第12話 エンセオジェンの挑戦状

 俺が引き寄せられたのか、アマニタだかってやつの目が迫ってきたのかよくわからないが、俺はそいつの目に物凄い勢いで吸い込まれていった。


「うわ!」


 思わず目を閉じ、手で自分をかばうようなポーズを取る。



 じじじじじじじじじじじじじじじじじじ



「おイ、お前いつまでそうやってんだヨ」


「……あ、あれ? 何ともない?」


 目の中に入り込むわけでも、どこか他の場所に移動するわけでもなく――さっきまでと同じ、どこかの町の中だった。


 ……あ?

 おいおいなんだよビックリさせんなよ。なんて思ったら肩の力が抜けて、バランスを崩しふらついた。

 そこにちょうど通りかかったおじさんと、ぶつかりそうになる。おじさんは俺をにらみ一喝した。


「フラフラすんなよな!」


 おっとっとっと。すんませ~ん。


 …………。


 ――ん?

 なんだか知らないけど、どこかから得体の知れない不安が湧きあがってくるのを感じた。

 焦燥感。胸のあたりがザワザワする。


「さっきまでとナニが違うカ、気付いたカ?」


 アマニタが尋ねる。

 確かに違和感は感じる。さっきまでとは明らかに何かが違う。しかし何が違うのかがわからない。簡単な事のようだが気付けない。


「なんだ、何が違うってんだ、教えろ!」

「ブー。時間切れダ。正解はナ。」


 だから聞いてんじゃねえかよ……なんだよこいつ……。


「人がいるだロ。今。そう人。お前さっき部屋を出てかラ、今まで人に会ったカ?そんな事にも気付かないくらい夢中だったカ。」


 え?

 あー、そういえばそうだ……

 さっきまで濾過されたかのように静寂していた町が、雑踏であふれかえっている。


「現実世界だと思いこんでたんだロ? ここは仮想世界ダ。精神だけが時空移動するようなタイムリープと言っていいのかもわからない意味不明な行為を一回した時以外はずっとこの仮想世界の中で起きた出来事であリ、その内容はお前の妄想でしかなイ。

しかし、人を誰も登場させないなんて随分都合いいよナお前。根性叩き直してやるヨ。」



 ――キィィィイン。

 さっきも確か聞こえてきた、耳鳴りの様な音が遠くの方で聞こえた。


 …………。

 ん?


 俺は後ろを振り向いた。

 さっきのおじさんがこっちをじっと見ていた。

 まだ怒ってんのか? すいませんね。



 …………。

 ん?


 おじさんの強い視線につられてか、街ゆく人達がポツリポツリと俺に視線を向け始めた。


 ――おいおい、なんだよ。何見てんだよ。


 気付くとそこにいる全ての人の視線が俺に向けられていた。

 誰一人として何か言うわけでも無く、さっきまでと同じくらいの静寂の中向けられる視線に対し俺は気が動転し、意味も無く向けられた目の数を数えていた。


 あは、あはははは……あはあはあはあはあはははははははははっ


 ……やめろ!!!!

 せめてなんか言ってくれよ。


 見るな! と叫びたいのだが、出来ない。


 何故かと言うと、ほんとに俺に向けられた視線なのかが分からないからだ。確信が持てないんだ。

 この状態で何を言ってるのかと思うだろうが、自信が無いのだ。誰も何も言ってもくれないから。


 俺になんて誰も関心が無いはずだろ。頭が朦朧としてきた。

 俺は辛くなってきて、俺の外観を保て無くなってきた。汗と一緒に眉毛や鼻といった顔のパーツが流れ落ちていく。おっとおっとと慌てて元の位置に戻す。

 俺は何もしてないから見られてるのは俺じゃあ無いはずだ。でも不安です。

 ……そうだ、俺は木なんだから誰にも迷惑はかけていない。光合成をして、お前らが吸う酸素を作り出しているんだぞ。逆に感謝されるべきだね。



 メキメキメキメキ……

 俺は異様に体をねじらせ、葉を茂らせた。



 ――ほらな?

 だから褒めてくれよ。

 そうこうしている間に、気付いたら俺は無数の毛虫に全ての葉を食べられてしまった。なんだよ、これじゃ光合成ができねえじゃねえか。ヨーリョクタイがよぉ……


 あれ?

 と思ったら毛虫が俺だった。

 蛹になった。よおしこれでやり過ごそう。

 しかし大きな蜂が飛んできて、蛹の中に卵を産み付けられてしまった。

 中からずるずると殻を破って俺は出てきた。そう、俺は蜂。


 こんなへんてこな自分の思考や様を、自分の頭上から見ていた。



 気付くと見た目が変化していたのは自分だけではなかった。

 そこにいた全ての人が姿を変えていく。

 シルエットこそ人間のままなのだが、中身がドロドロと腐ってパンパンになっている。

 まるで羊の腸詰のようだ。俺はこれが人間の本当の姿だったのか、と物凄く恐ろしく感じた。


「頼むから何か言ってくれよ……」

 なんでさっきから声が出ないんだよ。ってあれ? 今のは頭の中じゃないぞ。

 声が出た。俺はすぐさま腸詰めたちに詰め寄った。


「さっきから何だって俺の事を見てるんだよ! 見てるんだろ! 何か言いたい事があるなら言ってくれよ! 俺の何を見てるんだよ! さあなんとか言ってくれよおおおおお!!」



 俺は七色に光りながら必死に訴えた。



 するとおそらく少女だったであろう腸詰が口を開けた。



「…………。

……………………………………………………………………………。

……………………………………………………………………………。

…………………………………………………………………………しゅくだいは?」



 その言葉を聞いた瞬間――俺はパッ! と四方八方に砕け散った。



 そして自前の念動力で腸詰達を全てズタズタに引き裂いていた。

 こいつらは人間じゃない! 俺の心が生んだモンスターなんだ!! 克服してやる!!!

「宿題が何だって言うんだよ!? 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! 言ってみろ! あああああああああア!」



 これでもかというくらい八つ裂きにした。全てのそいつら、そいつらの全てを。

 いつの間にか俺は人の体に戻っていた。


 どれくらい時間が経っただろう。

 気が付くと、俺一人を残して、町の全ての人が息絶えていた。町は血の海だ。

 モンスターなんかじゃなかった。全員ただの人間だ。



「いやいや……なんでこうなるんだよ……」



 もはや途方にくれてしまって、それ以上の言葉が出て来なかった。

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