第22話 壺の中身

 ナーガは精神を壊し、尻尾を咥えて自分は車輪なのだと自身に言い聞かせ、延々コロコロと転がって行き俺らの前から姿を消した。



「あれはギリシャ神話のウロボロスの蛇のつもりなんだろうね。『死と再生の象徴とされる蛇』が自らの尻尾を食べる事で、始まりも終わりも無い、完全な物の象徴とされているんだ。

しかし、ナーガはインド神話なのに……よっぽどショックが大きかったんだろうね。

ナーガが最も恐れていた者は『虚』。だから不老不死に異常に拘ったんだ。

不老不死をついに得る事が出来たのに、先ほどのノブル君の幻視によってなす術もなく長い年月殺され続けて自由意思を完全に失ってしまって、存在を否定されたナーガは『虚』になる事を恐れた。

よって自分の体で途切れる事の無い輪っかを作ったってワケ。これから何億年もこの宇宙と一緒に転がり続けるんだろうね」


 名前を名乗らないそいつが独り言の様に話しているのを、俺はぼけっとして聞いていた。

「おっと、まあなにはともあれ怖いくらい思い通りに言ったね。ノブル君の脳力のお陰だよ、お疲れ様」


「おゥ、かなりヤバい賭けだったがうまくいってよかったぜ……ってかさ、お前やっぱりなんにもしてねえじゃねえかよ!!」

 そいつは悪びれる事無く、笑顔を見せた。

「二人が頑張ってくれたおかげで出番が無かっただけだよ。ノイちゃんもありがとう、お疲れ様」


「ユアウェルカム♪」


「おおってかノイ? お前のあの脳力なんだよ!? いきなり巨大化しやがって、ビックリしたじゃねーか」


「んーなんだって言われると困るんだけど……第三ステージで出来るようになっちゃって、かわいくないからあんまり好きじゃないんだけどさ、へへ」

 ノイは苦笑いを見せて答える。


「いやいや、とっても素敵な脳力だと思うよ。あれは不思議の国のアリス症候群という感覚がルーツになっているんだ。

現実世界でも一部の人に起こりえる感覚で、片頭痛をきっかけに物の大きさや太い、細いといった感覚が掴めなくなり、結果周りの物や人が本来よりもずっと大きく見えたり小さく見えたりするんだ。

ノイちゃんのこの脳力はその不思議の国のアリス症候群を発症する際に、見ている対象との大小関係が実際にノイちゃん自身に反映されるというワケ。脳力名は『アリス』とでも名付けようか」


「へ~、『アリス』だなんて可愛い名前! 体が大きくなるのはイマイチだけど……そんな名前なら好きになれそうかも! あなたセンス良いのね」


「はは、ありがとう」


 なんでお前が答えるんだよ。俺はノイに質問したんですけど!? ……チッ、すかしやがってなんか気に入らねえな。俺はふてくされてそっぽを向いた。

 ってか、そろそろ名前名乗ってもいいんじゃねえの? 呼ぼうにも名前知らないんじゃ、不便だっつうの。


「はは、ごめんね? 自己紹介が遅れました。僕の名前は、エラ。これからもよろしくね」


 おいおい。こいつには人の考えてることがわかるんだろうか?


「……今かよ、おせえっつーの。ま、短い間か長くなるかもわかんねーけど、よろしくな」



 ~~~~~~~~~~◎~~~~~~~~~~~~


 SPACEBABY MEDITATIONラボ内では、相変わらずまったりとした空気感で参加者の様子を観察していた。

 ――が、少しずつ温度が変わり始めたようだ。


「えっナーガあっさりやられちゃったねぇ。君のアイディアでしょ? 第四ステージに相応しかったの? 本当に? えっえっ調整不足だったんじゃないの?」


「いえ、そんな事は……ちょ、挑戦者のレベルが想像以上に高く、適応力や発想力にも優れているという事を喜ばしく思いましょう。逆に全員に全滅してもらうよりかはましかと。それに次のミッションは一筋縄ではいかないと思います」


「思いますって……またその場しのぎであんま適当な事を言うんじゃないよ? 次のミッションの結果も面白くなかったら、お仕置きだからね」


「ヒィッ! それだけは……お仕置きだけはッ!」


 その時。

「……ゴメオ様!!」

 突如、ラボのドアが開く。

 それは――リタイアした参加者を回収し、火葬処理を施す『処理班』のメンバーの一人だった。この世の終わりの様な顔で、息を切らせて膝を着き体を震わせうずくまっている。


「お前、随分前に実験室に行った処理班だろう。なんだ一体、何があった?」


 その処理班の男は震えた声で答える。

「第二ステージで胎児期退行した参加者の回収に三名にて向かいました。

対象の精神は我々が到着した時点でも確かにステージ内に取り残されていて、肉体は仮死状態でかろうじて脈がある状態でした。

それなのに……身柄を回収しようと心みた仲間の内一人は体中が穴だらけになり……もう一人は顔が膝に、そして腕が腰のあたりに移動したりと体中のパーツがあべこべになって絶命しました。一人では回収もままならないと判断し、報告を優先する為に戻りました」


 スーツの男の表情が曇る。

「……それで、そんな報告をする為にわざわざ戻ってきたのか? 仲間を見捨てて?」


「いや、ゴメオ様、見捨てるだなんて!! 仲間は助ける間も無く絶命しておりましたし、私は異常事態の報告を優先する為に命殻がら……」


「お前みたいなタイプは、私ぁ嫌いなんだよ」

 そういうとそのゴメオと呼ばれる男は処理班の前に手を差し出した。


「おやめください!! それだけは!! やめて!!!」


「お仕置きだ――」

 ゴメオがそう言い終わるとともに、カメラのフラッシュのような閃光が走る。

「D・M・T」


 じいいいいいいいいいいいいいいん


 ゴメオがそう一言発すると、研究員の男は泡を吹きくずおれた。


「そんな……終わらない……いやだ……つめたい……さみしい……」

 処理班の男は白目を向き、カニのように泡を吹いては死ぬまでうわ言を言い続けた。


 ゴメオは溜息をついた。

「はああ……なんだか疲れちゃうな。ちょっと仮眠を取らせてもらうよ。30分程で戻るから、その時の状況を報告して頂戴ね。あ、あとそのゴミは捨てておくんだよ」


「わ、わかりました……」



 ~~~~~~~~~~~◎~~~~~~~~~~~~~


「しかし、壺の中身、気になんねえか?」

「そうだね。神話通りだと過程すると、中身はきっと不老不死の薬なんだろうけど……一体どんなものなのかは興味あるね」

「え、不老不死ってアンチエイジング的な!? 試してみたい! 早く開けようよ~♪」

「アンチエイジングってお前な」


 先程までとは打って変わった、束の間の休息を三人会話する事で満喫していた。




    ×




「よし、じゃあ空けてみるぞ」


 俺は率先して、壺の蓋を開けてみた。

 するとその中には――二人の女が入っていた。


「え……女!? それも二人!?」


 ノイが俺のその声を聞いて、即座に反応する。

「ハァッ!!?」


 それを聞いて思わずビクッとする俺。

 うわっ……ッ

 この展開はあまり喜ばしく無い、寧ろ場合によっては最悪かもしれないかもしれない。

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