第4話 STAGE3:ノブルとエンセオジェン

 一方、ラボ内では被験者の様子を監視しながら男達が話し合っている。とはいえそこまでシリアスな雰囲気という訳でもなく、それぞれが皆テレビでも見ながら呑気におしゃべりしているかのような感覚でいるように思える。



「第二ステージは脱落者一人ですか。ちょっと優しすぎたんでしょうか?」

「えっんーいやぁ、凄く面白かったからいいんでないかい? まだ先も長いわけだしね。それより参加者の皆がどういう人生を歩んできたのかが手に取るようにわかって面白かったよ。ヒューマンドラマ作品を見ているような気分でさ」

「はは、それはそうですね」

「凡人の彼はやはりいいね、過去のトラウマと自身のコンプレックスをうまくミックスして、それを克服した。ま、先生の下りは彼の逃げっていうか、作り話なんだろうけど。まぁともあれこっちとしても、なんかいいことした気分だね」

「はあ」

「ちなみに……脱落した一人の理由は何?」

「コンプレックスを打破出来ず精神攻撃に対して胎児期退行しました。もう出てくることは無いと判断し脱落と見なしました。」

「ふーん。それはそれなりにいいことした気分だね」

「はあ」



 ⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡⅡ



 おう、中々眠くならねーじゃんか。なんて思っていた所に急に例のアナウンスが流れはじめた。ビックリして頭打ったじゃねーか、ふざけ。


「これから、皆様には第三ステージを体験していただきます。第二ステージの過去に基づいた現実感のある世界観とはうってかわった、ファンタジーの世界をお楽しみください。目的は持たなくて結構です。目的を持っていただいても構いません。

負の感情に押し潰されることなく、しっかりと自分の意思で、自分の足で戻ってきてください。

では、いってらっしゃいませ」


 ……やべ寝てた。何か大事なこと言ってた? またよくわかんないままはじまんのかよぁぁぁぁああああアアアアア!!!



~~~~~~~~~~~◎~~~~~~~~~~~~



「――暑……ッ」

 目が覚めると、俺がいたのはアマゾンよろしく、ジャングルのド真ん中だった。


 ……いや、実際にジャングルかどうかなんて俺には知らん。ジャングルっぽい。テレビで見るいわゆる密林……そう、ジャングルみたいなジャングルだ。

 ジャングルって言葉ってなんかあれだな、何回も言ってると……なんてボーっと考えていたら、すぐ左隣に人、それも女がいる事に全く気付かないでいた。


「――――わわっ!!」


 思いもよらぬ状況に、ビックリして飛び跳ねる俺。

 その俺のタイミングに微妙にずれて、向こうも俺と同じくらいビックリした様子で大きく飛び跳ねた。


 チッ、なんか言ってやろうと思ったがこんな時なんて言うべきなんだ? なんて考えている俺の言葉を待たずに、隣にいたその少女が口を開く。


「まったく! いきなり目覚ますからビックリするじゃないか!」


 ――へっ!? まさか自分が怒られるとは思っていなかった。

「え、あっごめんなさい。……いやいや! いきなり隣に知らない人いたらビックリするって!」


 俺も負けじと言い返す。


「ん、あぁ……へへ、ごめんごめん。他所の人でしょ? 神の肉を探しに来たんだ?」

「神の肉……?」

「は? 神の肉も知らないでこんなとこにいるワケ?」



 俺はその女の子からその『神の肉』とやらの話を聞いた。女の子は現地の子、とのことで他所者の俺に詳しく教えてくれた。

 ――正直、歴史的背景なんかの話は全く頭に入って来なかったが、要はその神の肉を食べると、食べたものの心の欲求が全て満たされるらしい。


 死んでしまったどうしても会いたい人と会話が出来たり、自分の認識しながらもどうにもできないでいた、どうにも自分の弱いところと向き合えたり――この世の果てが見えたり、宇宙の真理が理解できたり……途方も無い現世に対して、その中に存在する自分の存在意義が悟れるらしい。



 ……その代わり、下心を持って向かえる存在ではないということだった。神の肉にそれを悟られた瞬間に、逆に神の肉に精神ごと食べられてしまうんだと。



 女の子がいきいきと話し続けるその内容を聞きながら、ワクワクしてしょうがない自分がいた。


 ――いや、この頃はその話に対するワクワクなんだ、と思い込んでいたワケなんだけれど。

 最後に女の子は言った。

「私の名前はナナ カトル。ナナって呼んでくれたらいいよ!」

「はは、ナナちゃんね。よろしくな」


 ナナはパッと見、日本でいう高校生になるかならないかくらいの歳だと思う。

 まだあどけなさが残る、子供らしいハキハキしたいい子だ。

 ただ、どこか大人の女性のような妖艶さを感じるというか……ふとした時にボーッと引き込まれてしまう自分に気付いた。

 その時の印象はそう、今さっき感じた通り、年上の女性の艶かしさを感じていた。


「ねぇ、何ボーッとしてんのさ」

「わっ!!」


 俺は出会った時と同じように、ビックリして飛び跳ねてしまった。


「俺君、お腹空きすぎた? この奥に果物がたくさんなっているからさ、とりあえずそれで腹ごしらえしようか。」

「う、うん……。……ってか俺君ってなんだよ! 俺そんな名前じゃねーから!」

「だってあたしにだけ名乗らせといて自分は名乗らないんだもん、もういいよ、俺君でさっ」

「ったく……近頃のお子様は生意気だこと」

「誰がお子様だよ!」


 そんなくだらないやり取りを交えて、俺らは果物のなっているという場所へと向かった。

 しかしさっきまで騒いでいたからわからなかったが、黙って歩いているとついついナナを意識してしまう。どうした俺。

 そして自分の生唾を飲む音を聞きながらよろしくない考えが脳裏によぎる。



 神様、僕は過ちを犯してしまうかもしれません……。

 ……じゃねえだろ!しっかりしろ俺!



たたたたたたたたたたたたたたたたた



 果物がなっている所までは意外と長い道のりだった。

 ……しかし、さっきから異常に腹が減って仕方がない。

 さて、人間は欲求が満たされたり、欲求が満たされないと分かった途端、他の欲求に目が行くものだ。これは性だ。そういうものなのだ。


 その時もう既に、俺はというやつだったんだろう。

 頭がボーっとして、考えがまとまらない。空腹に対する不安な気持ちばかりがじわじわと増幅していく。

 冷静に考えたらありえないくらい大げさな話だが、もしかしてこのまま餓死するんじゃ、なんて恐怖まで感じ始めていた。


 そんな意識状態の傍ら、

 ナナ……お前いい匂いすんな……

 とか考えてしまっている自分が怖いと思う反面、『これは性だ。そういうものなのだ』と、さっきの考えが頭の中で勝手に反芻される。


 そして、あまりにも早く、その時は来てしまった。

 いつの間にか俺は意識がほぼトビトビの状態で後ろから両手でナナの腕を掴み、


 我を忘れ勢いよく噛み付いていた。


 はァ?

 そしてむしゃむしゃと食らい付くじゃないか――。


 ――う、うまくはない。

 ただ、なんだこの食感は!? この食感は一体なんなんだ!?

 とてもみずみずしく、それでいて歯応えがハンパじゃない。こんなもの食べた事ない!

 強い快感すら覚えるその歯応えに、俺は夢中になって食べ続けた。

 次第に食べ始めた時はとてもおいしいと思えなかった味の方も、いつの間にかこの世のものとは思えないほどにおいしく感じていた。


 なんだこれたまんねえ!

 イボテン酸のうまみも目じゃねえな!ハハ!


 ……。

 ……なんだ、今のは俺が言ったのか? 全く意味が分からないぞ!?

 気付くと、俺は目の前の少女を食べきっていた。


 少し我に帰りかけたところで、どこからともなく声が聞こえてくる。


「俺君は自分に正直だね。いいよ、連れてってあげるよ。」


 ――その次の瞬間、俺の脊髄、脳幹から、勢いよく脳が弾け飛ぶ感覚がした。


 うわあああああぁぁ……。

 1秒が何年にも感じ、下を見れば地面が目の前に飛び出てきて、上を見れば遥か宇宙まで飛んでった。


「――――ふふ、大丈夫。あなたは選ばれたんだよ。


私の名前はナナ。


テオナナカトル。


神の肉……」



 俺は俺が生まれるに至るまでの全ての祖先に感謝の念を抱きながら、薄れ行く意識でこう思った。




 なんだよ、神の肉とかゆってっけど、とんだビッチじゃねえかよ……ッ

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