楽しい宴《うたげ》

快斗はあらかじめ決めていた迂回ルートでレストランへ到着すると、先に到着していた出席者達が拍手で二人を出迎えてくれた。店内は貸切となっていてゆったりとしたテーブルにめいめいが好きなように席を取りパーテイが始まった。殆どが親族の為、監督にスピーチを頼むと彼が波留子の素晴らしさ、仙との絆の深さを切々と語った。凛や怜は自分の母親がこんな有名監督に褒めちぎられている事が信じられず自分の頬だけでなく自分のパートナーの頰までつねって夢ではない事を確かめていた。スピーチの最後に監督がお祝いのハグをしようと波留子に近付くと仙が咳払いをして監督にやり過ぎないよう目で警告した。それに気付いた監督は仙に大丈夫と手で合図して波留子に軽いハグをした。次に悠介がスピーチに立ち、そもそもの馴れ初めを簡単に説明し、こんな素敵な人をナンパで射止めた息子を誇りに思うと締め括った。凛は多くを語らず、頼もしい、楽しい親戚が増えて嬉しい、母親のこんな綺麗なウェディング姿を見られる子どもはそうはいないと喜んだ。そして怜も姉同様母の再出発が嬉しいと述べ、明日、自分達二人も同じ教会で式を挙げるので宜しかったら明日も出席して下さいと皆に頼んで締め括った。スピーチの間に料理が運ばれスピーチが終わると全員で二人を祝福する乾杯をして食事が始まった。波留子は胸がいっぱいであまり食欲が湧かなかったが、仙を心配させないように少しずつ食べていた。

監督が二人の側へやって来て、

「I will get marry with my honey in June. Could you attend to our wedding celemony for us ?」

それを聞いた仙は立ち上がり監督の手を握り、

「Congratulation ! Of course we present to your wedding.」

波留子も立ち上がり、

「Congratulation !」

と握手を求めた。監督は波留子と握手するとまた彼女にハグをし頬にキスして仙に睨まれることとなった。それでもパーティは皆が皆互いを自己紹介しあい和気藹々わきあいあいとしたものであった。監督が連れて来たクルー達がビデオとカメラでこれでもかと言うほど撮影しまくり、そんなクルー達にも料理や酒を振舞って歓待してくれた仙や波留子に対し心からの祝福を贈って喜びあっていた。監督からはちゃんと編集したらブルーレイに入れて写真はアルバムにして一緒に送ると言われていた。

「これで後は明日、怜達が結婚式を挙げてくれれば一段落着くんだ。でも、なんだか変な気分。」

「何が?」

「親の私が娘より先に式を挙げるなんて前代未聞だね。まあ、私らしいっちゃ私らしいか。この脚の怪我さえなければ仙とダンス踊れたのに。ちょっと悔しいな。」

「しょうがないでしょ。治ったらいくらでもダンスの相手してあげるから。」

「有難う、仙。」

「ねえ波留、今日はこのまま夜までいよう。こんなに美しい花嫁姿、パーティが終わったら着替えちゃうなんて勿体無いよ。」

「やっぱり仙もそう思うよね。」

「えっ?」

慎が二人の前、テーブルを挟んで立っていた。

「だからね、今日は一日中この店借り切ってあるんだ。皆んなで夜まで盛り上がろう。」

「イェーイ!」

快斗まで嬉しげに大声で歓声を上げている。

「夜までって、明日は怜さん達の結婚式もあるんだぞ。」

仙が抗議しようとすると当の怜達が、

「いいのいいの。私達は日曜礼拝の後だからお昼からでしょ。それにパーティじゃお金も掛かっちゃうし、だから皆んなでランチ食べるだけにしたの。その分まで今日騒がせて貰うから御心配なく。」

波留子も仙も苦笑しながら、

「ごめんなさいね、図々ずうずうしい娘で。」

「それは構わないけど波留子疲れない、大丈夫⁉︎」

「うん平気。もし疲れたら二人で抜け出してもきっと分からないだろうし。」

「それもそうだね。」

波留子は踊れないので見ているだけだったが、凛や怜はパートナーから始まり次々に相手を替えてダンスしていた。仙も借り出され二人と踊り、波留子の隣に戻って来た時は少々汗ばんでいた。

「お疲れ様。娘達とのダンスは如何でした。なんだか娘達の勢いに呑まれてたみたいだけど。疲れた?」

「大丈夫。でも二人とも元気だよね。ずっと踊りっぱなしなのに、疲れないのかなぁ。」

「ふふっ、未だ若いもの。疲れなんて感じないのよ。羨ましい限り。」

「そんなこと言って。」

「何か飲む。」

「あゝ、今ダンス終えた時に頼んだ。波留子は何か飲む。」

「私は未だ残ってるからいいや。皆んな本当に楽しそうだね。まさかこんなに沢山の人に祝って貰えるなんて思いもしなかった。勿体無いくらい幸せ。仙、私を見つけてくれて有難う。」

「何言ってるの。波留子が俺を選んでくれたんじゃない。お陰で俺は今、世界一の幸せ者だよ。波留子、愛してるよ。」

パーティをよそに二人は熱い熱いキスを交わすのだった。

夜の九時を回り、ドクターや監督達が暇乞いとまごいをしたのを機にパーティは終了した。

「そう言えば、皆んな何処のホテルに泊まってるの。」

波留子が素朴な疑問を口にすると、

「同じホテルの同じフロア。」

と慎。

「はあ⁉︎」

仙と波留子が同時に声を上げた。

「嘘だろ。いつこっちに着いたんだよ。一度も顔合わせなかったじゃないか。」

仙が信じられないといった驚きの声を上げると、

「昨日の昼空港に着いたんです。慎君が迎えに来てくれてホテルに案内してくれたの。その時お母さんが足を痛めたから外出はしないだろう、とは聞いてたんだけど、まさか松葉杖が必要な程酷い怪我だとは思ってもいなかった。昨日はホテルにチェックインして直ぐに慎君の案内でボストン観光に出て、夜までずっと慎君がホスト役を引き受けてくれてたんですよ。お陰で良い旅の思い出が出来ました。ありがとね、慎君。」

「じゃあ友達が誕生祝いしてくれるって言ってたのは嘘か⁈」

「ううん、嘘じゃないよ。けど仙達が来たら時間作るの難しいだろうから、って前倒しして先週木曜日、仙達がこっちへ来る前日にパーティやってくれたんだ。」

「そうだったのか、まんまとしてやられたな。お前プロデューサーに向いてるんじゃないか、全く気付かなかったもんな。」

「ホント、さすがは天才。やる事に卒がない。それに良い友だちを持ってるんだマコちゃん。お友だちにも感謝しなくちゃね。」

レストランに頼んでタクシーを呼んで貰い皆で分乗してホテルに戻った。仙はパーティが始まった最初の乾杯のシャンパンしか飲んでいなかったので、仙と波留子、そして慎の三人は飾りを外したレンタカーでホテルに戻った。

ホテルに着きドアマンに車の鍵を渡すと、ロビーをタキシード姿の仙がウェディングドレス姿の波留子を抱いて颯爽さっそうと横切りエレベーターに乗り込んで行くのをロビーにいた宿泊客やホテルのスタッフが何事かと見ていた。エレベーターに松葉杖を持った慎が後から乗り込むとそっと波留子を下ろす仙。ドアが閉まる瞬間二人の姿にロビーでは溜息が洩れていた。

「なんか、他のお客さん達の注目集めちゃったね。」

「仙が抱いたままロビーを歩いたりするから。超恥ずかしかった。」

「なんで。ハルコ女優さんみたいに綺麗だよ。きっと皆んな撮影か何かだと思ったんじゃない。」

「そんな訳ないでしょ。」

「いやある。波留子はその辺の女優なんかよりずっと綺麗だから。」

恥ずかしげもなくそう口にする仙に半ば呆れ、反論する気にもなれず顔をそむけた波留子。すると慎が、

「仙、ハルコが呆れてるよ。」

と注意したが、仙には通じないようだった。

「波留子は世界一美しい花嫁だよ。」

「仙、もう、黙ろうか。」

「えっ?」

波留子が仙をジッと睨んでいることをこの時初めて気付いた仙は彼女の眼を見るとやっと静かになった。

エレベーターが開くと一斉に、おめでとうの大合唱。三人がびっくりしているとタクシーで先に到着していた九龍親子や波留子の娘達が花びらを降らせて大騒ぎをしていた。

「いい加減にしなさい! 此処は公共のスペースでしょ。酔っ払ってくだらない事するんじゃありません。自分達で花びら全部拾って片付けなさい。怜、貴女達明日式を挙げるんじゃないの。日曜礼拝の後って言ってたよね。だったら礼拝に参列しないと式は挙げさせて貰えないよ。さっさと片付けて皆んなもう寝なさい!」

「うわあ出た! 何年振りだ、鬼ハル。」

小さいが力のこもった声で怜が呟いた。

美しいウェディングドレスに身を包みながらそのヴェールからは角が生えてきそうに見えるのだった。皆慌てて花びらを拾い集めると、お休みなさいと挨拶してそそくさと各自の部屋へ引き上げて行った。

「ハルコ、凄い迫力。皆んな一気に酔いが覚めたんじゃない。ハルコの新しい一面発見。」

「あらっ、悪ふざけして人に迷惑掛けたりしなきゃ怒らないわよ。」

そう言った波留子はもういつもの波留子だった。

「びっくりした。もうずっとこんな風に雷落とした事なかったんだけどね。久し振りにスッキリした。あれっ仙、固まっちゃった⁉︎ もしかして今ので冷めちゃったかしら。今なら未だ指輪外してあげてもいいわよ。どうする仙。」

「えっあ、どうして指輪外すなんて言うの。俺、感動したんだ。凄い迫力、あんな強い一面もあったんだ。さっきの顔、あれは完全に母の顔だった。なんだか嬉しいな、知らない波留子の一面が見られて。俺が愛した女性は誰よりも強い、格好いい母だ。」

「仙、やっぱりマゾなんじゃないの⁉︎ 怖かったでしょ、私。」

「うん、怖かった。でも亡くなった母さんを思い出した。子供の頃近所で悪戯した時、他所よその人に迷惑賭けるような事するんじゃありません、て言って手を叩かれたっけ。」

「へえ、仙のお母さんも肝っ玉母さんだったんだ。悪い事は悪い、しっかり叱ってやらないと常識知らずのバカな大人になって人に迷惑かけるからね。ってでもさっき悠介さんも一緒にいたよね。あらやだ、私ったらお義父さんまで一緒に叱っちゃった。」

あっけらかんとそう言うと波留子はケラケラ笑い出し、仙や慎も釣られて笑い出していた。

「爺さん、いい歳して恥ずかしいね。」

慎が思い出したように笑いながら言うと、

「波留子に叱られていいクスリだよ、全くいい大人があんな事して。社員にでも見られたら何て言い訳出来る?出来ないだろう。叱られて反省する位で丁度良いんだよ。さあ、俺達も明日があるんだ、もう寝なきゃな。」

仙はまた波留子を抱き上げると慎に松葉杖を持たせて部屋に戻った。慎に部屋のドアを開けてもらい波留子をソファーに下ろすと松葉杖を受け取り慎は波留子にお休みとハグをして自分の部屋へ戻って行った。

「あゝ波留子、ずっとそのまま飾っておきたいよ。それくらい綺麗だ。」

「有難う仙。でも飾るんなら私じゃなくて人形でも良いって事かしら。私飾られても嬉しくない。仙とキスも出来ないし、愛し合えないでしょう。仙はその方が良いの?」

「嫌、冗談だよ、冗談。じゃあ、ちょっと勿体ないけどドレス、脱ぐ?」

「うん。でもその前に二人で写真撮ろう。」

その一言で仙の顔が嬉しそうに輝いた。一通り写真を撮り終えると仙が波留子のヴェールを外し、ドレスのファスナーを下ろしてドレスを脱がせてやった。下着姿になると脚のギブスが痛々しかったが波留子はドレスを脱いでやっと自由に動けると喜んだ。

「仙のタキシードも脱がせたくないけど、写真もいっぱい撮ったし、まっいいか。」

「何だよ、まっいいかって何がいいの。」

「うん⁉︎ 私も仙をそのまま飾っておきたいかなぁ、って。」

「コラッ!」

舌を出した波留子を見て仙が笑い出すと波留子もテヘヘ、と笑い出した。

「さあ仙、明日は花嫁の父だからね。ちゃんと怜をエスコートして優弥君の所まで連れて行って引き渡してよ。」

「引き渡す、って犯人じゃないんだから。」

「あ、そうか。」

プッと仙が吹き出すとまた二人で大笑いした。

「でも、怜ももう結婚する歳になったんだね。これでホントに親の役目は終わりか。あっ違う、未だマコちゃんがいる。彼は早くから独立してたせいか手が掛からないけど、きっと心の奥では母親に甘えたいって気持ちをし殺して来たんだろうから精々甘やかしちゃおうっと。」

「駄目だよ波留子、これ以上甘い顔したら彼奴あいつマザコンになっちゃうだろう。」

「あらっ何言ってるの、男性は多かれ少なかれ皆んなマザコンじゃない。問題ない。さあ、じゃあお風呂に入って寝よう。」

「じゃ、一緒に入ろうか。」

「なんで。」

「…何でって、今夜は結婚初夜だよ。」

「えっ今更? まあ、じゃあ今晩だけね。」

「えゝ何で? 式挙げて社会的にも正式な夫婦なんだよ。これからは一緒に入ろうよ。」

「ダメ、それじゃゆっくりくつろげないよ。」

「えっ、俺と一緒じゃゆっくりくつろげない?」

「うん。だって仙と一緒に入ったら寛ぐより性欲の方が勝っちゃうでしょ。それにいつも一緒だと刺激がなくなっちゃうよ。だからたまに、の方が良いよ。」

「分かった。でも今日から一週間位は一緒に入って、新婚なんだから。」

波留子は深い溜息を吐くと、

「分かった、入りますよ。全く、マコちゃんより仙の方がよっぽど甘えん坊じゃない。マコちゃんに教えちゃおうかなぁ。」

「ダメ!そういうことは夫婦の秘密。」

「冗談です。こんな事恥ずかしくて言える訳ないよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る