第30話 アセンションプリーズ

「――ひゅるんッ!」


 うお、ビックリして喉から変な音が鳴っちまった。誰かに聞かれたらこっぱずかしいやつな。

 俺は高次の俺……ハイアーセルフとやらの手に触れた瞬間現れた、空間のひずみに強引に吸い込まれていった。


 ――その吸い込まれた先は、まるで万華鏡の中にでもいるかのような一面極彩色の空間で床や壁、天井等の認識はおろか上下左右の感覚すら曖昧になってくる。

 うわ出た、またこの感覚かよ……段々不安になってくるから嫌なんだよなこれ。

 そう思ってはその場をやり過ごそうと、目を閉じてみた。すると――、空間内部で見ていたよりも更に激しい曼荼羅の様な模様が目を閉じたまぶたの裏側にはっきりと浮かび上がってきた。それも激しく蠢いている。予想外の出来事に俺は目を閉じたまま思わず声をあげる。

「うあああ!! なんだこれええええッ」

「今、あなたの脳は深い変性意識状態にありますので、目を閉じて視界を遮断することで強い閉眼幻覚を体験する事と思います。それもあなたの脳が生んだとても素晴らしい芸術ですから、存分に堪能してください」

 宇宙の声が脳内に響く。

「いやさ、わかってんだったらほったらかしてないで先に言ってくれって! 素晴らしい芸術とか、そういう問題じゃねえからッ」

 俺はビックリした余韻から、思わず憎まれ口を叩く。



    ×



 ――いや、しかしすごいな。

 それは『見ている』と言うよりも、正に高次の俺が言うとおり『体験している』という表現がしっくりくる、まるで映像の中に入り込んでしまった様な妙な錯覚を覚える。

 圧倒的質感を味わわされるその閉眼幻覚とやらは、如何に俺の脳味噌が普段怠けているか思い知らされる程、日頃肉眼で捉えている下手な現実の光景よりも『ハッキリ』としている。



 ただ一点、目を開けても閉じても共通していたのが、どうやら俺達は一方向へひたすらに進んでいるようだった。模様の流れがそれを物語っている。どうせこれから何か起きるんだろォ。言われた通り今はこの模様を楽しむか。

 そうしてしばらく眼前? の光景を堪能する。幾つかのカラフルな景色の中には、歪んだ懐中時計のようなマークも見えた。

 あれーェ? これなんか見覚えあるな。どっかで見た事……あっ!

 ――あれだ、アニメで見た事があるんだ。未来から来た狸のロボットの……ってことは、あのアニメの原作者も……へええ、まぁ納得出来るわ、はは。


 あれ狸じゃないっけか? 猫? だなんて考えてた所、高次の俺とやらが口を開く。


「今から、あなたが今日まで生きて来た中で決定的に判断を誤った事柄や、間違えて認識をしてきたせいで大きくずれてしまったところを一緒に根本から正していこう。あなたはそれを一つ一つ真正面から受け止めて、受け入れる事で次第に俗物的な思考を捨て去り、一歩ずつ私に近づいていくんだ。

そのようにして今まで間違えた形で発生したカルマを絶ち切り、あなた自身が5次元世界へ上昇、アセンションするのです。

その時、あなたと私は等しい存在になる。

それまでは私がサポートするので安心して、ついてくるんだよ。」


「あなたが赤ペン先生なのですね、分かりました。よろしくおねがいします」

 妙に素直に返事をする俺。

 目の前の俺の声は、それはそれは心地よい。しかし、話している内容はというと正直言って何を伝えようとしているのか、言ってる意味がさっぱりわからなかった。そもそも俺と目の前の俺は同じ存在ではないのか? 最後の方の言い回しが、やけに気になる。……なにか府に落ちないが、今考えてもきっと答えは出ないだろう。

「なんだかよくわかりませんがお願いします」


「それでは、始めていくとしようか」


 高次の俺がそういうと、空間に亀裂が入り、その隙間に吸い寄せられていった――




 ――ああ。目的地に到着ってか。

 しかしこの空間は物凄く見覚えがあるぞ。


 ……そらそうだ。

 何せ、俺が数えきれないほど殺された場所だからなァ。もう随分前の事に感じるけど。


「お~い、ご飯出来たから皿の準備おねが~い!」


 やっぱりそうだ。


「ほら何ボケっとしてんのさ、もうご飯出来たから早く準備して」


 ……えーと、どうしたらいいんでしょうか。早くしないと、私殺されてしまいます。


 そう思っていると、高次の俺が俺に向かって問いかける。

「ノブルさん、目の前のこの人は誰だい?」

 え、誰って、母さん

「あなたの母親だとしたら、何故顔が無いのですか」

 忘れてしまいました

「違います」

 え?

「見た事も無いものに対して、『忘れた』という言葉は使いません」

 何言ってるんですか

「そうですよね?」

 まぁそれはそうですけど

「妄想です」

 そうなんですかね?

「確信が持てなくなってきましたね? そうです、思い込みです。とにかく目の前のこれがあなたの母親では無い事だけは絶対的、確かな事です。金輪際、このようなもので自分を縛るのは終わりにしましょう」


 高次の俺がそういうと、母さんは泡になって消えていった。


「さあ、感謝を伝えたまえ」


 目の前の母さん、今までありがとう。

 そうしてまた俺と目の前の俺は空間の亀裂に吸い込まれていく。



 ――ってか、母さんって俺の妄想だったの? どういう事? なんだか頭がぼやーっとする。重大な出来事だったはずなんだけど、どうも深刻に考えられない。感情や思考というプログラムが何か他の全く別のものに少しずつ書きかえられているような感覚、かろうじて出来るのはそれらを受け入れようとする事だけ。


「さて、次に参りましょう」

 そしてまた、異次元空間から放り出された――



 ――さて、次はどこに飛ばされたんだ?

 俺は辺りを見回した。


 「……え、学校?」

 次に降り立った場所は、俺が当時通っていた高校の門の前だった。様子を見るに、今日は文化祭らしい。華やかに飾り付けをされたアーチと楽しそうにしている大勢の若者達の様子がそれを用意に想像させる。


 もしこれが3年の時の事ならば、俺は確か……そう思うとすぐに、俺は旧棟の空き教室に向かった。

「うっわ、やっぱりそうだ……」

 向かった先の空き教室の入口には『素粒子ソリューション』と筆ででかでかと書いた看板が鎮座している。その字はアーティストぶっているのかなんなのか、かろうじて読める程度に意図的に崩されたとても前衛的なフォントをしている。――いや、前衛的っていうか……完全に厨二病の類だ。今見るとダサすぎて泣けてくる。


 これは――俺が友達と二人で有志で催した個展のタイトル。教室内ではこの日の為に二人で用意した、前衛芸術を大きく勘違いした絵や創作物で溢れている。

 さっきも言ったように、当時の俺は所謂いわゆる『厨二病』というやつに侵されていたんだろうな。個展を見に来たお客さんが作品を見て引いている姿を見ては、あいつらはわかってない、かわいそうに等と友達と二人で嘲笑していた。


 うわー、この日の事は記憶から消したい、いわば黒歴史も黒歴史だ。



 ただ



 ――俺とノイが初めて会った、記念日でもあった。

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