第37話 Divine moments of truth
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アター内部は実に異様な光景であった。
倒れ込んでいる人間が四人。一人は気を失っている様子で、二人は悪夢でも見ているのか今にも発狂寸前の状態で酷く取り乱している。
あとの一人に至ってはうつ伏せの体制で呼吸すらしていないようだ。
そしていつからそこに存在していたのか――とても
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「さっきも聞いたが……気分の方はどうだい、諸君」
そこに響いたのは、ゴメオの声であった。
「我々の脳というのは、普段は宇宙を含めた全体――――及び、異次元からの膨大な情報をブロックするように出来ている。逆に言うならば、本来人間の脳と全体には境界などそもそも存在せず同一のものであるのだが……」
その場にいる誰もがその言葉に聞く耳など持ち合せているワケが無い。しかしゴメオは壊れてチューニング操作の効かなくなったラジオの如く、一方的に言葉を続ける。
「そうでもしない限り我々の脳は、タスクオーバーを起こし壊れてしまうと思いこんでいるらしい。エラーコードは『思い込みの
ノブルはぼんやりとゴメオの声を認識していたが何を言ってるのかまではさっぱりわからなかった。
「でも……それでも脳は全体との繋がりを断絶する事まではしなかった……いや、出来なかった。
そして脳が全体に対してはっているブロックを外す鍵となるDMT……ジメチルトリプタミンは脳の一番奥深くの松果体から生成されている。
それがどういうことか分かるか? 分かるまい。
実はそれこそが我々の最後の欲求なんだよ、これこそ究極の背理だ。
そして私の脳力『DMT』こそが、その知覚の扉を開く能力なんだよ」
* DiMethylTryptamine *
「――――さて、と。次のステップに進もうか」
ゴメオは一呼吸おいて、不敵な笑みを浮かべた。そしてまた言葉を続ける。
「私の長年の夢だったんだ。これは。
――全ての生き物は元は一つの大きな大きな塊だった。そこから、それを『神様』がちぎってちぎって、形を作って『個』が誕生していったんだよ。
それでね、その際にたまたま大きくちぎれたり小さくちぎれたりした事でそれぞれいろんな生物が生まれたりいろんな生き方を強いられる事になったんだ。
それがどういう事かわかるかね?」
先程から彼は誰に話かけているつもりなのだろうか、ゴメオはさも会話を楽しんでいるかのようにひとりごちる。
「フフ、それというのはね――全てが、初めから平等なんかじゃなかったんだよ。育った環境なんかは後付けであって、それよりもっと前の話だ。個々のイデアがもう既に、不平等だったんだ。均等にするつもりなんて、言ったら最初から無かったんだよ。均等になったらいいな、程度の考えで生み出されたのが私達なんだ。そんなんだったら、生まれつき損している側からしたらなんにも面白く無いよね? ――なぁ、コーリ君」
ゴメオの目線の先にいたコーリはいつの間にか黒い炎のようなオーラに包まれていた。恨みのオーラだ。
それは今にもコーリ本体をも燃やし尽くしてしまいそうなほど禍々しく見えて、まるでコーリがずっと育ててきた、その膨らみ過ぎた恨みの気持ちに自分自身が食べられていっているようだった。
その状態でゆっくりとコーリはゴメオの方を向き、口を開いた。
「えっと……それでアンタは一体、何が言いたいんだい?」
「フフ、そうだね。話を戻そう。私の夢のことだが……私は、元の一つの塊に戻りたい。こんなに歪な形をした醜い世界だが、元は全てが完全なる一つの塊だったのだよ。私はその究極の一つに戻りたいんだ。その為にこの『神様』の作った世界を私の手で終わらせる事にすると決めた。そして終焉の有り様をしかとこの目で見届ける。それが今まさに『今日』なんだよ」
「ふーん……しっかし親子揃って話長いんだねぇ……それとさ、見届けるも何もアンタ、もう死んでるじゃないか」
そう言ってコーリはうつ伏せの状態で転がっているゴメオを指差した。アターをフルパワーで起動させた代償に、ゴメオの脳はその負荷に耐えられずショック死していたのだ。
「おや、気付いていたのか? いやはやお恥ずかしい。お気付きの通り私の肉体は滅びた。だが私の脳力、『DMT』はおおざっぱに言うと死の体験を与える脳力であると同時に、死の概念を超越する力を携えた、いわば『死を司る』脳力だ。故に私の心臓が止まろうが私の精神は未だ死んでいない。私の情報がインストールされたアター内では、私は肉体が無くても不自由もしないからね、世界の終息に立ち会うにはこれで十分。その為ならこの程度のリスク、大したことでは無い」
「おじさん狂ってるね、シシ……」
「そうだ。コーリ君、君にその役目、譲ってあげるよ」
ゴメオがそう言い放った瞬間、アターからコーリの脳にとてつもなく激しい電気信号が送りこまれる。そうしてコーリの纏っているオーラが自身に絡みつき、彼は人の形を保つ事をやめた。そして……
コーリは――四本足の醜い獣のような姿に形を変えた。
「そ■かぁ……僕の長※い間待ち望$でいた日が、あ¥たノ望ん!いた日と一緒だな=て、?اوہ*(ओ#бі&!!」
人間でいる事をやめたコーリの発する言葉は、もはや存在しない言語になっていた。
「なんだろう、今の君ってカフカ的ハイってやつにあたるのかなあ? しっかし君、それじゃあなにを言ってるのかぜんっぜんわからないよねェ、フハハハハハハ!
――さーあ、エラ、お前も手伝うんだ。彼一人じゃ、『天使様』には到底勝てないからな。お前は父さんの誇りだ。頼もしい所を、父さんに見せておくれ」
ゴメオとコーリがやりとりを始めるその前から、エラはずっと恐ろしい精神攻撃を受けていた。 それは本来であれば『小学校低学年生』として生きているべきである年齢のエラにとってはとても耐えられるものでは無い。
ん……父さん? 父さんが僕を必要としてくれているの?
「当たり前だ。お前は私の自慢の息子だからね」
ウソ……嬉しい。父さん、僕の事好き?
「おいおい、何を言い出すんだ。当たり前じゃないか」
…………神様よりも?
「えっ……ああなんだ、何を言い出すんだ……当たり前だろう? 私にはお前が必要だ」
本当? 父さんは僕の事必要だと思ってくれてたんだ……これからも思ってくれる?
「あーあ、勿論だとも。その為にもまずは一仕事、こなさないとな。」
うん! そしたら、もう僕、母さんを食べなくてもいいの? そしたら、母さんは戻ってくる?
「お前の頑張り次第では、もしかしたら戻ってくるかもなあ?」
わかったよ! その為なら僕、なんだってする!
突如、先程までアター内で横になっていたエラがすっと立ち上がった。その後頭部にはいつの間にか、大人の物よりも二周り以上大きい脳が張り付いている。
ゴメオの声を聞いたエラの『本体』が、アターの心臓部からテレポートしてきたのだ。
その脳はエラの脳幹に自身の脊髄を突き立て、エラの頭蓋骨に血管や神経を触手の様に突き刺して見事にドッキングしている――そしてそのあり得ない大きさの脳の一部分には、干からびた別のものの脳の様なものも携えていた。それがなんなのかまではわからないが、なんともおぞましい光景である。
そうして、人間からかけ離れた姿になってしまったコーリとエラの目線の先には――――――――――
金色のオーラを放ち、背中から大きな羽を生やしたノイが宙に浮いていた。
その様子にもエラは怯む事無くノイを見つめ、口を開いた。
「――ノイちゃん、ごめんよ。そういうワケなんだ。死にぞこないの君を手にかけるなんて不本意だけど、許しておくれ……」
「ん。エラ君……大丈夫だよ。
――――――――あたし、強いから」
「صباح午מאָרגןավոտут!!!!」
そうしてコーリとエラがほぼ同時にノイに飛びかかる――
とととととととととととととととととととととと
んっ……気を失ってたのか俺……。なんだかあったかくて心地いいな、ここはどこだ? あれ…もしかして、俺死んだのかな……
今更何が死んだのかな、だよ。――しかし、大事なこと全部見て見ぬ振り後回しにしたままで、死んだら全部無かった事にできるのか? さっきまで見てた幻視は、夢なんかじゃない。全部俺が……
「ノーン君っ」
ふいにノイの声が聞こえてきたので、俺は辺りを見回した。すると前にもあったように、空間をねじ曲げてノイは俺のいる所へやってきた。
「へへ……ノン君大丈夫? 辛かった?」
「おう、ノイは……っておい……おまっ……」
俺は初めて自分の血の気が引いていく音を聞いた。落ち着いて改めてその姿を見みると――ノイは全身血みどろだった。地面にポタポタと血が滴り落ちている。
「おい! ノイ! 大丈夫か……」
あれ――ふと違和感を感じた。
「ノイ、これって、おま……」
「うん、コーリとエラ君。ノン君の事いじめようとするもんだから、あたしがやっつけた、殺した」
「へっ?」
全てあいつらから噴き出た返り血とのことだった。ノイはそのまま前のめりに倒れ、俺はすぐさま抱きかかえた。
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