正月休み
翌日は三人とも何処へ出掛けることもなく、殆ど一日中三人一緒に過ごした。マッタリしたい慎と波留子はフロアにクッションを沢山置いてその中に埋もれるように二人でくっ付いてテレビを見た。それに飽きると仙も加わり三人でゲームを楽しんだ。慎曰く、
「ゲームはアナログに限る。頭と体(大体は手だけだが)を使うのが脳には一番良いんだよ。頭だけでも体だけでもダメなんだ。だから俺スマホゲームは最小限しかしない。この前みたいに
「へえ、そうなんだ。でも、私アナログゲーム熱くなると絶対勝たなきゃ済まなくなるよ。かと言って勝たせて貰うのもダメ!自力で勝つ! やったあ。上がり。」
「嘘。またハルコの勝ち⁉︎ あ、俺も上がり。仙、また負けだ。今夜は仙が夕飯担当ね。」
「えゝ、そりゃないよ。」
「仙、期待してるよ。美味しかったらうーんと愛してあげる。」
「あゝ、こら。そういう話を年頃の息子の前で言わない!」
「そうだった、ごめんなさい。」
三人は大笑いして、またゲームに興じた。
三日は映画を観に行ったり、帰宅してから読書したりと
そして年始休暇の最終日、四日の昼過ぎ、
「正月休みも今日で終わりか。明日からまた仕事だ。そして俺達の結婚の事を重役や部下達に報告しなくちゃな。」
「本当にいいの。」
「あゝ、いいんだ。それより波留子、これから結婚指輪探しに行かない?」
「これから? でもデパートとかじゃあんまりデザインないし、高いよ。」
「値段の事なんか気にしなくていいよ。でもそうか、デパートじゃ大してデザインがないか。」
「じゃあ
と慎。
「御徒町?」
と仙が不思議そうに尋ねる。
「そう、ジュエリー関係の問屋やお店がいっぱいあるんだよ、知ってるハルコ?」
波留子は頷いて、
「知ってるよ。前の結婚指輪探しに行ったの御徒町だもん。」
「じゃあダメだな。それなら銀座に行こうよ。そうすればブランドショップやオーダーメイド出来る店もあるだろうし。」
「仙、もしオーダーメイドするなら逆に御徒町の方が良いと思うよ。」
「波留子、御徒町行くの嫌じゃない。」
「何で。
慎と波留子に言い負かされ仙は渋々納得した。それでも実際に御徒町であちこち覗いているうちにそんな
「なんか、凄いね仙。」
「ホントだね、びっくり。男の人があんなに
「世界に一組しかないマリッジリングを作りたいらしいよ。」
「えゝ、それってなんか怖いんですけど。」
身体が未だ不自由な波留子を椅子に座らせ仙が店内をあちこち見て回り、気に入ったものがないと言っては店を変えた。三軒目の店から出て次は何処の店に入ってみようか、と話しながら歩いていた時、こじんまりとした宝石店のウインドウに貼られていた『オリジナルデザイン』という文字に誘われるように仙が飛び込んだ。暫く
「此処でオーダーメイド出来るよ。ここの御主人センス良さそうだし。入ろう。」
また出た。これで四件目だ、お互いにそう思っていたからか波留子と彼女の
店内は小さいながら問屋街には珍しく小ざっぱりと片付けられ居心地は悪くなかった。仙は店に入って来た波留子の方を見て、
「御主人、彼女が妻です。ついこの間大怪我してしまって未だ体が不自由なんです。椅子をお借り出来ると有難いんですが。」
そう言って波留子の為に椅子を用意して貰い、彼女と自分に
「そうですね、うちは息子がデザインを手掛けているんです。今呼んでまいりますので少々お待ちくださいね。」
そう言うと店の奥へと下がった。暫く待っていると仙とあまり歳の変わらないと思われる男性が出て来て挨拶した。
「結婚指輪をオリジナルデザインでお作りになりたいとか。」
「はい。私達元旦に入籍したんです。ちょっと予定を前倒ししたので指輪を用意してなくて、彼方此方見て歩いてるんですがピンとくるものが見つからなくて。先ほど此方の御主人からオリジナルデザインも出来ると伺ったので御相談出来たら、とお願いしたんです。」
「そう言う事ですか。確かに僕はジュエリーデザイナーとしてデザインはしていますが、主に石を使った物のデザインが主体なんです。結婚指輪ですとプラチナか金との混合が殆どであまり石は使いませんよね。最近は女性の方だけダイヤをはめ込んだりした物が増えていますが。そう言うものを御希望なんですか。」
「父はこの母に一目惚れで、惚れて惚れて惚れ抜いてやっと結婚して貰えたんです。だからそんな二人だけの世界に一組しかない指輪を作りたがってるんです。作って貰えませんか。」
仙が口を挟む間もなく慎がそうデザイナーに頼んだ。
「そうですか。失礼ですが奥様の方が歳上ですよね。再婚、でいらっしゃいますか?」
そう問われた仙は二人とも再婚同士だと告げた。波留子はにっこり微笑むと、
「まさか離婚直後にこんな素敵な男性と知り合い再婚までしてしまうなんて、思ってもいませんでした。」
デザイナーの男性は波留子が話している間もジッと波留子を見てめていた。波留子が話し終えると暫くそのまま見つめていた。そして突然、
「良いデザインが浮かびました。簡単なデッサンで宜しければ今お描きしますよ、ご覧になりますか。」
そう言われ三人は見たいと言った。デザイナーは一旦奥へ行くとスケッチブックと色鉛筆を持って戻って来た。
「えっ、此処で描かれるんですか?」
「はい。お二人を見ていると湧いてきたイメージが形になって来そうなので。」
三人ともお互いを見やって少々呆気に取られながら彼が描いて行くのを見守った。
「お二人の誕生日は?」
デザイナーは手元を動かしながら二人に尋ねた。それに答えたのは仙で、
「私達、誕生日が偶然同じで十一月一日なんです。」
「へえ!それは凄い。確かに運命を感じますね。なら誕生石はトパーズか、真実が見つかる、と言うのが石言葉ですね。パワーストーンはサンストーン、此方もパワーを
奥様、トパーズ御存知ですか。」
「あ、はい。ブルートパーズとかミステイックトパーズくらいですけど。」
「そうですね、一般的にはブルートパーズですが、仰言る様にミステイックトパーズの様な色目や青、水色、黄色、オレンジ、ピンク、と結構多彩なんですよ。お二人は何色がお好きですか。」
「今仰った色の中で、ですか。それなら私は青、‥濃い青ではなくて綺麗な青、ブルーダイヤみたいな。それかアクアグリーンと言うか、パライバトルマリンみたいな色が好きなんです。」
「あゝ、なるほど。奥様は宝石に詳しいんですね。」
「いえ、普通に女性が宝石を好む程度ですよ。女性はジュエリーが好きでしょ。」
「そうですね。でもパライバは今もうかなり
「はい、一つだけですけど。」
「そうですか。ところで御主人は、何色がお好きですか。」
「僕も青かな。僕は濃い青かな。」
「あゝなるほど。今お話を伺いながらこんなデザインを考えてみたのですが、
スケッチブックには二つの指輪が描かれていた。一つはカボションカットされた大きな石がはめられ
「土台はプラチナでもゴールドでも構いませんが、如何ですか。」
「あのでも、大きな石の入った指輪は
「仰る通り、でもそれはアクセサリーとして考えた場合ですから結婚指輪をいちいち外す必要はありませんよ。この真ん中の石をブルートパーズにして、脇をパライバで囲ったら同系統の色目で美しいのではないかと思うんですが如何ですか。ロイヤルブルーでも良いかもしれない。これなら世界に一組しかないと思いますよ。」
「でも、派手じゃありませんか。」
心配そうに尋ねる波留子に対し、
「中央に入れるトパーズをカボションカットにするので彼方此方に反射するような事はありませんから、大丈夫ですよ。如何ですか、御主人。」
「あ、俺は気に入った。普通の細い結婚指輪なんかよりずっと堂々としていて良いと思う。コレ、この脇の石、パライバって仰ってましたよね。でも土台のフレームが細いとこの石うんと細くなっちゃいますよね。」
「そうならないように幅は調整します。」
「どうお、波留子が気に入らないなら別のデザインを考えて貰うけど。」
「あ、それでは、‥」
と言ってまたおもむろに何か描き始めた彼を三人は黙って見守るしかなかった。
何分位経っただろうか、デザイナーが顔を上げて出来ました、と言う。
三人に見えるよう絵を向けると今度は指輪は一つだけ描かれていた。
今度の指輪は先ほどのものよりずっとシンプルではあるが、少し幅があり、地金が立体的にデザインされていて間に石が二つはめ込まれていた。石は少し色の違うブルートパーズがはめ込まれていた。
「此方は
「此方の方が抵抗はない、ですかね。でも、…」
波留子は何処となく違和感を覚え仙を見た。
「どうして石を二つ入れたんです?」
仙が尋ねた。
「お二人をイメージしたのですが。」
「二つは二つのままで別々だから嫌だな。入れるなら一つでなきゃ。そう思わない⁉︎」
「そうか! なんかしっくり来ないって感じたのは石が二つ入ってるからだ。」
波留子も自分が感じた違和感に
「そうですか、‥」
「そんな事するくらいなら石を入れない方が良いと思いますけど。仙は石を使いたい?」
「うん、出来れば。結婚指輪って大抵プラチナで細いでしょ。俺は波留子と結婚してます、ってアピールしたいんだ。誰が見ても
波留子だけでなく慎もデザイナーも仙の発言に固まった。波留子は顔が
「なるべくキラキラしなきゃ良いんでしょ。なら最初のデザインにしたら。」
そうは言いながらも不安げな顔をしている波留子の表情を見て取ったデザイナーが、
「分かりました。では試作品を作ってご覧になってからお考えになっては如何ですか。」
「試作品って言っても作ってしまったら代金は掛かりますでしょう。」
「いえ、試作品では本物の石は使用しません。土台についてもクレイシルバーを使いますので大して掛かりませんよ。もしもそのサンプルが気に入らないようでしたらサンプルの材料費のみ請求させて頂きます。如何ですか。」
それなら、と言う事で次の週末迄に作っておきますので御来店下さい、と約束し店を後にした。
「仙がああ言うデザインを選ぶとはちょっと意外だったよ。」
「私も。」
「そうお⁈ でも波留子との結婚指輪は何処にもない物、 俺達夫婦だけの物、っていうデザインにしたかったんだ。俺と波留子は夫婦だぞって。」
「仙、声が大きい!」
松葉杖を
「ハル、可愛い。」
チュッと頰にキスした。ビックリして思わず
「ごめんね、ハルコ。仙は舞い上がってるね、ちょっと喝入れてやらないとね。」
そう言うと険しい顔つきで仙を見て、
「父さん、そう言うお馬鹿やってるとハルコに愛想尽かされちゃうよ、いいの。もっとシャンとしろよ情けない。」
真面目な顔で慎にそう注意された仙は波留子の様子から自分の
「ごめん、ハル。ちょっと浮かれ過ぎた。」
「…うん、そうだね。」
三人は御徒町のスーパーで夕食の材料を少しばかり買うと車で自宅に戻った。仙が夕食を作り三人で食事する頃にはもういつもの三人に戻っていた。
「さて明日から仕事始めではあるけど今週は明日、明後日と二日間だけだからね。頑張るぞ!今夜は早目に寝ような。」
とは言いながら、食後に三人でゲームを始め、結局気づいた時にはもう十時を回っていて慌ててお風呂を沸かす羽目になった。波留子は未だ一人では脱衣も入浴も危ういので仙と一緒に入浴していた。
「やっぱり痩せたな。なんか急に痩せられちゃうと心配だな。」
「大丈夫だよ。身体が痛くて未だあんまり食欲は湧かないけど、大分動ける様になったからだよ、きっと。少しは綺麗になったかなあ。」
鏡に映る自分の身体を見ながら仙に尋ねる波留子。
「少し?少しどころじゃないよ。ハルはこれ以上綺麗になっちゃダメだよ。他の奴等に目を付けられたら困るからね。」
「何言ってんの、
浴室から出て行くと既に慎の姿はなく、先に寝てしまったようで、仙と波留子もあまり物音を立てないように寝室へ入って行った。
「ハル、明日皆んなに発表するからね。」
「はい。もう腹は
「大丈夫、後悔させないよ。」
二人はベッドに入り灯りを消した。
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