第3話馬で駆ける


「ゆう...しゃ?」

勇ましい者で勇者?

混乱する頭の中なんとか漢字だけは理解する。だけど理解できたのはそれだけ。

「そうです!あなたは勇者様です!」

蔓延の笑み、屈託のない無邪気な顔。とても目の保養になる。しかし目が潤っても見ようとしているものが見えない。

「...ごめん、とりあえず話が掴めないから」

このままこうしていてもわからないので話を進める。先の見えないことになってきそうだから。

「あ、すいません...」

青年はそう言って深々と頭をさげる。流石にそこまでは求めてないので頭を上げるよう促す。そうする時間があるなら早く説明してほしいと思うのは悪いことだろうか?

「そうだ!早く王に報告せねばいけませんね」

促されすぐに頭を上げた青年は上げたと同時に早口で自分に言い聞かせるようそう言った。

この人は根本的に人の話を聞かないのだろうか?今の現状を考えることに手一杯になって周りが見えなくなるタイプだろうか。あせあせと動く青年をみる。この様子じゃとても落ち着いた説明を求められる状況じゃない。なら今王のところへ行ってすべてわかるならその方が良いかもしれない。

青年は綺麗な金髪が縦横によく揺れるほど慌てている。しっかりしてる、と思っていたがまだ若いな、なんておっさんくさいことを思う。さて、どこまで見れるかわからない夢、明晰夢なんて経験は稀なんだから楽しむか。青年の慌て様からこのままでは埒が明かないので腹を決めることにした。

「僕もまだわからないけど、取り敢えず王のところへ行く、でいいのかな?」

ノンストップで動き続けていた動きが急に止まりこちらを見る。止まったり動いたり忙しい人だな。

「来て早々なのですが、構いませんか?」

「別に気づいたらここにいただけだし、疲れてないよ。それにしっかりとした場所でしっかり話を聞かないとね」

先ほどから夢だ夢だと言ってはいるがなんだがこれが夢であることを忘れかけている自分がいる。この馬小屋の匂いとあの干し草の感触。手についた馬の唾液、目の前の青年のはっきりとした感情、息遣い、筋肉の動き。

全てがダイレクトに僕の五感に伝わってくる。それが脳へと伝わってどれにおいても疑い様のないリアルさがある。もしかして夢じゃない、今更ながら夢でないこと、それが正解であることを脳が感じ始めたが心がそれを否定する。そんなことがあるわけない。

「そうですか!なら早速向かいましょう」

多分尻尾があったらはち切れんばかりに振っているほど、嬉しそうに返事をしてくれた。声に色があれば絶対黄色だ。青年はそのまま先ほどまで僕のいた馬部屋の前まで来ると馬の前の柵を外す。スライド式で横にずらすことで馬を出したりできるようだ。柵は開いたが馬は出ることなく留まりしっかりと待っている。なるほど、しっかりと調教されているな、なんて素人目からでもわかる。馬は青年に連れられていく、無言で馬を引っ張っていくものだから、僕は慌てて同じスピードを保って後ろからついていく。馬小屋の扉がどんどんと近くなっていく。この先に一体なにが広がっているのだろうか、心臓が高鳴る。抑えられない好奇心が僕の足を急かすがそれをなんとか我慢して一定のペースを保つ。

夢なのにとてもドキドキする、なんでだろうか?考えてみて一つの答えが浮かんだ。

きっと久しぶりにいい夢を見られたからかもしれない。最近は何か銃を持った男に追いかけ回された夢くらいしか見ていない。いきなり勇者様と言われ慕われたんだ、悪い気はしない。

扉の前まで到着する。馬が通れるように作られた木の大きな扉だ、この世界では勇者なのだ。全力で楽しもうじゃないか。

青年が扉を開け始めると、年季の入った鈍い音が馬小屋に響きわたる、そして音ともに光が差し込んでくる。人工の光ではなく、生きた太陽の光。真っ直ぐと僕の顔に突き刺さる、あまりの眩しさに顔を背けた。

「すいません勇者様、眩しかったですか?」

馬小屋に響いていた音が止み声が聞こえた。

顔を上げるとピントのずれた眼がだんだんと光に慣れていくと同時に、景色が鮮明になっていった。

まず見えたのが青年の顔、太陽の光に照らされた金髪は、より一層輝いていた。その先に見えるのが快晴の雲一つない空が広がっていた。小さな子供が書いたように、単色で、力強い青だった。そんな青い空に迫らんばかりの高さの建物、城が青年の後ろからはえていた。白を基調とした城は堂々と聳え立ち美しさと同時に風格を覚えた。

「さぁ、城に向かいましょう。」

青年はそう言いながら慣れた手つきで馬にまたがり、体を半身にしてこちらに手を差し伸べる。

馬の横に取り付けられた足をかける紐に足をかけて、か。馬の側面に移動する。先ほどよりもはっきりとわかる毛並みの美しさに少々感動しつつ、青年から差し伸べられた手を握る。顔に似合わずとても力強い手だった。足をかけると目で合図する、それを見て青年が手をゆっくりと引っ張る。

華奢だと思っていたがどうやらそうでもないらしい。僕を引っ張る顔はとても涼しそうで余裕綽々といった様子、馬にも慣れていることから武術に精通しているのではないか、という仮説を立てる。多分正解だと思うけど。

青年の手を借りてなんとか馬にまたがる。しっかりと馬に乗れているのを確認されたので返事をする。

「しっかりつかまっていて下さいね」

落馬したら大怪我するらしい、ので青年の脇腹をがっちりと掴んで頭を少し下げる。

遊園地のジェットコースターなんて目じゃない。けど安全バーもないアトラクションなんて怖い。

「すいません...ふふ、そこ、弱いのです」

体を小刻みに震わせ、小さく笑う青年。何かこちらとの温度差を感じてしまう。こちらは今から死ぬかもしれない、みたいな決死の覚悟でいたのに。しかしどれほど弱いのか、試しに手で肉を揉むように優しく触れると青年は蛇みたいに体を左右に振る。

「やめて...ください、ふふふ」

くねくねと動く姿はとても面白かったが、ここは馬上。あまりふざけていると落ちてしまったり何かの拍子に馬を動かしてしまうかもしれないのでほどほどにしておく。脇腹から肩に手を移す。

「もう、勇者様!」

こちらを向かず文句を言ってくるが、その声が既にかわいい、耳の栄養剤だ。

「では、馬を動かしますね」

くる、肩をしっかりと掴んで備える。

蹄が地に着く音がする。軽快でいるがしっかりと踏んでいることが確かにわかる、それと同時に体が少々縦に揺れる。地を蹴る間隔が短くなるにつれて、体が感じる風が強くなっていく。短い髪が持って行かれ、顔に風がダイレクトに突き刺さる。半袖短パンなので突き刺さる風が冷たく感じられ、思わず目を瞑り顔を伏せる。

馬上に人2人、そんな状況からはイケメン王子と可愛い城の姫が想像される。残念ながらそんなことはなくイケメンのような可愛い子とそれに情けなくひっつく男の図。

そんな2人が馬で向かう城は、徐々に大きくなっていく。そこで何がわかるのか。

僕にはただ受け入れるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る