第31話 素粒子ソリューション
――ガラララッ
教室のドアが開く。
「ノブルとラモンは学級の催しには我関せずなんだな」
俺達の担任である谷先生が俺らの個展『素粒子ソリューション』を覗きに来た。先生は教室に入るなりすっかり呆れた様子を見せる。
「わ、来てくれたんすか。あのですね先生、今しか出来ないアプローチってあると思うんですよ先生。クラスのみんなには悪いと思うけど、その今しか出来ないアプローチを今する事に決めたんです。それが今なんですよ先生!!」
俺は話しながら熱くなって先生に詰め寄る。
「分ーかった分かった分かったからノブル、変な日本語を使うんじゃない。別に説教をしに来たわけじゃないからな。それにしても……お前ら趣味が悪いな、なんだこの作品は」
先生が目にしたのは、住宅街のジオラマの上から重油をかけ街全体がドロドロと覆いつくされている、俺の自信作だ。
「その作品は、平穏な日常風景に潜む闇が溢れ出てしまった状態を表現しています。平和ボケした人類に警鐘を鳴らす事を目的とした作品で、タイトルはなんだと思いますか? 当ててみてください」
「知るかよ」
「フフ……この作品の名前は『町に溢れ出した重油』です」
「見たまんまかよ。後で教室にも少しくらい顔だすんだぞ」
先生は帰っていった。
「……谷センのような固定概念の塊には伝わらなかったようですね、ノブル氏」
「端から期待してねーよ。そもそもこれは自己の内面の表現が目的であって、分かってもらいたいわけじゃねーからな」
「さすが! ノブル氏は言う事なす事アバンギャルドですな!」
俺とラモンのやりとりが寒過ぎて死にたくなるんですけど、ミュートに出来ませんか?
そんな事を思いながら高次の俺の方に目をやった。するとそいつは予想に反して、真剣に当時の俺らの様子を見ていた。
……そんな顔して見るもんじゃないですよ。
そうしていると、また教室のドアが開いた。そこにいた全員が、ドアの方に目をやる。
おお。
教室に入ってきたのは――ノイだった。
しっかし……今思うとよく一人で入ってこようと思ったもんだぜ。
今となっては彼女だが、贔屓目無しで見てもその辺のアイドルに引けを取らないくらい可愛い女の子がだぜ? ……『素粒子ソリューション』にだぜ? 女子が苦手なラモンは、すぐさまそっぽを向いてしまった。
「こんにちは!」
「や、やあ、こんにちは」
ノイは入ってくるなり元気に挨拶をして、興味深そうに俺らの作品を一つずつ眺める。そして――一つの作品に目を留めた。
ノイは目を輝かせながら俺に問いかける。
「これ……なにこれ、めちゃくちゃいいよ……だれが作ったの?」
「それは俺が作ったんだ、へへ……それの良さが分かるのか?」
「わかんない!」
ズコ~!!
ははっあいつ、変わんねえなぁ。
「ピンクでかわいいからさ、えヘヘ……」
「そ、そうか、かわいい……はは。それはな――俺らのように地球上、三次元の世界で存在する生き物を超越した、高次の生命体をイメージしてるんだ」
「へええ、なんかよくわからないけどすごい!」
どういう思考回路をもってこのような造形になったのかは今となっては俺にも全くわからない。
そのピンクの物体は何というか、いやなんともいえないぐちゃぐちゃとしたディティールで、たとえるなら、焼く前のホルモンのような気持ち悪い作品だった。
あれ? しかしこれどっか他でも見たような……思い出せないけど……
「気にいった!」
「はは、どうもありがとう」
「この作品もだけど、あなたの事があたし、凄い気にいっちゃった!」
「え……えッ!?」
うわーそういえばこんな展開だったっけ、懐かしいな。改めて見るとこっぱずかしいぜ。
んで確かこの後は……
「ねね、他にお客さん来ないみたいだしさ、一緒に文化祭見て回ろうよ!」
「えっ、ちょっと待ってって! ってか客来ないなんて決めつけないでくれないかな!」
「だってアタシが来てから誰も来て無いじゃん」
「うっ……」
「……ノブル氏、行っておいでよ。僕が見てるから、せっかくだし行っておいで、うん」
「ラ、ラモン……」
その言葉の後に、ラモンは声にこそ出さなかったが俺を見ながら口元をハッキリと動かしていた。その唇の動きから読み取れたのは――間違いない、『リア充爆発しろ』だった。
はははは。そうそう、そんなだったっけ。――んでこの後ノイとはすぐ仲良くなって……
「いや、行かない」
――え?
「えーなんでよー!? いいじゃんカレもああやっていってくれてるし! いこいこー!」
「……行かないっていってるだろ」
おい、どうしたんだよ、俺……知らないぞこんな展開……。
「もー早く行こうよー!」
そう言ってノイは俺の手を引いた。
「やめろぉぉぉぉおおお!」
そう叫び目の前の当時の俺は――ノイの手を勢いよく振りはらった。
そして振り払ったその反動で強い衝撃波が発生――それを正面から受けたノイの体はバラバラになり、消滅した。
「がふ…ッ!」
ノイは一瞬にして細々とした肉塊になり、次第に灰の様にぼろぼろと崩れていった。
――一部始終を見ていたラモンは、ショックのあまり後ろの方で気を失っていた。
…………。
……は? えっと、ちょっと待ってくれ、これはどういう事なんだ?
俺は混乱を抑えきれず、高次の俺に勢いよく顔を向けた。
高次の俺は先程までと変わらず穏やかな様子で口を開く。
「今、ご覧になった通りです。誤って進んでしまった道を正しい方向に修正したのです」
はァ? 俺とノイの関係の何が悪いってんだよ?
「彼女との出会いはあなたの今後の人生は勿論、この世界にも大きな悪影響を及ぼします。世界のバランスを大きく崩壊させるきっかけを修正させていただきました」
なに言ってんだよ、そんなワケがねーだろ……。
「今は理解出来なくても、そのうちわかる時が来ます。引き続きチューニングを続けましょう」
は……はい。わかりませんが、わかりました……。
そうして俺らはまた次の目的地へ向かう為、異次元空間に吸い込まれていった。
~~~~~~~~◎~~~~~~~~~
ラボの中は騒然としていた。
仮眠を取りに行ったはずのゴメオは既に目を覚まし、真剣な表情でSPACEBABY MEDITATIONのメインフレームに向かってなにやら操作をし続けている。
その頭にはいくつもの管がついたヘルメットのようなものを装着しており、どうやらメインフレームに接続されているようだ。その管の数は超体験被験者の比では無い。
無論、ラボ内の研究員達も総動員で必死に作業に追われていた。
「ゴメオ様、突如緊急ミッションを用意するだなんて、一体どういった理由ですか? そして何故彼一人を対象に?」
「夢を見たんだ……私の勘が正しければ、今緊急ミッションを受けている彼は『神様』にとても深い関わりを持っている」
「え……A-03がですか? B-01でもCグループでも無く?」
「そうなんだよ。『拉致組』でも予定通り大きな収穫を得られそうではあるんだけど……私の予知夢は当たるんだ――ゴタクなんざもういい。引き続き、彼の脳に記憶情報を私の脳から直接流し続けるから、お前達はしっかりとデータを取るんだよ。」
「し、しかし……」
研究員が動揺した様子を見せる。
ゴメオはメインフレームから目を逸らさず、集中力を欠かす事なく話を続けた。
「どうした、一体なんだっていうんだね。」
その目は血走っているが、瞬きをする事は無い。
「ゴメオ様……既にA-03の脳へ送っている情報量は、緊急ミッションを始めてからもうすぐ600テラバイトまで上ります。このまま続けるとA-03が耐えられなくなる可能性はもちろんですが、ゴメオ様とメインフレームの負担も尋常では無いと……」
「えっ今更何言ってるんだよ。彼の正体を暴く為にはこんなもんじゃ全然足りないだって。こっちから『仮の記憶』で全て上書きして『思い出させる』事にするんだから、骨が折れるのなんて当たり前。この調子で3ペタバイト分まで休む事なく続けるからね」
ゴメオの言葉を聞いた研究員は間髪いれず言い返した。
「そんなまさか!? 人間の脳の限界容量を倍以上超えています! 被験者はおろか、システムが耐えられません! ゴメオ様だって……」
「おいおい……馬鹿言うんじゃないよ。私と『私の息子』を舐めて貰っちゃあ困る。余計な口出ししてるなら手と頭を動かしな。お仕置きされたいのかい」
「ヒエッ! ……分かりました。作業に戻ります」
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