


 大量のスチームをまき散らしながら空中で器用にバランスを取りながら大剣を振り回す青の騎士。

 なるほど素人剣術では無いらしい。


『なっ! 何故だ! なぜ切れぬ!?』

「そりゃあ受けてるし」

『馬鹿な! 魔導騎士鎧装剣術で私と張り合うだと!?』

「いやいや、師匠に比べたらなんてことねぇよ」


 あの人、真剣で斬りかかってくるからな。


「さて、事情はよくわからないんだけど、とりあえず敵って事でOK?」

『とりあえずとはなんだ!? とりあえずとは!!』


 どうやらお気に召さなかったようで、剣速が増大した。


「よし。お前は敵」

『刃を向けた時点で話し合いの余地などない!』

「話し掛けてきたのはお前じゃねーか」

『問答無用!』


 異世界の空に、剣戟の火花が舞った。そりゃもう盛大に。


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