第21話 インド神話舐めんなよ

「僕の言う通りにすれば、きっとうまくいくよ。その作戦はね……」

 そういって、そいつはその作戦とやらを話し始めた。


 じじじじじじじじじじ


 その間、ナーガは壺さえ守れればいいらしく、俺らの様子を伺うだけだ。


 ゴニョゴニョゴニョ。

 俺はそいつの言葉に、耳を疑った。

「……はぁ!? お前何考えてんの? そんなの無理に……」


 そいつは俺の口元に人差し指をピッと立てる。

「こらこら、あんまり大きな声を出して、ナーガを刺激してはいけないよ。それに無理だなんて口に出したら、成功する事だって失敗しちゃう。無理だと思ってる事が成功する程世の中甘く無いんだ。

君の悪い癖だよ、必要以上に自分を卑下するのはさ」


「ぐぬぬ……」

 知った口ききやがってと言いたいところだが、言い返す言葉がねーんだわ。



    ×



 そいつの作戦というやつは、以下の通りだ。

 俺がナーガに対して幻視攻撃を仕掛け、ナーガが混乱している所にノイが第三ステージで会得したという脳力ってやつを使う。そして『いまだに』名前を名乗らないそいつが壺を奪いだす、といったものだ。


「……なぁ」

「ん、なんだい?」

「お前、楽して無いか?」

「人聞きの悪い事言わないでよ、僕が一番身を呈してるでしょ? だって僕はナーガ怖くないもの」

「んー……まぁ俺がその役やれって言われても絶対無理だけどよ」

「でしょ? じゃあ決まり」

「いや待てよ! ノイの脳力も俺にはどんなもんなのか分かんねえけど、俺幻視なんてやった事ねえから! 無理だよ無理!」


「ノイちゃんは、蛇苦手なんだよね? でもずっと目つぶっててもいいから僕が合図したら脳力を使う、それならできるよね?」

「うん、目つぶってていいなら大丈夫! ノン君待ちだぞ~男だろ~、んふふっ」

「んふふじゃねえよ!」

 お前もなんでそこで頼もしい返事するかなあ!


 俺はなあ――俺は、自分に正直なんだよ。

「……駄目だ駄目だ! とにかくこの作戦は失敗する!」

 こいつは何か勘違いしてるに違いない、と思った俺は必死に弁明する。


「いやいや、何言ってるの。無理じゃないでしょ?」

「いやいやじゃなくて! 何回言えばわかるん…」

 そいつは食い気味に口を挟む。

「……そっか。せっかくの思いを、無駄にしちゃうんだ?」

「…………ッ!!」


 なんの話かすぐ分かった俺は、まだ後ろめたさを引きずっていたんだろう。

「第三ステージで君に術をかけた主は、最期君に何かを渡したという合図をしたでしょう。

それは君が自分の力に対して無意識にはめ込んでいる、何の意味も持たないしょうもないタガを外すきっかけだ。君はもう普通じゃいられないっていう、自覚をしろよ」


 そいつの口調はだんだんと荒々しくなっていってるような気がした。

「ほら、準備して。腹式呼吸は出来るよね?」

「あ、あァ」

 特に疑問にも思わずに、俺は言われるがまま心を落ち着かせて、腹式呼吸を意識する。

 ――しかし、息を深く吸い込んだ所で、そいつは俺に近づいて下腹部を手の平で深く、ゆっくりと押してきた。

「えおい! 何す……ううッ」


 グググ……

 俺の呼吸に合わせて、信じられないほどそいつが自分の手を俺の腹部に押し込んでいく。

「大丈夫……落ち着いて呼吸を続けてて。これが逆腹式呼吸。息を吸った時にお腹をへこませて、横隔膜を下げる事で腹式呼吸より更に深い呼吸が出来るんだ。そんなことはいいからノブル君、余計な事は考えるんじゃない。

脳の力を発揮するには、激しい酸素供給は逆効果。ゆっくり一定の量の酸素を送り続ける事が大事だよ、覚えといて。そしてそのまま僕の声を聞いて――ノブル君、自分が情けなくて、恨んだだろ? 自分を変えたいと、強い気持ちを持っただろ? その正と負のエネルギーを相転移させるんだ。そうする事でエネルギーは練られて、どんどん膨らんでいくから」


 そいつの声を聞きながらその逆腹式呼吸をやらを続けているうちに、頭がボーっとしてきた。


 気付くとそいつは俺の背中をバンバンと叩きながら喋り続けていた。


 ――は? なんだこれは。


「よし良い調子だ。殻を破れ、因果律をぶっちぎれ。よく見ておけよ?

イマカラオマエノセナカカラデテクルモノコソガ、

オマエスラモシラナイ、オマエノオクソコニヘバリツイテイルオマエノイノチノヒダネダ!」


 俺はゾクっとした。

「やめろぉぉオ!」


 アマニタが俺に放ったセリフをそのまま言って見せた、そいつを俺は突き飛ばす。


 そいつは大きく尻もちをつき少しびっくりした様子を見せてから、その体制のまま、

「……はは。まあ良い感じに整ったんじゃないかい?」

 等と皮肉交じりに言った。


 気分は悪いが、自分の内にみなぎるエネルギーを強く感じた。

「ああわかったよ、やりゃあいいんだろやりゃあ」


「うん、そうこなくっちゃ」


 ノイはその間、ずっと目をつぶって合図を待っていた。



   ×



 シュルルルル……

 ナーガは俺らの作戦を聞いているのかいないのか、じっとこちらを見ているだけで身動き一つしない。

 どうやら、壺を守る事しか興味が無いようだ。


「作戦立ててる間も大人しくしてくれてて良かったよね、無差別に攻撃してくるようだったら、今頃全員食べられてたかも」


「さらっと嫌なこと言うなよな」


「はは、さあさ、集中力が高まっているうちに、さっそく作戦開始だよ。ノブル君の力を見せて」


「……おゥ」


 俺は覚悟を決めて、ナーガの方へとゆっくりと歩を進める。その間に名前も知らないあいつは何やらノイに耳打ちしている。おそらく作戦の打合せでもしているんだろう。



「……ッ!」

ナーガは俺が近づき始めるとすぐさま首をスッと高く上げ、警戒心をアピールしてきた。


 ……ゴクリ。

 へへ、予想通りの反応しやがって……俺にも考えがあるんだ。計画通りに行く事を祈るぜ。

 さァ来い。俺は歩を止める事無くナーガへ近づいていく。


 距離を詰めていくうちに、ナーガは俺の事を完全に敵と見なしたようだ。


「ガアアアアアアアアア!」

 鳴き声なのか呼吸音なのかわからないような音を出す。


 ふははは――さあ、

 来い、怖い、来い、怖い、来い、怖い……


 怖い! 怖い!


 ナーガの持ちあげた首が俺に対する攻撃への射程圏内におさまる距離まで近づいた次の瞬間、目にも止まらぬ物凄い勢いで食らいつきに来た。


「ノブル君、危ない!」

 うるせ、分かってるっつーの!

 ナーガの攻撃を受ける直前という直前で、俺の瞳孔は一気に最大限まで散瞳し頭の血管がビキビキと音を立て、脳内では黒室で精製されたドーパミンが急速にアドレナリンへと変質し飛沫をあげる。すると途端にナーガの動きが次第にゆっくりになっていく。それはもう動いてるのかどうかすらわからない程に。


「へぇ、驚いた。敢えて恐怖に身を置いて極限状態を作る事で無理やり脳力を引き出すってワケか。ノブル君賢いなぁ」



 目の前まで迫ってきたナーガの目をじっと見続ける。

 今だ!!


 ――キィィィインッ



 とととととととととととととと



 シュルルルルルルル……

 ナーガは壺を抱きかかえ、辺りを見回していた。


 ナーガは二度と壺を盗まれまいと心に誓った。

 やっと手に入れた不老不死の薬を、騙し打ちに合い盗まれてしまった悲しい過去の出来事を忘れた日は無い。

 その出来事の日から何日もの間、ナーガは口惜しさのあまり盗まれた壺が置いてあった場所を、ひねもす舐め続けた。


 結果ナーガは不老不死を得たが、舐め続けた事で真っ二つに割れた舌は悲しい過去の出来事を忘れさせてくれた事は無かった。


 シュルルルルルルルルルル……。

 ナーガがじっとその場で辺りを見回していた所、急に辺りが暗くなってきた。

 まだ昼間なのにどうしたものかと、上空を見上げた。




 ――すると。

 巨大な鷹、無数のガルダがナーガの持つ壺を盗みに来たのだ。


 過去に壺を盗まれた相手も、そのガルダだった。

 ガルダは壺を盗んだだけでは飽き足らず、その後直々に神々に願い出て、ナーガを食べる権利を与えられていた。

 ナーガにとってガルダはいわば、もっとも憎むべき相手でありながらもっとも恐れる脅威の存在になってしまったのだ。

 そんなガルダが今度はだまし討ちでは無く、真っ向から壷を奪いに来たでは無いか。




「……………………。」

 ナーガは口を開けたまま、呆然と空を見上げていた。


 数え切れない程のガルダはナーガの元へ降り立ち、一斉にナーガをついばみ始めた。

 ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく――

 それは物凄い勢いで、不老不死のナーガと言えど体の回復はまったくもって追い付かず、ナーガの体はどんどんとみすぼらしく朽ち果てていく。

 鱗は剥げ落ち、ピンク色の肉は削げ、白い骨が露出していく。はらわたはブチブチと音を立てて引きちぎられ、血は止めどなく流れて砂漠を赤く染めていく。ついばまれ続けているせいで、動く事も敵わない。



 しかし当然死ぬことも敵わない。

「……………………。」

 幻視空間の中ナーガは口を開けたまま、不老不死になった事を百万年もの時間、後悔し続けた。


 ととととととととととととととととと



 ナーガは口を開けたまま空を見上げて小刻みに震え続けている。


「おい、ずっとこの様子だけど、どうなってるんだ?」

「え、ノブル君が幻視見せてるんでしょ、分からないの?」

「俺発信で見せてるってワケではないっつうか……きっかけを作っただけだからよくわからねェんだ、はは……ともあれ、この様子だともう壺奪いとれるんじゃね?」

「いや、壺が奪い取られると察知したら我に返る可能性がある、最期の仕上げだよ。ノイちゃん待たせたね! 君の力を見せて!」


「うっうん分かった!」

そういうとノイは目をつぶったまま、みるみるうちに巨大化していく。

「うわ、わわわわ……おい、ノイ、お前ぇぇぇなんだよそれ……」


 幻視を見せられたままの状態で、巨大化したノイに見下げられたナーガは、震えながら見上げる格好でノイを見つめていた。

 ノイは目を閉じたまま、ナーガに向かって一言放つ。


「お前はね、いらない子だったよ。」


「……くそ、カシュヤパ」ナーガは気が触れた。


 最後に一言だけ放ったナーガは壺を捨て、自分自身の尻尾に噛みついて輪っかを作り、そのまま遠くに転がっていった。

 名前を名乗らないあいつが壺の置かれている元まで歩いていき、壺の上に手をやる。

「はい、ミッションクリアーだね」

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