兎の勇者~兎が弱いなんて誰が決めた?~

神々しい大根

第1話プロローグ

兎、それは弱き生き物。

 兎、それは臆病な生き物。


 だが、決して淘汰とうたされる種族ではない。

 決して飼い慣らされるために生まれた種族ではない。

 弱いが故に逃げる脚を持ち、臆病が故に他のどの種族よりも鋭い危機察知能力を持つ。

 逃げるために知性を宿し、必要と有らば生き物を殺すこともできる。

 ―――――ならば何故兎は弱いのか?それはひとえに戦う意思を持たなかったからに過ぎない。


「おい、来たぞ・・・・」

「ああ、《白銀の兎》だ。皆!《白銀の兎》が来てくれたぞ!」

「マジ!?」「やった!」「あいつが来たからにはもう大丈夫だ・・・!」


 ―――――兎は弱くは決してない。ただ、臆病な故に自身を『弱い』と思い込む。


「いけええええ!」「殺っちまえ!」「負けるな兎ぃぃぃ!」


 ――――――兎は弱くは決してない。ただ、臆病な故に自分の持っている力に気づかない。


 「おい、あいつの動き見えるか・・・?」

 「いや、無理だ。目で追いきれねぇ・・・」

 「やっぱ速ええ!」


 ――――――兎は弱くは決してない。ただ、臆病な故に攻撃的なことをしない。


 「ヴオォォォォ!」

 「不味い、ギガンテスの攻撃が来るぞ!」

 「兎は・・・ってはあああああ!?」

 「あいつ、突っ込んでいく気だぞ!」


 ――――――では例えばそんな兎が同族を守るために戦う意思を持ったとしたら?


 「ヴオォォォォ!」

 「嘘・・・あの攻撃を・・・」

 「かわしやがった・・・!」


 ――――――では例えばそんな兎が持っている力に気づいたとしたら?

 「ねえ、あの構えって・・・・」

 「まさか・・・!」

 「ああ、来るぞ、大技が!」


 ――――――これは兎が誰かを守るために戦う物語。


 「・・・・<兎脚:一閃餓突>!」


白銀の閃光が敵を穿った。


―――――――――――――――――――――――――


 「くああぁ・・・眠い・・・」

 月曜日、それは学生にとって最も辛い日だ。前日の天国を憂い、行きたくないとだらける体を叱咤しったして学校に向かう。

 彼、兎神俊也とがみしゅんやもその一人だ。

・・・まあ、俊也は学校に行くこと自体が億劫なわけだが。

 何時ものように朝のホームルーム直前に登校すると、教室の男子生徒の大半から舌打ちやら睨みやらを頂戴する。女子生徒も友好的な表情をする者はいない。無関心ならまだいい方で、明からさまに侮蔑の表情を向ける者もいる。

 俊也はそれを無視して一時間目の授業の用意をしてから寝るのが日課だ。

 しかし、その眠りすらも邪魔してくる奴等がいる。


 「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。徹夜でエロゲとかマジキモ~」


 そう言ってゲラゲラと下卑た笑い声をあげる男子生徒達。

 声をかけてきた奴が高山大輝こうやまだいき。毎日のように俊也に絡んでくる嫌な奴だ。取り巻きの海藤康介かいどうこうすけ木原英介きはらえいすけと一緒になって俊也を虐めている。

 そう、高山の言う通り俊也はオタクだ。それも重度の。しかし別に身嗜みだしなみはきちんとしているし髪も短く切り揃えられている。外見からしたらキモオタと呼ばれるようなことはまず無い。コミュ障でもないし陰気臭い性格でもない、ただ、アニメやラノベといった創作物が大好きなだけの普通の少年だ。

 世間一般ではオタクはここまで馬鹿にはされない。何故ここまで侮蔑の目を向けられると言うと・・・


 「おはよう俊也、また徹夜?あまり体に良くないから止めといた方が良いよ?」


 こんなクラスの大半が俺に敵意や軽蔑の眼差しを受けている俊也にとてもフレンドリーに話し掛けてくる女子生徒、彼の幼馴染み白百合ゆかりしらゆりゆかりのせいだ。

 彼女は「彼女にしたいランキング」で連続一位を飾る程の(本人は知らない)とんでもない美少女だ。腰まで伸ばした黒く艶やかな髪、彼女の優しい性格であることを物語っている様な少したれ目な瞳、桜色の薄い唇とスッと通った鼻梁に小ぶりの鼻などが完璧な位置にあり、何時も笑みを絶やさない彼女は影で『聖女』と呼ばれている。

 更に言えば彼女はとても素晴らしいプロポーションをしている。出るところは出ていて、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる、それでいてバランスがとれている体型には男子は前屈みになり、女子は嫉妬を通り越して賞賛する。それも『聖女』と呼ばれる一因だ。

 そんな彼女が甲斐甲斐しく俊也を気にかけている姿はクラスメートにとっても面白いものではないだろう。


「ああ・・・おはよう、白百合さん」


 俊也が答えた瞬間、教室内に殺気が充満する。思わず俊也は周りを見渡すとクラスメート全員がこちらを睨んでいた。


(何キモオタの分際で白百合さんに話してんだてめぇ・・・)

(早く『聖女』様から放れなさいよ、このブス!)

(処す処す処す処す処す処す処す処す処す処す・・・)


(こええええええ!)


 俊也は毎回この殺気を前に冷や汗を流すのだった。

 しかし、白百合はそんなことも知らずに更なる爆弾を投下してくる。


「もう俊也、『白百合さん』じゃなくて昔のように『ゆかり』って呼んで欲しいな~。」


 さて、ここで問題だ。ここでなんと返せば俊也は穏便に会話を終わらせる事が出来るのだろう。


一、言われた通り『ゆかり』と呼ぶ。

 うん、今日の放課後は体育館裏でエンドレスフルボッコされる未来しか見えん。


ニ、断固として『白百合さん』と呼ぶ。

 彼女が悲しげな顔になり、(((何白百合さんを泣かしてんだキモオタ・・・!)))と皆の気持ちが一つになり、放課後は体育館裏でエンドレスフルボッコタイム。


三、笑って誤魔化す。

 彼女が悲しげな顔になり(ry


(詰んだ・・・・!)


 俊也は絶望的な気持ちになった。しかし、ホームルームのチャイムは鳴らない。


 俊也が覚悟を決めた。その時だった、激しい酔いに襲われたのは。


 (なんだこれは・・・)


 もちろん俊也は徹夜をしこそすれ、風邪など引いたことはない。しかも、この激しい酔いはどうやらクラスメート全員が体感しているようだ。


「うえ・・・」

「何これ、気持ち悪い・・・」

「は、吐きそう・・・」


 そしてその光景を最後に俊也は意識を失った。

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