第17話 死たにい

解説してた人、サンキューな、うまく場を繋いでくれてよ。


 ~はいはい~


 俺はアマニタの方に目をやった。すると、

「こんな事っテ……俺の脳のエラーカ……仮に認めた所デ、俺にどうしろって言うんダ……」

 だのとブツブツ言っては、まだ固まったままだった。


 とととととととととととと


 さてと、少し頭がすっきりしたのは良いけどよ。

 ゴフッ――母さんは相変わらず容赦ねえんだよなぁ。

「あたしが出来る事は、したからね」

 このセリフを耳にしたって事は、今にも俺の心臓が止まるって事だな。

 ……でもそんな事が分かってもよ、なんの意味もねえんだよ。

 ぶっちゃけ、どうにもなんねえんだよなあ。

 相手は間違い無く俺の母さんだ。顔こそ無いが、それが俺の中で余計にリアリティを増す。せめて顔があってくれればいいのに。

 ――結局俺はその後も、数え切れないほど母さんに殺された。


 少し前に頭が現実逃避をやめたという事は、結果として死への恐怖を浮き彫りにするという悪い方向に向かっていった。

 脳の活動が止まった瞬間と同時に、再度このページしかない時間の一番最初に引き戻されたという事を、

「お~い、ご飯出来たから皿の準備おねが~い!」

 という、母さんの声が目覚まし時計代わりに知らせてくれる。結末を嫌という程刷り込まれている俺の脳は、コンマ一秒単位でこれから起こる恐ろしい出来事を、律儀にもはっきりと覚えていった。

 母さんが俺を呼ぶ声を聞いた瞬間に、パブロフの管だらけの犬がベルの音を聞いて涎を垂れ流すかのごとく、俺の脳味噌も色々と垂れ流すようになった。


 ――その結果として、俺が殺されていく瞬間は、飴細工のようにどんどんと伸びていく。

 結果として、俺はゆっくりと死ぬようになった。変わったのはそれだけだった。


 今まさに刺されながら考える。

 交通事故にあった人は時間がまるでスローモーションになったような感覚に陥ると聞いた事がある。今がまさにその状態なんだろうな。

 でもな、スローモーションになった所で、どうしようもないんだ。

 だってさ、俺の動きまでスローモーションなんだぞ?それってなんか意味あるか?事故にあって吹っ飛ばされてる間が何倍にも引き延ばされた所で、一体何の意味があるんだよ。


 ――笑える。

 人を作った神様は変な所凝り性なんだと思うわ。いらない機能とかバグ取りとかしとけよなぁ。


 ほら、次の一撃が来る! 来る! 来る!



 来る!!!!!


 あぁぁぁぁあ、ゆっくりと俺の体に再度包丁が侵入していく。痛い。痛い……

 そんな辛い気持ちと並行して、一往復の間にこんなにだらだら考えられるようになってたんだなんて変な関心を覚える。


 ゆっくり殺される。

 ゆっくり死んでいく。


 ――ぁぁぁあああ、ああ、ああやばい。

 こんな事ってない。これは終わらない。

 今までも物凄く長い出来事だったけど、この先はもっと長いのだろう。

 そんな事を考えていると、またいつだかのように自分の体の境界線が薄れていく。

 また母さんに殺される為に、俺はまた健康体に戻る。

 ひたすら殺される為に時間が過ぎていく。

 終わらない地獄に、俺は自我が壊れていく感覚を覚える。

 それも、音を立てて壊れるのではない。砂漠の砂のようにサラサラと流れていく。

 いくら流れていっても、それも砂漠の砂のように、無くなる事は無い。

 ただただ、延々と、失う感覚だけを進んでいるのかも分からない時間の中で過ごしていった。


 死にたい。死にたい。死にたい。

 死にたい。

 死にたい。死たにい。死にいた。死にたい。死にいた。死いたに。死にたい。死たにい。死にいた。

 死いたに。死いにた。


 死にたい。こんな事ずっと体験しなければいけないくらいなら死たにい。


「あたしが出来ることは、したからね」

 ああ、母さん、ありがとうございます!!


「お~い、ご飯出来たから皿の準備おねが~い!」


 母さん。


 呆然自失状態の俺とアマニタの前に、一人の少女がフッと姿を現した。

「おい! アマニタ!! 幻視空間のゲート空けてるんだったら言ってけよな~! 外で何もできずにハラハラして待ってたあたしばかみたいじゃんか!!」

 その声を聞いて、なんだか胸元に、これまた感じた事のない刺激を感じた――実際は刺されている刺激なんだろうけどな。



    ×



「おーーーーーーい!!! アマニタ!! 今がどうなってるのか、せ、つ、め、い、しろ!!」


アマニタはいまだショックを受けた状態のままで、外部からの情報をシャットアウトしている状態だ。

ナナは再び大きく息を吸った。

「ッッッッッおォーーい!!!」

管楽器のようにナナの体内を何度も反響した声は、超音波のように響き渡る。


「……ッ!!!!!!! 誰!!? こんな大声出してバカじゃないノ!!??」

聞き馴染みのある声であることと、信じられないくらいのあまりの大声に思わず防衛本能が働いた結果、アマニタは正気を取り戻した。


「――ってナナちゃんかイ! おひサ」


「なによ、あたしだったら文句あるっていうの? ってか中に入れるようにしてあるんだったら言っといてよね~いきなりはじめといてさぁ! ねぇ、ねぇ!」

 現れるなり、凄い勢いでまくしたてるナナ。


「ごめんしか言い様ないナ~、ごめんごめン」

 アマニタも、だんだんいつもの調子を取り戻してきたようだ。

「ま、今はもうそんなことはどうだっていいよ。アマニタ、今の状況を簡単に教えて」


「おウ。幻視体験を直視する事を拒んでばかりだったもんでだんだんイライラしてきてナ、これぞショック療法、死のビジョンの呪詛を与えてやっタ。

今はもう気が遠くなる程の回数、自分の母親に殺されているが何かを得る事も無ければ手放すことも敵わぬ状態なんだナ」


「え……っあんた、死のビジョン使ったの……俺君の事どうするつもり……?見殺しにしたらあたしがただじゃおかないよ!」


「まァまァ、ナナちゃん少し落ち着いテ。俺の当初の予定だト、甘ったれた根性を叩き直すつもりでサ、絶対的な窮地に追い込まれた状況デ、あいつの心の中に潜んでいるものを叩きだしてやろうと思ったんだヨ。

俺もあいつの皮肉を装った不安定な人間らしさヤ、潜在能力の奥ゆかしさに次第に魅力を感じてネ。

鬼が出ようが蛇が出ようが構わなイ、乗りかかった船、とことん付き合ってやろうと思ったヨ。

……でモ、出てきたのは鬼や蛇だなんてそんなちっぽけなもんじゃなかっタ。

今でも信じられないガ、あんなの表現のしようがないヨ……。

強いていうならこの世界の全てを超越しているかのような『存在感』だけを一瞬で味あわされタ」


ナナは話を聞いてる次第に頭がこんがらがってきた。


「ごめンごめン、説明の仕様がなイ。ただ、こうなってしまった今、助けようがないんダ。

ここで俺が強制ストップしたラ、あいつはとっくにオーバードーズ状態だからステージ続行は不可能、その時点までの経験値足らずであいつはゲームオーバーダ。

たダ、このまま終わるようなやつでは無い気がすル。今はたダ、見守るしかなイ」


「そんな……」


ナナはもどかしい気持ちで、下唇を噛んだ。



 ざざざざざざざざざざざざざざざ


 二人がそんな風に呑気に会話している間にも、俺は数え切れない程、母さんに殺されていた。


 もう、何も得るものなんてなかった。

 精神が砂のように崩れて失われていく感覚。

 色彩もほとんど感じなくなってきた。

 俺は、砂。

 ただ、一つだけさっきからずーっと、さりげなく視界に入るアレが、なんだか気になっていた。

 なんなんだー、アレはよォ。

 ピンク色で、生き物の内臓のようなグロテスクなものが落ちているのだ。熱したフライパンの上にいるかのように、ボコボコと沸騰したような動きを物凄くゆっくりと見せている。それが、幾度となく死んでいる間に、徐々に徐々に大きくなっているのだ。

 最初は地面の汚れと見紛うような程度のものだったのに、気付くと大きな雪だるまくらいの大きさになってきている。

 凄いな、頑張れ頑張れ。

 横目でしか分からないが、それでも見た目はとてもグロテスクに見える。ただ、この一枚絵の空間でどんどん成長していく様に次第に親近感を覚えていったのは事実だ。

 その時、俺の像は今にも崩れ落ちそうな程、俺の姿を保つことで精いっぱいだった。

 しかしさっきから気になっている、あの臓器みたいなやつを、俺が無くなる前に一度しっかりと見てみたい。

 俺は母さんに刺されながらも、意を決してその謎のピンクの物体に顔を向けまじまじと見た……!



 ――は……?


「なんで……お前……え?」

 自分でもそれを見て何故その考えが浮かんだのか、理解できなかった。



 ~~~~~~~~~~~~~~



 俺が実際に直視してみたい、と思うようになってからも、あいつらはあーじゃねーこーじゃねーと騒いでいたようだ。


「適当な事言ってんじゃないでしょうねえ?本当にそれしか方法は無いの?アマニタ、あんたがサジ投げただけだったらただじゃおかないからね!!!」


「イ……イヤ……ソ、ソンナコト、アルワケナイダロオ……ナナチャン、オ、オオオチツケヨ……」

 アマニタの様子がおかしい。


 ナナは思考を巡らせる。と言っても――

 『理由はやっぱりあれか。気のせいじゃないみたいだね』

 ナナは一息ついて、

「……アマニタ?」

 飛び跳ねるアマニタ。

「ハイ!!!?」

「……あんたさ、死の呪詛かけたって言ったよね? その呪詛でさ?」


 ガチガチガチガチガチガチガチガチ

 返事をしないアマニタをよそ眼に、ナナが続ける。

「生み出した存在のビジョンって」


 カカカカカカカカカカカカカ


「俺君のお母さんだけ、なんだよね?」


 ガクガクガクガクガクガクガクガク


「ねえ落ち着いて! ちゃんと返事して!!!!」


「アアアアアウン! ソウ、マチガイナイ!!!」


「やっぱりかあ」

 ナナは溜息をついた。


「わかった。んで、あんたのゲートキーパーとしての脳力は誰にも破られる事が無い、そこだけでいえば言わばクリエイターに匹敵するレベルなのよね?」


 ギギギギギギギギ


「ソ、ソノハズダヨ」

「じゃあさ?」

 アマニタはなぜかぼろぼろと涙を流しだす。


「あの俺君の向こう側にいるのって」


「アア、アアアアア……」  


「――何?」


「」


 アマニタは気のせいだと信じたかった。

 ここはアマニタが作りだした幻視による仮想空間。アマニタの幻視は実体験に基づくものでは無く、対象の脳の受容体にアマニタ側からおもいきり介入する。実体験よりリアルな感覚を、強制的に脳に書きこんでしまう。

 なので被験者は一人ならず、複数の人間を共通の空間に誘う事ができるのも特徴である、とても強力な脳力だ。故に外部からの干渉に対しても、絶対的な壁を持ち合せる。

 アマニタは自分の脳力にとてつもない自信と、プライドがある。それは外部からの干渉に一度たりとも屈した事が無いという、裏付けがあってのものだ。――しかし。

 目の前のあれは。アマニタが作りだしたものでも、アマニタが招いたものでも無い。

 この空間の時間を無視して、一枚板である時間の始めに戻ったにも関わらず、絶えず膨張を続けているあれは。



 アマニタは一度にたくさんの挫折や恐怖等の負の感情を爆発させるとともに、自分の脳力は決して過小評価しないプライドから、あれがなんなのか――答えを導き出した。


「なぜダ……」


 ナナはアマニタの様子に煮え切らない思いで思わず声を荒げる。

「もー、おい! アマニタ? どうしたの? あれはいったい何なの!?」


「あれは……」


 アマニタは息をのみ、それを明らかにする。


「高次の生命体ダ……」

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