第22話 師匠曰く

「まあまあ、これは驚きました。エリオットさん、あなたハルちゃんに何かしましたね?」


 舞台を観戦しながらセリアが言う。口調こそ柔らかいが、その表情は驚きと興奮であふれていた。

 シズネも同じ顔をしていた。無言で説明を要求してくる。

 よほどハルがカリンを一撃いれたことに驚いているようだ。


 僕は足を組みなおして口を開く。


「初めに言っておくが、アレはバリツではない。彼女はただの魔法使いだ。回転と目の力を上昇させているが、それだけではバリツは使えない」


「でも、見ましたよね。これまでのハルちゃんとは一線を画しています」


「そうですわ。あなただって見たでしょう? あの晩ハルがカリンにボロボロにされたところを。本来ハルはあそこまでできる様な実力じゃありませんわ。あなたが裏から手をまわしたとしか思えません」


 見れば舞台の上ではハルとカリンは互角に殴り合っている。カリンが魔法で広範囲を薙ぐ払ったかと思えば、ハルは舞台上を跳び跳ね、得意の空中戦を仕掛ける。また、ハルが仕掛けたかと思えば、カリンはその異様な耐久力で全ての連撃をいなしてしまう。


 勝負は互角に見えた。


「信頼がないんだな。何も驚くことではないと思うがね」


 肩を揺らしてため息をつく。


「考えても見たたまえ。ハルとカリンは子供のころからの幼馴染。ハルはカリンの背中について回り、カリンはそんなハルを攻撃していたというじゃないか」


「だから、なんだといいますの?」


 額にしわを寄せてシズネが言う。


「ハルは長い間ずっとカリンの戦い方を見てきたということだ。その目で、その体で、体験し続けてきた。彼女の魔法は目に携わる魔法。一見しただけでアーリンのゴーレムの弱点を見抜けるほどのポテンシャルはある。それがずっとカリンに向けられていたんだ」


 セリアもシズネもじっと聞き入っている。


「観察は蓄積され続けた。僕は背中を押しただけだ。ハルには全力を尽くす権利があると思ったからな。だが、バリツを教えはしなかった。時間も足りなかったし、何より彼女に会ったのは全力を尽くす権利であり、楽して手っ取り早く勝てる権利ではない」


 ハルが舞台上で再び跳ぶ。それしか知らない鳥のように、しかし力強く。


「武術の世界にはままあることだ。ハルは僕のほんのわずかな手助けを受けて、ほんの少しだけ強くなった。そのほんの少しが重要だったのだ。もともとハルはカリンの動き自体は見えていた。ただ体が追い付かなかっただけだ。あと一歩だけ足りなかった」


「この一週間でそのあと一歩が届いた結果、カリンと張り合えるようになったといいますの?」


「その通りだ。急激な成長に見えるかもしれないが、そうではない。歯車がかみ合うとでも言ったらいいのかな。体が目に追いついたのだ。幼いころから観察を続けてきたハルだからこそ実現できた光景という訳だ」


 そう、これは奇跡の光景ではない。今日まで諦めることなく歩み続けてきたハルが出した、当然の結果だ。たとえ今日追いつけなくとも、そう遅くない日に同じことが起きていただろう。


「くっ、その何も不思議なことは起きていない、とでも言いたげな顔は不愉快ですが……辻褄は合いますわね。わたくしとしたことがハルを見誤るとは、不覚ですわ」


「だが、追いついたということは、すなわち勝てるということを意味してはいない。ここからが勝負だ」

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