第15話 かなしいたましい
「おいおい、出てくんの遅えって……俺もう死ぬぞ? ってかグフッ、空間止めるとか言うならちゃんと止めろよなガフッ……ゆっくり動いてっから……ッッ」
「まだ数回死んだくらいで泣き言言ってんなヨ。少しは自分でどうすればいいのか考えろヨ、ゆとりガ」
アマニタは愛想を尽かした様子で言う。
「待ってくれ。マジでもう死ぬから、要点を頼むグッ……!」
「OKじゃあよく聞けヨ。今お前はお前自身が望んだ『死』を手に入れたんダ。死んだら楽になれると思ってたんだロ? 残念、お前らみたいなやつらに楽な『死』なんてナ、訪れないんだヨ、甘ったれガ。
この地球にハ、ここ数百年の間に爆発的に人間が増えすぎタ。
現世でも馬鹿みたいに一方的に人間が増えるせいで環境破壊だノ、他の種が絶滅しているだろウ。
実はこの問題は現世だけでは無イ。死後の世界もその問題に直面していテ、もはや飽和状態なんダ。
そんななカ、死後の世界は早々に決断を下したヨ。お前らみたいな招かれざる死は受け入れないとネ。そんな余裕もスペースモ、ないんだヨ。
そんなわけデ、お前らみたいな命を放棄するような輩ハ、『かなしいたましい』になル。
死後の世界に行けなイ。でも現世にもいられなイ。それがどういうことカ。
そウ。今のお前だヨ。『死の瞬間』しか無くなるんだヨ。
タイムリープを経験したお前ならわかるだろウ。時間というものは途切れる事のない『紐』状のモノでは『なイ』。
板状の瞬間がひたすらに連続しているものダ。その板は横一列には並んでいなイ。色んな方向に分岐していテ、それぞれの道に進む選択枝ガ、並列して同時に存在していル。
『生きる為』に必死にもがいた道ト、『死ぬこと』を容易に選んでしまった道はどちらも同時に存在していル。
今のお前は『死ぬ事』を切望シ、選択してしまった世界線上のお前なのダ」
俺はダラダラとしゃべるアマニタの言葉を、目線で聞いてるアピールをするのがやっとだった。
そのまま、俺の苦痛などおかまいなしにアマニタは続ける。
「その『かなしいたましい』がどうなるカ。それはナ、この死の瞬間といウ、一枚板しかなくなるのダ。
タイムリープしようとしたよナ? できねえヨ。『かなしいたましい』のお前の過去の板なんてこの世から消滅しているからナ。命を粗末にしたお前を受け入れる先も無けれバ、戻る過去もなイ。
かなしい事にこれはこの地球のアポトーシス……セカイにプログラムされた細胞死なのダ。故にお前らはかなしいたましイ。わがままなようで必要な死。
まぁぶっちゃケ――正直言うと、ここは俺が生み出している仮想空間だからまだ少し優しイ。
お前は一枚の板の最初に戻っても前の死から記憶を継承しているガ、実際のかなしいたましいはひたすら自分の死を繰り返すだケ。何万回も何億回モ、同じ死ヲ。残酷で必要な死」
おいおい、なんだよそれ……
俺は次第にアマニタの話す内容が気になってきた。刺し殺されて既に酸素供給が止まった脳でやつの要点を抑えてるとは思えない喋りに必死に聞き耳を立てては理解しようとする。
「とりあえズ、もがいてみロ。次は俺がついててやるかラ」
その最後の言葉を聞いて、すごくつらい思いをしているのに自分はなんだかとても卑怯な気がして、胸がきゅっとなった。
×
その、胸がきゅっとなった。
なったはずなんだけど、その先はちょっと俺の想像とはちがっていた。
アマニタが肩入れすると言う事は、俺に対して親身になって支えてくれる事では無かった。
いや、無いとは言いきれないんだけどさ。
アマニタは今まで母さんを前にして慌ててただけだった俺に、その状態に加え一歩引いた目線で常に思考を持たせるという仕組みを構築した。アマニタらしい、なんとも意地の悪いテコ入れだ。
母さんが俺の目の前に姿を表す。
母さん、さっきぶりだね。
ととととととととととととと
……そうだ。そうなんだよなぁ。
今まではあんまり、っていうか全然気にもしてなかったけどさ。母さんって、いっつも顔が透明なんだよ。
これって俺が思い出せて無いってことなんだよなぁ? いっつも、母さん思い出せなくてごめん、って思ってたんだけど。
ってことなんだよなぁ? だなんて——顔が無い人なんているわけないじゃんか。
…………。
どうなんだよ、どっちなんだよ。
なぁ、俺が思い出せないだけか?
ここは俺に死を与えたぬりぃ空間なんだろ?
なら早く言ってみろよォォォォォオオオオオ!!!!!!!!!
「ガキがナマ言ってんなよ。」
えっ、今の声誰?
――ドッ。
あっ。
……おっと。結局今回も収穫無しかよ。
失敗だ。
ざざざざざざざざざざざざざざざざざ
そんなこんなで、俺は母さんに何万回と殺されちまった。毎回スルスルと殺してくれる母さんに、思わず感心してしまう自分を殴りたくなった。
アマニタはそんな姿をずっと静観していたが——ついにしびれを切らしたようだ。
「おイ!!! 黙って見てればいい加減にしロ!!! 死を与えてみれバ、それを否定もしなければ受け入れる事も敵わズ、思考を与えてみれバ、それを腐らせやがル。ナナちゃんの目もどうやら節穴だったみたいだナ!
しかシ、お前はほんとつまんねえ人間なんだナァ! さっき感じた不安ヤ、憎しみをもっと爆発させてみろヨ! この状態を打破したいんだったラ、震える程脳をフル回転させてみろヨ!
現実逃避するんだったラ、胎児退行はたまた前世の記憶まで巻き戻してみろヨ!!!
なんだヨなんにもねえってヨ!! ヘドガデル!!!!」
――俺のせいでアマニタが少し壊れたっぽい。わりいなぁ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! オマエミタイナクダラネエヤツニキツカウノハモウオシマイダ! ホラ!! デテコイ、デテコイ!! コウナリャチカラヅクダ!」
アマニタはそう言って、無気力になった俺の背中をバンバンと思い切り叩き始めた。
「ヨクミテオケヨ!! イマカラオマエノセナカカラデテクルモノコソガ、オマエスラモシラナイ、オマエノオクソコニヘバリツイテイルオマエノイノチノヒダネダ!
サアオニガデルカジャガデルカ、ヨクミテロヨヨヨヨヨヨ……ッ!」
バン! バン! バン! バン! バン!
アマニタに背中を強く叩かれながらも、俺の意識はだんだんと遠のいていく。
バンバンバンバン!!
「デロ!!」
アマニタは最後に力を込めた。
バン――ッ
最後の一撃の瞬間に、アマニタを取り巻く世界は何億分の一に一瞬で縮小した。そしてアマニタの脳裏いっぱいに、得体のしれない像が映し出される。
「おイ……お前、こレ、なんだヨ……おイ」
背中から出てきたのは、地球よりもはるかに大きな無機質な球体だった。色という色も付いていない、かなしい物体がズウウと浮かび上がって、アマニタの脳に貼りついてきた。
「お前……なんなんだヨ、一体……」
「おーっと、いけねえいけねえ。」
俺は立ったまま気を失って、よだれを垂らしてたようだ。
……頭がクラクラする、だっらしねぇ。
「俺はまだ、諦めてはいねえぞ、アマニタよぉ」
――その時アマニタは自ら呼び出したにも関わらず、自分の理解を遥かに超えたそのかなしい物体を前にして思考回路があっという間にタスクオーバーを起こし、現実逃避をするかの如く放心してしまっていた。
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