第3話 宿題がはじまらないのは、ぼくのせいじゃない。

 キーンコーンカーンコーン。


「これにて今日の授業はおしまーい。これから宿題のプリントを配りますので、週明けまでにやってきてくださいねー」

「えー!?」

 クラスの皆が一斉に嫌そうな声を上げる。


 ……………………………………。

 ……………………………………よし。

 今度こそは宿題を絶対にやる。絶対に宿題を終わらせて、もう馬鹿になんてさせないんだ。僕が宿題をやらないせいで、僕のせいでおじいちゃんとおばあちゃんの事まで悪く言われるのなんてもう嫌だ。絶対に宿題をやる。絶対にやるぞ……!




「……あれ? 僕の分の宿題のプリントは……?」



 配り終わられた宿題。クラスの生徒達の中でそれが手元に無いのは僕だけのようで、思わず呆気にとられる。



「……どうせノブル君は宿題をやって来ないんでしょうからいらないでしょ?」

 えええ。先生、なんでそんな事いうのさ……。未だ呆然とした僕に対して、クラスの皆が一斉に嘲笑の言葉を投げかけてくる。

「あはははは!」

「お母さんに宿題みてもらえー! あっいないのか!」

「じーちゃんばーちゃんと一緒で、物忘れ酷いんじゃねーの!?」

 僕が全部悪いんだよ……? 知ってるよ。でも、そこまでしなくても、言わなくても。あんまりじゃんか。

「お、お願いします、絶対にやってくるから、僕にもプリントをください」

 ――先生はため息をつき、

「そこまで言うならじゃあ今回だけは信じてあげるわ。先生をがっかりさせないでね」


「ありがとう!!」


 やった! やった!!!! これから僕は変わるんだ! 僕のせいでおじいちゃんとおばあちゃんを馬鹿になんてさせないんだ。天国のママとパパを悲しませないんだ

。僕だってやれば出来るんだ。 なんて嬉しいんだ!


 宿題の内容はどんなだろう? 宿題するのが楽しみなんて初めてだ!


 家に着くまで待ちきれなくて、下校途中でランドセルから宿題のプリントを出して確認しようとした。

 ――しかし。


「あれ、なんで……? 宿題が無い……」


 なんで?

 ・・・・・・って、え、なんで? 今日学校で授業の終わりに宿題のプリントが配られて、僕だけいつもやってこないからって渡してもらえなくて、皆に笑われて、くやしくって、でも今度こそ僕は変わりたいから、先生にお願いして渡してもらって、嬉しくて、すぐにランドセルに大事にしまったのに。無い。無い。

 教科書にはさまってるのかな? ……全部見たけど無い。ランドセルに入れたはずなのに。無い。どうしよう。また叱られる。プリントがないから宿題が出来ないから僕は宿題を出来ないからまたおばあちゃん達が馬鹿にされる。

 また僕のせいで。いや、僕のせいじゃない。宿題が無いせいで。僕は宿題がやりたいのに。でもまた変われない。変わりたいのに、また変われないよ。


 目から涙が零れ落ちていた。

 いくら探しても見付からない。

 なんだよ。

 もう嫌だよ。

 僕のせいなんかじゃないよ……。


「僕、大丈夫? 何か探しもの?」

 ふと前に目を向けると、やさしそうなお兄さんに話かけられていた。

「僕の宿題のプリントがないんだ! 僕はいつも宿題を忘れちゃうから、

どうしても今日はやらなきゃいけないのに宿題がプリントがなくなっちゃったから宿題ができないんだ!

僕のせいだけど宿題がないせいで僕がやりたくても宿題ができないからそのせいでまたみんな馬鹿にされちゃうんだ……ああああああああぁぁぁあっ」


「おいおい大丈夫かよ、ところで、その右手に握り締めてるのって何?」


 ――えっ?

 右手を開くと、そこにはぐしゃぐしゃになった宿題のプリントが握り締められていた。

「おいおい、どんなに大事だからって、そんなに強く握り締めてるこたあねーべ」

 お兄さんは笑った。僕はまた泣いた。

 

 気付いたら膝下くらいまで、町が僕の涙で溢れてた。



 ととととととととととととと



 家に帰って、ただいまして、ご飯を食べて、お風呂に入って、テレビは我慢して、僕は真っ先にグシャグシャになった宿題のプリントを広げた。


 みんな見ててね、僕は今日から変わるんだ! なんだか勝手に涙が出てくる。


 宿題の内容は、勉強ができない僕には難しかったけど、頑張ってどんどん進めた。

 おばあちゃん。

 おじいちゃん。

 ママ。

 パパ。

 僕は今日から変わるからね。

 これから宿題をちゃんとして、みんなの悪口なんてゆわせないんだ。

 僕はほんとは宿題なんてできるんだ。

 僕はできるんだ。


 ととととととととととととととととととととととととと


 …………。

 うーん……。

 ……もとはといえば、

 僕がこんなになったのも、

 ママとパパのせいだ。

 二人が死んじゃったからだ。

 きっとそうだ。

 いや、絶対そうだ。


 僕が学校でいじめられるのは、

 おばあちゃんとおじいちゃんのせいだ。

 二人がよぼよぼで物忘れが多いからだ。

 きっとそうだ。

 いや絶対そうだ。

 僕のせいなんかじゃない。

 涙が溢れて止まらなくなった。

 気付くと涙のかさは僕の腰辺りまで来ていた。


 つつつつつつつつつつつつつつつつつつつつ


 キーンコーンカーンコーン。

「はい、みなさん、授業を始める前に先週末に出しました、宿題のプリントの提出をしてください。」

 皆は待ってましたとばかりに、一斉に僕の方を見て言う。

「おい、お前宿題やってきたんだろーな?」

「ボケちゃってるからどーせやってないっしょ!」

「あははははは!」

 はは。今日からもう馬鹿にしないでね、みんな。

 ちゃんとやって来たよ!

 じゃーん! とばかりに僕は相変わらずグシャグシャになったままの

 宿題のプリントを出して見せた。

 クラスの皆は一斉に驚いた様子を見せる。

「おおー!!!」

 みんなはどうやらほんとにびっくりしたみたい。

 僕の宿題に皆集まってきた。

 僕だってやれば出来るんだ。

 えっへん!


 …………。

 ……あれ?

 なんだ?

 集まってきた皆の顔が、みるみるうちにあっけにとられた表情に変わっていく。


 え?

 どうしたの?

 僕がちゃんとやって来たことがそんなにびっくりだったの?

 そんなのいいから誉めてよ。早くさァァァア!!


 そんなことを思っていたら、

 皆の中の一人の女子が言った。


「……ねえ、ノブル君、これ……



先週の宿題だよ……?」




 ……ハアアアアアアアアアア!?

 何を言ってるの?

 そんなわけないじゃん。

 そんなわけがあるはずないよ。

 僕は、もらえなかったけど頑張ってもらった宿題が大事すぎて、

 ランドセルにいれたはずがずっと手に握りしめてたんだもん。

 貰ってからお兄さんが教えてくれるまでずっと。

 間違えるわけがない。

 僕はちゃんと宿題をしてきたよ。

 間違えてないよ?

 ……間違えてるの?

 僕のせいじゃないよ。

 涙が溢れてきた。

 なぜかはっと思って、

 僕は先生の方を見た。


 それは信じられない光景だった。

 先生は僕らの様子を見て、

 声を殺して笑っていた。


 やられた。

 先生だ。

 先生が僕の事を、

 僕が一生懸命頑張ろうとした気持ちを馬鹿にしたせいで、

 僕は、宿題ができなかった。

 僕は頑張ろうとしたし、頑張ったよ。

 僕ができないのなんて、

 これっぽっちも僕のせいなんかじゃないじゃん。


 ママとパパがいないせいだ。

 おじいちゃんおばあちゃんが物忘れが多いせいだ。

 友達がからかってくるせいだ。

 先生が僕のこと馬鹿にするせいだ!!!

 僕は何一つだって悪くないんだ!!


 気付くと僕の目から溢れ出る大量の涙のかさが、僕の頭のてっぺんをゆうに越えていた。


 苦しいよ……

 溺れちゃうよ……

 死んじゃうよ!

 皆のせいで……

 僕は何にもしてないのに!

 僕はなんにも悪くないのに!!!


 ――気付くと、

 そんな自分の溺れもがく様を

 俺はすぐ後ろで眺めていた。


「苦しいよなぁ、俺が今助けてやる」

 そう言って俺は、僕の首を後ろから掴み持ち上げ――そして思いきり締め上げた。

「ギギギ……」うめき声を上げる僕。

「お前のそれはなぁ、誰のせいでもねえよ。でも苦しいよな……自分のせいって、一番よく知っててそんなこと言っちまったりするのもよ。って、我ながらとんだ甘ったれだ」


 やめろ!

 お前のせいで僕を終わりにするな!

 苦しい! 助けて!


「大丈夫だ、もうお前は俺には必要ないよ。」


 思いきり締め上げた対象からミチミチ…ぼきり、という音がなるとともに、ジリリリリとけたたましいベルの音がなった。

 目が覚める。

「第二ステージクリアオメデトウゴザイマス!!」

 目の前の気持ち悪い井上陽水のお母さんみたいなやつが大声でそんなことを言った。耳がいてえって。


 あれ、俺夢見ながら泣いてら。なんであれくらいのことで泣いてんだよ、気持ち悪う。

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