第11話 紳士の夕食

「という訳で、あらためて紹介します。私の友達シズネちゃんです。学園でも成績優秀なすごい子です」


「ハルと二人きりじゃないというのは残念ですが、どうぞよろしく」


「いや、認めないからな?」


 僕は開口一番に言った。

 はっきりと言っておかなければ、このまま流されてしまいかねない。

 居間にてテーブルを囲んで三人。ハルのいれたお茶を前に、話が決まったかのようにくつろいでいる。


「はぁ……一度決まった話を蒸し返さないでくださいます?」


 心底不愉快そうに、あたかも自分に正当性があるかのような口ぶりでシズネが言う。この流れでそんな口をきくとはなかなかの度胸だ。


「決まってなどいない。ここの主は僕だ。だからはっきりと言わせてもらう。ハルは……まあいい。マダムの頼みもあるし、セリアの顔も立てておきたい。一人前の紳士として小間使いの一人は欲しい所だしな」


 何を勘違いしたのか、ハルが胸を張る。


「だが、シズネ。君はダメだ。多すぎる」


「そんなことありません。師匠の実力なら、一人教えるも二人教えるも同じことです」


 ハルがまた勘違い発言をするが、無視。そもそも一人たりとも教えるつもりはない。


「どうしてもここにいたいというなら、紳士的に役に立ってもらわなければな」


「役に……?」


「そう。何も家賃を払えとまでは言わない。そこまでできる立場ではないのでな。ただ、例えばハルはお茶を淹れるのがなかなか上手いのだ。君も何かできることがあるかね?」


「そうですわね。料理とか……どうです?」


 ハルと一緒に過ごせるかどうかの瀬戸際。シズネも真剣なのだろう。先程も見せた思案の顔つきののち、つぶやいた。


「料理だと? よろしい。なかなか紳士的じゃないか」


 紳士の冒険には専属のコックがつきものだ。僕にとっては忠実なる親友のディーン君がそれ。彼はお茶をいれる腕も、食事を作る腕も一級品だった。


 おっと、いけない。またいもしない彼のことを思い出してしまった。


「だが、僕はグルメだぞ。イギリスの一流料理に勝つ自信があるかね?」


「あー、いや、得意って程でもないのですが……」


 若干の不安を孕ませてシズネが言う。どうにも歯切れの悪い返答だ。

 紳士の目は、そのばつの悪い顔を見逃さない。


 これはチャンスだエリオット。この流れのまま押し流して勝負を決めてしまえ。うやむやなまま居座られてはならない。


「では夕食もまだのことだし、こうしようではないか。これから君は料理を一品作ってもらう。僕は審査員だ。この舌を唸らせることができたら君の勝ち。ハルの横でも上でも下でも好きなところに住みたまえ。だが、僕が満足できなかった場合は、大人しく帰るのだ」


 矢継ぎ早にまくしたてる。


「むぅ……愛には障害がつきものですわね。いいでしょう。その勝負受けて立ちますわ」


 シズネは勢いよく立ち上がり、キッチンのほうまで歩いてく。

 ……どうしてキッチンの場所知っているんだ?


「シズネちゃん頑張ってください!」


「も、もちろんですわ。あなたの為に戦います。材料を適当に借りますわよ」


 さて、こうなればあとは簡単。シズネの出してきた料理を食べて不味いとさえ言えばいい。味など関係ない。そういえばいいのだ。

 ……不味いは言い過ぎだろうか。勝負とはいえ僕のために作ってくれる料理だ。そうだな。『努力は認めるが、僕の舌を満足させるには至らなかったな』こんな感じでいこう。お互いにすっきりと別れたいからな。紳士として、相手を傷つかせないよういこう。


「楽しみですね。シズネちゃんのご飯美味しいんですよ。寮にいるときは作りすぎちゃった。ってよく分けに来てくれました」


 それは、きっとわざとだろうな。遊びに来る口実を作っていたとしか思えない。

 ハルは事態を分かっているのかいないのか、普通に夕食を心待ちにしている女の子といった風に座っている。

 キッチンでは手際よく動き回るシズネの背中が見える。自信なさげな様子だったが、結構厄介かもしれない。


 まあ、それでも時間も材料もない状態で大した料理が作れるとも思えない。

 長年修行を重ねたシェフの料理で舌を肥やしてきたこの僕に、女学生の手料理がかなうはずはないのだ。


「……なんだこの匂いは、嗅ぎなれないな」


「いい匂いですね」


「お待たせしました。できましたわ」


 厳かな足取りでシズネがキッチンから出てくる。プレートには人数分の料理。彼女はそれをひとつづつ緊張感をもってテーブルに並べていく。


「な、なんだこれは……!」


 運ばれてきた料理に僕は目を見張った。

 というのも、出てきた料理は、僕が今まで生きてきた中で一度としてみたことのないものだったからである。


 白い皿の上にブヨブヨとした穀物が盛られており、その上に一見泥に見える液体がかけられている。ところどころ肉の塊や、人参やイモなど野菜のかけらも見て取れる。そして何より印象的なのは、その強烈な匂いだ。スパイシーで香ばしい匂いが漂ってくる。悪いものではない。むしろいい匂いだ。いやでも食欲が刺激される。


 しかし、この見た目が拒否反応を示すのも事実。

 泥を基礎としたスープ……? 食べて問題ないものなのか?

 未開の地で芋虫や蛇を振舞われた時を思い出す。


「確認するが、これは……魔法使い専用の食事という訳ではないよな?」


「何言ってるんですか師匠? カレーですよ。カレー」


「ハルの分は甘口にしておきましたわ」


「わぁい、ありがとうございます」


「かれぇ? だと……」


 きいたことのない名前。ここが異世界だということを改めて認識させられる。


「では、エリオットさん。食べてみてください。そして大人しくハルをわたくしに明け渡すのです」


「趣旨変わってないか? ともあれ、シズネよ。君の運命をかけた料理がこんなもので本当にいいのかね? こんなぶよぶよとした穀物、どろどろとしたスープ。とても美味しいとは思えない」


「師匠、カレー知らないんですか」


「イ、イギリスは都会だからな。田舎料理には通じていないのだよ」


「負け惜しみですか。そうですか。どうでもいいですけど、まずは食べてみてくださる?」


「いいだろう。では、いただきます」


 スプーンを手に穀物をすくう。


「師匠師匠、お米だけじゃダメです。ルーも一緒に食べるんです」


「そ、そうなのか」


「もしかして、本当にカレーを知りませんの?」


 ハルに指摘され、やり直す。今度はちゃんと泥を混ぜ込んで、恐る恐る口に運んだ。


「……!」


 こ、これは……

 居間に小さな咀嚼音だけが響く。成り行きを見守るハルとシズネ。僕の第一声を待って耳をすませている。


「なるほど」


 それだけを言い、二口目。今度は悠々と口に運ぶ。

 三口目。四口目といったところで、シズネが痺れをきらした。


「お待ちなさい! あなためちゃめちゃ気に入ってるじゃありませんの!」


「もぐもぐ……いや、まだだ。まだこのピリリと来る辛みの泥の奥深さをつかみ切れていない。噛めば噛むほど甘くなる穀物も、とろとろになった野菜の甘みの謎も明らかになっていない。こんな中途半端な状態では、まだ評価は出せないな。むぐむぐ、ふう、水をくれないか」


「いや、勝負はもうついてるでしょう! そんな頬を緩ませて食べておいて、不味かったなんて通りません事よ。言いなさい。美味しかったんでしょう!? ねえ!?」


「ぐぅ……そ、その……お、美味しかった……です」


 屈辱の敗北宣言だった。口が裂けても言うまいと思っていた言葉だったが、紳士として嘘をつくわけにはいかない。真実非常に美味なのだ。


「あっけないくらい勝ちましたわ。圧勝とはまさにこのこと」


「シズネちゃんのカレー、美味しいですよね。私もいただきます」


「ぬぅ……このエリオット一生の不覚。教えてくれ。この白いぶよぶよとした穀物は何だ?」


「それはお米ですわ。昔やってきた旅行者が伝えていった食べ物の一種ですの」


「で、ではこの泥は……」


「泥ではなくてカレーのルー。これも旅行者の伝来物と言われてますわね。二つともワンダーランドでは普通に流通していますわ」


「ま、まさか……! そんなことがあるのか」


 ショックだった。世界の中心イギリスを信じてきた僕にとって、これは恐ろしい事実だった。

 カレー。この料理はディーン君でも作れないだろう。


「師匠のいたところって、どんな料理があったんですか?」


 カレーを頬張りながらハルは聞く。意気消沈しながらも僕は故郷の料理たちを思い返す。


「ぼ、僕の国には偉大な料理がそろっていた。そうだな。マッシュドポテトにローストポテト、ポテトサラダにポテトパイ」


「ポテト一択じゃありませんの」


 冷酷な突っ込み。普段であれば一笑に付していたが、カレーなどという美味を出された今では自信が揺らいでしまう。


 まさか。本当に我が祖国にはイモしかなかったのか?


「師匠、落ち込まないでください。甘口一口食べますか?」


「頂こう……上手い。実に上手い」


「福神漬けも合わせると、もっともっと美味しいですよ」


「馬鹿な。これ以上美味しくなるだと……! ぐぅぅ……本当だ。こんな味のバリエーションがあったとは……侮りがたし異国の料理……!」


「エリオットさんが勝手に自爆しただけだと思いますけど……まあ、勝負はわたくしの勝ちでよろしいですね?」


 よいもなにも、今もこうして食べ続けているのだ。駄目だとはいえるはずがない。

 僕は諦めて笑うことにした。どうせ負けるのならばさわやかに負けたい。


「フハハハハ! いいだろう、認めよう。それから後でレシピを教えてくれ。イギリスにも広めたいのだ。あと、おかわりを頼む」


「ふふ、素直でよろしいです。今持ってきますわ」


 張り詰めた勝負の空気は消え、暖かい食卓の時間がやってくる。僕の望む結末ではなかったが、それでも三者とも笑顔での終わり。良い結果だ。


 結果としてシズネを住まわせることになったが、それはそれ。僕が責任をもって部屋の手配をしなければ。空き部屋が一つあったな。あとで掃除をしておこう。それともシズネとしてはハルとの相部屋がいいのだろうか。ハルの許可が取れればそれでもかまわないが、取り合えず話を聞いてみよう。ちょうどこの時間は三人そろっている。今後のことを話し合うのに、食事時ほどいいタイミングはない。


 空になったコップを前に出して言う。


「ハル。美味しいのはわかるがゆっくり食べなさい。そして食べ終わったらでいいのであの薄緑色のお茶を淹れてくれた――」


 一瞬だった。僕の緩み切っていた神経は殺気の兆候を見た。

 天井から壁、そして床。部屋全体を走るようにして線が走る。

 次の瞬間、コップが真っ二つに割れた。

 コップだけではない。食器ののったテーブルごと吹き飛んだ。

 遅れて窓ガラスが飛び散る音。かけられていた絵画がごとりと落ちた。

 部屋中がずたずたに切り裂かれ、あらゆるものが破壊される。


「師匠!」


「動くなハル!」


 僕は素早く立ち上がり。殺気の放たれた場所を見る。


「奇襲だ。君たちは隠れていたまえ」

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