容疑者との対峙《たいじ》
仙のスマホが鳴った。電話に出た仙が電話に向かって、
「はい…ホントに?じゃあ確認出来たんだ。分かった。うん、
ハルさん、昨日ハルさんを突き飛ばした犯人が
「ハルさんも行くって言ってくれてる。直接警察署の方へ行けばいいの?‥うん、うん、じゃあ会社の方へ行けばいいんだね、分かった。‥ああ、呉々もバレないように慎重に頼んだ。じゃあ後で。」
「犯人捕まったんだ。」
慎が嬉しそうに尋ねた。
「あゝ、やっぱりうちの社員だったらしい。それで会社での侵入事件の事も有るから会社の方へハルさんにも来て欲しいって。全く!警察は
「大丈夫。犯人にも会えるなら直接会ってどうしてこんな事したのか聞いてみたいし。」
「ハルコ強い!でも俺も付き添っていい?ハルコの事心配だし、介護人なんだし。」
「そうして貰えたら私は有難いけど会社の人達になんて言うんです。」
「まあそれはそれ、適当に理由は付けるから心配しないでハルコ。それよりお昼、どうしようか。外食じゃハルコしんどいよね。近所に牛丼屋があったけどそれでいい。」
慎は二人の希望を聞いて買いに出た。
「急転直下、とはこう言う事言うんだろうね。会社の監視カメラの方も顔が確認出来る状態だったって言うし、指紋も合致したって言うし。でもうちの会社にこんな酷い事を仕出かす人間がいたのはショックだな。」
「仙。きっと私みたいなのが突然現れたのがそもそもの原因なんだよ。私がいなければこんな事起きなかったんだよ。ううん、起こさなくて済んだんだよ。
悪い事しちゃったかなあ、私。」
「バカ言うなよ!ハルが悪い訳ないだろ。そんな事絶対言うなよ‼︎」
「ごめん、仙。」
仙が波留子に優しくキスをした。
「仙。私、仙のキス大好き。」
「俺も。ハルにキスされるとクラっとする位幸せ。」
ふふっと笑い合ってまたキスしていると、
「あゝあ、これから毎日こうやって見せつける気?俺、年頃よ、
慎が帰って来ていたことに驚いて離れようとして波留子が痛みに悲鳴をあげた。
「慎、からかうんじゃないよ。ハルさん大丈夫、ごめんね。」
「大丈夫。マコちゃん、ごめんね。今日だけ許して。」
そう言って慎に手を合わせると波留子が仙に再びキスしたので慎は後ろを向くしかなかった。
「ホントに今日だけだよお。」
そう言いながら。
三人は牛丼で昼食を済ませると仙の車で会社に向かった。会社の駐車場に車を乗り入れるとその場で仙が快斗に電話を入れた。
「もしもし快斗、俺だけど。今地下の駐車場に着いた。何処へ行けばいい。ハルさんを彼方此方歩かせたくないんだ。‥うん?うん、じゃあ自分の部屋へ行けばいいんだな、‥あゝ、そうしてくれれば助かるよ。あゝ、‥いやハルさんの怪我は外傷だけじゃないかもしれないんだ。今朝、脳のCT撮ってその結果、安静にして今週いっぱい様子を観察する必要がある、って言われてるんだ。ん?‥あゝ、慎が面倒を見てくれるって言ってくれたんで退院が許可されたんだよ。だから安静にしてなきゃいけないって‥あゝ、そう、そう言うこと。警察にはよおく言っておいてくれよ。病人をこんな風に引っ張り出すような真似して、何か起きたら責任追及するって。あゝ、頼んだ。じゃあこれから部屋に上がるよ、‥うん、じゃあ後で。」
電話を切ると波留子と慎に向かって、
「行こうか。」
仙は穏やかな口調に戻っていた。
エレベーターで上がって行き部長室へ入り企画宣伝部のオフィス側のドアを開けると社員達が
「ハルさん、昨日怪我したって、本当だったんだ。」
「救急車で運ばれたって聞いたけど⁉︎」
「足、骨折してるの?」
「手も怪我してるし、大丈夫?」
皆一斉に押し寄せて来て口々に尋ねるので波留子はその勢いにたじろいだ。が、それより一瞬早く仙が社員達と波留子の間に分け入り皆んなに落ち着くよう促した。
「皆んな、ハルさんを心配してくれるのは嬉しいけど、見ての通り、彼女昨日ビルの正面玄関で突き飛ばされて打撲や捻挫で上手く動けないんだ。皆んなが一気に彼女に近寄ったりしたら動けない彼女はどうなる?分かるだろう。だからね、落ち着いて。」
「部長、犯人は捕まったんですか。捕まったとか、捕まらずに逃げてる、とか色んな話が出てて自分達も落ち着かないんですよ。何だってハルさんが狙われたのかも分からないし。」
「分かった。じゃあ僕が自分で聞いている事実だけを伝えるよ。
犯人と
これから警察の人がこの部屋に来るが、下手に覗き見ようとしたりすると妨害行為と取られかねないからね、呉々もそんな事をしないで仕事に
「さすが部長、部下の指揮は手慣れていらっしゃる、ねえマコちゃん。」
と波留子が小声で
「もうそろそろ警察が来るだろうからここのドアは閉めておかない。ハルコは自分の席に座る方が楽かな。」
同意の印に頷くと慎の助けを借りて波留子は自分の席に着いた。慎は波留子の後ろに立ったまま控えた。仙はデスクを
「失礼します。」
そう言ったのは私服警官の一人、若い方の刑事だった。
「九龍 仙さん、は貴方ですね。」
頷く仙。
「そして小林波留子さん⁉︎そうですね。」
波留子は軽く頷いて「はい。」と答えた。
「昨日の朝、小林さんが出社された
「はい、間違いありません。」
「先週金曜日に鍵は間違いなく掛けた?」
「はい。金曜日は部長と部長の息子さん、此方が息子の慎さんです。お二人の目の前で鍵を締め慎さんがドアを回して確認されましたから。」
「この部屋の鍵は部長と貴女のお二人だけがお持ちなんですか。」
その問いには仙が答えた。
「いいえ、私共二人と企画宣伝部の金庫に一つ、総務部の鍵保管庫に一つ、そしてこのビルの管理室に一つの計五つです。」
「分かりました、有難うございます。ところで小林さんが受け取られた脅迫文はどうされましたか。」
「メモに直接触ったのは私と部長、それに人事部長の桐生さんだけです。彼がメモを調べて貰うからとビニールの袋に入れました。多分もう警察にお渡ししてあるかと思いますが⁉︎」
波留子がそう言うと警官が、
「はい、提出されています。そのメモに残されていた指紋はこの八尾崇子ともう一人、総務部長の
誰かが鍵を開け侵入したと分かって盗聴器が仕掛けられているのではないか、と初めに仰ったのは小林さんだと伺っていますが、何か思い当たる
「いいえ。でも私供の部署は企画宣伝部です。新しい企画や宣伝案件について他社に
「なるほど。では他に理由はないと。」
「他の理由は考えていませんでしたので他の理由と言われてもお答えしかねますが。」
「分かりました。」
ここまで刑事は波留子の表情や態度の細かい点まで見逃すまいとしているようだったが、波留子にはやましいところがある訳ではないので逆にその視線を跳ね返すように刑事の視線を受け止め返していた。
「では次に、昨日の夕刻の事件についてお伺いします。小林さんは九龍 慎さんとご一緒だったと伺っておりますが、間違いありませんか。」
慎と波留子を
➖この視線、如何にも調べてやるぞ、って感じ満載で
「はい、一緒でした。」と答えた。
「立ち入った事をお伺いしますが何故ご一緒に?」
「昨日は夕刻からコマーシャルの完成披露試写会がありまして社長も営業部長も仙部長と御一緒に其方へ行かれるので慎さんがお一人で食事は寂しいから、と仰っていらしたのでお誘いしたんです。それで一緒に会社を出たんです。慎さんは今冬休みで日本に帰国されているので此方にはあまり親しい方もいらっしゃいませんので。」
波留子の返答には
「なるほど、そういう事だったんですか。よく分かりました。では一緒に会社の正面玄関を出た所で突然背後から突き飛ばされたという訳ですね。」
「はい。丁度階段に差し掛かる所でしたので足を踏み外してそのまま階段下まで落ちてしまいました。」
「ええっと、左足首の捻挫、左腕打撲、左手首捻挫、全身打撲と。あ、今朝ほど病院から連絡⁉︎ 頭部強打による意識混濁の疑いあり、安静不可避⁉︎
‥いやあこれは申し訳ない事をしました。そんな状態の方をお呼びしてしまって。」
「今頃ですか、刑事さん。朝、其方からの要請があった際にその旨お伝えしましたよね。」
快斗が腹を立て言い寄った。
「申し訳ありませんでした。未だ朝の時点では医師からの報告が上がって来ておりませんでしたので。」
「だから、病院に確認して下さいと申し上げたじゃないですか。彼女の体調に問題が起きたら警察が責任持って頂けるんでしょうね。うちの父は刑事部長と古い付き合いですからしっかりクレーム入れさせて頂きますよ。第一、被害者である彼女に対して先程から
イライラが
「昨夜のうちに手配して頂いた監視カメラの映像と、ビル内廊下に設置されているカメラにしっかり犯人が写っておりました。金曜日の夜、此方の秘書室へ侵入したのも小林さんを突き飛ばしたのも此処にいる八尾崇子と見て間違いありません。指紋については先程も申しましたように彼女の指紋と
「あの刑事さん、どうしてこんな事件を起こしたのか私どうしても本人にお聞きしたいんです。聞いても構いませんか。」
波留子が座ったまま身を乗り出すように刑事に迫った。
「本人は未だ黙秘の状態なんですが、聞くだけ聞いてご覧になりますか。構わないですよ。」
「八尾さん、八尾崇子さん。私は噂でしか伺っていないのですが、貴女が仙部長と結婚されたがっているとか。複数の方が貴女ご自身が部長を落としてみせると仰っているのを聞いていらっしゃるようですが、貴女は部長とお付き合いなさった事がお有りなんですか。それかご自身から部長にお付き合いしたいと申し込まれた事はお有りですか。
もしもどちらもない、と言うのでしたら貴女は部長に対してご自身で出来ることは何もせず、
波留子が言葉を切った途端、八尾が凄い勢いで波留子に襲い掛かろうとして警官にロープを思い切り引っ張られた。
「お前みたいな婆あが言いたい事ほざいてんじゃないよ!お前がこの会社に入ってこなきゃ私が部長秘書になれたんだ。そうすりゃ部長だってあたしの魅力に惚れ込んだに違いないのに。どんなコネを使って部長の秘書になったんだ婆あ。」
「婆あって私?貴方に婆あ呼ばわりされる言われはありませんけど。私は仙部長から直に前の秘書 佐野さんが結婚退職されるというので丁度職探しをしていた私に合っていると思うからやらないかってお誘いを受けたんです。それがコネと言うなら部長ご自身のコネ、ですかね。」
「なんで?なんであたしじゃなくてこんな女がいいの?どう見たって私の方が若いじゃない。あたしの方が綺麗でしょ。」
「八尾君、僕は若さも美しさも秘書の第一条件には何ら関係ないと思うよ。秘書の仕事というのは如何にその上司に快適に仕事をさせるか、それに尽きるんじゃないのかな。君みたいに周囲の人に対して
君がうちの社員であったことすら今僕は恥ずかしいよ。」
仙の言葉は彼女のプライドに
「もういいだろう、こんな奴さっさと連れて行ってくれ。君は
快斗が
「はあ、疲れた。」
「ハルコ、大丈夫?水飲む?」
「うん。今、ちょっと気分‥
そのまま波留子は意識を失い、気付いた時には部長室のソファーに寝ていて
「ふう、仙。」
手を握ったまま祈っていたのかぎゅっと瞑っていた目を開けると仙の目は充血していた。
「仙、私どうしたんだっけ、心配かけちゃった⁉︎ ごめんね、ちょっと興奮し過ぎたみたいだ情けないね。」
そう言いながら弱々しい笑顔を見せる波留子の顔に手を当てて、
「気絶したんだよ。気が付いて良かった。」
とだけ言って波留子を抱き締めた。
「皆んなは? もう大丈夫だから起こしてくれる。‥有難う、仙。」
「ハル、俺波留子のこと死ぬほど愛してる。さっき波留子が倒れた時周りの事なんか構ってられなくて波留子しか見えなかった。こんなに一人の
波留子はちょっと驚きはしたが仙の気持ちを優しい笑顔で受け止めた。
「仙、私はずっと貴方と一緒よ。何があっても貴方が私を必要としてくれる限り私は貴方の
痛まぬ方の手で仙の顔を上げ優しくキスをすると、
「もう大丈夫。慎君や他の人は?秘書室で待ってるなら呼んであげて、ね。」
そう言うと仙の手をぎゅっと握ってから離した。
仙が秘書室のドアを開けると慎が飛び込んできて、
「ハルコ、ハルコもう大丈夫なの。ハルコが気を失ったら仙ったら物凄い速さでハルコを抱いてこっちの部屋に入って鍵掛けちゃって入れてくれなかったんだ。凄く怖い顔、生まれて初めて見たよ仙のあんな顔。」
「そうだったの、ごめんね心配掛けちゃって。多分興奮し過ぎて
「ハルコの担当医に電話したんだ。先生もう直ぐ来てくれるからちゃんと診て貰おう。ああホントに怖かった。」
慎の後ろには快斗や悠介までやって来ていた。悠介が波留子の顔を見ると、
「ハルさんすまなかった。こんな事件を起こすような人物を見抜けなくて雇っていたなんて
「会社は働く人材を雇用するんですもの心の中の有り様まで分かる筈ないですよ。気に病まないで下さい、他の社員達が気の毒ですから。」
「ハルさん、警察にはクレームするよ。こんな病人を、ちゃんと警告したにも関わらず無視して立ち会わせて、
「あの、仙の行動は社員の方達には見られてないですか、大丈夫ですか。」
「ハルさん、何気にしてるの、そんなのどうだっていいよ。」
「良くない!良くないでしょ、今知られるのは特に。」
「大丈夫だよきっと。オフィス側のドアは閉まってたし、廊下側も警察の奴が閉めて行った後だったから。」
と慎。それを聞いてやっと胸を撫で下ろす波留子だった。
結局、波留子は医師の往診を受けるために会社におらねばならず、ならば、と仙が仕事を終えるまで慎と一緒に部長室のソファーで静かに待つ事となった。ソファーで待っている二人が何も話さずにスマホを
「えっ、どうしたの?」
と驚いた波留子が仙に尋ねると、
「さっきから二人で何してるの。話してるわけでもないのにクスクス一緒に笑ったりして。」
「父の仕事の邪魔をしないように話してないんだから、時々笑うくらいいいじゃないか。」
「だから、何してるんだって聞いてるんだ。」
「スマホで対戦ゲームしてたの。これなら片手でも出来るから。邪魔だったか、ごめんなさい。マコちゃん、向こうの部屋行こうか。」
「ハルコ、歩くの大変じゃない。」
「直ぐそこだもん大丈夫だよ。」
「あゝ分かったよ。いいよ其処で遊んでて。ハルさん動かす方がずっとイライラが募っちゃう。」
「有難う、仙さん。でも私も目が疲れたからそろそろ止めようと思ってたんだ。マコちゃんまた次回ね。画面見続けて少し頭クラクラする。」
「えっ、ホントに?ごめん、気が付かなくて。じゃあ休んで。横になる?」
「ううん、そこまでしなくても大丈夫だよ。ちょっと目を閉じてるね。」
「じゃあ隣に行くよ。そしたら‥ほら、これなら寄り掛かれるから少しは楽でしょ。」
二人のやり取りを
「あゝもうダメ!」
「どうしたの、仙。」
慎に
「自分でも信じたくないんだけどな、俺は、俺は今猛烈にお前に
「はあ、なんで?波留子に肩を貸してるから。」
「分からない。分からないけど今、お前が彼女に対して取る言動の全てに嫉妬してる。自分の息子に嫉妬するなんて‥俺は頭がおかしいんだろうか。」
「いや、可笑しい事なんかないよ。それ程までにハルコを好きになれるなんて凄いじゃない。ねえハルコ、そう思わない‥ハルコ?眠ってる。仙、ブランケットない。横にしてあげた方がいいよね。」
「うん。だけど大丈夫かな。ちゃんと記録しておかないと。
波留子がどうかなりそうで昨日からずっと怖いんだ。変だろ、いい歳した男がさ。」
「仙‥何言ってるの、ハルコがどうかするわけないじゃない。いつからそんなネガティヴ・シンキングする人間になっちゃったの。怖いと思うなら、心配で仕方ないなら彼女の手を握っててやりなよ。さっきあの女とやり合ってた時、表面上物凄くしっかりしてるみたいだったけど、実はハルコの手、凄く震えてたんだ。自分で
まあ警察もいたし、あの場じゃどうする事も出来なかったか。」
「そうだったのか、知らずに頑張らせちゃったんだな。後少しで終わるからそのまま寝かしておいてあげて。慎、彼女を、優しく
「何、突然。気持ち悪い事言うなよ。俺はハルコに会って彼女の人柄が気に入ったの。それが事実なんだから、変な事言うなよ。だから仙が波留子を泣かすような事したら承知しないからな。」
「絶対にそれはない!」
「はいはい、分かったから早く終わらせちゃいなよ。」
少し早かったが、仕事を片付けた仙はオフィスの方へ顔を出し、事情聴取のせいで波留子が疲れて倒れてしまった事を話し、波留子の体に負担をかけないよう自分が車で家まで送って行くから心配しないように、と話した。これで彼女と連れ立って車で帰っても不自然ではない、と伏線を張れたわけだ、仙は心中そんな事をチラッと考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます