第17話 大魔道祭
黒騎士区域だけではなく、ワンダーランドでも一二を争う競技大会、大魔道祭。
学園内外問わず集まってきた腕利きの魔法使いたちが、優勝者の名誉、そしてメナスと戦う権利を求めて集まってくる。
その舞台は学園が用意した闘技場。武闘派の魔法使いが大暴れしても問題ないように、教師総出でさまざまな安全対策がされている、この日のための大舞台だ。
観客が試合に巻き込まれて怪我などしないように魔力障壁が張られ、さらに対戦者同士がいらぬ傷を負わないように医療スタッフも完備。出場者は何の気兼ねもなく試合に集中できる。
この大会に注目するのは選手ばかりではない。王の区域の近衛騎士たちもやってくる。物見遊山ではない。将来有望な魔法使いをこの場で見定めて、一人でも多くスカウトするためだ。優勝こそ逃したものの、騎士団の目に留まり王の区域に選抜されたものも過去には多く、出場者の中にはこのスカウトを目的にしているものも多いのだとか。
とにかくとてつもない大会なので参加者希望者もそれなりに集まる。
学生などは普段の成績も加味し、外からの希望者ならば予選を通し、本選に進む十六名を決める。
私はアーリンに勝ったあの模擬戦が評価されたのか、セリア先生の口利きもあり、なんとか本選に進めることになった。
シズネはもともと優秀なので問題なし。
カリンは異議を立てる人のほうが少ないだろう。
そんな大会の門を前に私は立っている。
なんということもない飾り気のない装飾だが、不思議と威圧感がある。
ハンカチよし、水筒よし、師匠特製お弁当よし。これで準備は万端。
私は手荷物をもう一度確認してから会場の扉をくぐった。
澄んだ石の匂いがする。人の体温を寄せ付けない人工的ないい匂いだ。
冷たい冬の外気を一気に後方へと押し出していく。
ここは大魔道祭本会場。その控室。
石造りのホールにいるのは十四、五名ほどだろうか。知った顔を入ればそうでないものもいる。大会スタッフの顔は見えない。まだ外で作業中なのだろう。
そして、カリンもまだ来ていないようだ。
無意識に確かめて、そしてほっとしている自分がいる。
部屋の端には一つの板状の魔法道具がおかれている。来るべき時間が来れば、あの魔法道具を通じて今回の組み合わせが浮かび上がる。
それまでは待機となる。
ぱらぱらと談笑している者たちもいるが、みな緊張しているのか動きはどこかぎこちない、ような気がする。そしてそれは私も同じことだ。
私はその中で最も親しい友人に声をかけた。
「シズネちゃん、おはようございます!」
「朝から元気ですわね、ハルは」
「はい! 朝ごはんしっかり食べてきましたから。シズネちゃんも一緒ならよかったのに。美味しいですよ。師匠のじゃがバター」
「ハルと一緒のご飯は魅力的なんですが、あいにくと先にやっておくことがありまして」
シズネはにやりと笑みを浮かべる。何やら企みごとをしているときの笑みだ。
「何か悪だくみしてますね。なんですかそれ?」
「悪だくみなんてとんでもない。勝つためのまっとうな工夫と言ってほしいものですわ」
「そうですか。そうですよね。滅多に開かれない大切な試合ですから、皆真剣ですよね」
そっけなく言うシズネに、じんわりと手のひらに汗がにじむ。
「いや、私が大切なのはハルで、別に大会は……」
ともごもご。
「一週間、あっという間でした。私もできることはやりましたし」
「寮にいた時よりも気合入ってましたわね」
どうして彼女が寮にいた時の鍛錬の様子を知っているんだろう。いつも一人だったはずなのに。そう思ったが気にしないことにした。きっと言葉のあやだろう。
「でも、気負わないでください。ハルの敵はすべてわたくしが排除しておきますから。今度はわたくしがハルを守る番です」
その時重苦しい音を立て、扉が開いた。
「たとえ相手があのカリンでも」
扉の先、陽光を背に彼女やってきた。
影がゆっくりと伸びていく。ただそれだけの光景。なのにその場にいる全員が彼女にくぎ付けになっていた。
「……カリン」
誰ともなかくつぶやき、空気がしびれる。再び重苦しい音を立て扉が閉まった。
カリンはつまらなそうな目で辺りを見渡すと、対戦組み合わせ表に目を向ける。
と、ちょうどその時じりじりと魔法道具から音が鳴りはじめた。
作動の合図だ。
魔法道具から光がはなたれ、白い壁に文字を映し出す。今日のトーナメント表だ。
私はまず自分の名前を探した。ハル、最も右端に書かれている。初戦の相手は知らない名前だ。
シズネは反対側のブロック。出会うとしたら決勝戦だろう。
しかし、と私は横目でシズネを見る。
シズネの初戦相手は同じ学園の生徒。しかし、順調にいけば二回戦目でカリンとぶつかる。
シズネは私を見て力強く頷いた。どうせいつかは当たる相手。優勝者はただ一人なのだ。早いか遅いかの違いで怯んでなどいられないのだろう。私は彼女のそんな態度にほっとした。泣きじゃくっていたいつかの彼女の面影はもうどこにもない。
「まずは、メルフィスか……」
カリンは髪の毛を弄りながらつぶやく。
「面倒だな」
「はじめまして。君がカリンだね? 噂はかねがね」
緊迫した空気の中を歩いていく一人の少年がいた。大きく大胆な足取りでカリンの前まで行くと、爽やかな笑顔を彼女に向ける。
「君の一回戦目の相手、メルフィスだ。出身は白の僧正。得意魔法は炎系だ。君は優勝候補と言われているらしいが、俺は運が悪いとなど嘆かないよ。むしろ運がいいといってもいい。君みたいな美しくて強い人と戦えるなんてね。今日は正々堂々戦おう。よろしく」
「メルフィス……? ああ……」
歯切れよく挨拶をするメルフィスに対し、カリンは気だるげに首を傾けるだけだった。視線だけでトーナメント評を見て、自分の名前の横にメルフィスがあるのを確認してため息をつく。
「疲れているのかな? でも手加減はしないよ。君も手加減など考えなくていい。なぜなら……」
ゆらり、とカリンが席を立つ。腰まで伸びた金髪が広がり揺れる。メルフィスはその光景に目を奪われ息を飲んだ。
カリンの無感情な目がメルフィスをじろりと睨みつける。
信じられないが、私はその始動を見た。
カリンはわずかに腰を落とすと、最小限の動きでメルフィスの顔面を殴り抜いた。
「ぐぺっ!」
メルフィスが壁まで吹き飛び、血をこびりつけてもなお、カリンが何をしたのか理解できないものが大多数。あまりの事態にみな混乱していた。
「誰だよてめえは。一方的に捲し立てやがって。怠いんだよ」
心底苛立ったような風に鼻を鳴らす。そしてトーナメント表を睨む。
「シズネ。オズモ。前に出ろ」
名を呼ばれたシズネはカリンの意図が読めないまま、腰を浮かしたままで停止した。
離れた場所にいた巨体のオズモが激昂して立ち上がる。
「おい! 貴様何をしているんだ。まだ本選は始まっていない!」
彼の激昂と混乱は当然だ。彼は唾を飛ばしながらカリンに詰め寄ると彼女の胸ぐらをつかんだ。子供なら泣き出してしまいそうな鬼の形相を彼女に突き付ける。
「カッ、カフッ……!」
しかし、それまでだった。オズモは腹部を押さえて床に転がる。カリンの膝蹴りをまともに喰らったのだ。
這いつくばるオズモを見ることすらせずにカリンは再びいう。
「シズネ、前に出ろ」
「なんですの」
ここに来て私を含めた多くの人が、カリンのしていることに気づく。
「勝手に一人トーナメントでもやるおつもりですの? わたくしを倒して、お次は第三戦に出る予定の八人を一気に倒すと?」
「ああ? 一戦一戦待つなんざ怠いこと出来るかよ。どうせ私が優勝するに決まってるんだ。テキパキ進めてやって感謝しろよ」
室内が俄かに寒くなってくる。カリンが温まっている証拠だ。
「私が前に出ろっていってるんだよ。さっさと来い」
シズネは決して相手の間合いに入らないよう距離を保ちながら、慎重に言葉を選ぶ。
「少し考えてみればいかが? そんなことすれば失格になりますわよ」
「考えるのはお前だ。確かにルールには違反してるが、私の目的は別にスカウトでも優勝でもない。暇つぶしにメナスをぶち殺せればそれでいい。この場にいるやつ全員倒せばその資格は嫌でも手に入る。駄目だと言う奴はいない。何せルールを違反しても、私が一番強いことには変わりないからな。代役なんてたててられねえのさ。もし、いたらそいつも張り倒す」
「なんてめちゃめちゃな理屈。子供じゃあるまいし。本気ですの?」
「その貧弱な体で確かめてみろ」
カリンが距離を縮めようとした瞬間、その足を魔法が襲った。
「はいはい。そこまでですよ。可愛い私の生徒たち」
パンパンと手をたたいて現れたのはセリア。相変わらずの温和な顔で仲裁にはいる。
カリンの足元に粘りついているのは、セリアの餅の魔法だ。
セリアは動けないカリンに向かって、もう一度餅の魔法を放つ。形を持ったそれはカリンの腕にへばり付き離れない。
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