第23話 処方薬シスターズ
ナーガから奪い取った大きな壺の蓋を開けてみると――中には見た目若い女が二人窮屈そうにしまいこまれていた。二人のうち一人は眠っているようだがもう一人はギンギンに冴えた目付きで、蓋を開けた俺の顔をじっ……と興味深そうに見ていた。
え、あなた、目血走ってるんですけど……思わず一旦蓋を閉めてしまう俺。
そして先ほど壺の中身を見たまんま口にしてしまってからというもの、背後から脳力かよ? なんてくらい妙に鋭く突き刺さる、ギラギラとした視線を感じるのはきっと気のせいではないんだろうな……ウン。俺は落ち着く為に、唾を飲み込んだ。
ヤバいね。ったく――変な汗かくぜ。そう思いつつ俺は壺から離れ、ノイとエラの元に戻る。
そして誤魔化すわけでもなく、改めて二人に報告する。
「中には薬なんて入ってなかったぞ。変わりに――女が二人閉じ込められてた」
「なんでっ!?」
「えっなんでって、俺に聞かれても……」
「はは、ノイちゃんはどうやら、やきもちやきのようだね」
他人事とばかりにエラがニヤニヤしながら言う。
「うんそう!」
ってかさ、やきもちってなんにもしてないと思うんだけど……まぁ、ノイのこれは今に始まった事じゃないんだけどさ。
「しかしもうナーガもいなくなったのに、どうして出てこないんだろうね?」
「わかんねえけど二人のうち一人は爆睡してたな」
「へー? よく見ていらっしゃって」
「いや……お前な、別にそういうんじゃねえよ」
「そういうのってどういうの?」
「…………」
エラは途中からただただニコニコしながらも、無言になっていた。
顔は笑ってるけど、茶番見せられてイライラしてるっぽい。
俺らのその茶番のリズムが途切れた所で、エラが口を開いた。
「呪詛か何かかけられて出られないんじゃないかな? もうラチあかないから壺ごと壊しちゃうね?」
「へ?」
エラはそう言うと俺の返事を待たずして、壺に向かって手を払うような仕草を取る。次の瞬間――衝撃波が壺にぶつかり、勢いよく弾け飛んだ。砂埃が大きく舞う。
それはまるでエラが壺に八つ当たりをしては、イライラしてるんだと俺らにアピールしてるようで俺は頬を引きつらせて笑う。
「おま、ちょっとやりすぎじゃ……」
「この方が早いし中の人にもいい気つけになるでしょ?」
うーん。君のその感覚、まともじゃないと思います。こいつは怒らせないようにしよう。
× + × +
砂埃が落ち着いてきた。壺があった場所を見ると、先ほど壺の中身を覗いた時に見えた女二人であろう人影が二つ、そこにあった。
一人目――見た目は痩せ型で背が高く、赤いロングの髪の毛の色が目に優しく無い。
「イチニ、イチニ、イチニ……」
準備体操を思わせる屈伸運動を元気よく始めてやがる。今出て来たばかりで気持ちの切り替えの早い奴だな。
もう一人はその場に横になっていた。様子を伺うと、寝ているようだった。
さっきのエラの衝撃波受けてもまだ寝てんのかよ! 凄い神経だな。
子供と見紛うくらい小柄で、その頭はコスプレイヤーのカツラですか? と思わず聞きたくなるような青い髪の毛が特徴的。
なんだか対象的な二人だな。なんにせよめんどくさそうだぜ……。
「とにかく先に進むのに、これも必要なイベントなんだろうね。取り合えず話を聞いてみようか」
「……そ、そうだな」
俺は取り合えず赤い髪の方に声をかけてみよう……としたのだがノイのいる方から、えも言えない無言の圧力を感じたのでエラにアイコンタクトで役割を促す。
気のせいかもしれないが一瞬『ピキッ』とした様な間を見せた後に、エラが動いた。
「やぁ。僕の名前はエラ。第四ステージの挑戦者の一人だよ。君の名前は?」
エラが話かけた途端、赤い髪の女は待ってましたとばかりに口を開く。
「ようエラ! お前らの情報はもう俺らの耳に入ってるからいちいち名乗らなくていいよ! ってかナーガ倒すのに時間かかり過ぎ! 待ちくたびれて待ちくたびれて体がすっかりなまっちまったぜどうしてくれんだよ! しかし今日は天気いいな。って砂漠だしいつも天気は良いか。あれ何の話してたんだっけ? エラの名前の話? 名前は知ってるっつうの! あいや違う俺の名前か! そうだったな、俺の名前はリタ。リタ・M・フェニデートだ、よろしくな! 長所は寝ないでもずっと活動出来る事! 短所は集中力が続かない事かな! ハッハッハ!」
うわっ……なんだこいつは。キョーレツ過ぎだぜ。
よくある徹夜明けの謎のハイテンションのような、異様なまでに荒ぶった様子でまくしたてるそいつを前に俺はすっかりあっけに取られてしまっていた。ノイはそんな俺のリアクションを監視しているかの如く、じっと俺を見ている。
エラはこういうじゃじゃ馬な女苦手そうだよな……と思っていた所にエラが会話を続け始める。
「…………そう。リタ、よろしくね。ところでー……、そちらの女の子は具合でも悪いの? 見たところ眠っているようだけど」
「あーこいつ? いっつも寝てばっかなんだよ! 俺が起こさねーといつまで経っても起きねーんだよ、オラ起きろ!!」
そう言って、リタは寝ているもう一人の女の腹部辺りを思いっきり蹴りあげた。ドスっという人の体から聞こえるべきでない音が響く。
「ッンゲフ!!!」
寝ていた女は苦しそうなうめき声をあげ、目を覚ます。
「うう……リタりん、おはよう……もう起きる時間? スカイダイビングはどうなった?」
「おい! てめえいつまでも寝ぼけてんじゃねーぞ! 挑戦者御一行がお出ましだ! さっさと自己紹介しやがれ!!」
鬼かよ、こえー……
「……ああそうなの? うん、あたしの名前はアム。アム・オーヴァンだよ。長所はどこでも寝れる事。短所は眠いのにそのまま起きてるとその間の記憶がなくなっちゃう事かな、えへへ……リタりんはみんなの前では意地悪だけど、二人の時はあたしの事あもばんってあだ名で呼んでくれるんだよ~かわいいで……」
「殺す! 死ね!」
真っ赤な顔をして、再度リタがアムを思い切り蹴り上げる。
「ッンギャフシッ!!!!」
えっ……なんだよ漫才かよ。
「は、はは。なんだよお前ら、ばっかじゃねえの……」
俺はへんな引きつった表情で、へらへらへらと笑った。
しかし、嫌な予感しかしね~……。どうかノイを刺激しませんように!
× + × +
まさかこの後こいつらと行動を共にするんだろうか……。そうだとしても、それってどれくらいの期間なんだよ。先が思いやられるとは、まさにこのことだぜ……。
ノイはもはや言うまでもないとして、エラまで気に入らないと言った態度を取っているこの状況、板ばさみになった俺はステージクリアまでメンタルが保つんでしょうか、神様。
そんな被害妄想で悲劇のヒロインを気取っていた所に、エラが何か閃いた様に、口を開く。
「あ~! そうか! なるほどね。さっきは壺から出てきた時の君たちのキャラと勢いについつい押されちゃって気付けなかったよ。ははっ」
んだてめえ、急に随分ご機嫌じゃねえか……。
「ナーガが意地でも守りたかった物。それは不老不死の霊薬だ。その霊薬の名前は『アムリタ』なんだよ。君たちの名前を聞いた時にすぐには気付かなかったけど、なるほどね……!」
エラは楽しそうに勢いよくしゃべり続ける。しっかし毎度説明くせえよな、お前の喋りは。まぁわかりやすいからいいけどよ。
「君達二人の名前、アムとリタを足したら正に『アムリタ』。君達がアムリタなんだね!」
エラのそのいきいきとした問いかけに、間髪いれずリタ達が返事する。
「いや、さっき聞いた時わかれよ、おせーっつーの」
「あたしもう眠くなって来ちゃったよ……」
「………………」
リタの返しが鋭く突き刺さり、アムの一言がエラを粉々に砕く。サラサラと砂の様に風に流されていくエラ。そんな幻視が見えてきそうだ、思わず噴き出すとこだったぜ。
エラは『アムリタなんだね!』なんて言った時の格好のまま、固まっていた。エラのキャラがスマートに見えない事なんて、この後は中々無いと思うぞ。
ってか、エラ顔笑ってるけど、絶対ムカついてるゥッ……!
おいおいこの空気どうすんだよ、なんて思っていた所で突如、視界は色を失い、時間が止まる。そして前回のミッションの時と同様、頭の中で『ピンポーン』というチャイムが鳴り響く。
次のミッションだな。よしよし、ナイスタイミングだぜ。
「みなさん、それでは二つ目のミッションをお伝え致します。
壺から出てきたその二人の女子を、シヴァ神の元へ届けてください。
アムリタを作りだした際に宇宙を飲み込む程の毒を一人で飲み干したシヴァ神は今、ひどい食当たりと喉の痛みに襲われて連日寝込んでいます。そのシヴァにアムリタの恩恵を授け、元気な姿に戻してください。
シヴァが不老不死を得て踊りを踊る事でこの世界は終わり、そして再構築されます。その踊りをもって第四ステージクリアーとなります。
二つ目のミッションとは言いましたが、このミッションを進める間に他のミッションも追加していきます。第二ミッション終了時に全てのミッションが完了をしている事をクリアーの条件とします」
なんだか複雑だな。まぁ取り合えずゴールにこの二人を届けたらいいって事だよな……。
「最後に一つ忠告します。シヴァの妻、『時の征服者』ことカーリーは極度のやきもちやきです。女子を捧げに来た、よそ者のあなたがたを快く受け入れないという事をよく覚えておいてください」
ロボの説明が終わり、色と時間が目の前の空間に戻ってくる。第二ミッションにして、このステージのメインってワケか。
シヴァ神って言ったら、インド神話最強の神じゃないのかよ。そんな人物を尻に敷く、やきもちやきの恐妻だって……?
取り合えずシヴァの旦那――あなたの心中、お察しいたします……俺は心の中で合掌した。
そこで固まっていたエラが、小さくため息をついた後、口を開いた。
「という事で、目的地はシヴァの居所であるカイラス山だね」
ととととととととととととととととととと
第四ステージに入りノイと思わぬ再会をしたり、エラやアム、リタと言った個性的な面々とのやり取りを通じて――ノブルが以前までのステージで受けた精神的なダメージは緩和していき、そして次第に平和ボケさせていった。それも大事に思った記憶達と共に。
気付かないうちにズレていく、忘れまいとした感覚――人間とは後悔する生き物だ。今のこのノブルの緊張感の無い、平和ボケした言動こそ、この後の格別の後悔を知る為の言わば『前始末』だと言える。
死の体験程度では人間は満足する程の後悔を得る事等、到底出来ないという事なのだろうか。
ととと……
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