被害状況は、

波留子を起こして、慎と三人でエレベーターに乗り地下駐車場へ下りて行った。車に乗り込もうとした時、悠介から電話が入った。刑部総務部長が八尾に協力していた事が確定的となり彼も今日逮捕された為、社としての対応等を話し合う。ついては重役会議を明日朝一で開く事になった。彼女の事もあって忙しいところ悪いが必ず出席して欲しい、と言うものだった。仙は二人に電話の内容を伝え明日は慎に朝から波留子の世話を頼む、と付け加えた。

「そのつもりで俺もあのマンションに移るって言ったんだから任せて。それより、夕飯、家で食べようよ。パスタなら直ぐ作れるから。但し、仙も手伝う事。いいね!」

「分かった。じゃあ帰りに何処かスーパーに寄らなきゃな。」

「目立つよ、きっと。こんなイケメン二人がスーパーで買い物なんてさ。」

「ハルコ、からかわないでよ。」

「からかってないよ。自分達が如何いかに世間並み以上なのか知るべきだね。そう言えば、仙の身長が百八十あるんでしょ、じゃあマコちゃん幾つあるの。」

「えっ俺?俺は今百八十三、四かな。でも未だ伸びてる、だって俺、未だ十七歳だもんね。どう、カッコいいでしょ、ハルコ。」

「うん、本当にモデルみたい。でも百六十三の私には大き過ぎるかなあ。私は仙の背丈位が丁度いいかなあ。」

「おお、嬉しい事言ってくれちゃって。ハルさんワインで乾杯したいね。」

頷いている波留子と仙に向かって、

「駄目に決まってるでしょ、ハルコ薬飲まなきゃいけないんだよ。」

「そうでした、ごめん。」

波留子が慎に謝ると、

「謝るのは父だよ。病人に何酒勧めてるの。ハルコに早く治って貰いたいんでしょうが。」

「そうだった。俺が悪かった。」

仙のその一言で三人は笑い出していた。

自宅に戻ると仙が波留子を抱いてソファーまで連れて行きそっと下ろした。

「ハルコはゆっくりしてて。」

そう慎に言われソファーに座らされた波留子はソファーに沈み込んでしまった様に、動こうにも動けなくなってしまった。キッチンに立つ男二人、波留子は二人の動きに殆ど無駄がなくかなり手際てぎわよく進めているのが分かった。

「なんだ、二人とも料理出来るんだ。見てても手際の良さが判るよ。」

「俺はアメリカに行ってから自炊じすいしてるからね、結構自信があるんだ。父も昔料理してたんだよね。」

「ええっ、そうなの。」

「あゝ、母さんが病気で入院してた時に始めたんだ。俺しかやる人間がいなかった、って言う方が正しいけどね。」

「そうだったんだ。私と似てるね。」

「えっ、波留子も?」

「うん、小学校六年生の時に初めて母が入院して、妹や父の食事やお弁当作ってた。ちょくちょく入退院を繰り返してたからそのうち料理の本買ったりしてレパートリー増やしたりしてさ。中学の時なんか早朝に母が苦しみ出して救急車呼んだりして朝からバタバタしてて一回学校遅刻したんだ。父は母が倒れたら青くなっちゃって使い物にならなくてさ。でも父に遅刻の理由を書いてもらって担任の女教師に提出したら分かったわ、大変ね、なんて言っちゃってクラスのみんなに私の家の事話しちゃってさ。だから遅刻する様な事があっても気を遣ってあげましょうね、だって。お陰で格好のいじめ対象にされちゃったんだよ。死ぬほど悔しくて学年主任の先生の前で担任と大喧嘩したもん。あ、ごめん。こんな黒歴史、要らないよね。ハハッ!」

と仙が直ぐに飛んで来て、

「大丈夫。きっとその先生波留子に嫉妬しっとしたんだよ。」

「嫉妬?」

「うん。波留子のアルバム見せてくれたでしょ。子供時代から綺麗きれいな顔してたんだもん、きっと嫉妬したんだよ。でも、いじめにってたなんて。」

「ハルコは天然パワーの持ち主なんだな。」

「天然パワー?」

「そう!ハルコはナチュラルに自分らしく生きてるだけ、って言うでしょ。でもそう出来ない人が現実には多いわけじゃん。美貌も強い信念も持っててサラッと生きてる、なんてさ、嫉妬したくもなるんじゃない。しかも本人はその事に無頓着むとんちゃくなんだから。だからそれ、天然パワーだよ。」

「それってめ言葉?」

頷いて見せる慎と仙。

「ホント⁉︎ならいいや。虐められたお陰で強くなれたのかもしれないしね。」

「おお、ポジティブだねえ。そこがハルコのいい所。」

慎の言葉に頷きながら仙は波留子を抱き締めた。抱き締められた波留子は苦しそうに、

「仙、抱き締めてくれるのは嬉しいけど、お腹空いたから早く食事にしてくれる方がもっと嬉しい。」

言われて仙は、

「あ、そうか、ごめん。もう直ぐだから待ってて。」

と波留子の身体を離し、キッチンに戻った。

慎が作ってくれたのは厚切りベーコンの入ったカルボナーラでその味は絶品だった。そして仙が作ったのは豆腐とワカメの入ったサラダで仙の作った和風ドレッシングはピリッと柚子胡椒ゆずこしょういていてこちらも絶品だった。

「こんな美味しい料理が作れるならわざわざ料理人なんて必要ないじゃない。やっぱり悠介さんのさそいをお断りして正解だった。」

「いや、でも仕事してるんだから平日そんな料理してる時間はないよ。それに快斗と親父は料理しないし。」

「そうなの⁉︎ 今時の若い人は男の人の方が料理りょうり上手うまかったりするのにね。私、料理するのが上手じょうずな男性好きなんだ。でも男の人が料理すると片付けしないでキッチンの後片付けが大変だったりするでしょ。その片付けしなきゃいけないと思うと料理して欲しくなくなるんだよね。」

「ハルコの前の御主人って料理する人だったの。」

「うん、共働きしてた頃は休日の朝食とか昼食なんかは冷蔵庫掃除とか言って作ってくれてた。けど後片付けは私になるからねえ。それに娘達が生まれて、私が仕事辞めてからはさっぱり。料理以外の事も、専業主婦なんだから家の事は全部お前の仕事、俺は外で働いてるんだ、ってさ。でも普段の家事はともかく何でもかんでも、って結構大変な時もあったりするよ。相談すると自分で考えろ、自分で考えて行動した事が気に食わなきゃバカ呼ばわり。私、ホントに自分はバカなのかも、って思い込みそうになってたもん。」

「それってモラハラでしょ。」

慎がボソッと口にした。

「へえそうなんだ、ああ言うのをモラハラって言うんだ。でも、多分本人はそんな風に考えてなんかいないのよ。働き手が一人になってヨイショし過ぎた私も悪かったのかもね。」

「それもモラハラの弊害へいがい。自分が悪いんじゃないか、って思い込んじゃう。そうじゃないよ、旦那だんなの方が間違ってる。だって家の事や家族の事って夫婦で対処すべきでしょ、その家族を作った夫婦で。そうでなきゃ夫婦の意味がないじゃない。俺、そう言う日本人の夫婦が一番嫌いなんだ。」

「そうか、そうだね、良くないよね。今はマコちゃんの言う事、よく分かる。でも、あの頃はそんな相談出来るような友だちもいなかったし、って言うか私のまわりもみんなたりったりの話でお互いそんなもんか、って思ってたしね。

うん?どうしたの仙、さっきから黙ったままで。あ、前の旦那の話なんか聞きたくなかったね、ごめん。」

「ううん、違うよ。波留子は随分色んな事にえてきたんだなあ、って思ってさ。全部一人で耐えてきたんでしょ、旦那さんが張本人じゃ。お母さんには話さなかったの。」

「うん、うちの親も子供時代から見てて手本になる様な夫婦じゃあなかったからね。どっちかと言えば反面教師、って言う方がピッタリだったから。でも、主婦やってれば大方の女性が私みたいなもんよ。私だけが特別って訳じゃないから。」

「波留子、俺は絶対波留子にそんなつらい想いなんかさせないから。どんな些細さだいなことでも相談して。一緒に考えよう。もしも俺が波留子を傷つける様な事言ったらビンタして、俺が今言ったこと思い出す様に。でもそうならない様に俺は波留子を守るから、安心して。」

➖なんて気恥ずかしい事スラスラ言ってくれちゃうんだろう。顔が火照ほてってる、きっと赤くなってる➖波留子は黙って笑顔で頷いた。

慎の手際の良さは調理後のキッチンがほぼ片付いている事からも判った。

➖ホントに料理が上手な人は片付けを同時にこなす、慎も本当に上手いんだなあ➖感心仕切りの波留子だった。

夕食後、ソファーで食後のコーヒーを飲んでいる時、不意に慎が口にした。

「そう言えばさ、ハルコお風呂どうするの。一人で入るの危ないでしょ。上手く歩けない上に手も片方上手く使えないんだし。俺、洗ってあげようか。」

「えっ?」➖何言ってんの?➖

「慎、お前何言ってんの。俺が一緒に入るよ、なんでお前が入る必要があるの。」

「えっ、あの、私一人で大丈夫だから。」

「ダメだよ!もし入浴中に意識を失う様な事があったら大変でしょ。そうでなくても中で転ぶかもしれないし。じゃあ仙、先に入って自分の体洗っちゃって、それからハルコ入れよう。」

「あゝ、じゃあお風呂沸》かすか。」

「さっきキッチンの片付け終えた時にスイッチ入れておいた。」

「おっ、気がくじゃない。でも食事終えて直ぐは体に良くないから少ししてから入るよ。ハル、薬未だでしょ。」

「うん、コーヒー飲み終わってから飲むよ。」

食後から一時間ほどず仙が風呂に入った。十分経つか経たないかで風呂場のチャイムが鳴らされ慎は波留子を連れて風呂場へ行った。

「じゃあ、此処からは一人で入ってね。」

そう言って慎はリビングに戻り、波留子は暫し逡巡しゅんじゅんするも覚悟を決めてドアを開けた。腰にタオルを巻いた仙が体から湯気ゆげを立ちのぼらせ待っていた。

「宜しくお願いします。」

そう言って波留子が洗面脱衣場へ入るのを仙が手助けしながらクスクス笑っていた。

「仙、何が可笑おかしいの。」

「だって、お風呂入るのに宜しくお願いします、って。」

「だってなんて言えばいいのか分からなかったんだもん。入るよ、って言うのもなんか変だし。」

「ハルは可愛かわいいな。」

「歳上をからかうんじゃないの。」

「はいはい。ほら、ブラウスいで。‥ハル、昨日着替えた時は未だそんなに時間経ってなかったからよく判らなかったけど、ひどいよこのあざ、あっちこっち青紫に変色してる。肩、左肩かなり痛むんじゃない右肩と大きさ違ってるもん。ハル、ずかしがらないで、ちょっと待ってて。」

そう言うと仙はドアを開け慎にスマホを持ってきてくれるよう声を掛けた。慎が急ぎスマホを持って来て、

「どうしたの。」

と聞くと仙が、

「ハルさんの体、打ち身が酷くて痣だらけなんだ。証拠として写真撮っておこうと思って。」

「そんなに酷いの?‥でも、そうだね、階段下まで落ちちゃってるから相当打ってるよね。」

後で写真見せるから、と仙はスマホを受け取りドアを閉めた。

上に着ていたものを脱ぎ下着姿で前後左右至る所に出来ている痣を写真に納め、パンツを脱がせると脚の方もやはり彼方此方あちきち痣だらけになっていた。特に向うずねは内出血を起こしているらしく紫色に腫れていた。

「ハルさん、これじゃ痛いよね。体、あわを立てて泡で洗うね。タオルでも痛そうだよ。」

「大丈夫だよ。人間歳を取ってくるとちょっとぶつけただけでも痣ができやすくなるんだから。ふれれば痛いけど、そのうち消えるんだから心配ないよ。」

「でも向う脛は診てもらった方がいいよ。腫れてるからね。後で冷やそうね。」

そう言うと波留子をかかえて浴室に入り、慎が用意しておいてくれた脚の長い椅子に波留子を座らせシャワーを掛けた。頭も体も洗い終えるとまた波留子を抱き抱えて今度は浴槽よくそうにそっとその身体を湯にけた。

身体からだみる?バスタブの広い風呂で良かったね。一緒に入れるし。」

「今だけだよ。」

風呂から上がって波留子にパジャマを着せると仙は彼女を抱き上げてリビングに戻った。

「慎、湿布しっぷしてあげてくれる。それと明日ハルさんを病院に連れて行ってくれるかな。ほら此処、内出血して腫れてるんだ。それと痣に効く塗り薬でも飲み薬でもあったら出して貰って。ハルさんの身体、全部って言うほど痣だらけ。」

そう言って先ほど撮った写真を慎に見せると改めてショックを受けたらしい慎が、

「酷い!ハルコ、こんなに痣だらけにさせちゃってごめんね。痛いよね、これじゃあ何処を触られても痛いはずだよ。あの時俺の手がハルコの体をつかまえられてればこんなにあちこち痣にならなくて済んだのに、ごめんね。」

「マコちゃん、貴方のせいじゃない。私あの時、マコちゃんから離れる様に突き飛ばされたもん。それは突き飛ばされた時に感じたから間違いないの。だからきっと、マコちゃんが助けられない様に逆の方へ飛ばしたんだよ。お願いだからこんな事で気に病まないで、ね、お願い。」

「うん、分かった。仙、俺せいぜいハルコの世話はしっかりやらせて貰うから。」

「うん、頼んだ。会社は後二日で年末年始の休みに入るからそうしたら俺が面倒見るからね、波留子。」

「えっ、会社は二十九日が年内最後だっけ。忘れてた。駄目だね、秘書のくせに。あれっ、年始は四日迄休みで五日から仕事始めだったよね。」

「うん、だからその間はいつもそばに居られるよ。」

➖いつもってそれはちょっとねえ➖ほんの少し、気が重くなる波留子だった。

翌朝、いつもより早く目を覚ました仙は、隣で眠っている波留子の寝顔を見て幸せな気分に浸っていた。

「う・ん‥せん⁉︎」

「おはよう、ハル。」

「おはよう。」

そう言って態勢たいせいを変えようとした波留子が、

「痛っ!」

と声を上げた。

「動くと痛い?大丈夫?」

「うん、‥ごめん、平気。なんか自分でもどう動いたら痛い所に当たっちゃうとかよく分からなくて。」

「ハル、おはようのキス、してもいい?」

波留子は仙に顔を向けた。

昨夜夕食の買い物と一緒に買って来たいちごとシリアルに牛乳を掛けて簡単な朝食を済ませると仙は会社へ出かけて行った。朝食の後片付けを済ませた慎が洗濯物を干しながら、

「ハルコ、洗濯物干し終わったら病院行こう、いい。」

波留子が笑顔で頷いた。

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