第18話 大魔道祭2
「セリア先生か。まさかこんなもので私を拘束できた、なんて思ってねえよな」
「そうですね。カリンちゃんが本気を出せば破られてしまうでしょう。でも、私は大会の責任者の一人ですから、見逃すわけにはいきません。そこで落ち着いてください」
「馬鹿言うな。私は始めから冷静だよ。冷静にこの馬鹿馬鹿しい大会をぶっ壊しに来たんだ」
彼女の四肢は封じられているが、それでもその迫力はみじんも衰えない。本気を出せば破られるというのは嘘ではないだろう。
「ど、ど、どうしましょう……」
体が動かない。大会トーナメントに向けて意気込んできたのに、待っていたのは一触即発の危ない空気。あと少し歯車が狂えば、参加者全員を巻き込んだバトルロワイヤルになりかねない。
飛び出すべきか? 今ここでカリンと戦うべきなのか? 刺激しないでセリア先生に任せるべきか?
冷えた空気の中、背中に汗をかく。一歩間違えばこの場にいる全員を危険に巻き込みかねない。
「やってみればいいんじゃありませんの」
悩んでいるとシズネが口を開いた。
「考えたのですけど……カリン、あなたにとって最も良い選択肢は乱闘でしょうからね」
「ちょ、なに言ってるんですかシズネちゃん! あんまり怒らせるような真似は……!」
「静かにハル。カリンあなたは自分でおっしゃったとおり、冷静でいる。かんしゃくを起こした訳ではありませんわ。冷静に自分の最も有利な状況を作り出そうと考えた。それが今」
「はぁ? なんでそうなる。普通に考えて最も不利な状況だろ。下手すりゃあ袋叩きに合う」
カリンの目が細められる。口調は荒いが、なぜかシズネの挑発を不快には思っていないようだった。
「簡単なことですわ。一対一の整備、管理された決闘よりも、何でもありの乱戦のほうが偶然の要素が入り込む確率が高い」
「ほお、つまり?」
「あなたは恐れているのですわ。一対一で勝てないかもしれないその人を、乱戦で横から殴りつけて勝とうとしている。冷静に考えましたわね」
カリンは口の先をわずかに曲げた。四肢の餅は半分以上凍りつき彼女がもう一息入れれば、拘束は解かれてしまうだろう。
「誰だ? その私が勝てないかもしれない奴は」
鎖から放たれかけている猟犬を前に、シズネは堂々と、そして不敵に笑った。
「ハル」
誰もがカリンの突撃を予想した。私もだ。一息の間にシズネは壁に吹き飛ばされてしまうと思い、彼女をかばう覚悟をした。
しかし、そうはならなかった。カリンは野良犬のように歯を剥き出しにして笑っていた。
「カカカッ! なるほど、なるほど。面白いな。いいと思うよ。そういうの。私がハルにびびってるってか? 私に一度も勝てないカスに?」
「ええ。だから大会辞退をさせに来たんでしょう?」
「なるほど、本気ってわけか。良いぜ。挑発に乗ってやろう。私は冷静だからな」
カリンは私を見て苦々しく笑った。もう先ほどまでの殺気は消え失せている。
「本選開始まで大人しくしてればいいんだろう。ほら、先生考え直したから、解いてくれよ」
「まったくもう……!」
セリア先生はカリンがごまかしているわけでは無いことを悟って、魔法を解除する。カリンはそのまま手近な椅子にどすんと腰かけた。
「い、今の話……本当か?」
後ろから声がして振り返るとボロボロのメルフィスが立っていた。
「カリンは恐れていたのか? それで乱戦を……?」
「さあ、どうでしょう? 少なくとも彼女本人に自覚があったわけでは無いと思いますわ」
シズネはカリンに聞かれないように、小声で答える。
「ただ、彼女が冷静っていうのは本当ですわね。あの女キレた振りだけは上手いんですから」
「俺には静かにキレていたように見えたが……」
「あれはただ人の話を聞かないで、一方的に事を進められるのが気に食わないだけですわ。だからメルフィスさんでしたっけ? あなたやオズモさんのような人は容赦なく殴りますし、わたくしがやったように相手の目を見て真剣に、言葉を選んで話しかければ矛を収めます。それがたとえ挑発的な内容であったとしても」
シズネはカリンのほうを見ないようにしながら解説する。
私はわからないなりにいってみた。
「カリンちゃんにとって言葉の内容は関係なく、お互いにお話しをしてるかってことが肝心ってことですか?」
「そんな感じですわね。まあ、わたくしの状況だと嫌でも真剣にやらないといけない場面でしたけど。ああは言いましたけど、わたくしたちにとって乱戦に持ち込まれるのが一番困るわけで、まったくハラハラドキドキの綱渡りでしたわ」
「ほえー。シズネちゃんはやっぱり賢いですね」
「そ、そうか……確かに俺は相手の反応などお構いなし、あらかじめ決めてあったセリフを読んだだけだった。それが礼儀だと思ったがそうではなかったのか……」
うなだれるメルフィスの肩をシズネが軽くたたく。
「何言ってますの。あんなものはカリンの個人的な拘り。気にするべきではありません。わたくしはあの女よりも、あなたのような礼儀正しい人のほうが好きですわ」
そういってシズネは慰める。メルフィスの顔がほんのり赤くなった気がした。
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