大晦日、そして新年を迎えて

入居前に仙が業者に掃除を頼んで行って貰っていたので、年末はゆっくり過ごす事が出来た。毎日朝晩塗り薬を塗って、痛み止めを忘れず飲み続けている間にかなり痛みも退いてきたようで、当初のような酷い痛みに苦しむ事は減っていた。唯、肩と脛の痛みが取れる事はなく、相変わらず左腕も左手首も動かすのは苦痛なままだった。足の捻挫は仙や慎のおかげで安静にしていられたせいかかなり痛みが退いて向こう脛の痛みはあるにしても、松葉杖にも大分慣れて以前よりスムーズに歩けるようになってきていた。

「これなら元旦は私の家で皆んなと集まってワイワイ出来そうじゃない。」

大晦日の昼時、仙に問いかけると仙は首を横に振って、

「ダメ。今治りかけの状態であそこに帰って階段の上り下りなんかしたらまた悪くなるかもしれない、階段から落ちるかもしれない。そう言うリスクをわざわざ負わなくても此処に来てもらおうよ。此処なら段差だの何だのないからハルも動き易いし、皆んなも余計な気を遣わずに済むんじゃないの。」

➖確かに、仙の言う事は正論なんだけど、向こうの家の事も心配なんだよなあ➖波留子の心を読んだかのように、

「波留子の家だけど、怜さんが使わないなら自分達が使ってもいいかって聞かれたんだ。未だハルは痛みが酷くて相談出来る状態じゃなかったからハルの部屋には入らないって約束でOKしちゃった。マンションの更新が迫ってるって言ってたから早く返事しなくちゃならなくて、独断で返事しちゃったんだ。貸さない方が良かった?」

「ううん。実は家が心配っていうのもあったんだ。住んでくれる人がいないと家は痛むから良かったよ。そう言えばマンションの更新がどうとかって言ってたんだよね、忘れてたの私の方だ。一緒に暮らそうか、って言われたんだけど、未だ彼氏と結婚したわけでもないのにいきなり母親と同居なんて可哀想で躊躇してたの。有難うね、仙。」

「じゃあ、元旦の夜は此処に集まって貰うって事でいいかな。おせちは頼んであるし、ステーキ肉買っておいたからバルコニーでバーベキューにすればご馳走になるんじゃない。」

「凄い、それは良いね。きっと皆んな喜ぶよ。薬は寝る時に飲むからワイン一杯くらいなら飲んでもいい?」

「お祝いにシャンパン用意してあるよ。」

「仙、凄い。何から何まで気が効くんだから、大好き。」

「じゃあ、ご褒美くれなきゃ。」

そう言われて波留子は仙に優しくキスした。

丁度二人がキスを終えた時、ただいま、と慎が買い物から帰宅した。

「おかえり、マコちゃん。一体何をそんなに沢山買い込んできたの。」

「内緒。それより仙、寿司屋は何処も元旦はやってないよ。何処か大きなショッピングセンターとか行って買ってきた方が早いよ。今元旦でも大きい所は皆んなやってるからさ。」

「そうか。じゃあ明日の朝は雑煮食べて初詣に行ったらそのままショッピングセンターに行くか。どうハル。」

「うん、いいよ。私は車で待ってるから。ところで私の買い物、今日指定したのが届くはずなんだけど未だかなあ。」

「あゝ、幾つか届いてたよ。管理人さんから預かって来た。ちょっと待って、ええっと‥あ、これと、これと、これこれ、‥全部で五つ。なんだハルコだって人の事言えないじゃん。沢山買い込んで。」

「しょうがないでしょ。今年は歩けないからネット注文しただけ。でも未だ届くはずなんだ。仙、後でお願いしてもいい。」

「うん、おせちも今日届くから受け取りに行く時一緒に貰って来るよ。」

「ところでさ、ハルコはいつも年越し蕎麦ってどうしてるの。」

「年越しそば?うちはいつも大晦日にエビ天揚げて生そば茹でて蕎麦つゆ作って夕食に食べてた。でもいつもテレビ見て年越しまで過ごすから夕食とは別にあれこれオードブルみたいなツマミになるようなものを作って結構大変だったよ。今年はそういう準備をする必要もないから一人でお昼に蕎麦作るか食べに行くかして、夜はちょこっと肴を用意してワインでも飲みながらテレビ見て楽しもうかと目論でたんだけどね。」

「一人で?」

「そう。だって、私一人暮らしなんてしたことなかったのよ、この歳まで一度も。独身時代は実家で暮らしててそのまま結婚しちゃったでしょ。だからなんか一人きりで大晦日を過ごす、って憧れてたの。」

「でも寂しいんじゃないの、そんなの。」

「そうかな。でも経験した事がない事は実際経験してみないと分からないじゃない。よく一人きりでは寂しい、って言う人がいる反面、気楽で良い、って言う人もいるじゃない。私自身はどう感じるのかなあって、やってみないと分からないからね。それにさ、うんと歳取ってヨボヨボになって初めて独りきりで過ごす、なんて事になったらその方がよっぽど寂しいと思うんだ。けど、きっと神様は私を一人で年越しさせたくないんだね。結局今年はこうやって仙やマコちゃんと一緒に過ごす訳だしね。」

「本当は一人が良かった、ハルコ。」

「ううん。二人とだから一緒で良かった。今の私が一番自然態でいられるのは貴方達二人と一緒の時だから。」

「ハル。」隣に座っていた仙が優しくキスした。

「俺、アメリカで暮らしてて良かったと思うよ。日本で暮らしてたら自分の親がこうしょっちゅう目の前でキスしてるの見てられないもんな。けど、二人のキスしてるの俺好きなんだ。見ててなんかこっちまで嬉しくなるって言うか幸せな気分になれるんだ。」

「マコちゃん、貴方ってホントに好い男になるわよ。素敵な女性を捕まえなきゃ駄目よ。変な娘だったら私が無理矢理でも引き離しちゃうから。」

「ハルコっていう強力なお手本がいるんだよ。そんな変な女なんか捕まえる訳ないじゃん。第一、SEXに溺れて相手を見誤るほど飢えてないよ。俺が住んでるのはアメリカだよ。」

慎の話を聞いている仙が溜息吐くのを波留子は笑って見ていた。

「私が若い頃は今の若い人たちみたいに好きだからって簡単にセックスなんかしなかった、って言うか出来なかった。多分心の発達が今より純粋で幼かったんだろうね。でも逆に今は好き、ってだけで直ぐに体を求めて、セックスさせないと本気じゃないみたいに思われちゃうからセックスする、ってなんか変。好きだからこそ、お互い相手の事やその気持ちを大事に育ててからでもちっとも遅くないのにさ。童貞も処女もたった一回で失うものなのに。もう少し大事にしてもいいと思うけど、…古いのかなあ、私。」

「古いとか新しいって言う事じゃなくてそう言う風に出来たら良いだろうな、とは純粋に思う。俺、十六になって直ぐの時に初めてセックスしたんだけど、正直相手が凄く好きだったって訳でもなくて、相手も唯皆んなが俺をカッコいいって言ってたからやりたかっただけみたいでさ、後に何だか虚しさが残った。そのせいかいっときは強がって可愛い娘引っ掛けてはセックスしてた。でも虚しいばっかりで飽きた。」

「たった十六でそれは勿体無い事しちゃったね。私はセックスする事と愛し合う事って全然違うと思う。仙と愛し合ってますますそう思うようになった。女性でも男性でも自分が本当に愛してるって思える人と行う行為は「セックス」って一言で言うほど軽くないと思うんだよね。

いつかマコちゃんが心から愛する人に出会ってその人と結ばれたら今の私の言った意味、解って貰えるんじゃないかなぁ。」

「ふうん、そういうもん⁉︎ 仙も、同じ意見?」

「うん、そうだなぁ、上手く言えないけど、愛し合うって云うのは身体だけじゃなくて二人の魂が溶け合って融合ゆうごうするって言うか、一つになる、みたいな。こんな言い方青臭いかもしれないけど。まあいずれ相手が出来れば分かるよきっと。でもまさか親子でこんな話をするなんて思いもしなかったな。ハルさんは娘さん達とこういう話もしたりした。」

「うーん、こんなにはっきりって訳じゃないけどね。私、娘達が恋人とどこまでの付き合いをしてるのかっていうのはいつも知ってた気がする。娘達も特に隠そうとかっていう事はしなかったしね。世間的にどうかは知らないけど周りに踊らされたりノリでセックスなんてするもんじゃない、ってことだけはよおく言ってきたつもりだから、その上で自分の身を相手に任せるかどうかは本人が考えるべきだって思ってた。それを後悔するのもしないのも本人の選択次第だもん。」

「ハルコは幾つの時、誰に自分のバージンあげたの。」

「えゝそれ聞く、…私は奥手で随分遅かったよ。相手は離婚した元旦那だもん。」

「ええ、幾つの時。」

「知り合ったのが二十一で、それから半年後位だったから二十二、かな。」

「嘘、凄いハルコ。じゃあ、ハルコは男って父で二人目?」慎の言葉に苦笑いを浮かべた波留子。

「ううん、違う。結婚してる間にニ度。一回目は夫婦仲が上手く行かずにどうしたらいいか行き詰まって相談に乗って貰ってた人。ニ回目は離婚協議中別居してる時に誤ってそうなっちゃってた。案外私って軽いのかな。不倫っちゃ不倫だよね、結婚してる間だから。」

とそこまで話してしまって仙の顔から表情が消えていることに気付いた波留子。

「仙、私は貴方に隠すつもりは全くないの。だから全て正直に話してるんだ。貴方が愛してるって言ってくれた女はこういう女なんだ。軽蔑けいべつされても文句はないよ。だって私その時々やらずに後悔した事はあっても自分がやった事に後悔はしてないもん。あきれてる?」

大きな溜息を一つ吐くと波留子の顔を真っ直ぐ見つめて仙が言った。

「呆れてないし、軽蔑もしてない。ただ、」

「唯?」

「唯、どうして自分はもっと早く生まれてこなかったんだろうって、今更なんだけどさ。」

「うん、今更だね。だってもし仙がもっと早く生まれてたら私達きっと出逢ってなんかいないよ。こうして出逢えたのは仙が今の仙だからでしょ。私はこれだけ長く生きてきた後で仙に逢えたから仙を選んだ。だから今更だよ。

私は今目の前にいる十八も歳下の九龍 仙を愛してる。」

「うん、ハル。俺も愛してる。」

「あゝまた。ホントにキスばっかしてるよね、息子の前でかまわず。」

「うん⁉︎ じゃあマコちゃんにもキスしてあげる。」

そう言って波留子は慎の頰に優しいキスをした。

「わあハルコ、大好き。」

そう言って慎がハグした途端、

「痛ッ!」

「忘れてた。怪我してるんだったね、ごめん。」

結局、仙も慎も蕎麦つゆが上手く作れそうもないから、と昼に外へ食べに行く事にして、夜はあれこれ食べたい物を買ったり作ったりする事にした。正月の買い物は全て済ませてあったので、蕎麦屋で昼食を取り買い物を済ませるとさっさと家に戻り夕刻まで何故か三人ともがリビングでそれぞれの時を過ごして誰もそこから離れようとはしなかった。

夕方五時になると仙と慎が並んでキッチンに立ち、あれやこれやと言いながら夕食をねたうたげの準備を始めた。何も出来ない波留子はそんな二人の様子を唯眺めているしか出来ないので、スマホのカメラでしきりに写真を撮り始めた。

「ハル、何やってるの。」

と言ってウインクしている仙や、味見にしてはかなり大きな物を口いっぱいに頬張ほおばって喋れなくなっている慎、等々などなど様々さまざまな表情の二人を撮った。そんな風に過ぎて行く時間が波留子にはとてもいとおしく感じられた。そしてそんな風に思える自分にしてくれたのはこの二人なんだ、この二人の為なら私は何だって出来る、と波留子は改めて思うのだった。

「良い年末だなあ。私、こんなに生きててよかったって、幸せだな、って思えた事何十年振りだろう。仙、マコちゃん、こんな私を愛してくれて、いたわってくれて、本当に有難う。年が明けても嫌いにならないでね、宜しくお願いします。」

キッチンの二人に向かって大きな声でそう言って深々と頭を下げた波留子に、仙も慎も呆気あっけに取られ彼女を見つめた。

「どうしたハル、突然。」

「うん? 私、死ななくて良かったなあ、って思ってさ。死にたくなる程辛い思いをしたけどその後にはご褒美にこんな幸せが待ってたんだと思ってさ。うふっ、幸せ。」

「ハルコ、俺も。俺も今までで一番楽しい冬休み。」

慎の言葉に満面の笑みを浮かべる三人だった。

「ねえ、もう直ぐ紅白始まるんじゃない。料理の方はもう出来ますかシェフ達。」

「後ちょっと。波留子、テレビ点けておいて。」

「あ、うん。」

仙に初めてフルネームで呼ばれ一瞬ドキッとしてしまった波留子➖名前呼ばれた位で何を今更若い娘みたいにときめいてるんだバカ➖慌ててリモコンを捜すが見つからず不自由な身体でリビングの彼方此方を動き回る波留子に気付いた仙が、

「慎、お前夕べテレビ見てたろう。リモコン何処に置いたの。」

「はあ⁉︎ リモコン。あっ、いっけねえ、俺の部屋に持ったまま行っちゃったかも。」

「だって。ハル、慎が取ってくるから座ってなよ。慎、取ってきて。」

慌てて自分の部屋に捜しに行く慎。少ししてリモコン片手にリビングに戻ると、

「こいつ、一人寂しくベッドに潜ってたよ。ごめんね、ハルコ。」

そう言って慎はリモコンを波留子に渡した。

男二人で用意したとは思えないほど手の込んだ物もあり、メニューは充実していた。

豪華ごうかな大晦日。こんな贅沢して良いのかな。もう私、怪我や病気はたくさんだけど、この贅沢は手放したくない。」

波留子の言葉に仙も慎も苦笑くしょうした。

「もう後数時間で今年も終わるんだから、今年一年の厄落しとでも思えばいいんじゃない。来年は一緒に良い年を送ろうよ。」

仙の言葉に頷きながらも口に出したのは、

「来年の事を口にすると鬼に笑われちゃうぞ。」

「そうだぞお。」

慎まで波留子の口車に乗って仙を揶揄からかう。

「笑われたって構うもんか。笑って許してくれればねがったりかなったり。」

「うわあ、仙の方が上手。一本取られた、まいりました。」笑いが起こり楽しい夕餉ゆうげが始まった。

「シャンパンは明日だから今夜はちびちび日本酒で熱燗あつかんでもどうお。」

「うん、でもどうせ熱燗あつかん苦手だし、薬も飲むから今夜は止めておく。」

「へえ、ハルコは熱燗あつかん駄目だめなの。」

「うん、かんすると匂いが立つでしょ。どうも日本酒の匂いがちょっとね。だから日本酒はいつも冷やなんだ。でも冬はやっぱり熱燗飲んでみたいじゃない。だからチビチビやるの。」

「ハルのチビチビって見てると面白いよ。猫がめてるみたい。飲むと言うよりめてるって言った方が正しいね。」

「ふうん、そんなんでも熱燗飲んでみたいの?」

「うん、季節を感じたいからね。それが日本の情緒じょうちょってもんじゃない。」

「よく分からないや。でも、じゃあハルコが熱燗あつかん飲む時は精々せいぜいその猫飲みとやらを、楽しませて貰うよ。」

テレビでは紅白歌合戦を映し出していたが、三人は話に夢中で殆どテレビを見ていないのだった。それでも時々波留子や仙が知っている歌や歌手が出てきた時は話が止まってテレビを見る、そしてまた中断などしていなかったかの様に話が続く。美味しい料理を食べながら、仙は熱燗を、波留子と慎はソフトドリンクを飲みながら三人は話していた。波留子はほんのわずかうとうとしたようで、テレビの中では「蛍の光」の合唱が始まっていた。三人掛けのソファーでは慎が横になって寝息を立てていた。波留子は自分のソファーの袖に仙が腰掛け自分を寄り掛からせてくれていた事を知った。

「眠そうだね。」

「お酒飲んだわけじゃないのにね。」

「あのさハル、もう何分かで今年も終わるからその前に聞いておきたいんだけど、さっきハルが言った事が気になってたんだ。」

「何を?」

「さっき死ぬほど辛いことの後に、って言ってたでしょ。その前に死ななくて良かった、とも。」

「あゝあれ。言葉通りだよ。死にたくなる様な事があって、死のうとしたけど死ねなかった。でももしあの時死んでたら今のこの幸せを味わえなかったんだなあって思ってさ。でも仙、死にたくなった理由は話したくない。自分の中で未だ消化出来てないから。気になるよね、分かる。申し訳ないとは思うけど今は未だ無理。それでも私がこの先もずっと仙のそばに居られたらきっと話せる時が来る、そう思う。だから、」

仙の指が波留子の唇に当てられて仙が言った。

「分かった、待つよ。いつかハルが俺に話してもいいと思える時まで待ってるよ。でも一つ約束してくれる。」

「約束?」

「そう、約束。これから先、もう二度と自分から死のうなんて思わない事。約束して、波留子。」暫し仙の顔をじっと見つめたまま無表情で動かずにいた波留子だったが、やがてゆっくりと首を縦に振り答えた。

「分かった、約束するよ。二度と死のうなんて考えたりしない。例えどんな辛い事があったとしても、神様の思し召しがあるまではしつこくこの世界で生きて行く。それでいい。」

今度は仙が波留子の目をじっと見つめてから頷いた。

「良かった。仙、仙の眼、怖かったよ。」

「当たり前だよ。波留子の口から死のうとした、なんて言われて平気でいられる訳ないだろ。約束したからね。」

互いの眼の奥を覗き込むように見つめ合っていたが、テレビから鐘の音が流れて来た。

「あ、除夜の鐘。マコちゃん起こして。」

仙が慎を起こし三人互いに

「明けましておめでとう。」

と口にして新しい年の始まりを祝った。波留子が二人にちょっと待っててね、と仙の助けを大丈夫と断って寝室に入り暫くすると袋を手に戻って来た。慎の座っているソファーに座ると仙にも隣に来るよう言って袋からラッピングされた箱を1つずつ二人に渡し、

「私から二人へのお年玉。クリスマスプレゼントにしようかとも思ったんだけど止めたんだ。クリスマスプレゼントはそれぞれに合った物の方が良いかなって思ったし。開けてみていいよ。」

促され仙と慎が包みを開け箱を開けてみると中には名前の刻印された革製のキーホルダー。

「うふっ、ほら私の。三人お揃いで色違いなの。このマンションの鍵を付けておくのに良いかなあ、と思って。」

「へえ、格好良いじゃんこの刻印。名前の方がフルで名字がイニシャルなんだ。あ、それじゃ三人とも名字のイニシャルは K で一緒なんだ。ハルコと父と俺で、K-familyだ。色も俺の好きなネイビーブルー。良いよハルコ、俺このキーホルダー気に入った。大切に使わせて貰うよ。」

「良かった、気に入って貰えて。仙、仙は。気に入らなかった⁉︎ 色、ダークグリーン嫌だったかな。」

「ううん、凄く気に入った。気に入ったけどこれってもしかしたら、波留子、俺との結婚を決めたっていう事だと思っていいの。それとも、」

「…まあ、そんなとこ。」

「ほっほんとに、本当なんだね。波留子、俺と結婚してくれるんだね。三ヶ月の試用期間を待たずに入籍して俺の妻になってくれるって事、それとも試用期間はそのまま。」

「仙のしたい方でいいよ。」

「やった!」

大声で叫ぶと波留子をギュッと抱きしめた。

「ぎゃっ!」

「あっ、ごめん。嬉しくて、嬉し過ぎて波留子が怪我してるの忘れちゃって、ごめん。あゝでも本当に本当だよね。後から冗談なんて言わないよね。」

「離婚してたった4ヶ月も経ってないのに、って自分でも考えたんだけど、怪我をして自分一人じゃ何にも出来なくて、そんな時に貴方やマコちゃんの本当の優しさに触れた気がしたの。私、もう貴方達二人が私のそばに居てくれなかったら自分らしくいられない気がする。二人が居てくれるから私は私らしくしていたいし、していられるんだって分かったの。こんな身勝手で我儘わがままな私でも仙は妻に、慎は母にしてくれる。」

二人とも黙ったままで何も言ってくれないので二人の顔を交互に見ている。

「どうしちゃったの、二人とも。」

仙は身体を震わせていた。抱き締めたい衝動を必死にこらえていたのだ。慎はというと、放心したようにただじっと波留子を見つめている。

「仙、ねえ仙たら。」

「慎、マコちゃん。二人とも、お願い、何か言ってよ。」

仙は黙って波留子を抱き寄せ熱い熱いキスを何度も繰り返しした。何度目かでようやっと波留子が身体を離し、慎の方を見ると彼は泣いていた。

「マコちゃん?」

「ごめん。ハルコ、本当にお母さんになってくれるんだね。」

「うん、私でいいかしら。」

慎は波留子の身体を包み込むように抱いて、

「ハルコでなきゃ嫌だ。その代わりハルコ、前に約束した事忘れてないよね。もしも仙を嫌いになって別れるような事があっても俺を息子のままでいさせてくれるって約束。」

「えっ、仙と別れてもって、私から別れたりしないよ。でも分かった、約束するよ。これから先何があっても慎は私の息子だよ。」

「えっ、ちょっと、ハル、慎、二人して何、そんな約束して、‥俺は一生波留子を離したりしないよ。バカだな慎は。」

「俺は仙が離すとは思ってないよ。ハルコに離されるんじゃないかって危惧きぐしてるの。」

「もういい、もういいよ。二人ともずっと私の娘達同様、いやもしかしたら今の私には娘達以上に大切かもしれない、大事な大事な家族です。」

「うわあ、今年は元旦から凄いぞ!母が出来た。生まれて初めて母と呼べる人がそばに居るんだ。ハルコ愛してる。ハルコ、ママ、おふくろ、母さん、ああなんて呼ぼう。なんて呼ばれたい、ねえハルコ。」

「今のままでいいんじゃない。まあその時の気分や状況で呼び方変わるんだろうしさ。さて、お年玉は気に入って貰えたみたいだし、そろそろ片付けて寝ないと初詣行かれなくなっちゃうよ。それとも歩きで行ける神社にこれから行く。」

「駄目だよ。は、母は怪我してるんだから車でないと。父、さっさと片付けて寝よう。」

慎がそそくさと動き始め、仙もそれを手伝い片付けを済ませると、

「じゃあ朝七時半に起きようか、ね。じゃあ、お父さん、お母さん、お休みなさい。」

そう挨拶して慎は自分の部屋に引き上げて行った。そんな慎の様子を見て仙は心から喜んでいた。

「さて、じゃあ私達も、えっ⁉︎」

仙が波留子を抱き上げるとそのまま灯りを消して寝室へ向かった。

「ハル、いや、波留子。一生、君を愛し続けるって約束するよ。精々波留子に愛想尽かされない様に頑張るから。」

「ううん、いいよ。今のままの仙が好きなの。そのままの仙を愛してる。残りの人生、貴方に預ける。」

「結婚しよう。朝になったら役所に行って婚姻届を出そう。」

「えっ、元旦に⁉︎」

「そう、元旦に。今直ぐにでも婚姻届出して波留子を俺の、俺だけのモノにしたいんだ。波留子の気持ちが変わったりしないうちに。」

「変わる訳ないでしょ。私は仙に人生預けるって言ったじゃない。」

熱い口づけを交わすと仙は波留子の身体を労わるように抱いて眠りにつくのだった。

「おはよう、マコちゃん。一年の始まりは元旦にあり。さ、起きて頂戴ちょうだい

起きないとくすぐっちゃうぞ!」

ベッド脇に立ちそう告げる波留子の声に、

「もう少し。ハルコ、もう少し寝かせて。そしたら起きる。」

「ダメ!自分で七時半って言ったんでしょ。起きないならこのキーホルダー持って行くよ。」

「キーホルダー‥キー、ホルダー⁉︎ 駄目、絶対ダメ。」

そう言って跳び起きた慎はベッド脇に立っていた波留子に跳びついてしまい、波留子はぎゃあ、っと悲鳴を上げる事となった。

悲鳴を聞きつけ仙が飛び込んで来て、

「波留子⁉︎ どうし・た‥慎、波留子に何してる。」

はっ?と仙の言葉に自分の目の前を見てみれば、慎が波留子を抱いていた。

「わあ、元旦から美男イケメン息子に抱きつかれた。」

と喜んでいる波留子。対照的に怒りで今にも爆発しそうな仙。そんな二人を見て、突然昨夜寝る前の事を思い出した慎。今度は甘えるように抱きついて、

「おはよう、ハルママ。」

そんな慎の様子に苦笑にがわらいするしかなくなった仙は、波留子の身体をいたわってそっと慎から引き離して言った。

「ちゃんと起きないと置いてくぞ。今朝初詣の前に役所へ行くからな。」

その一言でしっかり目が覚めた慎。

「えっ、じゃあもしかして婚姻届出しに行くの⁉︎。」

ああ、と答える仙は少し恥ずかしそうに、でも決然としていた。波留子は、と見れば少し照れくさそうな、けれど幸せが溢れ出して来るような笑みを浮かべていた。

これから運転するから、と仙は波留子や慎と一緒にコーラで新年を祝う乾杯をしてから、波留子が朝取った出汁で作った雑煮と仙が毎年九龍家で注文しているという店に頼んでおいたおせち料理を堪能たんのうした。食後身支度を整えた三人は車で役所へ向かった。

役所は勿論休みであったが、管理人室で婚姻届の提出をした。二人の名前を記入し、立会人の欄には既に波留子の娘 凛 の名が書かれていた。凛が病院へ来た折、仙と相談して署名をしてくれていたもので、もう一人を管理人に頼んで無事届は受理されたのだった。凛が署名していた事をこの時初めて知った波留子は嬉しい驚きを隠せなかった。届を受け取った管理人が、

「一年の始まりの日に息子さんの祝福を受けて婚姻届が出せるなんてお二人は幸せですね、御結婚おめでとうございます。どうかこれから先も変わらず末長くお幸せに。」

と言われ三人は幸せな気分にひたりながら役所を後にした。

「さあ、じゃあ初詣に行くか。」

「うん。けど仙、いや父さん、結婚指輪買わなきゃ、だよ。正式な婚約もしないでいきなり入籍で指輪の一つも贈らないなんて直ぐに愛想尽かされちゃうよ。」

「分かってるよ。エンゲージリングは波留子にプロポーズした時に用意したんだ。でも、波留子が三ヶ月のテスト期間の結果で、って言うから渡そうにも渡しにくくてさ。」

「仙。ごめんなさい。」

波留子が隣でつぶやいた。

「さあ、何はともあれ元旦だからな、初詣に行かなくちゃ。波留子は初詣っていつも何処へ行くの。」

「私は結婚してからは自分の住んでいる地元の神社へ行くって決めてた。自分が暮らしてる地域を見守ってくれている神様に御挨拶するべきなんじゃないかと思ってね。娘達も友達や彼氏と有名神社やお寺にも行ってたけど元旦は家族で地元の神社へ行ってたよ。」

「そういう家族の習慣って大切だよね。いいな、そう言うの。仙、じゃない父さん、我が家も地元の神社へ行かない⁉︎」

「そうだな。何処の神社が近いのか調べてみて。それにしても慎、今朝からいきなり 父さん って言いずらそうだぞ。どうしたんだよ、気持ち悪いな。」

「何でだよ、人がせっかく父さんって呼んでやってるのに文句ある訳。」

「別に文句はないけど、らしくないからちょっとくすぐったいよ。」

「だって‥子どもが親を名前で呼んじゃマズいかなあと思ってさ。あ、神社あった。ナビに送ったよ。」

「ああサンキュー、って何今更。お前十歳の時から自分の父親名前で呼んでたくせに。」

「うん、でもせっかく家族になれたし。」

「マコちゃん、そんなに無理しても続かないよ。今まで通りでいいじゃない。他所よそ他所よそ、我が家は我が家、でしょ。それに私、マコちゃんに名前で呼ばれるの嫌いじゃないよ。まあ、なんて呼んでくれても構わないけどさ。但し、クソババアとかババア、って呼んだら承知しないぞ。」

「そんな事思ってもいないよ。俺の大事な母上様だもん。」

「きゃあ、やだマコちゃん、照れるじゃない。何かおねだりしたいの。でもダメ!私はそんなに甘くないよ。」

「そんなつもりないよ。これからは日本に帰って来たら両親が待っててくれるんだ、こんなに嬉しい事ないじゃない。」

「マコちゃん、可愛い。私こそこーんな美男子イケメンの母親になれるなんて夢みたいよ。」

「あのお、二人で盛り上がってる所なんだけど着いたよ。」

「ごめんなさい、つい嬉しくって。あ、じゃあ降りましょう。」

「待って。先に渡したい物がある。さっき言ったでしょ、エンゲージリングは用意したんだって。役所で提出した時渡しても良かったんだけど、これ。指にはめてくれたら嬉しいんだけど。」

そう言うと仙は小さなリングケースの蓋を開き波留子に中の指輪が見えるように差し出した。

「仙、これって。」

「結婚指輪は二人で気に入ったものにしたいから一緒に探そう。でもエンゲージリングは俺からの約束の証だからね、俺が波留子に着けて貰いたいと思うものにしたんだ。」

仙はケースから指輪を取り出すと波留子の左手薬指にはめた。

「あれっ、ちょっとゆるいね、せたでしょう。波留子がめてる指輪のサイズで作ってもらったんだけど。」

「有難う、仙。」

パチパチ、パチパチ、慎が手を叩いて祝福してくれた。

「おめでたい日におめでとう。さあ、父さん、母さん、九龍ファミリーの初詣、行こう。」

地元の神社は結構混んでいて参拝者の列に並ばなければならなかった。松葉杖で歩く波留子にはずっと立っているのは少々辛かったが、それ以上に三人でこうして参拝出来ることが嬉しくて仙や慎の心配をよそに最後までしっかり並んで無事参拝する事が出来た。

参拝を終えて列から離れると仙がベンチで少し休もうと言って座らせてくれた。すると慎が甘酒屋が出ている、と言って甘酒を三人分買って来てくれて三人で並んで飲んだ。

「いい正月だね。」

「あゝ、いい正月だ。」

「本当に。神様に御礼言ってきた。こんなに素敵な新年を迎えさせて下さって有難うございます、って。」

「あっ!」「あっ!」

仙も慎も御礼を言い忘れていた、ともう一度並び直し、波留子はそんな二人の様子をベンチに座って眺めて幸せをみしめていた。

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