第20話 大魔道祭4

「おい、顔色が悪いぞ。暖かい茶でも飲みたまえ。体が楽になる」


「わたくしはイギリス人じゃないんですけど……でも、ありがたくいただきますわ」


 横にいるシズネがコップに口をつける。

 僕はカリンとの試合に負けたシズネと共に、大魔道祭の観客席最前列に腰かけている。一早く敗北したシズネは、簡単な治療を終えると真っ先にここまでやってきた。敗者が待機するための控室も用意されているが、殆どの敗者、特に負傷の少ないものはめいめいに歩き回っている。ほかの選手との交流に向かったり、知り合いと反省会をしたり、シズネのように観客席に回ったりなど様々だ。


「応援に来るとは思いましたが、まさか最前列を取ってくれているとは思いませんでしたわ」


「応援ではないよ。僕はただ祭りを楽しみに来ただけの旅行者だ」


 そう。僕にはハルもシズネも応援などする義務はない。それでもこの祭りはワンダーランド一の祭り。冒険者としてみておかない手はない。苦労して最前列を取ったのも、より間近で試合を見るためだ。それ以外の理由はない。


「嘘おっしゃいなさい。ハルの初戦突破に席を立って声を上げていたのは誰です」


「席が硬くてね。腰が痛くなっただけのことだよ」


 ちびちびと茶を飲むシズネの顔色は良いものではない。本人が大丈夫だと言い張るので強く言えないが、応援などしている状態ではないように見える。


 だが、大人しく休むような彼女ではないだろう。彼女の性格はこの短い時間でわかってきている。

 顔色が悪い最大の原因はカリンのダメージではなく、ハルのもとにカリンを通してしまった後悔だろう。


 ハルとシズネの間にどんな過去があるかは知らないが、それでも彼女たちは友情とも罪悪感とも言えない奇妙な確執があるのはわかる。


「君が後悔するのもわかる。人には誰しもそういった譲れなものがあるからな。だが、敗北は恥でも罪でもないだろう」


「そんなもの……」


「ハルだって感謝こそすれ、責めはしないだろうさ。あの能天気にそんな機能があるか気になるがね」


 僕はそういって前方に視線を送る。その先には今まさに舞台に立とうとするハルの姿が。彼女は気の抜けた笑顔でこちらに向かって手を振っている。そこにシズネを責める色は全く存在しない。むしろ、あとは任せろとでも言いたげな……いや、何も考えていないだけかもしれないが、少なくとも敗者や観客が何かを思い悩ませるようなことは一切ない態度だ。


「笑いたまえ。ハルのおばあ様に曰く『自分と周りの人たちの笑顔を大切に』らしい」


「ふふっ、ハルらしい言葉ですわ。家族そろってああなのですわね」


 愛おしそうな顔で笑うシズネ。その顔色に赤みがわずかに戻る。

 舞台上でハルが軽く準備運動のように跳ねる。見る見るうちにその目に力がこもっていく。喜びの色で顔じゅうが塗りつぶされていく。


 その態度は驕りではない。

 ハルは見事な魔法と技さばきで、初戦から瞬く間に決勝戦まで勝ち残ってきたのだから。

 舞台の反対側に少女がゆっくりとのぼってくる。


 ハルとは真逆、周囲のなにもかもに苛立っているような冷たい目をした少女、カリンだ。彼女は観客や舞台などには興味がないようでただまっすぐにハルを見据えている。

 離れていてもわかる。彼女の全身からはただならぬ闘志があふれ出ている。ともすれば自分自身を傷つけかねないほど鋭く、それでいて冷えた空気だ。


「こんにちは。手に汗握りますね」


 穏やかな声。

 人波をかき分けてするりと横に誰かがきた。

 このやけに近い距離間。僕はこの気配を知っている。


「ごきげんようセリア。あなたも観戦に?」


「ええ。本当はいろいろ上でやらないといけないことも多いんですけど、私の教え子たちの晴れ舞台ですから。決勝は一観客として観戦させてもらいます。エリオットさんはハルちゃんの応援ですよね。大切な愛弟子ですもの」


「断じて違う。ただの物見遊山だ。イギリスに帰ったときのために、いろいろと記しておかなければならないからな」


 力強く言ったのだが、セリアはからかうように微笑んで僕の拳を指さす。

 僕ははっとしてそれを隠した。知らず知らずのうちに、試合の前兆に集中して拳を握りこんでいたらしい。これは優雅ではない。


「隠すことないのに。胸を張って応援しましょう。エリオットさんがハルちゃんを応援するなら、私はカリンちゃんを応援しようかしら」


「す、好きにしたまえ」


 そうこうしているうちに、試合の準備が出来上がる。ハルとカリン二人の視線が熱をもってぶつかり合う。僕らだけでなく、ここにいるすべての観客たちが注目する一戦だ。

 冷たく乾いた風が、観客席から試合場に向かって吹き抜ける。

 そして、試合開始のアナウンスがされた。

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