再検査、そして昼食

「お待たせしましたね。次の予約は明後日あさってですが、何処どこか痛むとか、何かありましたか。」

医師の問いに対し、仙に代わって付き添って来た慎が、

「昨夜、入浴時に服を脱いだら前日は未だこんなに酷くはなかったらしいんですが、全身青紫の痣だらけだったんです。本人我慢強くて言わないので気が付かなくて。左肩のれ、それと左脚ひだりあしの向うずね、見て上げて下さい。ここ内出血してるんじゃないですか。昨夜入浴後湿布したんですけど、一向いっこうに腫れが退かなくて何か治療法はないですか。」

静かに座っている波留子とは対照的にスマホの写真を見せながら詰め寄って来る慎の勢いに気圧けおされ医師が、

「まあまあ落ち着いて下さい。小林さん、体の痣はかなり痛みますか。」

「はい。着替えをする時や不用意に身体からだを動かした時、例えば寝返りを打とうとした時なんか物凄ものすごく痛いです。あと、誰かに身体をさわられる、と言うか肩を軽くれられただけでも痛くて、特に左肩は上げ下げするのも困難です。」

「そうでしたか。もっときちんと伺っておくべきでした。痛い思いをさせてしまってすみませんでした。内出血してる部分は腫れが退かないのは少し心配なのでレントゲンとCT撮って見ましょう。肩の方もレントゲン撮らせて下さい。先日は足と手の方しか撮っていませんでしたから。その結果を見てから治療法を考えましょう。」

「では、検査を受けて頂きたいので此方こちらへお越し下さい。」

看護師に案内され一旦いったんロビーに戻って待つよう指示され待っていると、看護師が車椅子を押して戻って来た。

彼方此方あちきち移動するのに歩くのでは大変ですからこれをお使い下さい。」

そう言って波留子を座らせた。看護師が押して行こうとするのを慎があつかい慣れているから自分が押すと言って交替こうたいさせた。

「先ずレントゲン室でレントゲン撮影をして頂いて、それからCT検査室の方へ行って頂きます。ではどうぞ此方へ。」

そう言って先を行く看護師にいてレントゲン室へ行くと、看護師からレントゲン室の奥がCT検査室になっているので、レントゲン撮影が済んだらファイルを受け取ってCT検査室へ行きファイルを渡して撮影、それが済んだら先程の診察室前のロビーに戻って呼ばれるまでお待ち下さいと言い、レントゲン担当医に波留子達をあずけて看護師は立ち去った。

レントゲン担当医は金属類を全て外す必要があるので下着を取って検査着に着替えて下さい、と言い更衣室へ案内した。少し着替えに時間がかってもいいか、と承諾しょうだくを受け波留子は一人で更衣室に入った。しばらくして更衣室から出て来た波留子があおざめているように慎には見えたが何も言わずレントゲン撮影の為、波留子だけを残して部屋を出た。

撮影を終えて部屋から出て来ると担当医はそのままCT検査室へ行って結構ですよ、と言ってくれ慎は内心ホッとしていた。CT撮影を終えると更衣室に戻り大丈夫だから、と波留子はまた一人で更衣室に入った。

着替えを終えぐったりしている波留子を車椅子に座らせるとロビーに戻って待った。

「なんだか凄く疲れたみたいだね、着替えるの痛かったんじゃない。平気だった。」

心配そうに尋ねる慎に波留子は、

「大丈夫。脱ぎ着がしやすい服だから。それでもあんなに時間食うなんて、ホント情けないわ。マコちゃんにも心配かけちゃったね、疲れたけどそれだけだから、大丈夫よ。有難う。」

「うん。」

波留子の名前が呼ばれ診察室へ入って行くと医師からレントゲンの結果、肩の骨にわずかだがヒビが見られると言われ、当分湿布をし、なるべく動かさないようにと言われた。また向う脛の方もヒビが入っているが内出血はすでに止まっているので此方も湿布をして様子を見ましょうと言われた。全身の痣についてはクリームを出すのでそれを毎日塗っていれば早期に痣も薄くなるでしょうとの事。ただ全身の至る所に痛みがあるのでは動くに動けないでしょうから幾分でも痛みがやわらぐよう痛み止めを五日分出しておきます、と言ってくれたので波留子も慎も大いに安堵した。

会計を終え薬の処方箋しょほうせんを貰って病院を出た時にはもう昼時になっていた。病院を出ると直ぐに慎が仙に電話を掛け診療結果しんりょうけっかを伝えた。すると仙も安堵した反面はんめん、肩と向こう脛の骨にヒビが入っていると聞き、また病院での波留子の様子を聞いて胸を痛めるのだった。しかし波留子達が未だ病院前にいるのだと知ると、それなら会社から近いなのだから一緒に昼食を食べようとさそった。慎は、外で立ったまま波留子を待たせるわけには行かないので一旦病院内に戻る、着いたらメッセージを送ってくれる様言って電話を切った。波留子に電話の内容を伝え院内に戻ろうと波留子の身体を気遣きづかった。

二十分程して仙が車で到着し、二人を乗せ病院を後にした。

「ハルさん、やっぱり今日もう一度診て貰って良かったね。まさかヒビが入ってたなんて、かなり痛むんでしょ、我慢しないで言えば良かったのに。」

「我慢してた訳じゃないよ。身体中からだじゅう彼方此方痛いから自分でもよく分からなかったの。でも考えたら打撲だぼくなら冷やせば腫れが退いて行く筈だもんね、トロいよねえ私ってば。」

「ハルコ、我慢強い。」

「うん、まったく、ハルさんらしいや。ところで、昼、何食べたい。」

「和食がいいな。昨日は昼牛丼で夜イタリアンだったでしょ。だから魚が食べたい。」

「じゃあ寿司でも食べに行くか。」

「やったあ!俺、大トロとウニ。」

「お前、相変らずだな。ハルさん寿司でいい。」

「うん、私はイカと貝が好き。あ、あと中トロ。」

「はいはい、二人とも寿司は好物だった訳ね。じゃあこれからは美味しい寿司屋は押さえておかなきゃね。」

昼時とは言え寿司屋で並ぶ様な事はなくすんなり入る事が出来て、波留子が怪我をしていると見ると一番手前の丁度三人横並びのカウンターを用意してくれた。

「好きに注文していいからね。」

波留子を真ん中に仙と慎が両脇りょうわきに座ると仙がそう言った。

「じゃあ俺、中トロと大トロね。」

「私、中トロ。イカは何がありますか。」

「真イカ、甲烏賊こうイカ、スルメ、紋甲もんごうイカ、アオリイカ、後ホタルイカだよ。」

「じゃあ真イカを柚塩ゆずしおでください。」

「あいよ、上手うまい食べ方知ってるね。」

められ少し照れた様に笑う波留子を見て仙は嬉しくなった。

「あ、じゃあ俺も彼女と同じものお願いします。」

「かしこまり。」

「あのね、今日の会議であの二人について会社としての対応が決まったんだ。刑部部長は八尾に自分との事を奥さんにバラすっておどかされて手を貸したっていう事が警察の調べで明らかになったって。でもまあ、身から出たさびである事に違いないし、悪事と知ってて手を貸した訳だから一応自主退職じしゅたいしょくあつかいで、ただし会社への迷惑や被害を考慮こうりょし退職金はゼロ。八尾崇子については懲戒解雇ちょうかいかいこに加え、会社として民事裁判にうったえる事になった。社としてのイメージ維持いじの為にも、波留子の為にも必要と判断したんだ。

それから、総務部長の後任人事についてなんだけど、修弥から異例いれいではあるけれど、その仕事振りや人望の厚さからとる新人に任せてはどうかって案が出たんだ。」

「新人? じゃあ若い人の中に部長にしたい様な人物がいるんだ、凄いね、うちの会社って。」

と波留子が喜ぶと、

「いや、若くは、ないんだけどね。」

「えっ、じゃあ中途採用か。なら十分あり得るか。」

「いや、だからそのお、ハルさんに総務部長の後任をお願いしたらどうかって‥。」

「はあ? 何言ってんの仙。からかうのもいい加減にしてよ。」

そう言って仙の顔を見た波留子は仙の真面目な顔を見て驚いた。

「嘘!‥私未だ試用期間終えたばっかり。しかも終えた途端にこの有様で仕事に行けてない上、会社に迷惑掛けてるんだよ。桐生さん何考えてんの。」

「俺も最初驚いた。でも今日うちの部署だけじゃなく他部署からもハルさんの事を心配する声を聞いた。ハルさん皆んなの話をよく聞いてあげてるんだね。それで問題だと思う事、それとなく俺に教えてくれてたんだ。今朝彼方此方行ってそれとなく話を聞いてみてよく分かったんだ。さすが修弥、そういう情報は速いよ。俺としてはハルさんに俺の秘書をめられちゃうのは本当に困る。でも社の事を考えると無碍ぬげに断る事も出来なくて。ハルさんに一任するよ。ハルさんが部長職を受けるなら俺はそれを受け入れる。どお、ハルさん。」

波留子のはしは止まったまま固まった様に動かないでいた。

「ハルコ。」

慎に声を掛けられハッとして箸を置いた波留子は仙の顔をしっかり見て答えた。

「人事部長の推薦すいせん心底しんそこびっくりしたけど有難ありがたいとも思う。でもね、私は未だあの会社でたった三ヶ月しか働いていないの。それに秘書の仕事もやっと一人でなわせる様になって来たところで未だ未だ突発的な出来事とかへの対処は経験してないでしょ。せめて今の仕事で私の仕事振りを一年は見て欲しい。その上で、それでも私に部長がつとまると会社が思うならその時点で考えさせて貰います。ま、でも一年間も部長の席を空っぽにしておくわけにはいかないだろうから誰か探すでしょ、そしたらそっちの人の方で良かった、って事になるんじゃない。」

「ハル。やっぱり修弥は凄いよ。」

「えっ?」

「彼はハルさんが現時点で部長職の要請ようせいは受けたりしないだろうって。でも総務の仕事だからこそ、社員からの人望がないと務まらない。多分半年か一年は様子を見たいって言うに違いないからそれまでの間、部長二名で総務部長を兼任けんにんしてはどうだろうか、って提案したんだ。どうする、ハルさん。」

「どうするって‥私はどうもしない、さっき言った通り。重役達がそうしたいならそうすればいいんじゃない。もしかしたら待ってる間に兼任してる部長さん達が大変だから誰かやとおう、って事になるかもしれないし、一年私の様子を見ている間にやっぱり止めた方がいい、って事になるかもしれない。それは上が判断すればいい事で私がどうこう言う事じゃないよ。」

「分かった。じゃあ重役連中にはハルさんの意向いこうを伝えておくよ。」

「うん。でもさ、本音言うと仙の側でこのまま秘書の仕事がしたいんだよね。秘書の仕事って私に向いてる気がするし。」

仙の目を避けるように前を向いたまま波留子がポツリと言ったのを聞いた仙はおもむろに彼女の顔を自分に向けて、暫しその顔を見つめると彼女のkyちびるに軽くキスした。

「ひゃあ、昼時からごちそうさんです。」

板前さんにそう冷やかされキスされた波留子の方が真っ赤になってしまうのだった。

昼食を済ませ店から出ると仙は会社に戻らなくちゃならないからタクシーを拾って帰るようにと慎にお金を渡して立ち去ったのだが、直ぐに戻って来て、

「年内は明日で終了だから五時からオフィスで納会のうかいがあるんだ。皆んな昨日はハルさんと大して話が出来なかったって文句が出ちゃってさ。明日の納会、来られる⁉︎ あ、いや、今日の検査の結果を考えたら止めた方がいいか。」

「ううん、私も皆んなとちゃんと話せなかったから納会に行きたい。その代わりマコちゃんも一緒でないと駄目だけど。一人じゃタクシーにも乗れないし、マコちゃんは私の介護人だからね。」

「分かってるよ。それにこいつ呼ばなくても毎年納会には必ず来るんだ。な、慎。」

「あゝ。でも明日ハルコが行くなら俺はちゃんとハルコの看護人としての仕事をするよ。ねえ、ハルコ。」

怪我をしていない方の肩に手を回し、慎が波留子に顔を寄せた。

「やっぱりお前はハルさんを連れて来たら直ぐ帰れ。」

「えゝ、何で。ああ分かった、いてるんだ!図星ずぼしだろ、仙のやきもち妬き!ハルコに愛想あいそかされるぞ。」

うるさい!じゃあハルさん、早く帰るからね。気を付けて帰るように。」

そう言って早足で車に戻って行った。

「マコちゃん、父親を揶揄からかうなんて良くないよ。仙って自分で言う以上にやきもち妬きなんだから。最近私も時々呆れる事があるのは確か。」

プッと二人で笑い出してしまい、暫し笑いが止まるまでその場に留まった。

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