第9話 模擬戦も終わり

「お疲れさま。どうやら勝てたようだね」


「はい! 師匠の顔に泥を塗らないよう、全力で戦うのは弟子の使命ですから」


 模擬戦も終わり、ホールの隅。

 セリアに治療魔法をかけられながら、ハルはニコニコと胸を張った。


 しかし、僕にはわからない。

 いったい何をどうしたらあそこまで拳が血濡れになるのか。正直なところ、若干ひく。スマートではないにしろほどがある。いくら勝ちたいからと言っても、非効率的すぎる。泥くさく、非紳士的だ。


「君は意外と苛烈な性格をしてたりするのかね?」


「ええ? そうでしょうか?」


「普通、あそこまでされたら諦める。少なくともそう笑顔ではいられない」


 ハルは自分の頬をぺたりと触ってみる。


「そう見えました? おばあちゃんの家訓なんです。自分と周りの人たちの笑顔を大切に」


「いいおばあさんだ」


「えへへ……そう褒められると笑顔になっちゃいますね。おばあちゃんも喜んでくれます」


「別に君のことは褒めてないがね。もっと自分の体を大切にしなさい」


「私のことは良いんです。師匠! あれはどういうことですか? どういう魔法なんですか?」


「あ、ちょっとハルちゃん落ち着いて」


 セリアに両腕を押さえつけられながら、ハルは左右に揺れる。

 あれとは、いまだぶらぶら揺れている二人のこと。そしてバリツのことだろう。

 ハルを治療しながらセリアも言う。


「わ、私も聞きたいですね。というかこの場にいる人全員気になってます。エリオットさんは魔法使いではないのでは?」


「無論、これは魔法に在らず。天下無双の英国武術その名もバリツだ」


「バリツ……聞いたこともありませんね。エリオットさんの故郷の武術なんですか?」


 気分がすぐれないのだろうか。セリアはただでさえ白い顔色を、一層青白くして頭を抱えた。


「正直……森で出会ったときから何かあるなこの人。とは思っていたんです。生徒たち十名から攻撃されて傷一つ追ってなかったり、一人でスナークを追い払ったり……外からの旅行者ということもありますし、何か秘密があるのでは、と」


「ふむ」


「それで実力を見ようとして試合に巻き込んだんですが……いや……武術ですか……これは予想外でした。好奇心でもめ事に巻き込むものじゃありませんね」


 セリアは心底参ったような顔をしている。


「よくわからないが……僕は、何か変なことをしてしまったのかね?」


「変も変ですよ。ノーモーションで魔法使い二人を天井に埋めるなんて……私でもできません」


「さすが師匠! すごいです。最強です」


「ハハ、よしたまえ。紳士として当然のこと。あまり褒めるものではない」


 バリツはイギリスに代々伝わる古武術の一つである。

 その歴史は古く、その始まりを知るものはほどんどいない。一説によればある一人の紳士が、イギリスの外敵に対抗するために編み出したとされる。

 かつての陛下からうけ賜ることで開花したバリツは、それから使用するにふさわしい紳士に代々に受け継がれていった。


 僕が今しがた放った技は「一尾の鳥」という蹴り技。バリツ基本型の一つである。

 バリツを使用するということは、それすなわち真の紳士であることを示す。

 すなわちこの僕のような。


「ワンダーランドでは神の力を借りて魔法を使う。それと同じようなものだろう。我々紳士は女王陛下の慈悲と栄誉をもってバリツを使うのだ」


「ほ、他にもいるんですか。そのバリツの使い手」


「はい、はい! 質問です師匠」


「はい、ハル。言ってみたまえ」


「そのバリツっていうの、私でも使えるようになりますか? 私もっと強くなりたいです」


 本当にキラキラした目で見上げてくる娘だ。

 僕は彼女の髪にそっと手を当てて言った。


「無理だね。君みたいな小娘では絶対に無理だ。そもそも君は紳士ではない。紳士でもないものがバリツを使うなどありえない」


「むぅ……! 師匠の意地悪。でも、私は紳士になりますからね。大丈夫です!」


「聞かないやつだな。模擬戦一つで先生の手間を取らせているやつが何を言うか。この際だから言っておこう。君のような小さな女の子が戦場に立つこと自体、僕は好ましく思えない。この世界にはこの世界のルールがあるだろうが、矢面に立つのは高貴なるものの責務。紳士の仕事なのだ」


「なぁんだ。じゃあ私も戦えるじゃないですか。この未来の紳士のハルが、みんなをまとめて守っちゃいますから」


「き、君は……」


「師匠の責務は弟子の責務。頑張りましょう!」


 どうしてこの娘は、我を通すことに関しては天才的なのだ。その耳はいったい何のためにあるのかと引っ張りたくなる。紳士的でないのでやらないが。


「そうと決まったら、今晩のメニューを決めないとですね。何をしますか? 走り込み? 腕立て? ワクワクしますね」


 もう一度突き放そうかと思ったが、さすがに萎えてしまう。僕は力なくうなだれることしかできなかった。

 そんな僕を見てセリアが小さくくすりと笑った。

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