第39話 Be here now... I love everybody

「なんだよお前……めっちゃくちゃ綺麗じゃんか」

「ノン君もかっこいいよ~! ってかもう泣いてるの~? んだよ~男の子だろ~」ノイはにやにやしながらそう言うと、俺に肘で小突くようなふりをしてじゃれてきた。


「バッカ、泣いてなんかいね……いや! そら泣くっつーの……ッ」


 俺は右手で両方の目を擦って、改めてノイを見た。綺麗すぎかお前……そりゃあ、お前を見た人間達が『天使』だなんて呼ぶのもわかるわ。


 …………。

 すっかりだらしない顔でノイに見とれていたが、来賓席にいた、とある人物二人が目に留まる。

 参列に来たあそこの二人。俺はあいつらを知っている。今気付いたが、俺はお前らを知っているぞ……。


「ノブル君、ノイちゃん、おめでとう」

「結婚式に呼ばれるなんて最初で最後だろうな~。興味無かったけど、来てみるといいもんだね、キシシ」

 エラとコーリが一緒にいた。なんだかんだこいつら相性いいのか仲良くしてるよな、はは。

「んだよお前ら……来てくれたのか! ありがとうな、ってかコーリ……てめえその服装は一体なんのつもりだよ!」

「えっ、なんのつもりって……インターネットでちゃんと調べて来たんだけど……」

 コーリは黒いスーツを着て来たのだが、バグって黒が白く反転していた。

「どこの参列者が白いスーツ着てくるんだよボケ! 俺が霞むだろ!」

「ええええ……」


 そんな俺らのやりとりを見て皆笑った。

 俺も笑った。



 ――――そして、式は始まった。

 神父はどっかで見たことあるような……ってナナ、なんでお前なんだよ。よくノイが許したな……それ以前に、神父っていうのコレ!?



 ――まあ、そんなことはどうでもいいんだ。

 俺らは一緒に入場する形で二人で並び、ゆっくりとバージンロードを歩く。俺はゆっくり歩いているつもりだが、ノイの足取りはそれよりもさらに重かった。それに歩調がとても不安定だ。俺はなるべくノイに合わせるように、一歩一歩ゆっくりと歩いた。


 長い長い時間をかけて、祭壇の前にたどり着く。そして結婚の誓約だ。なんだか緊張してきたな……神父? が長ったらしく話している。おっともうすぐ、例のお決まりのセリフが来るぞ……。

「……健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


 よし、いけ俺ッ!


「――――――ちっ、ちか誓いますッ」


 噛んだァァァァァァァァァアアアアアアア!

 死ぬほど恥ずかしい。顔から火が出そうっていうのはこの事か、くそ。


 次はノイの番だ、噛んでいいんだぞ、お前も。


「……新郎に従います」

 え、なんだよそれ、誓います、じゃねえのかよ。しかも妙にバチっと決めてるんじゃねえよ。


 なんだかんだそんな風に思っているうちにあっという間に式は進み、次はいよいよベールオープン。それから、誓いのキスだよな……。

 なんだか凄く緊張する。いや、緊張もあるんだけど……


 ―――――――物凄く不安だ。


 ノイの顔を見るのが……怖い。


 ドキドキドキドキドキドキドキドキ


 ……よし。

 俺は意を決して、両手でノイの顔にかかっているベールをあげた。



 すると――――――、ベールの中のノイの顔は、とても綺麗な顔をしていた。


 本当に嬉しかった。よかったぁぁぁ……こんなんさァ、男の子だろとか言われようが止められねえんだ。この涙はよ。




 そうして……




 突如神妙な面持ちを携えて、ノイが口を開いた。

「ああ……くそっ。ノン君、ごめんね。もう時間みたいだよ。もし……また会えたなら――あたしが、あなたを絶対に思い出すから」


 ピシピシピシピシ……ッ

「へっ、ノイ? おい……ノイ、ノイ……あああ、やだ、いやだ」


 ノイはまっすぐ俺を見据えたまま、口を動かす。

「大丈夫だよ。どんなにか細い一筋の光だとしたって、あたしが絶対に掴んでみせるから。ノン君、先に行くけど……お願い、最後、しっかりね……」




 パキィィィィイン――


 ノイは光を放ちながら、パラパラと崩れ落ちていってしまった。





 ノイは、崩れ落ちる姿すらも本当に美しかった。



      ×



 ――気付くと俺はアターの中で粉々になったノイの欠片をかき寄せ集めていた。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。


「なっんだよ……お前……やるなら最後までやってけって……クソッ」


 まさかノイがいなくなる日が来るだなんて、考えもしなかった。

「……伝わらなくて、ごめんな。ちゃんと愛していたし、今だって凄く愛してる――」


 

 ――シュンッ

 抜けがらの様に呆然とするノブルの前に、人影が二つ現れる。

 二人とも頭部も含めた全身をメタリックなコスチュームで武装しており、それは地球上のテクノロジーよりもはるかに高度な技術で作られている事は明らかだ。

「お前がこの星のクリエイターだな。我々は銀河連邦警察だ」

「宇宙刑法により、『鎖星』は禁じられている。それに他惑星からのコンタクトや我々銀河連邦警察の干渉に対しての度重なる武力行使、多くの殺害容疑もとい公務執行妨害により、貴様の身柄を拘束する」


 淡々と喋る二人を相手にノブルは関心を示すそぶりなどは一切見せることなく、そのまま無抵抗のうちにピストルの様なもので撃たれた。するとたちまち拘束具が現れノブルの体を強く締め付ける。その拘束具には不思議な力が込められており、ノブルの脳力を完全に封じ込めてしまった。


「連行だ」


 ノブルには自分の身の心配をする余裕などとうに無く、銀河連邦警察がこの星に来た事で『やっぱりノイはいなくなってしまったんだな』と改めて実感していた。



 とととととととととととととととととと



 俺の行いのせいで、大事な人がこの世からいなくなってしまった。

 俺の行いのせいで、俺の星が俺の星じゃなくなってしまう。


 いざとなればリセットすればいいだなんて、どこか簡単に考えてしまっていたのかな。

でももう取り返しがつかない事になってしまったようだ。


 あーあ。



 ――なぁ。

 結局、一体どうすればよかったんだろう。

 一眠りして、夢でも見て忘れてしまおうか。


 そんな風に考えて、ノブルが現実から目を背けようとしたその時だった。突如アターから、ほんの僅かノブルの脳内にデータ送出が行われた。



『ノブル君、振り出しに戻るな! 言ったでしょ? 因果律をぶっちg――――――――』



「……ッ!!」その瞬間、全てを諦め投げ出して、思考回路が完全に停止していたノブルの頭にわずかに光が差し込んだ。

 ノブル自身、それが何を理由としたのかはわからなかった。しかし、それをきっかけに突拍子もない一つのアイディアが頭に浮かび上がる。


 あまり期待できねえけど、もうこうなっちまったら、物は試しだ……。



 ノブルは脳内でとある人物に声をかける。



 ――おーい。おーい。

 まだいるんだろ? 返事しろー。返事してくれー。

 そんなすぐ消えたりしないだろ? せっかく俺とご対面したんだからさァ。





『……。よくご存じで。シシ』


 ……ッ!! まさか本当にコンタクトが取れるとは! その相手とはコーリの霊魂であった。 



 ――そうだよな。そんな簡単にはい次の人生、とはいかないんだろ?


『まぁね。それに今回の人生は割と居心地よかったんだ。空気が読めない事は気を使わなくたっていいって事だし、一瞬だったけど友達も出来たし。まぁなによりあなたにせっかく会えたのに不甲斐なく一瞬でノイさんに殺されたことが心残りでさ……』


 ――そっか。


『それに、今からあなた連行されるんでしょう? 尚更直接会う事なんてもう敵わないじゃないか。あなたも大人しく掴まってんなよなあ。来世からまた、絶望だよ……』


 ――なぁ、コーリ。


『なんだい?』


 ――この俺の肉体、お前にやるわ。好きにしろ。


『えっ? なに言ってんの? ノイさんに殺された僕がそんなに可哀そうだって?』


 ――馬鹿野郎、そんな同情なんかじゃない。なんていうかせめてもの、罪滅ぼしだ。お前に直接何かしてやれるのはきっとこれが最初で最後だから。その後の世界に関してもどうぞ、お前の好きにしたらいい。


『は? マジで言ってんの? 僕は当然遠慮なんてしないよ? それにわかってると思うけど、一つの肉体に二人の精神が同居する事は不可能だからね? 僕があなたの体に入るイコール、あなたを殺す事になるんだよ?』


 ――やっぱそうか……そうだよな。うん、わかった……わかったから、早くしろ。


『僕にとっては願ったりだけど、ほんとにいいのかな……』


 煮え切らないコーリに対して、ノブルは思わず実際に声に出して怒鳴り声を上げる。

「時間がねえんだよ!!! 早くしろォォォォォォオオオオオ!!!!」

 銀河連邦警察はその様子を見て、ショックで気でも触れたのかと笑っていた。


『はいはい。ノブルさん、わかったよ。それじゃあ、今までお疲れ様』


 コーリはそう言うと、俺の体内に入り込んできた。

 そうしてすぐさま俺の『第二の心臓』に当たる部分にたどり着く。


 ――――さみしい球体に。

「へぇぇ。ノブルさんの正体はこれかあ。そかそか、キシシ。ノブルさん、心配しないでよ。あなたは死んだらちゃんとお星様に、『戻れる』から」


 そう言って、コーリはそのさみしい球体を握りつぶしてくれた。



 ここで、俺は消滅した。さよなら、俺のセカイ。


 さようなら、ノイ。



 ととととととととととととととととととと



「さて、調査もしていきたい所だが、ひとまず容疑者の護送を優先するか」

「そうですね。このままここに我々二人で長居するのは危険です。一度出直すとしましょう」


 銀河連邦警察が呑気に話す。


「……ねぇ、あんたら口ではまともな事言ってるけど、油断しすぎじゃない? キシシ」

 拘束されたノブルがいた辺りから、銀河連邦警察の二人が聞いた事の無い声が聞こえてきた。そして次の瞬間――


 バシュッッ――シュー……

 銀河連邦警察の一人の頭が弾け飛んだ。その下、首の付け根からは、血が勢いよく噴き出している。そのまま受け身も取らずにばたりと倒れ込む。


「えっ!? ヒッヒイイイイ!!」

 間髪入れず、もう一人も状況を飲みこむ事も無く穴だらけになり絶命する。


「おぉ……前の体で使ってた技もちゃんと使えるんだ……」

 コーリはすぐに、ノブルの体をモノにしていた。


「凄い。全身に力がみなぎってくる……ノブルさんはこんなスペックであの程度しか脳力を発揮出来て無かったのか……笑える、キシシ……」

 姿はパッと見ノブルのそれは、コーリの口調でひとりごちる。


「――そんな事はどうでもいい、どうでもいいんだ……。


ついに!

ついに!

僕が何世代も何世代も願い続けた夢が!

やっと復讐が、叶ったんだぁ……」



 コーリは嗚咽を漏らし泣いた。

 泣いた。ひたすらに泣いた。

 そうしているうちにそのまま二週間程が経過しただろうか。

 コーリは突然ふらっと立ちあがる。



 ――そして叫んだ。


「クソォォォォォオオオオオオ!!!!

クソ!! クソ!!! クソォォォオオ!!!

なんだよ!! なんなんだよォォォォオオオ!!!

ちくしょォォォォオオオオオオオオオ!!

ああああああああああああああ!!!! ふざけやがってぇぇぇぇええ!!

―――――はぁ、はぁ、はぁ……。

……あんまりだ。こんなのってあるかよ……。


――結局あなたは、僕から全てを奪っていったんじゃないか……」


 コーリは何世代もただひたすらに神を憎んだ。

 自分を醜く完成させた神を。未完のまま世に放り出した神の事を。

 何度生まれ変わっても忘れられない憎しみはいつしか彼の人生を、いつかくるであろう神に復讐する日をただただ夢見るのみで、その他には何の意義も無く過ぎていくものになっていった。


 そしてついに今世でその夢は、果たされた。


 ――しかしその結果、その後のコーリには、何も残らなかったのだ。






 ――――――そうしてそのまま更に一年ぐらい経っただろうか。

 コーリは何をする事も無く、力無く横たわったままぼそぼそと喋り続けていた。


「あなたはずるい……ずるいよ。結局、自分で出来ない事を僕に押し付けていなくなっただけじゃないか……」


「容疑者発見!! 直ちに確保します!!」

 なんだよ。うるさいなあ。

 定期的に現れては一瞬でコーリにグチャグチャにされていく銀河連邦警察の騒ぐ声が、そのときたまたまいつもより耳障りに聞こえて、それが丁度いいきっかけになった。



「ああ、わかったよ。僕がするよ……すればいいんだろ。


――この腐ったセカイの、幕を閉じてさしあげますよ……」



 諦めとさみしさを含んだ様子で、コーリはそう呟いた。そして一度立ちあがると、深くしゃがみこんで頭上を見上げる。

 するとコーリのエネルギーはみるみるうちに増幅していく。そのエネルギーの質量はノイが以前戦いの時に見せたそれをあっと言う間に超えてみせた。


 奥歯をギリっと噛み締めて意を決した次の瞬間、コーリはおもいっきり空へ飛んでいった。


 それは信じられないスピードだった。

 音を容易く置き去りにして、光すらもあっという間に追い越した。


「あああ、あああああ……ッ」


 なおもコーリの直進スピードは加速度を増す。ぶつかる障害物は宇宙ゴミどころか星までも、避けるまでも無く粉々に砕け散っていく。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」




 最早コーリにとっての0.01秒は地球上で何年も何十年も経っている程の次元に達していた。何がコーリをそこまでさせるのか。

 ただ――コーリの進むそのスピードの半分は、優しさで出来ていた。


 そのままどれくらいの距離をどれほどのスピードで進み続けただろうか。ついにコーリは辿りついた。


 ――広がり続ける、『宇宙の最先端』に。


「こんなこと……絶対僕じゃなきゃ、出来なかったじゃないか。あんたにゃできなかったよ……クソッ」

 コーリは愛想を尽かしたような態度を取りつつも、久し振りに少しだけいきいきとした様子で、一人言を言った。

 次の瞬間――ついにその『宇宙の最先端』を、コーリは越えてみせた。

 そして体を翻し、コーリに向かって進み続けるその『宇宙の最先端』を、宇宙の中心目掛けて、





 ――――おもいっきり、蹴っとばした。


 コーリの蹴った力は宇宙の進む力を遥かに超えた。そうしてコーリに蹴られた宇宙は今まで進んできたスピードよりも更に、ずっと早い速度で逆戻りしていく。



 コーリはその様をニヤニヤしながら眺めていた。

「クク……ここまでした僕は、あらゆる神をはるかに超えただろうね……!

ノブルさーん!! もし!! 違うセカイでまた会う事があったら、その時は覚えてろよ……キシシ!!」


 コーリは神の限界すら超えた反動でそのままバラバラになっていく。

 ――消えゆく意識の中で、最後にコーリは自分の輪廻の中のいくつかの両親達を思い出した。



「もう僕なんかに、謝らせなくて済むんだね。よかっ……」――コーリは消滅した。



 そうしてコーリに蹴られた宇宙は、進んでいた時よりも何億倍も速いスピードで中心に還っていき……


 ――素粒子レベルの小さな点に収束し、そのまま消えた。

 それまでの物凄い勢いも、収まる時は完全なる無音だった。

 もう、宇宙にはゼロが一つあるだけだ。




 今までの全てが、無かった事になった。

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