納会、そして蘇った記憶

翌日の夕方、午後四時半を回った頃波留子と慎は会社に着いた。ビルの正面出入口を利用するのは波留子が突き飛ばされたあの事件以来だった。

「こうやって改めて見ると大した高さじゃないのよね。なのになんだって私、こんな大怪我しちゃったんだろう。やっぱ歳かな。」

そんな波留子の愚痴ぐちを聞いた慎は、

「歳のせいじゃないよ。あんな風に突き飛ばされたら誰だって大怪我して当たり前だよ。打ち所が悪ければ重体になったって可笑しくないんだよ。ハルコは運が良かったんだよ。」

「そおお⁉︎ うん、じゃあそう言う事にしとこうか。歳のせい、なんて仙に聞かれたらまた怒られちゃうからね。さあ、行きましょう。」

そう言って階段に近ずく波留子に慎が、

「ちょっと待ってて。今直ぐ戻って来るから階段上のぼらないで待っててよ。」

そう言って先に階段を上がってビルの中へ入って行った。そう待つ程もなく慎が車椅子を押してわきから現れた。

「えっ、何処から出て来たの?」

驚いている波留子の手を取って車椅子に座らせると脇に回ってスロープを上って玄関扉の前に着いた。

「えゝ、いつの間にこんなスロープ…前は無かったよね。」

「波留子が怪我した翌日社長直々の命令で作らせたんだって。この車椅子も会社で購入したんだよ。もしも今後怪我して足が不自由な社員が出た時に仕事がし易いように利用して貰おうって。まっ、要するに皆んな波留子の為なんだけどね。愛されてるねえ、ハルコ。」

「やだ、マコちゃん。大人をからかうもんじゃありません。では介護士さん、私を上まで連れて行って。」

「了解しました、女王様。」

二人はケラケラ笑いながら楽しそうにビルへ入って行った。そんな様子を目にしたレセプションの神田が二人の元へ走って来た。

「小林さあん。良かった、出て来られたんですね。怪我されたって聞いて、私が上の方々にもお話ししていればって。ごめんなさい、こんな大怪我させてしまって。」

「神田さん。貴女が責任感じることなんて少しもないのよ。貴女が話してくれていたお陰で警察は直ぐに犯人逮捕出来たんですもの、気にしないでよ。」

「あゝ、有難うございます。小林さん早く復帰して下さいね、待ってます。」

「うん、有難う。あ、それから 小林さん じゃなくて ハルさん の方が良いんだけどそう呼んで貰える。」

「はい。じゃあ私戻ります。ハルさんまた。」

「うん、またね。良いお年を。」

「ハルさんも、良いお年を。」

そう言うと神田は慎にも笑顔で会釈えしゃくして戻って行った。

「ハルコ、またファンが増えたね。どれだけハルコファンが増えるだろう。ファンクラブ作ろうっかなあ。」

「何言っちゃってんだか。はいはい、早く上に連れて行って下さい。」

波留子と慎は身分証カードを首から下げてエレベーターに乗り込んだ。

部長秘書室へ着いて慎がオフィス側のドアを開けた途端、パンパン、とクラッカーがいくつも破裂はれつした。

「きゃああっ!」

波留子の叫び声の方に慎は驚いて波留子を見た。波留子は大きく目を見開いて真っ青になって固まっていた。

「ハルコ⁉︎」

「どうした、今叫び声が‥ハルさん⁉︎ ハルさん大丈夫?」

波留子をおどかそうとしていた企画宣伝部の社員達は波留子の反応に驚いて皆動けなくなっていた。我に返った波留子が皆んなの様子に気付いて、

「あ、あゝ皆んな、ごめんなさい。クラッカーだったのね、破裂音にびっくりしちゃって、私ったらバカね。あは、あはは、‥ごめんね、ホントごめんね。」

「ああ、びっくりした。ハルさんってば僕等の方が驚かされちゃいましたよ。」

「ホント、ホント。」

皆口々に話し始め場はなごんできた。

「ごめんね、私驚くと大声出しちゃうから逆に驚かせちゃうのよね、いつも。」

皆んながオフィスの方で納会を始めるから、と部屋に戻って行くと仙が慎に目で合図を送り、彼女の車椅子と共に部長室へすべり込んだ。ドアを閉めると直ぐに鍵を掛け仙が駆け寄り、

「ハル、さっきのハルさん普通じゃなかったよ。どうしたの、何があんなにハルさんをおびえさせたの。誤魔化ごまかしっこ無しでちゃんと教えて。」

仙は両手で優しく波留子の手を包み込みそう促した。

「仙。」

そう口にした波留子の手は震えが止まらずにいるのだった。

「あ、私、あの、昔旅行先で買い物してた時お店に強盗が二人入って来てホールドアップさせられて、お客さんの一人と店員の人がその強盗捕まえようとして、目の前で、私の直ぐ側に来ていた犯人に拳銃で撃たれて、その銃声で警察が店を包囲して銃撃戦になって。‥もう忘れてたんだよ、自分でも。クラッカーだって平気になってたのに、突然フラッシュバックが起きたみたい。身体中から血の気が退いて行く感じがして‥怖かった。」絞り出すような最後の一言に真の恐怖を感じ取った仙と慎。仙は波留子の身体を優しく抱き締めそっと言った。

「怖い思いしてたんだね。でも、もうずっと前に終わったんだよ。もうそんな危ない目に合うことないから安心して。きっとこの前の事件のせいでフラッシュバック起こしたんだよ。俺が傍にいるから。」

頷きながら波留子の頰にスッと涙が溢れ落ちた。仙が波留子の涙を拭っている時、部長室のドアがノックされた。仙が慎を制して自身でドアを開けに行くと企画宣伝部の女性社員が一人心配そうに立っていた。

「ハルさん、大丈夫ですか。真っ青になってらしたし、此方こちらに入って行かれたからどうしたかと思って。まさかあんなに驚かれるなんて思わなかったので、私達今日ハルさんがいらっしゃるって部長にお聞きしてレセプションの人に来たら知らせてくれるよう頼んでおいたんです。ハルさん喜ばせたくて。」

「うん、大丈夫だよ。驚いた拍子に痛い所が椅子に当たっちゃったんだって。なんせ全身痣だらけだって言うから何処が当たっても痛むんだよ。それに肩の骨ヒビ入ってたって昨日言ったでしょ。もう落ち着いて来たからもうちょっとだけ待ってあげて。」

「ああそうだったんですか、良かった。じゃあ、みんなに言ってきます。失礼しました。」

「ハルコ、やっぱりファンクラブ作ろうよ。」

慎が波留子に言うと波留子も笑って、バカ言うなと返してきた。それを聞いて仙もホッと胸を撫で下ろした。

「すいませーん。ご心配お掛けしましたが、もう大丈夫。ハルさん殺すに刃物は要らぬ、クラッカー鳴らせばイチコロよ!って言うのがバレちゃったね。」

波留子が車椅子で部室に現れ開口一発、そんな冗談を口にしたので皆んな大笑いして安堵したようだった。

「ハルさん、昨日聞いたけど全身痣だらけなんだって⁉︎ 痛いでしょ、ちょっと触れただけでも。可哀想。」

「足は捻挫とヒビ、って聞いたんだけど手首や肩の骨もでしょ、酷いよね。」

皆んなが次々に波留子の様子を気に掛け声を掛けてくる。そんな様子を見ながら慎が仙に、

「仙、桐生さんの目は確かだよ。ハルコは皆んなのハート、がっちりつかんでるよ。でもさ、ハルコが部長になったら仙と結婚しないんじゃない。」

「なんでだよ。」

「だって仕事に生き甲斐見つけちゃったら一度結婚にりてるんだからしたくなくなるでしょ、普通。」

「そんな事分からないだろうが。」

「親子でコソコソ何話してるんですか、部長。」

と男性社員が声を掛けてきた。

「もしかして、もしかしたら、部長もハルさんねらってるんじゃ⁉︎」

「え、な何急に。」

「ああ、慌ててますね!部長、競争相手多いですよお。」

「えっ、そうなの?ハルコ狙ってる人、そんなにいるの。」

「いますいます。かく言う僕もその一人ですよ。この部の独身男性は全員、ハルさん狙ってます。年齢不詳だし、歳上だって事は分かっててもハルさんとなら絶対楽しいだろう、っつって。ハルさんどんな話でもちゃんと聞いてくれて、いい加減じゃなくてちゃんと意見してくれるし。怒られてもなんか気分良いんですよね。」

「へえ、そうなんだ。」と慎。

「あ、でもうちの部だけじゃないっすからね。よその部でもハルさん狙って会いに来る奴いますから。」

「へえ、凄いんだ、ハルコって。」

「だって綺麗だけど近寄りがたい美人、って感じじゃない。むしろ自分が美人だって思いもせずにサバサバしてて気取った所が少しもないでしょ。笑う時だって豪快ごうかいに笑うし、たまに秘書室で鼻歌歌ったりして。それがロックとかだったりして、面白いですよね。一緒にいたら楽しいだろうなあって思えちゃう。なかなかいないですよ、彼女みたいな女性。」

「皆んなハルコの事よく見てるんだね。」

「そう言えば慎君、昨日も今日もハルさんと一緒ですね。なんで慎君が?

まさか慎君まで?いや、それはないよね、君未だ十代、だよね。やめてくれよ、君や部長相手じゃ僕達叶いっこないんだから。」

「じゃあ、一丁本気出して迫ってみようかな。」

と慎が応酬している横で、仙は内心溜息を吐いていた。

一時間半かもう少し長かったか、そろそろ波留子の身体の事が心配になって来た仙が皆んなに、

「わざわざ来て貰って電車で帰すわけにはいかないから僕がハルさんを送って行くよ。皆んなはこれから二次会だろ。明日から休みだからって飲み過ぎるなよ。じゃあ、ハルさん行こうか。慎も行くぞ。」

そう言って部長室にバッグが置きっ放しだと言う波留子のために一度部長室へ寄り、しっかり鍵をかけてもう一度皆んなに別れを告げてエレベーターに向かった。

エレベーターに乗り込むと波留子が嬉々ききとして、

「私、年明け仕事始めは難しいかもしれないけど、翌週から出社したいです。いいですか、部長。」

「ハルさん。出て貰えるのは有難ありがたいけど身体をいたわってあげないと。後々しっぺ返し食うよ。」

「ううん、逆だよ。そうやって甘やかしちゃいけないのよ。歳行くと直ぐに周りが労ろうとするでしょ。そうすると身体が直ぐなまけることを覚えて元通りになるまで逆に時間掛かっちゃう。歳が行った人間程少しキツイ位に頑張らないと元気は維持出来ないの。だから部長、仙、お願いします。」

と波留子は仙に頭を下げた。仙は苦笑いするしかなかった。それでも、

「分かったよ。でもハル、年明け病院が始まったら必ず受診して、医師がOK出してくれたら出社を許そう。だけど、もし未だ駄目って言われたらちゃんと医師の忠告を聞く事、約束してくれる?」

「はい。ちゃんと受診して先生に伺ってから、ならいいですね。良かったあ。皆んなの顔見てお喋りしてたら早く職場に戻りたくなっちゃって。そう言う風に考えられると怪我も早く治りそうだと思いません。」

「ハルコ、ポジティブだねえ。それって凄くいい事だと思うよ。でも病院には俺も一緒に付いて行くからね。誤魔化し無しだよ。」

「分かってます。この休暇中に絶対良くなってみせるから。」

地下駐車場のエレベーターホールで車椅子を下り、波留子は松葉杖で歩き出した。しっかり自分の足で地面を踏みしめるように。

車に乗り込むと波留子が、

「仙、年内の仕事の締めだから屋台行こうよ。」

「屋台って、ハルさん座るの大変じゃない。大丈夫なの。」

「うん、大丈夫。おじさんに会いたいし、おでん食べたい。マコちゃん、いい?」

「いいよ。どうせ今日は二人もお酒は飲めないんでしょ、仲間外れにならなくて済むからいいよ。」

「慎、お前最近ハルさんの言うことにはやけに素直だな。」

「そりゃそうだよ、ねえハルコ。俺達相思相愛だもんねえ。」

そう言って後ろの席から波留子の右腕に手を伸ばそうとしているのを目のすみに捉えた仙が素早くたたいた。

「痛っ!何すんだよ。ハルコ、暴力親父に叩かれたあ。」

「はいはい、叱ってあげますからね。仙、駄目でしょ、可愛い息子に手を上げちゃ。私がお仕置きしちゃうぞ。」

そう言うと仙の左手をきつく握った。

「ごめん。」

「分かれば宜しい。マコちゃん、パパ反省したって。許して上げてね。」

「えゝ、お仕置きってハルコ手え握っただけじゃん。狡いよそんなの。」

「あら、そうお⁉︎ でもこれから食べに行くのに仙は私の隣には座れないのよ。」

「えっ、ハルさん嘘でしょ。」

「嘘じゃないよ。だって仙、マコちゃん何にも悪い事してないのに叩いたでしょ。だから罰。」

「慎、本当にごめん。」

しょんぼりしている仙の様子に慎はちょっと気の毒になって、

「分かった。もういいよ。」

「マコちゃん、立派。見た目だけじゃなくってハートもイケメンなのね。」

そう言われ嬉しそうな笑顔を見せる慎とは対照的に仙は少し寂しそうだった。

屋台広場に着くと慎が最初に車を降りて屋台へと向かった。仙は助手席側に回って波留子に手を貸して車から降ろし、彼女のペースで屋台に向かった。

「ハルコ、こっち。ほら見て、これなら少しは楽でしょ。」

「こんばんは。おじさん、お久し振り。ごめんね、ちょっと怪我しちゃって身体の彼方此方痛くてさ。今夜は薬飲んでるからお酒は飲めないんだ、超残念。」

「大丈夫かい。随分酷い有様ありさまだなぁ。」

「ははっ、反射神経もおとろえて来てるんだよね。だからこんな大怪我になっちゃってさ、情けないよ。」

「ふうんそうなのかい⁉︎仙さん、あんた心配し過ぎでちょっと痩せたんじゃないの。」

「あゝ、やっぱりおじさんもそう思う。もしや痩せたんじゃないかって心配だったの。じゃあ今日は美味しいの沢山食べさせてあげて。私、今料理も作れなくて、逆にこの二人が美味しいもの作ってくれてるんだ。はっきり言って、私より上手いかも。ヤバいね、存在価値が無くなっちゃう。」

「何言ってるんだよ、そんな訳ないだろ。怒るよ、ハルさん。」

ぺろっと舌を出して仙の表情を盗み見るように、

「ごめんなさい。」

テーブルに手をついて頭を下げる波留子。

「まあまあ、せっかく三人揃って来てくれたんだ、喧嘩けんかなんかしないで仲良くしてくれよ。喧嘩なんぞしてたら美味うまいもんも不味まずくなっちまう。」

「そうだそうだ。今日の仙は嫉妬に狂っててさっきから怖いんだよ。ハルコがおびえちゃうよ。」

波留子は何も言わずに笑顔で仙を見た。波留子の笑顔を見ると少し寂しげな笑顔を見せた仙に、

「仙⁉︎ どうしたの、隣に座らせなかったから怒ってるの。」

「ハルさんに怒ってなんかいないよ。なんだかハルさんが皆んなに好かれてて、嬉しいんだけど遠い所に連れて行かれちゃいそうで。どう言ったらいいのか分からないんだけど、何だかイライラ、モヤモヤするんだ。」

「仙さん。あんた、ハルちゃんに惚れられてるって自信がないのかい。」

それを聞いてびっくりしたのは波留子の方だった。

「えっ、嘘でしょ。仙が?」

「案外そんなもんなんだねえ。ハルちゃんは自分で意識してないから分からないっつうか知らないんじゃない、自分がどれだけモテるかなんてさ。」

「はあ?おじさん、冗談言わないでよ。私がモテる、んな訳ないじゃない。」

「なんで、ハルコ。なんでモテないと思うの?」

「なんでって…別に人に抜きん出たなんらかの才能がある訳じゃないし、凄い美人って訳でもスタイルがいい訳でもないでしょ。何処取ったってひいでるものがある訳じゃないし、そんなにモテる要素ないじゃない。」

「ハルコ。知らぬは本人ばかりなり、だね。」

「えっ?」

「今日ね、納会でハルコが皆んなとお喋りしてた時に宣伝部の人が俺達の所に来てさ、社内の独身男性の多くがハルコを狙ってるんだ、って言われたんだ。その上、まさか仙や俺までハルコを狙ってるんじゃないかっていぶかしんでた。彼、本気だったんじゃない。」

「嘘⁉︎」

「嘘じゃないよ。ハルさんがこんなに人気者になっちゃったら俺なんか置いてきぼりにされそうだよ。」

仙の情けない言葉を聞いて波留子は怒りが湧いて来てた。

「バカ!仙のバカ‼︎ そんな事言う仙なんか大っ嫌い。私の事信じてないからそんな事口に出来るんだよね。信じてくれない人と一緒にいても意味がないよ。別れよう。」

仙が固まった。文字通り、石のように固まって動けなくなっていた。そんな二人の間で慎がオロオロするのを屋台の店主も黙って見ているしかないようだった。

「ハルコ、父がこんなに気弱い男になっちゃうなんて信じられない。けどさ、それ位ハルコにゾッコンって事なんじゃない。ハルコが信じられないんじゃなくて、ハルコが沢山の人に好かれてるのが分かって自分がハルコの気持ちをずっとつなぎ止めておけるか不安になったんだよ。ハルコにそんな冷たい事言われちゃ立つ瀬がないじゃない。」

慎が波留子に話している。下を向いたままの仙が波留子の方に視線を投げた時、波留子の太もも辺りが濡れているのに気付いて顔を上げた。彼女の顔は涙でぐしょぐしょになっていた。仙は自分の醜態しゅうたいが彼女をこんな風に泣かせてしまったのだと気付いた。

「ハル、ごめん。波留子を怒らせてごめん、泣かせてごめん。二度とさっきみたいな気弱な事言わない、思わない。ほんとにごめん。」

両方の手で交互に波留子の涙を拭いながら仙は一生懸命謝った。涙を拭っている仙の手を掴むと波留子は仙の掌に口づけた。

仙は黙って波留子の身体を抱き寄せた。

「マコちゃん、今夜は熱いなあ。」

「冬なんだけどねえ。」

仲直りした後、皆んなでワイワイ楽しくおでんを食べてそろそろ帰ろうか、と言う時になって波留子が、

「おじさん、お正月に皆んなで集まるんだ。その時美味しいワインを飲みたいの。おすすめのワインある?もし今夜あるなら買って帰りたい。」

「正月に飲みたいの? あゝなら丁度いいのがあるよ。持って行くかい。何本要るんだい。」

「逆に何本ある?」

「今夜は三本しか持って来てないけど。」

「じゃあ三本全部頂戴。いいでしょ、仙。」頷いて今夜の食事代とワインの代金を払おうとして、

「親父さん、計算間違えてない。ワインの代金三本分だよ、もっとになるでしょ、ちゃんと計算して。」

「ハルちゃんへのお見舞いと二人が仲直りしたお祝いだよ。仙さん、女の人って好きな男が磨いて光らせてやるのが一番綺麗に光るんだよ。ハルちゃんが綺麗になったのはあんたが綺麗にしてやったからで他の人じゃ駄目なんだよ。忘れなさんな、色男。」

「親父さん。有難うございます。肝に銘じておきますよ。もう二度とハルさんをあんな風に泣かせたくないから。本当に有難うございます。ご馳走様でした。良いお年をお迎えください。」

「あいよ、あんた達も仲良くするんだよ。良い年をなあ。」

「おじさん、来年も宜しくね。」

「親父さん、やっぱり年の功だね、勉強になりました。また来年、アメリカに戻る前に必ず来ます。」

「おう、待ってるよ、天才少年。おやすみ!」

家に帰るまでの車中、慎はうんざりさせられていた。仲直りした波留子と仙はずっと手を握り合っていたのだ。

勘弁してくれよ、慎が呟いていた事など二人の耳には届いている筈もなかった。

波留子は気分的にはもう全快したかのように爽快な気分であったが、現実的には全く完治には程遠い状態で、気がいても身体は思うようにならず、部屋についてからは晴れやかだった気分も一気に何処かへと消え去ったように沈んで行った。それでも仙や慎の前では空元気を演じ続けようと決め明るく振舞う波留子だった。

慎が先に入る、と声を掛けお風呂に入ると仙が波留子の側に来て、

「ねえハルさん、から元気は要らないよ。俺も慎も波留子の空元気は直ぐ分かるんだ。だから無理しなくていいんだよ。他の人はともかく俺達には必要ない。俺達、家族だろ。空元気見せるなんて他人にするもんだからね。」

「仙。私達家族‥⁈ うん、そうだね、家族なんだね。だから一番居心地が良いんだ。仙、さっきはきつい事言ってごめんね。」

「いや、言わせちゃったのは俺の方だから。言いたくない事言わせちゃってごめん。」

「仙。」

「うん?」

「今夜抱いて。」

仙は波留子の手を握るとにっこり笑って見せ首を振り、

「ハルさん、今言ったでしょ。俺達は家族なんだって。こんな怪我してる身体で俺に気を使うなんて事考えなくていいよ。今は一日でも早く治って貰いたいんだ。だから怪我が良くなるまではハルさんのキスだけで充分だよ。」

「仙、ありがとう。私ったらさっき自分の怪我の事忘れて本気で仙が欲しいと思ったんだ。バカだね、私。」

「ううん、そんなに想って貰えてるなんて嬉しいよ。でも一週間は、頭の事もあるから止めておこう。」

「あ、ごめんね仙。私って淫乱いんらんなのかなぁ。こんな怪我してるのにそれを忘れて貴方を欲しがるなんて。」

「そんな事あるもんか。俺なんかいつでもハルが欲しいよ。だからこそハルをこんな目に合わせたあの女が許せないんだ。」

「うん。でも、彼女は彼女なりに仙のこと本当に好きだったんだよきっと。そうでなきゃここまではしなかったと思うよ。もう彼女は捕まったんだし、後は警察に任せて嫌な事は忘れよう。今はこうして一緒にいるんだから。」

「ハル。」

二人は何度も何度もキスを交わし、手を繋いで眠った。

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