第36話 Divine moments now
一同はエラの思いもよらぬ、リアクションに困る発言に、思考回路が一瞬おいてけぼりにされる。
「ん? おいおい、どうしたエラ? お前、なに言ってんだよ」
お前がここの幹部だって? 突拍子も無さ過ぎて、冗談にしても笑えない。
エラはそんな俺の様子に気後れする様子を見せず、一息ついて話を続けた。
「悠長に話している時間も無いだろうから端的に説明するね。僕の『本体』は今もこの組織で一生懸命働いているよ。強制的に働かざるを得ない状況を強いられているんだ。みんなを騙すつもりなんてなかった、ただ……黙っててごめん。
……それで、じゃあなんで今僕がここにいるかというと……僕は僕の本体が生んだコピーみたいなものなんだ」
「へっコピーって……はああ!?」
なんだよそれ。パーマソかよ。今更だが浮世離れしすぎてる。それに、話を聞いてるとまるでお前って……
「ただ、一つだけ信じてほしいのは――今ここにいる僕は君達に対するスパイなんかじゃない、勿論敵でも無く……ここにいる僕は、ノブル君、キミにどうしても会ってみたかった僕の気持ちが具現化したもの。そして――僕は君達の……味方だよ」
エラは少し悲しげな雰囲気が見え隠れする笑顔でそう言った。
その様子を見ていたら、なんていうか今一瞬頭に浮かびそうだった考えがくだらねえなって思えてきて。
エラは自信無さげな声で続けた。
「ほ、本当はみんなさえ良ければ、友達だと思ってもらいたいって思ってる……こんな形で出会った事、僕はとても悔しい」
――ちっ。
ったく、何言ってんだコイツはよ。ほんと、なよなよしやがってらしくねえぜ。
「おいおい、時間ねえんだろ? おめーくだらない事言ってんじゃねえぞ? 友達だと思ってもらいたいとか友達に言わせる程野暮じゃねえんだよ俺という人間はよ」
「そうだよ! エラ君てば、いったい今更なに言ってんのさ~!」
「トモダチ……本当に僕にもトモダチなんてできるのかあ。わあ嬉しいなぁ……シシ」
エラは目を丸くした。まるでパソコンが処理落ちするかように、三人の言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。それだけ、エラにとってはあまりにも予想外の反応だった。
「……みんな……」
エラには三人の言葉が心底嬉しかった。救われた気分だった。それと同時にその気持ちを糧に、先程から目の前に立ちふさがっていた恐怖心をも見事に克服してみせた。
「ありがとう。みんなのお陰で吹っ切れた。正直このドアを開けてしまったが最後――この先はどうなるか、僕にも見当がつかないんだ。ドアの向こうの相手には当然僕がここの幹部である人間だという事はバレていると思う。それに反して、今ここにいる僕とラボ内にいる『本体』である僕とのシグナルはほとんど切れていて、本体の記憶が僕からどんどん薄れてきている――そのせいで向こうの様子は把握できないんだ。ただ……ただそれでも絶対に目の前の敵に勝って、みんなを無事に帰す。僕の大事な友達を」
「弱気とかエラらしくねえぞ。コーリも言ってたろ、俺らなら大丈夫だ」
「……キシシ」
「そそ! それに向こうと繋がり無くなる事はいいことじゃない? エラ君はもう、エラ君なんだよ~!」
「……うん! じゃあ、行こうか」
そうして俺達はその部屋のドアを開けた――――――。
図図図図図図図図図図図図図図図図図図図
ドアの中はというと、信じられないほど広かった。広いというか、どこに壁や天井があるか分からないほどにただただ真っ白い空間が広がっていて距離感が掴めない。お陰で延々どこまでも部屋が広がっているように見える……んだと思う。
その広い部屋のちょうど真ん中あたりに、一人の男がポツンと佇んでいた。その男はタイトなスーツに身を包み、綺麗に整えた髭とピアスが特徴的な男だ。見た目的には実年齢よりも若く見える40代ってとこだろうか。しかし、そのサングラスは……木に竹を接いだとでも言うべきか、間にあわせなのかなんなのか妙に浮いてるぞ。絶対つけない方がいい。
――張りつめた空気の中、その組織の人間であろう男が口を開いた。
「みなさん、はじめまして。私は今回のプロジェクト、『SPACEBABY MEDITATION』の最高責任者の『ゴメオ』と申します。第四ステージまでの素晴らしい活躍、見させて頂いたよ、いやはや恐れいった」
「…………」
「それでだ。あまりにも才能に溢れる面々にあれっぽっちで『超体験』なんて言うには失礼だと思ってね。急遽こちらの最新設備『アター』を以ってエクストラステージをご用意させていただく事にしたよ」
いや、全然嬉しくねえから。失礼とかいいから、頼むから早く帰してくれよ……と、そんな事をどこか呑気に考えていた隣でエラが顔を強張らせながらゴメオとやらに言及する。
「何を考えているんだ……アターはまだ実践導入には程遠い……それどころか、研究開発を進める程に人類が扱えるような代物では無くなってしまった言わば『パンドラの箱』だ。いくらあんたと言えどホストなんて務めたらただでは済まない事くらいわかるはずだけど……」
ゴメオはわざとらしく失笑したような素振りを見せる。
「――はぁぁぁ。フン、まず言葉遣いがなってないよ。それが親に対して言う言葉か? えーと、エラ君?」
へ? 親!?
「え、エラ? もしかして、目の前の……」
「そうだよ、あいつは僕の本体の実の父親だ。今となっては最も憎い存在だけどね」
「んだよマジでかよ……ッ」
「フハハハッ! お前がいくら私を憎もうと、お前は私の息子であり私はお前の親だ。その事実は変わらない。親が敷いたレールの上をお前は正しく進んでいればそれでいいんだよ。なのに何故それがわからないのか……私にはそれがわからない」
なんだかわざとらしい、いやな笑顔を見せるやつだぜ……実に不快だ。コイツがエラのオヤジだ!? 働かざるを得ない状況って、俺には想像もできねえが――エラ、かわいそうに……心中お察しするぜ。
「さあて。無駄話してしまったね。早速だが今からアターを起動させよう。アターのコンセプトやミッションの概要は、アターの体験を味見してもらいながら話そうと思う」
ゴメオは自身の胸元に付けたバッジを指差しながら、装置の起動を宣言した。
「クッ……何度も言うが、それはOtter、スペルも発音も違う」
「良いじゃないか、可愛らしくて。私は気に言っている」
そのバッジはカワウソのモチーフだった。
エラとゴメオが会話していると思っていた所、突然ゴメオがゆっくりと床に倒れた。そしてそのままうつぶせの姿勢でピクリとも動かない。
「は……? どうしたんだよいきなり。全然意味がわからな……」
キンッ
「ぎぎぎぎぎぎいッ」
それは突然だった。頭蓋骨がてっぺんからバカッと割られたような衝撃が走り、脳味噌が綺麗丸ごと剥き出しになったような感覚。そしてそこから脳味噌内での活動が頭蓋骨の外、表へ向かってドボドボと飛び出して行く。
ニューロン同士を結ぶシナプスの数が爆発的に増え、それは瞬く間に脳内を遥かに超え、頭の外へ向かって脳が自分自身の領域を無限大に広げていく。脳の神経が触手を伸ばすかのように、物凄いスピードで空間に張り付いていく。
きっとこれは頭蓋骨なんかに抑え込まれていたら到底無理な領域だなぁ、等と俺は勝手に理解する。
ばばばばばばばばばばばばばばという音が大音量で鳴り続けている。実際に鳴っているかどうかはわからないが頭の中で再生されている。それはまるでファミコンソフトがバグってしまった時にそっくりだ。
そのような状況の中で――俺の脳味噌は様々な記憶をめまぐるしく駆け巡る。
ガキの頃の記憶からついさっきの事まで、はたまた俺が虫だった頃の記憶やこの超体験の当選ハガキを破り捨てて今日一日寝てる俺の記憶や星の記憶……
い、いみがわからない
さらには俺と会う前のノイの記憶、エラの幼少時の記憶、コーリの醜い顔の痣の記憶……俺が知りえないみんなの情報まで流れ混んでくる。
皆も俺と同じ様に外に向かって情報を垂れ流しているのだろうか。情報の多さに激しい吐き気を覚える。まるで脳が直接暴力を受けているかのようだ。
これは途方も無い世界に迷いこんでしまった。
これは途方も無い、とてつも無く途方も無いせかい。
――現実感を次第に失いかけ始めた頃に、ゴメオという男の声が脳内に響いた。
「どうだね、皆さん。これが『アター』だ。最高の気分だろう」
いやいや、最悪……が適切な表現かはわからないが、決していい気分ではねえよ。
ゴメオは一方的に話を続ける。
「アターがどんな設備かご説明しよう。まずざっくりと言うと、今このアター内において君らの脳は宇宙と結び付いているような状態だ。君達が今まで生きてきた中で実際に起きた事、実際に選んだ道以外を選んだ場合に起きたであろう事に関しての天文学的数字とも言える程の可能性の、全てのパターンを総当たり的に演算し、それを全てデータベースに加える機能、さらにそれをアター利用者全員で共有するといった『超大容量意識のクラウド化』を可能にする、人類が神という絶対的な存在に近づく為の、大いなる進歩の可能性を秘めた偉大な装置なのだよ。」
こいつは俺達にそんな長たらしい話を聞く余力があると思って話してんのかァ? だとしたら一人よがりもいいとこだ……ッ!
なおもゴメオはうつ伏せに倒れた格好のまま話を続けた。正確には脳内に直接奴の声が響いてきていた。
「そしてその演算されるデータは過去や未来、前世や来世と言った時間の概念に縛られてしまうような事は無い。その『個』の持ち得る全ての情報を引き出す事が可能になるのだ。まるでアカシアの記録を閲覧するかの如くね」
「ア、アカシアの記録……? 一体なんだよそいつは……」
「――そう! そういうことなんだよ、ノブル君! 今君はアカシアの記録を知りもしなければ聞いたことも無いのに、実在する物として認識しただろう。その瞬間にアカシアの記録は実在するのだ」
「ワケがわからな……うぐッ!!」
ついに俺の脳みそは思考や自我までほっぽり出してしまったか、体全体が強く硬直したまま動けなくなってしまった。手は拳を強く握り過ぎて爪が手のひらにめり込み、隙間から血が滴り落ちる。しかし頭の中にはなんにも考えが及ばない。空っぽの状態だ。ただずっとさっきから聞こえていたばばばばばばばばばばばだけは変わらず鳴り続けていた。
これは俺の記録の全てがこのアター内で野ざらしになった事を意味するのだろうか、今はもうそれを確認する術もない。周りの様子はというと、他の三人もとうにそのような状態になっているようだった。
なんにも無くなって、馬鹿になった。
ゴメオはそんな俺らの全ての記録を丁寧に閲覧する。
「さてさて、ゆっくり閲覧させてもらうとしますか。しかし、これがたった4人分の記録だと……? 信じられないね。もしや誤作動……アターの妄想じゃあ無いだろうね? なんてね……しかしこれが本当だとしたら、やはり私も今日この日を体験する為に生まれて来たんだろう、フフ。身を挺した甲斐があるというものだ。
まずはと……うーん、これは歴史としてはとても薄っぺらい。言わば普通の人間としてずーっと生きてきた面白みの無い記録だな。――ただ、今世で誤作動により一気に脳が覚醒している……と。なるほど、これは我が息子だな。脳が常人の何百倍も活性化してしまったお陰で、人として生きていけなくなってしまった……普通に生きようものなら脳の膨大な活動におけるカロリー消費のせいであっと言う間に餓死してしまう、可哀そうな子だ。愛しい息子よ、心配してくれるな。お前の命は、これからもずっとこのアター内で生き続ける」
ゴメオは知的好奇心から来る興奮を抑え切れずいつにもまして饒舌になる。
「次にコッチは……なるほど面白い。数え切れない程の輪廻転生を、全て出来そこないで生まれ続けてきた個体だ。どの世界線に行こうが例外無く、五体満足で生まれてきた試しがない。これというのはこの個体に課せられた『運命』というやつなのだろうか。
ある時は顔に大きな痣があったり、またあるときは四肢を欠損していたり……。しかもあろうことか、そんな一度もまともに生まれた事が無い醜い自分自身の記憶が、今までの輪廻の分今日まで『全て』忘れる事なく継承され脳裏に刻みこまれている。前世の記憶を全て持ち合わせているとは……それすらも醜いバグということなのか? 何と残酷な……そしていつか創造主に報復することだけが望みと。君の人間とは思え無い程の脳力の原動力はそういったワケね。それで~……」
ゴメオは硬直している姿のノブルとノイを見て、思わず拳を握りしめ武者震いをする。
「フフフ……ハハハハ!!! フハハハハハハ!! やっぱり、やっぱりそうだった……ノブル君、あなたが『神様』だったのですね……そして隣の女はその神様の使い、『天使様』だったなんて、なんという……ッ」
ゴメオはノブルが『神様』だという直接的な記録を見つけたわけではなかった――いわば直感。思い込みなのであ「うるさい! 私の直感は当たるんだよ!」
――神視点すら、『神様』を目の前にしたゴメオには眼中に無かった。そうしてなんとも揺るぎない気持ちがゴメオを早々に動かす。
「――それならもう、話は早い。さあて、仕事を続けるとしますよ」
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