サプライズウェディング

翌朝、六時前に目が覚めてしまった波留子は眠っている仙を起こさぬようそっとベッドを抜け出し居間へ移ると未だ薄暗い外の景色を窓越しに眺めていた。

➖本当にこのまま仙と結婚してしまっていいのだろうか。今更こんな事考えるなんてバカみたい。でもあんなとてつもない金持ちだって知っちゃったら私みたいなこんなおばさんとじゃ彼の人生、勿体無いよな➖はあ、と大きな溜息を吐いた時、

「おはよう、ハル。こんな目出度い日の朝にそんな深い溜息吐くなんてどうしたの。」

そう言いながら波留子のかたわらへやって来た仙は嫌な予感に襲われた。

「まさか、結婚止める気じゃないよね。」

不安を口に出して波留子に尋ねた。

「えっ、どうして…」

➖どうしてこうも仙には分かっちゃうんだろ、私の考える事。参ったなぁ➖波留子の表情から自分の疑念が間違っていない事を知った仙は、どうしてそんな事を考えたのか教えて欲しいと静かな口調で波留子に尋ねるのだった。波留子はいつものように仙が感情的に嘆くのではなく冷静な態度でいる事に戸惑った。が、正直に自分の不安を口にした。

「私、貴方があそこまで金持ちだなんて知らなくて、そこそこリッチな人、位に思ってたの、ごめんなさい。でも私の考えも及ばない程貴方はリッチマンで、そんな貴方が十八も歳上の財産もないこんなおばさんと結婚していいんだろうかって。貴方の子どもを産める訳でもない、私みたいなのが貴方のような人を独占してしまって貴方の人生を奪ってしまう事にならないだろうかって今更だけど心配になっちゃって…。男の人は八十になったって子どもがつくれる。けど女の身体は五十位で子どもを産む事は出来なくなるでしょ。なんだか申し訳なくて。」

仙はフッと寂しそうに笑うと、

「そんなくだらない事考えて俺を捨てるつもり。波留子の俺への愛情はその程度だったの。俺の子どもが産めないから産める女と一緒になれって⁉︎ 愛してもいない女の子どもに幾ら愛情注いだって夫婦の間が冷え切ってたら子どもは真っ直ぐ育たないよ。それとも子どもが出来たら別れればいいとでも言うの。

波留子、俺には慎という大切な息子がもういるんだ。そして俺は自分の人生を生きて行く為のパートナーは君しかいないって確信したんだ。もしも君が、俺との結婚を止めると言うなら俺はこの先ずっと死ぬまで誰とも結婚しない。波留子以外に相手は考えられないからね。それでも俺とは結婚したくない⁉︎」

「仙…。」

波留子はふううっと深い深い溜息を吐いた。

「分かった、私決めた。」

波留子の一言に仙は内心たじろいだ。もしも、もしもそれでも別れると波留子に言われたら、

「私、仙と一緒に生きて行く。私には神様が前倒しで与えて下さった慎という立派な息子がいる。だから、仙が私をパートナーだって言ってくれるなら誰にどう言われようと、世間に何て思われようと構わない。仙、何度も迷ってごめんなさい、これからずっと宜しくね。」

仙は黙って波留子を抱きしめた。そして、

「ありがとう。」

波留子は仙の目に涙が光るのを見て心の底からびた。

「ごめんなさい。もう二度とこんな事で貴方を困らせたりしない。本当にごめんなさい。」

そのまま、波留子を抱きしめていた仙が波留子の身体をつと離すと、

「結婚式でキスする前に熱烈キスしちゃいそうだよ。」

そう言った仙に波留子は優しくキスをした。二人は長いキスを交わした後、ふふっと照れたように笑顔になり急ぎ身仕度を整えて慎に朝食を一緒に食べるかと電話を掛けルームサービスを頼んだ。

食事を終えた三人は八時より前にホテルを出て教会へ向かった。ドレスやタキシード等は直接教会の方へ届けて貰い、花嫁の仕度の為の美容師も慎が全て取り計らってくれていた。教会へ向かう車中、

「マコちゃん、貴方の誕生日だっていうのに何から何まで貴方にやらせてしまってごめんなさいね。そして、本当にどうも有難う。」

「何言ってるの。ハルコと仙が結婚式挙げてくれるのが何よりのバースデープレゼントだよ。これで本当にハルコが俺の母さんになってくれるんだって思うと嬉しいよ。」

慎にそう言われた波留子は思わず仙の顔を見た。仙は波留子の視線にこたえて、

「なあ、言った通りだろう。止めなくて良かっただろう、波留子さん。」

「えっ、止めるって、まさか今日の式を⁉︎」

「うん。まあ、波留子のマリッジブルーだよ。まさか本気で止める訳ないだろ。俺達愛し合ってるんだから、ね、波留子。」

波留子は恥ずかしさと慎への申し訳なさに真っ赤になってうつむいてしまった。

「そうか、ブルーじゃしょうがない。でも、もし本気で止めるなんて言ったら俺ハルコの事一生許さないから。」

「コラッ慎、脅かすんじゃないよ。脅かしたらそれこそ怖がって逃げ出しちゃうだろ。」

「アハ、大丈夫。もうそんな事考えないよ。仙にそう約束したでしょ。第一、マコちゃんみたいなイケメンを息子に出来るっていうのに止めたら勿体なさ過ぎだよ。そんな勿体無い事、出来ません。」

「良かった。ハルコ以外もう考えられないからね、俺の母上は。」

「えっホント⁉︎ わあ嬉しい。じゃあ今日のエスコート役はお願いね。」

「えゝやだよ。エスコートしたら仙に渡さなきゃならないじゃん。」

「はあ? 当たり前だろうが、花嫁を渡さないでどうするんだよ。」

そんな事を言い合っている間に車は教会の敷地へと到着し、車を降りた三人は教会の建物へと向かった。仙が教会のドアを開けると、

「おめでとう、お母さん、仙さん。」

「おめでとう、仙、波留子さん。」

悠介や快斗、凛や怜、そのパートナー達まで皆んなが揃って二人に祝福の言葉を述べながら拍手をしてくれていた。

仙も波留子も全く予想していなかった出来事に驚き、固まってしまい動けなくなっていた。

「おい仙、しっかりしろよ。波留さんと一緒に固まっててどうするんだ。」

悠介の声で我に返った仙、

「どうして、皆んなが此処にいるんだ⁉︎ だって式を挙げることは誰にも言ってなかったし。ハルも言ってないよね。」

波留子は未だ茫然自失の状態で仙の声も聞こえていないようだった。

「慎君が教えてくれたんです。自分の誕生日に二人が式を挙げるって言ってくれたって。でも二人とも誰にも言わないでひっそり式を挙げるつもりでせっかくの結婚式、親族一同揃って祝いたいけど来られないかって聞かれて。」

「私達結婚前でお金貯めてるからちょっと、って思ったんだけど九龍さんが旅費を出して下さるって仰ってくれたから御好意に甘えて来ちゃいました。でもって慎君の提案で私達も此処で明日式を挙げることにしました。」

「えゝ、怜、結婚するの。」

娘の結婚発言で我に返った波留子。

「うん。お母さん達が今日式を挙げて、明日私達も此処で式を挙げる。だから仙さん、明日エスコート役お願いしますね。」

「はあ、ええっ俺⁉︎」

「まあとにかく、今日は仙と波留さんの結婚式を皆んなで祝ってやろうじゃないか。さあさあ、波留さんは時間掛かるんだろう。さっさと控室へ行って、…あれっどうしたその松葉杖、と脚、また怪我したのか。」

「あゝそれは俺が説明する。仙、波留子を控室へ連れて行ってあげて。そしたら仙は直ぐに新郎用の控室へ行くんだよ。」

仙はショックから未だ立ち直りきれていない波留子を伴って、控室へと立ち去った。残った悠介達に慎は到着した時のアクシデントや衝突した相手が医師であった事、彼が治療の面倒を見てくれている事等を要領よくかいつまんで説明した。

「なんだ、脚の怪我案外酷かったんだ。お母さん我慢するのに慣れ過ぎて痛くても我慢しちゃって言わなかったのかもしれない。でも良いドクターに診て貰えて良かった。後々後遺症が残ったら辛いのはお母さん自身だし。」

「そうですよね。で、今日の式にドクターも出席していいかって聞かれたのでどうぞって言ったんです。式は十時からなのでその前にはいらっしゃると思いますよ。」

「じゃあ私達からも御礼を言わなきゃね、怜。」

「そうね。それにしても強運だね、母さんは。」

「それと、これも未だ二人には言ってないんですけど、あのピーター・ウオレス監督とそのスタッフも今日の結婚式に来られますよ。」

快斗が皆んなにそう告げた。

「ピーター・ウオレスって、あの超有名な映画監督のピーター・ウオレス⁉︎ 嘘でしょ、なんで彼が二人の結婚式に来るの。」

凛の声は興奮して上ずっていた。快斗は会社のコマーシャル製作をウオレス監督に依頼した件から出演予定だった俳優が他の撮影中に怪我をした為撮影日程の交渉を波留子が行った事、その交渉で監督がえらく波留子を信頼している事等を途中から慎も加わり説明した。そしてアメリカに来た際には必ず連絡をくれるようにと言っていたのを思い出した快斗が今回の挙式の事を監督に伝えたところサプライズを仕掛けるなら自分も一口乗せろ、と申し出た事を告げた。

「もうそろそろ来ても可笑しくはないんだけど、遅いなあ。」

快斗がそう言って教会の玄関を開けた時、其処にウオレス監督が立って拍手していた。

「えっ!」

ほぼ全員がそう言って絶句した時監督が、

「Perfect ! Haruko & Sen were really surprised by your appearance. I got good performance.」

「Ha? Did you already take films of them and us ?」

「Yes, of course. I have luck to take their surprised face. I will show you their surprising actions and of course all of your action at the party.」

「うわあ、楽しみだね。」

呑気のんきにそう喜んでいたのは慎一人だけだった。


「Now, a bridegroom is just ready.」

係りの女性が慎に知らせに来た。慎は皆んなに仙の仕度が出来たことを告げ皆んなで控室へと入って行った。少し照れ臭そうな顔で皆を出迎えていた仙は其処にウオレス監督や彼のスタッフ達の姿を見つけ驚いて大声を出しそうになったのを慎が慌てて仙の口をふさいだ。

「どうして監督達まで此処にいるんだよ。聞いてない、知らせてないぞ、どうなってるんだ。」

慎に食って掛かった仙だったが慎が自分じゃない快斗だ、と言ったものだから仙は快斗の襟首をむんずと掴むとどういう訳かと問い詰めた。快斗は仙達が出発した後、監督からそう言えば渡米すると聞いたがいつ来るのか、と問合せがあったので今日の事を話したら自分達も是非出席したいって言うから祝う人間は多い方が良いだろうと悠介とも相談してOKしたと言う。仙は快斗に、もしも監督が波留子の花嫁姿に舞い上がってキスしようとしたらどうするんだ、と詰め寄った。まあ、そんな事が起きないよう、よおく注意しておくから、と悠介と快斗が一緒になって仙を宥め説得した。

仙のタキシード姿に凛も怜も大興奮してそれぞれ別々に仙と腕を組んで写真を撮ったり三人で撮ったり、果ては慎も入れて四人で撮ったりと自分のパートナーそっちのけではしゃいでいた。

午前九時半前にドクターマーラーが教会に到着し、驚いた様子の仙や慎とも握手を交わし、慎が皆に紹介した。

「Bride is ready. She is so beautiful.」

と係の女性が再度慎に知らせに来た。

今回男性陣は仙の手前控え室には入れないので、凛と怜だけが母の花嫁姿を見に入った。

ウェディングドレスに身を包みスツールに腰掛けている波留子の姿には凛とした美しさが感じられた。

「お母さん、綺麗。」

凛はそれしか言葉が出て来なかった。

「うん、お母さんスッゴく綺麗。これじゃあ仙さんまた惚れ直しちゃうよ。なんか映画のワンシーンみたい。」

怜がそう口にすると凛が母から見えないようにシッと指を口元に当て怜にそれ以上喋るな、と合図した。波留子は鏡を背にして座っていて、

「なんだか鏡を見るのが怖くて…。」

「えっ、もしかして未だ自分の姿見てないの?」

凛が尋ねると波留子は強張こわばった笑顔で小さく首を縦に振った。そんな波留子の様子に怜が、

「何を今更照れてるの。二度目なんだから、モチっと腹括って、しっかり自分の姿見てみなさいよ。」

そう言って波留子の手を取り立たせると、ゆっくり後ろを向かせて鏡に向かわせた。波留子は鏡に映った自分の姿を凝視した。自分で自分の姿が信じられなかった。

「ほら、綺麗でしょ。悔しいなあ、お母さんの歳でこんな綺麗な花嫁になれるなんて、ホントけちゃうよ。しかも新郎の仙さんはあんなに格好良くタキシード姿が決まってるじゃない。なんか私らやっぱ式挙げるの止そうかなぁ。比べられちゃうもんなあ。」

「でも、そしたら自分達で一から全部手配しなきゃならないから手間もお金も掛かるよお。」

凛に脅かされ、それもそうかと納得するげんきんな怜。

「普通なら自分の親に挨拶するとこだけど、今更娘達に挨拶って言うのも変だよね。でも私、仙と一緒に生きて行こうと思う。これから先何年続けられるか分からないけど、出来るだけ長く一緒に笑って過ごしたい。」

「うん、そうだね。仙さんならきっとずっと一緒に笑って生きて行けるよ。慎君も居るしね。私達もあんなカッコいい男性親族が増えて嬉しいよ。皆んな和気藹々わきあいあいとしててさ、良い感じ。良い人見つけたね、お母さん。」

その時ドアの外から慎がそろそろ式を始める時間だと知らせてくれた。

「じゃあ私達は先に席へ行ってるから。足元に気を付けてゆっくり歩けばいいからね。」

「じゃあ後でね、母さん。」

そう言って二人の娘達は出て行った。一人になった波留子は其処に立ったまま鏡の中の自分に向かって、

「後悔することは何もない。私は仙と生きて行く。」

ドアがノックされどうぞ、と声を掛けると、ドアが開き悠介と慎が姿を見せた。二人とも波留子の花嫁姿を目にすると息を呑み一瞬見入ってしまい声が出なかった。

「ワオ! ハルコ、完璧。美しいー。」

「うん、確かに。溜息しか出て来ないな。慎に代わって私がエスコート役を仰せつかったんだ、良いかな。」

「はい。松葉杖をつかなきゃいけないのでご迷惑お掛けしますが宜しくお願いします。」

悠介は頷くと慎が差し出した松葉杖を波留子に手渡し、波留子と腕を組んで控え室を後にした。

ホールに入るドアの脇に立った波留子。悠介に、さあ行くよ、と声を掛けられ頷いて真っ直ぐ前を向きドアが開くのを待った。

ドアが開き、悠介と腕を組んで左に松葉杖を就いた波留子が中へ入る為、正面へ移動した。波留子が顔を上げると正面入口には仙が一人立っていた。なんで、と驚いている波留子をまぶしそうに見つめていた仙が笑顔でおもむろに波留子のもとへ歩み寄ると腕を組んでいた悠介がその腕を外し、仙に彼女の手を差し出した。仙はその手をしっかり握ると左腕を波留子の背に回し彼女を抱き上げた。そしてそのままバージンロードを祭壇へと進んで行った。

「ちょっと仙、此処は自分で歩いて貴方は祭壇の前で待ってるんでしょ。なんで貴方が私を抱いて歩くの。」

小声で仙に文句を言ってみたが、仙は何処吹く風といった様子で、

「だって、波留子が松葉杖でバージンロード歩きたくないって言ったんでしょ。だから俺の方から迎えに行く事にしたんだ。それに親父と腕組んで歩かせたくないしね。こんなに綺麗な花嫁、誰が他の奴と歩かせるもんか。」

波留子は半ばあきれ、半ば喜びそれ以上は何も言わずにそのまま二人で祭壇前へと進んで行った。祭壇前に着くと仙はそっと波留子を下ろしてやった。付添の女性はこうする事を事前に知っていたようで二人の後ろでドレスやヴェールを綺麗に直して退しりぞいた。

牧師はそんな様子を温かな眼差しで見守っていたが、二人の準備が完了したとみるや軽い咳払いの後、セレモニーの始まりを宣言した。式はおごそかに進められ互いにいついかなる時にも伴侶として一生共に生きて行くと誓い合った。そしていよいよ指輪の交換となり、慎がシルクのリングベッドに置かれた二人のマリッジリングを牧師の横でうやうやしく差し出した。先ず仙から、指輪を手に取ると牧師の声に倣い、

「I give this ring to Haruko as a proof of love.」

「I, Sen Kuryu, give this ring to Haruko as a proof of my forever love.」

仙は波留子の左薬指にその指輪をはめた。牧師は波留子にリングベッドに置かれた指輪を手に取るよう手で示し、

「I give this ring to Sen as a proof of love.」

「I, Haruko Kuryu, give this ring to Sen as a proof of my unchanged love.」

波留子も指輪を仙の左薬指にはめた。牧師が誓いのキスを、と言うより先に仙は波留子のヴェールをめくりその唇に熱いキスをした。牧師は苦笑しながらも手を叩き、此処に二人の婚姻を認めると宣言し、二人を祝福してくれた。

「波留子、綺麗だよ。二人で幸せになろうね、愛してるよ。」

「マコちゃんも一緒に三人で、だよ。愛してる仙。」

皆が先に外へ出てライスシャワーを手に手に新郎新婦の登場を待っていた。そこへ仙が波留子を抱いて教会の入口に現れた。皆の祝福を受けながら波留子を抱いたままライスシャワーの中を進む仙。二人の先には満面の笑みを浮かべた慎が立っていた。

「慎、十八歳の誕生日おめでとう。これは俺達からのバースデープレゼントだ。」

そう言って箱を慎に渡した。慎は受け取った箱を開けてみた。中には凝ったデザインのフレームに濃い青紫の石が填め込まれたペンダントが入っていた。

「これは?」

「アイオライトって言うマコちゃんのパワーストーン。今は宝石として流通してるらしいけど、航海の羅針盤なんかに使われてきた歴史ある石だそうよ。最良の道へ導いてくれる石だと聞いて指輪を作ったお店に頼んで男性が着けてもおかしくないデザインで作ってもらったの。気に入って貰えるといいけど。」

「カッコいいよ、このデザイン。気に入った!今着けてもいい⁉︎」

「えゝどうぞ。」

とても濃い青紫色でよく磨かれたアイオライトは陽に当たりキラキラと光り、見る角度で色々な色に見えるのだった。

「ほう、マコちゃん男のくせに宝石もよく似合うなあ。凄く格好いいよ。」

怜が溜息交じりにたたえた。慎は大喜びで、波留子や仙にハグして礼を言った。

「さあ、新郎新婦を囲んで皆んなで写真撮りますよ。今日は監督がクルーも連れてきてますからね。さあ並んで、並んで。」

快斗の言葉でその時まで監督達やドクターの存在に気付いていなかった波留子が、この時初めて彼らの存在を知り嬉しい驚きで目に涙を浮かべたのを仙が目敏めざとく見つけハンカチでその涙をそっと拭ってやった。

皆が二人を中心に幸せそうな笑みを浮かべて写真に収まったのだった。教会前での撮影が終わり仙と波留子が快斗の指差した方を見ると、朝乗ってきた車に赤やピンクの大きなリボンが付けられ車の後ろには空き缶がいくつもぶら下げられていた。仙は自分で運転するつもりでいたが車の鍵はいつの間にか快斗が握っていて運転手をかって出た。

「パーティ会場を用意してある。会場までは俺が運転して行くよ。二人の荷物は全部トランクに入れてある。さあ乗って、乗って。」

快斗にかされ仙は波留子を車に乗せてやってから自分も反対側に回り乗り込んだ。一足先に皆の注目を集めながらガラガラと空き缶の大きな音をたて車は出発した。

「俺一度でいいからこう言うド派手な車の運転してみたかったんだ。」

波留子はにこやかにそんな快斗の言葉を聞いていたが、仙は快斗の声も届かぬようでただただ波留子の花嫁姿に見惚れていた。バックミラーに映るそんな仙の様子に快斗が、

「ハルさん、仙ってば俺の声も聞こえてないみたいだよ。」

快斗に言われて波留子が横に座る仙へ視線を移すと確かに仙が自分を見ていた。

「どうしたの仙、私の顔に何か付いてる。」

「えっ、あ、あんまり波留子が綺麗だから。」

「何言ってるの。仙の方こそ、試着した時より何倍も素敵になっちゃって。こんなカッコいい男一人占め出来るなんて私、世界一の幸せ者だわ。」

「それは俺の方だよ。波留子を一人占め出来るんだから。愛してるよ、波留子。」

後部座席で熱いキスが何度も交わされるのを辟易へきえきしながら快斗は運転に集中しようと頑張っていた。自分にもいつかこんな風に愛せる相手が見つかるだろうかと考えながら。

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