第19話 メッセージ
――ステージクリアを知らせるベルがジリリと鳴り響く。
「ミナさん、机ノ上ニ、コリンとビタミンB群ノ錠剤ヲ用意させてイタダいてオリマスので、
水ト一緒ニ摂取シテ、脳ノ疲レヲ癒して次のステージに備エテクダサイ」
ガイダンスロボが満足そうな様子で、何やら喋っている。
かかかかかかかかかかかかかかかか
……。
うーわっ……もうなんなんだよ。なんだったんだよ。
この頭の中の混沌に対して、俺は一体どうやって納得すればいい?
頭が脈を打つようにズキンズキンと痛む。絶えず規則正しく鋭い痛みがやってくるもんだから、ただでさえまとまらない考えが更にバラバラと散り散りになる。
さっきまでの出来事って、あの世界で起きた出来事って、本当にもう終わったのか……? あの世界はもう、無くなったのか? そしてこれはもう別の世界なのか?
いや、この世界は現実なワケだから別の世界というのはなんだか変な感じだな。
アマニタとナナはどうなった? ……って考えるまでも無いかぁ。目の前で消し飛んでたしな……死んだよな。
――ハッ
……て、ってか全部夢だったりして!? 第二ステージが終わった後肩の力抜けたら寝ちまってて、実は全部夢とか! ふははは!?
「よーし、確かめてやるよ」
俺はそう得意げに一人ごちり、目の前のペットボトルホルダーに置いてあった飲みかけの水に目をやる。
そして――まばたきを忘れるほど、そのペットボトルに集中する。
「浮け……」
「浮け……」
浮くな
「浮け……ッ!」
すると……
驚く事に、ペットボトルがゆらゆらとあぶなげに、宙に浮かび始めた。
「えっおい、嘘だろ……?」
ここは何にも起きなくて、ほらやっぱりなァ! ってヘラつくところだろうがよォォォオ! ――だなんて頭の中でガヤっていたら頭上まで浮きあがった所で、ペットボトルがパン! と破裂した。
頭上だぞ頭上。水浸しになったじゃねーかよ。てかこの装置って濡れても大丈夫なんかな……怖っ。
俺はシャツの袖で顔を拭った。
……。
――ってか、あれなんだなぁ。
あいつらとは、なんだか凄く長い時間を共にしたような気がするぜ。人を小馬鹿にしたり口が悪かったりするんだけど、やたら面倒見のいいやつらだったなぁ。
ナナ達、死んじゃったんだなあ。母さんにも、悪い事しちゃったな。
あの空間で、母さんは俺を殺すだけの時間に閉じ込められちゃって、俺を殺し続ける羽目になったんだよな。また迷惑ばっかかけてるなぁ俺。
謝りたくても、みんな死んじゃってりゃあ、よお。
謝ってもすむ事なんか、何一つないけどさ……
くそ、泣けてきた。情けなくて泣けてきたのか、泣いてる事が情けないのか。とにかく、なっさけねえ。
ってか、この催しって一体なんなんだよぉぉぉ……。こんなに辛い気持ちにばかりさせられるんだったら、来るんじゃかった……。
ぶつけようのない感情が溢れだし、次第にどんどん滅入ってきた。そして第三ステージの最中に体験した制御の利かないぶっ飛んだ感覚の反動からか、俺は正体不明の恐怖に苛まれた。
それがペットボトルの破裂をきっかけに、普通の人間らしい感覚の方が溢れだし――俺も普通の感覚の持ち主なんだな。なんて泣きながら思う自分に、やっぱり情けないな、などと感じるのであった。
「ソレデは、第四ステージにウツリマス。マずハ概要ヲ説明しまス。重要ナ内容デすノデ、皆サンヨくお聞キ下サイ」
いつまでも、泣き過ぎだろってくらい泣いている俺は半分自棄になってガイダンスロボの声なんて全然耳に入って来なかった。そうしてうずくまって嗚咽を漏らしていると、ガイダンスロボのそれとは異なる声が聞こえた。
「お前ナ、今大事な話するって言ってるんだかラ、ちゃんと聞いておけよナ!」
………………………………………………。
………………………………………………。
………………………………………………。
…………………………………………ええええ!?
×
……。
おいおいおい。
この何回聞いても聞き慣れる事は無いであろう、不快な語尾のイントネーション。
間違いない、こいつは……
そう思い、グズグズの顔のままバッと声のする方へ顔をあげた。
……やっぱりいたよ、
アマニタだ。
「えっおまっ……
アマニタぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!! 生きてたのかよ!?
うぅっ……どうして……死んだんじゃ……っあの時一体どうなったんだよ? ええ!? ナナはどうした!?
てかお前なんだか少し小さくなってねえか? ……なんとか言えよおい!」
悪い事で無くても予期せぬ出来事が起こると、頭はパニック状態になるんだな。
俺は何から話したらいいのかわからず、アマニタにグズグズの顔のまま早口で捲し立てた。
アマニタはそんな俺の姿を見て、少し困り笑いをしたような表情を見せた。
「……悪いけド、時間がないんダ。一方的に話すかラ、よく聞いてくレ。」
「え?」
俺はすぐにその言葉の意味を理解できなかったが、何となくアマニタの妙に落ち着いた様子からただならぬ雰囲気を感じ取り、自分を制御して――首を縦に振る。
「まず事実や結果から率直に伝える事にすル。さっきまでお前が体験していた空間ハ、部分的に現実の事とリンクしていると認識してもらうのが適切だろうカ。
お前が行っタ、世界中の町への破壊行為等はお前の脳内で起こったことであって事実ではないが、それによって得た経験値をお前はモノにしていル。故に今お前も脳力を開花させていル。ここまではわかるナ?
そして次に添乗員のディオニュソスへの破壊に関してだガ、これは脳内のみで起こった事でも物理的な破壊でも無く対象の精神、更にいうなればディオニュソスの『イデア』を直接破壊している事かラ、先ほどまでのお前の脳内で物理的に破壊された町なみとは異なリ、お前の脳内で起こった事と同じ領域デ、この世界の現実でも処理されル。
故にあいつは『初めからいなかった』事になっている」
俺は正直後半から全く意味が理解できなかったが、ただ静かに二度頷いた。
アマニタはその様子を確認した後、一呼吸置いて続ける。
「オーケー。それでナ、だかラ、あノ、なんダ。俺もナナちゃんモ、あの時何故現れたのかもわからなイ、別の世界から来た高次元の生命体が爆発した時ニ、お前がディオニュソスにしたように、消滅させられてしまったんダ。
死の体験なんて生ぬるいモノではなク、長いキノコの歴史ごト、俺らがこの世界から丸ごと消されちまったんダ。いヤ、正確にはこの後もう間もなく消えル。俺が消えた瞬間ニ。
俺が今ここに存在してお前に話しかけているこの状況ってのはナ、ナナちゃんのお陰なんダ……」
俺はこの後何を伝えられるのか、ただ固唾を飲んで身構えた。
「ナナちゃんハ、あの生命体のエネルギー爆発の瞬間ニ、俺より一足先に消えタ。死の悲しみすら生易しい『無』になっちゃっタ……。俺もそこで一緒に消滅するはずだったんだけド、ナナちゃんが最後に残した脳力デ、今俺はお前の目の前にいル。
ナナちゃんの脳力、お前は知っているカ? 簡単に言うト、あのコの脳力ハ、『伝える』脳力ダ。
神の肉として生まれた彼女の、人々から受けるプレッシャー、そこから来る苦悩、使命感から、彼女は成長を続けタ。俺の様に一方的に選択を迫るような行動ヲ、ナナちゃんは嫌っタ。
だから彼女ハ……おおっトこの話は長くなル、俺の悪い癖だナ、偉そうにダラダラ語ってる暇はなイ」
と一人でにぎやかに喋るアマニタの体は少しずつ透けていた。それに気付いた俺は話を聞きながら涙ぐむ事しかできない。
「俺はお前ニ、最後にビジョンを渡しに来タ。ナナちゃんト、俺からの最後のプレゼントダ。特別なビジョン、『本当のお前』へのきっかけダ。あんだけ関わっていれバ、俺らは嫌でも気付いてタ。
お前はちゃんト、自分で気付くんダ。
頑張れヨ。途中で諦めるナ。
大丈夫、頑張ればちゃんト……」
おい、その先はなんだ。
やけに気になった俺は、アマニタに詰め寄ろうとしたその瞬間、
アマニタの目に一瞬にして吸い込まれた。
「うわ!!」
俺は思わずびっくりして目を閉じ、とっさに両手を前に伸ばし自分をかばうような形でポーズを取る。
……………………………………。
目の中に入り込むわけでもどこか他の場所に移動するわけでもなく、さっきまでと同じ、SPACEBABY MEDITATIONの中だった。
ただ一点だけ、さっきまでと異なる点といえば。
さっきまでいたはずの、アマニタはどこにもいなくなっていた。気配一つ残さず、今までここにいた事が嘘のように、存在しなかった。
なんだよ。またわけわかんねえ空間で、ギャーギャー騒ぐんじゃ、無かったのかよ。俺は背もたれにどっと寄りかかる。そして目の前のガイダンスロボに向かって言う。
「おい、こっちは待ちくたびれてんだ! さっさとはじめてくんねえかなァ!!」
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