楽しいクリスマス

イヴの夕方、日中買い物に出掛けていて午後遅くに家に戻った波留子は手早く夕食の準備をしてからゆったりお風呂に浸かっていた。なんともゆったりした時間の流れの中で娘達の事、仙や慎の事、そして自分自身の事など取り止めもない思いにふけって過ごしていた。ふと気付くと玄関のチャイムが鳴っていて風呂場の時計から一時間以上も湯槽ゆぶねに浸かっていた事を知った。大慌てで風呂から上がり、バスタオルを巻いてインターフォンを取ると、

「花キューピッドです。お花をお届けに上がりました。」

と言っている。辺りは既に暗く玄関の照明を未だけていないので顔はよく分からなかったが、

「わあ、はい、ちょっと待ってて貰えますか、直ぐ行きます。」

身体の水分を拭き取り下着を着けパジャマを着てバスタオルを頭に巻くと印鑑を手に玄関へ降りて行った。玄関の電灯を点け玄関を開けて、

「すみません、お待たせし‥」

そう言いかけ相手を見て絶句した。其処には花束を抱えダウンジャケットを着た仙が立っていた。

「お待たせされました。ハルさんにどうしても花を届けたくて。ハルさん、‥お風呂入ってたの、ごめん。風邪ひいちゃうね。」

「仙、‥あ、私、スッピンだ!」

「ホントだ。波留子のスッピン、初めて見た。」

クスッと笑っている仙をドアの中へ入れると急いで玄関を閉め、

「明日会う約束したのになんで来たの。しかもこんなスッピン…肝斑かんぱんのシミがあるからひどいでしょ、見られたくないのに。」

顔を見られたくないのかうつむいてしまった波留子の顔、そのあごをクイっと持ち上げ顔を上に、仙の顔を見るようにして、

「どうして?見られたくないって、一緒に暮らしたらスッピンくらい見るんだからいいじゃない。それとも見せないつもりでいたの。ちっとも醜くなんてないよ。お風呂上がりで顔、ピンク色で可愛いよ。俺は波留子の全部引っくるめて好きになったんだよ。卑下しない約束でしょ、忘れた。」

「仙‥、有難う、有難うね。」

そう言うと玄関の電灯を切り仙の胸に飛び込んだ。

「ハル。」

波留子の身体を抱き締めた仙はパジャマ姿の波留子の身体が冷えて来ている事に気付いた。ダウンジャケットを脱ぐと波留子の身体をそれで包み、

「ごめんね。ハルが風邪ひいちゃうね。」

「ううん、大丈夫。仙、車で来たの。」

「うん、パーキングに入れて来た。」

「じゃあ上がって。これから一人で飲もうと思って用意してあるの。簡単な物ばっかりだけど一緒に飲もう。」

「飲んだら帰れないよ。」

言われて波留子は頷いた。

「うん、いいよ。明日の朝、一緒に行こう。」

「ハル。‥じゃあ、上がる前に、先ず頂きます。」

そう言って波留子に優しくキスをしてもう一度抱き締めた。すると波留子の身体からほのかに風呂上がりのフワッとした好い香りが仙の鼻をくすぐった。

「ハル、愛してる。」

「うん、私も。」

軽いキスを交わし合うと花束をかかえ、仙にスリッパを出して二階へ上がった。

「うちは二階がメインフロアなの、どうぞ。」

ドアを開け仙が部屋に入るとオープンキッチン寄りにダイニングテーブルがあり、反対側にソファーやローテーブルの置かれた三十畳程のLDKになっていた。小ざっぱりと片付けられた部屋のダイニングテーブルの上には波留子が話していたように、正にこれから楽しもうとするように食事の用意がされていた。

「へえ、一人でゆっくりしたいって言ってたからコンビニかなんかで買って来たものでもツマミにするのかと思ってたのにしっかり料理してるんじゃない。」

「いくら何でもクリスマスにコンビニはないでしょ。第一こんなの料理したって言わないよ。ローストビーフは買ってきたものだし。でもシチューは作った。どうする、先にお風呂入ってくる。」

「え、あ、うん、その方がいいかな。」

「うん、ワイン飲むならその方がいいと思う。」

「分かった。じゃあ、先に入って来る。あ、でも着替えがない。」

「ちょっと待ってて。」

部屋を出て暫くすると波留子がデパートの袋を手に戻って来た。

「これ、サイズ合うの有るかなあ、ずっと以前来客用に用意しておいたものだけど。」そう言って袋から下着を数枚取り出して見せた。

「どれでもお好きなのをどうぞ。さあ、それ持ってお風呂場は、はいこっち来て。はい、バスタオル。髭剃ひげそる?

要るなら洗面台鏡の後ろに入ってるから使って。」

そう言い残して波留子は出て行った。

三十分程経った頃、入浴中に波留子が用意してくれたスエットに着替えた仙が部屋に入って来た。

「お風呂の入浴剤、凄くいい香りだった。さっぱりして気持ち良かったよ。」

「そう、なら良かった。はい、此処座って。シチューも出しちゃっていいかな。お腹に溜まるから少なめだし。」

「うん。」

仙の返事を聞くとワインとオープナーを仙に渡し、

「じゃあ、こっちはお願いね。」

と言ってキッチンに戻り火を止めて小振りのスープボールにシチューを入れてテーブルに戻った。

「はい、波留子さん。」

そう言って波留子のグラスにワインを注ぐと自分のグラスにも注いで、

「思いがけず二人きりでイブを過ごせる事に感謝して、乾杯!」

二人でグラスを合わせ乾杯した。料理を食べながら楽しいお喋りは尽きることなく続いた。ワインボトルが空になりもう一本開けるかと波留子に聞かれた仙は、今丁度良い気分だからもういい、と断った。紅茶を淹れる為の湯を沸かしながら二人で片付けを済ませると、ミルクティーと一緒にソファーへ移動した。

「テレビかDVDでも見る?」

と波留子が尋ねると、

「見るものは要らない、波留子が居るから。何か音楽かけない。」

言われて直ぐにスイッチを入れると流れて来たのはクリスマスソング。

「ハル、波留子に出会えて、波留子が俺を選んでくれて良かった。俺じゃ頼りない事もあるかもしれないけど、俺が波留子を守るから俺を信じていてきて。」

「仙、プロポーズは一回で充分。私は何があっても仙を愛してる。例え仙の気持ちが私から離れたとしても。」

「そんな事、ある訳ないだろ!」

仙は力強く波留子を抱き締めた。抱き締められながら波留子は思った。➖きっとこれが私の最後の恋、ううん、最後の愛だ。例え仙が私に飽きて他の女性を愛しても恨んだりしない。だって、今、確かに仙は私を愛してくれてるもの。こんなに寛大かんだいでこんなに優しく私を大切に想ってくれてる、もうそれで充分。神様、こんな素敵な人を私に与えて下さって有難うございます➖仙は波留子の身体をそっと離すと今度は先刻とは違い濃厚なキスを波留子にした。どれだけの時間が経っただろうか、長い長いキスを終え唇を離すと、

「仙、そろそろ歯磨きしてベッド行こうか。」

波留子はそう言うと立ち上がりティーカップを片付け始めた。二人揃って歯磨きをして、二人揃って波留子の寝室へ。寝室は一階で、大きなベッドが置かれていた。

「このベッドは離婚して直ぐに買い換えたものだから新しいよ。」

仙が気にしないようにと聞かれる前にそう言った波留子の気遣いに仙が、

「気を遣って教えてくれて有難う。でも俺は波留子が俺を愛してくれてればそれでいいんだ。」

その言葉にフッと肩の力が抜けた気がする波留子だった。

「じゃあ、私の裸見てこんな筈じゃなかった、なんて言っちゃ駄目よ。」

茶化ちゃかそうとしたが、仙が真面目な顏で、

「それはない!」

と断言したため苦笑にがわらいするしかなくなった波留子だった。

意を決しパジャマを脱ぎショーツ姿になった波留子はその姿を隠さず仙に見せ言った。

「いい、よく見て私のお腹、ぽっこり出てるでしょ。胸も前より下がっちゃってるし、身体の厚みも増してる。ね、とても魅力的な体型からは程遠いでしょ。こんなおばさんとセックスする気になれる⁇」

仙は何も答えずに自分も服を脱いで裸になって波留子の正面に立った。

「波留子、俺を見て。波留子の身体に魅力を感じなかったらこうはならないでしょ。」

波留子は黙ってベッドに入り仙も続いた。

波留子は年齢とともに自分は不感症になってしまったのだと思っていた。だが、仙の優しく丁寧ていねい愛撫あいぶを受け波留子は身体中の血が湧き立つような感覚にとらわれていた。そして自分で思ってもいなかった程、その喜びにあえいでしまっていた。

「ハル‥。」

「‥せ・ん、‥」

「波留子。俺、絶対波留子を離したりしない。俺、こんな気持ちは初めてだ。セックスする事と愛し合うっていう事は違うんだって。ハル、凄く素敵だったよ、凄く良かった。それに…可愛いかった。」

「何、可愛かったって。そんなに何度も言うと逆に嘘臭く聞こえるよ。」

「そんな、‥どう言っても言い尽くせないんだ。なんて言えば分かって貰える。こんな幸せ感じた事ないのに。」

「ふふっ。うん、私も。私、自分が歳とともに不感症になってきちゃったんだとばかり思ってた。だって別れた亭主とセックスしても大して感じなくなってて、下手すりゃこっちは何も感じることなくさっさと済ませろ、みたいに思ってる自分がいたりしてさ。でも、仙に身体中を愛撫されて分かったんだ。私が不感症になった訳じゃなくて、あいつが自分の性欲のけ口の道具として私の身体を抱いてたんだって事。だから優しいキスも性感帯を刺激するような愛撫も何も無くて、ただあいつが自分のまったもの出す為だけに私の中に入ってきてたんだ。それが分かって凄く嬉しいんだ。だって、仙に愛撫されてすっごく感じて、感じ過ぎて恥ずかしくなる位声が出ちゃった。仙、憎たらしいけど上手い。」

「波留子、俺はハルを捌け口の道具になんかしないよ。ハルは俺にとって誰より大切な人だから。誓ってもいい。」

「何言ってるの、私はニ番目だよ。貴方には大切な息子、慎がいるでしょ。だから私はその次だよ。親にとって子どもは何にも代えがたい存在だもん。」

「じゃあ、俺もニ番目、いや三番目か。娘さん二人だもんね。」

「うーん、難しいとこだなあ。」

「え、もっと後なの俺?」

「違う違う、逆。」

「逆?」

「そう。娘達はもうそれぞれ守ってくれる人がいるでしょ、私が差し出がましい事すべきじゃないし。必要ならそうと言ってくるだろうからその時は娘を一番に考えるけどそれがなきゃ私にとって娘達も仙も全く同じだよ。だから、一番。」

「ハル!」

「ちょ、ちょっと、そんなにキス攻めにしないで。‥うん?仙、元気になってる。」頷いた仙はまた彼女を愛し始めた。


クリスマスの朝、 仙と波留子は一緒に仙の車で待ち合わせ場所へ向かった。昨夜二人は寝る間もしむように愛し合っていてほとんど睡眠らしい睡眠を取っていなかったが、気分は晴れ晴れとして気持ちのいい朝を迎えていた。運転しながら仙が、

「ハル、後半月以上も待たなきゃならないなんてつらいなあ。早く一緒に暮らしたいよ。」

「何子どもみたいな事言ってるの、あっという間でしょ。それに会いたくなったら会いに来ればいいじゃない。」

「え、いいの?またハルの家に行ってもいいの。」

「そんなに頻繁に来られちゃご近所さんうるさいからなんだけど、でもいいよ。私は行かれないから。」

「なんで? うちに来ても誰も何にも言わないよ。むしろ喜ぶんじゃない。」

「バカだなぁ、悠介さんや快斗と一緒に暮らしてるのに私が仙とイチャイチャ出来るわけないでしょ。だから行かないの、分かった。」

「だね、ごめん。」

「はいはい。」

信号待ちのたび、仙はキスをした。まるで若い恋人達のように二人の気持ちは高揚こうようしていた。

「仙、私こんなに神様に感謝の想いを抱いたクリスマス、初めて。今日のミサはきっと私の記憶に残るだろうなぁ。例え

けて訳が分からなくなったとしても昨夜のいとなみは忘れられない。」

「ハルは呆けないよ!呆けないように俺がずっと愛してやるから。」

「やだ、仙のスケベ。」

「あゝ言ったなあ、ハルだって同じだよ。俺のことあんなに感じさせてさ。」

➖こんなに幸せで本当にいいのかしら。何処かでしっぺ返し食らうんじゃないかな。幸せなのにどうしてこんなに怖いんだろう➖仙と冗談を言い合いながら波留子の胸の中はずっと波立っていた。それを払おうとするかのように一層明るく振る舞う波留子だった。

待ち合わせ場所へ着くと慎と一緒に悠介や快斗も来ていた。

「あれ、慎が話したのかな。波留子、いいかな。」

「うん、かまわないよ。ちょっと恥ずかしいけどさ。プレゼントも一度に渡せちゃうし。先、これは仙へのプレゼントね。」

そう言って車の中で仙の膝へプレゼントを置いた。お互いの顔を見て照れ笑いしながら車を降りると仙が波留子の手を握り三人の元へと歩いて行った。

「おはようハルコ、仙。昨日出掛けたまま帰って来なかったからもしやとは思ってたけどやっぱりハルコの所へ行ったんだ。」

「おはよう。あゝその通り。花を届けるだけのつもりだったんだけどイブの晩を二人で過ごさないなんて野暮やぼだもんな。メリークリスマス!父さん、快斗。」

「メリークリスマス、仙、ハルさん。」

「メリークリスマス、おふたりさん。」

「メリークリスマス。」

波留子はそう言いながら三人とハグし合った。

「ハルコ、なんか、上手く言えないけどなんか光ってる。」

最後にハグした慎が波留子にそう言うと悠介も、

「あゝ、私もそう思う。」

と賛同の意を述べた。

「あらやだ、恥ずかしいでしょ。朝陽が当たってるからよ、きっと。」

「違うな。ハルさん本当に仙の事愛してるんだね。俺、あきらめるわ。」

快斗が両手を上げた。驚いたように快斗を見つめている波留子に快斗が、

「愛のオーラに包まれてるの、イヤでも見えるよ。二人の間に割り込むすきはなさそうだもん。」

「まあ優しいんだ。有難う快斗。これは私からのクリスマスプレゼント。」

そう言うとプレゼントを渡して波留子は快斗の頰に優しくキスをした。

「あゝずるい。ハルコ、俺にもチューして。」

慎がせがむ。

「はいはい、大きな坊やだこと。」

そう言うと慎の頰にも優しくキスをしてプレゼントを渡し抱き締めた。

「親父、親父は駄目だからね。」

仙にクギを刺されちょっとしょんぼりした様子の悠介だったが、波留子からプレゼントを貰うと機嫌が直った。

「さあ、じゃあ入りましょうか。皆んなどんどん入って行ってる。」

五人で教会の中へ入って行くともう中は殆どいっぱいで後ろの方になんとか五人一緒に座れる場所を見つけた。

おごそかな雰囲気かと思いきやとてもおだやかで楽しいミサで波留子以外の四人は感激したようだった。

「教会のミサも良いもんだね。」

と仙が言えば、

「心が洗われるようだったよ。」

と言う悠介に快斗が、

「あゝ、親父はたっぷり洗った方がいいよ。もういい歳なんだからナンパなんて止めてさ。」

「なんだ⁉︎ お前だって一緒になってやってるじゃないか。」

「はいはい、二人とも未成年の前で不謹慎な事言ってないで。俺が道外すような事あったら爺ちゃんと叔父貴のせいだからね。」

「なんで⁉︎ なんで仙は入らないんだ、おかしいだろ、俺達と一緒にナンパゲームしてたのに。」

「うーん、でも仙はきっとハルコと出逢う為にやってたんだよ。それでハルコに出逢って想いが通じたから別、いいんだ。俺、仙が選んだ人がハルコでホントに良かったと思ってるんだから。なんか仙よりハルコの方が近くに感じられるんだ。だからねハルコ、父と別れたりしないでよ。俺の為にも。やな事あったら俺が父を罰してあげるから、だから俺を息子にしてよ。」

「マコちゃん。あゝマコちゃんたらホント可愛いんだから!私が仙と別れるような事があってもマコちゃんは私に会いに来ていいのよ。マコちゃんは私の子どもよ、忘れないで。」

「ハルコ!」

慎に抱き締められ胸に顔を押し付けられて波留子は息が出来ずもがいた。

「マコちゃん、苦しいよ息が出来ない。」

「あ、ごめん。」

「こら、ハルは俺の大切な人なんだぞ、気安く抱きつくな。ハル大丈夫だった。」

仙の言葉が気恥ずくて真っ赤になってしまう波留子だった。

➖人前でそんな堂々と言わないでよ、恥ずかしいったら➖そんな波留子の様子にみんながつい笑い出していた。

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