第23話 ハルとカリンだけの時間2
負ける。
試合開始よりずっと付きまとっていた考えが、カリンと拳を交えるたびに濃くなっていく。
視界にうつるカリンはどこか満足気な顔をしている。私はあのように笑えているだろうか。もはや自分の表情をコンロトールする余裕すらない。嵐のような戦況は一刻一刻目まぐるしく姿をかえていく。そのひと時でも見逃せば、瞬間カリンの攻撃が直撃するだろう。そこで戦いは終いだ。
カリンは一瞬足の動きを止めた。
子供のころから変わらない、大規模な魔法を使う事前動作だ。
私は軽やかに後ろに跳ぶ。
予想通りカリンは吹雪を見舞ってきた。一歩後退するのが遅れてたら巻き込まれいたほどの威力。
だが、開始直後ならばいざしらず、私がカリンの動きに追いつけることをカリンは知っている。そして私はそれを知りつつも行動に反映させなければならない。頭が焼ききれそうだ。
吹雪の中からカリンが飛び込んできた。
吹雪の目的は攻撃ではなく、私の視界を制限することか。
この至近距離からなる突撃に防御は間に合わない。
圧力が迫る。全身から汗が噴き出す。
迫る手刀に体が勝手に反応していた。完全に回避することは不可能。相手の動きに合わせて体をねじり、回転の力を乗せて手刀を逃す。もちろん完全に逃すことはできない。肩のあたりに熱い痛みが走る。カリンは手ごたえを感じたように唇を曲げる。
私は彼女のその横面に、蹴りを叩き込んだ。二度三度とバウンドしていくカリンを尻目に私も膝をつく。彼女の無尽蔵の暴力に振り回されすぎた。体力の限界が近い。
「カカッ、おい今のは何だよ。あてたと思ったらすかされて、逆にこっちが一発貰ってる」
カリンもうっすら汗をかいている。
私とは違いまだまだ余裕そうだ。
「つうか始めからそうだったな。私がどうやってぶち込んでも微妙に芯をずらされる。クッション越しに殴ってる感覚しかなくて気持ち悪い。お前にはどうやったら致命打を食らわせられるんだ? おい」
「……それは、こっちも同じです。何回蹴っても……はぁ……はぁ……カリンちゃんは……鎧越しに蹴ってる気にしかなりません……どうやったら……ふぅ……倒れてくれますか……」
「お前には無理だ」
ようやくの思いであけた距離を一息で詰めてくる。縦横無尽に振り回される暴力に目が回る。
相手の攻撃は避けられる。こちらの攻撃は無効化される。一見五分五分に見える戦いだが、そうではない。私とカリンでは体力が違いすぎる。この攻防が続けば目で追えていても、体が追い付かなくなる時が必ず来る。その時が私の負け。そして、その時は徐々に徐々に近づいてきている。
負けたくない。
強く思った。これまで負けてもいいなどと思ったことはないが、実際に敗北が目の前に迫ると一層思う。ここで負けたらメナスと戦えない。師匠に合わせる顔がない。
「しょう……」
「なんだって?」
「師匠……私に力を貸してください」
「ああ? ついにボケたか。戦いの最中に他人に祈ってるんじゃねーぞ!」
今の私に師匠の教えは完全に理解できない。それでも必要なのはわかる。
師匠は言った。名前を付けろと。
私の最も憧れるものの名前。強さのイメージを見つけろと。
耐えず問い続けろと言われ、考え続けてきた。その答えは出ないまま本番の日を迎えた。
ただ、その答えがいま生まれようとしていた。殻がひび割れていくのが分かる。中で名前のない何かが脈動している。私にとって大切な名前を付けるべき何かが。
私はどうしてここで戦っている? 酸素が足りない。頭がぼんやりとして働かない。
「眠ってるのか? 前を見ろカス」
カリンの指が迫る。この体力では次につかまれたら最後、二度と放してはもらえないだろう。
景色がスローモーションになる。
もう、打つ手はない。
負けたのか。そう思った。
カリンの綺麗な指、瞳、髪、それだけじゃない。学園一の魔法使いとして誰も寄せ付けない氷の魔法。子供のころから怖いもの知らずで、私は彼女が泣いたところを一度も見たことがない。周りの人間はみな彼女を恐れた。
周りの人間は……?
私はどうだろう。私はカリンをどう思っていたのだろう。どうして私は子供のころから彼女の背中を追っかけていたのだろう?
その疑問が殻に与えられる最後の衝動だった。
そして、凍結された時間は急速に解けた。卵は孵り、体は動く。
「――今わかりました」
かつてない最大出力の回転魔法が作動する。回転は周囲の空気を巻き込み、私の四肢に渦巻く炎を巻き起こした。
四肢が爆発するように駆ける。まるで自分のものではないようにそれはカリンの顎先をとらえ、彼女を守る氷の鎧すら突き破って決定的な一撃を食らわせた。
「――火燐」
そして、その名は生まれた。
火花が散る。久しぶりに息ができたような気がした。心地いい気分だった。
私は笑って言った。
「そうか……私はずっとカリンちゃんのことが好きだったんですね。私にとっての強い力の象徴、憧れはカリンちゃんだったんだ。どうして気づかなかったんでしょう」
「て、てめえ……なんだそりゃあ……」
カリンはよろよろと立ち上がると、唸るように言った。彼女がダメージを負うのは初めてだった。
「笑ってくださいカリンちゃん。いつもみたいに」
「くそが……ここに来てまだもがくかカスの分際でよ!」
「私、カリンちゃんの笑顔が好き。大好き」
「上等だ! 返り討ちにしてやるよ!」
信じられないことに、そこから戦いはさらに熾烈になった。お互いが底の底まで全力を出し合い、相手より一秒でも長く立っていられるように手を尽くした。私は師匠の見様見真似バリツを含めた技のすべてを、カリンちゃんはこれまで体に染みつけてきた名前のない力の一つ一つを。
私が火燐で彼女にぶつかると、彼女はダメージを覚悟で私を掴みブレスを浴びせた。カリンががむしゃらな頭突きを食らわせると、私はお返しに掌底をめり込ませた。
やがて、戦いが終わりを迎えると私は肌で悟った。カリンも同じだっただろう。
舞台の真ん中。
互いに触れるか触れないかの距離で立ち会うという異様な状態でカリンが言った。
「私も気づいたことがあってな。どうしてお前が目障りで仕方なかったのかわかったよ。シズネは私が怖がっていたみたいに言っていたが、それは違う」
「では、どうして?」
「私はお前が追ってくるのを待っていたんだ。その手が私の肩を掴む日が来るのを……それを自覚できずにムズついていた」
「私たち、友達になれるでしょうか?」
「……はぁ? なに勘違いしてやがる。今のお前はどれだけ全力でぶん殴っても壊れない、最高のおもちゃだって言ってるんだよ。私と対等になれるやつなんざいねえ」
「うれしいですか?」
「まあな」
「なら笑ってください。笑顔は力です」
「ケッ……こうかよ」
「そうです」
カリンの笑顔は思った通りとてもきれいだった。私も負けないようにと笑う。
これが最後だ。
カリンの拳が胸に埋まる。私は痛みに構わず叫んだ。
「火燐!」
渦巻く炎。二度目の決定打。カリンは宙を舞い、舞台に倒れた。
勝利の実感よりも早く、どこか遠くで私の名を呼ぶ声がした。
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