3.プールのいどら

 シャワーは心臓が止まるほどに冷たい。カロリーを消費して暖めた体を、痛みつらみを伴いながらわざわざ冷やしていく。そうして冷たさに体を慣らさなければ、プールが冷たすぎるから。

 

 約48万リットルの水量に身を投げてみる。人の一生で飲む水は約6万リットルらしい。いくら飲んで食べて歌って踊って小便大便垂らしても、25m四方のプールの半分も埋めることができない。プールにの中にいると、自分の矮小さと人生の短さを考えさせられた。プールの話、もしくは大人になる彼の話。


 ろくに泳げないのでぷかぷかと浮かぶ。青春を謳歌する恋人たちがじゃれあい、それを見た壮年の夫婦がいちゃつき、周りの空気に感化された若者達がつるんで水面を殴った。笑いの耐えない幾つかの家族連れがはしゃぎ、会社員がストレスを解消するために人目もはばからず泳ぎ、それに押された浮き輪の子が必死に戻ろうと水を掻く。端から端までの25mを他者が作り出した波に流されていく。プールの話、もしくは大人になった彼の話。


 やがて体が芯から冷えてくるので、プールから揚がらないといけない。あれほどに冷たかった水の中も、今となっては外気より暖かい。おもわず上半身を水に戻した。そうしていつまでもぬるま湯に浸っていると、本当に死んでしまう。ぬるま湯に感じるだけで、本当は心臓が止まるほどに冷たい水だから。プールの話、もしくは絶望の話。


 絶望の中は慣れると居心地がいいから、良くなってしまうのだから、だから、外へ出なければ終わりなんだ。人は絶望に慣れると終りなんだ。大人になって社会に飛び込んだ彼は、絶望から揚がってこれただろうか。


人は冷たさに慣れた時に、死ぬ。

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いどら 杉山修司 @cugutake

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