第2話勇ましい者の目覚め

「え...馬?」

木の柱にくくりつけられていても怖いが側面からこれほどまで近くで見たのは初めてなので少し近寄ってみる。馬はひひんと嘶く。少し驚いたがこちらに目もくれなかったのでもう二、三歩寄る。素人だが毛並みは良く手入れされているのがわかるほど整っていた。

手を伸ばせば届く距離、馬目馬科に属する茶色の馬が僕の目の前にいた。

馬の顔の方には僕の腰ほどの柵があってその向こうには通路のようなスペース、そしてその先には馬はいないが今いる場所と似た空間。

馬がいて、この状況。間違いない、ここは

「馬小屋だ」

僕はここが馬小屋だということは理解出来た、ただ何故馬小屋にいるのか?ということは考えようともしなかった。何故なら既にわかっていたからだ。

「夢か...」

明晰夢という言葉がある。これは夢を見ているとわかる夢のことだ。まさしく今がこの状況なのだ。そうなのだ、これは夢だ、とそう思って...いたかった。

先ほどから臭う獣臭がその現実を少しずつ否定していく。その臭いに思わず鼻をつまみたくなる。

....さて、どうするか

あまりウロウロするのも得策ではないと思うがここにじっとするのもあまり良くないのかもしれない。迷ったが決断の末とりあえずここを出ることにした。善は急げ、柵の方に近づく。

柵は難しく作られているわけではないが縄などでしっかりと作りこまれている。馬の前の柵部分は開閉するかもしれないが馬に容易に近づくのは危険だ。馬の中には気性が荒いやつがいて足で人間を蹴る性格のもいるらしい、競馬でも危ないので絶対馬の後ろには立たないらしい。先ほどからここにいるので横の馬は大人しいかしっかり調教されているのか人には慣れているらしい、が怖い。馬は柵に近づいた僕を目でちらりと見るがそれ以上近づかないことを確認するとぶるぶると小さく嘶き尾をパタパタと降り始めた。馬の方は大丈夫そうだ、それを確認するともう一度目の前の柵を見る。腰ほどの高さなので乗り越える事は可能だ。柵の1番上に手をつけると、ちょっとネチョっとしてる。思わず顔を歪める。何が原因でこれほどネチョっとするのだろう。考えたくもない。両手を乗せると次に柵の1番下の横棒に足を乗せる。つま先がなんとか乗ったが粘り気が足裏でぬめりへと変わり、少し滑るがなんとか両手両足を乗せることは出来た。さあ両手両足を反対側に移すぞ、そう思って足を上げた時

「....誰、ですか」

声がした、声の方向の左を向くとショートの金髪で優しそうな顔立ちの青年、年は僕と同じくらいだろう、と思われるが身長は僕より数センチ低いので確信は持てない。手にはバケツを持っていて何かお仕事をしに来たようだがそのきている服とミスマッチしている。貴族が着そうなその黄色のヒラヒラがついた服を着ていてとても下働きの人間には見えなかった。

「えっと、あの」

柵に乗る18歳と貴族のような青年。目が合って気まずくなる、だけどそらせない。そらしてしまえば悪いことをしたと思われる。馬小屋に行くと謎の男が柵を乗り越えようとした、なんて通報物だ。僕なら迷わず通報する。けどそれは侵入してきた、から通報するのであって僕は気づいたらここにいたのだ。通報されても僕に言えることは知らない、と気づいたらここにいた、だけだ。

「えっと、とりあえず降りませんか?」

それはありがたい、ぬめりと格闘していた足腰が悲鳴を上げ始めていた。足腰ガタガタでまるで子馬のようだ、馬小屋で子馬のように。....うまくないか。

青年の提案に無言で頷き柵を乗り越えた。

ぬめぬめの手のひらをズボンで拭う。それでも上手く拭き取れなかったので服の側面でも拭う。しかし本当になんなんだこれ?馬小屋ってヌメヌメするの?

「その馬は棒をよく舐めるから、だよ」

唐突の青年の言葉に驚き、思わず数歩後ずさる。後ずさった僕を見て何故後ずさったのか理解できてないようだ。その様子からどうやら僕について警戒心やらを持っていないので今すぐ通報されることもなさそうだ。なぜ夢で通報だの考えないといけないのかわからないが夢の中でも悪い気分でいたくないから、というのが理由で1番しっくりきている。主に目覚めの意味で。

「舐める?」

警戒されてないならフレンドリーにいこう。逆にオドオドしていても警戒されるかもしれない。後ずさった分ゆっくり近づいていく。

「そう、その子の悪い癖で柵を舐めちゃうんだよ。美味しくないと思うけどね、なんでだろうね?」

となると手のヌメヌメは馬の唾液。しかもこの水々しさ、舐めたてホヤホヤのやつかもしれない。そしてそれを服で拭き取ってしまった。

「マジか....」

「大丈夫だよ、害はないよ」

安心させようとか笑顔を会話に付け加えてきた。うおぉ、眩しい、可愛い。金髪も相まってひまわりのようだ、いや蒲公英か。

「ところで、あなたは誰?」

核心部に鋭くメスならぬバタフライナイフを刺してきた。和やかな雰囲気の中今聞くかそれを。少しの冷や汗を感じる。

「えっと、まぁ信じてもらえなさそうだけどいいかな?」

「大丈夫、とりあえず話してほしい」

何が大丈夫なんだろうか?そして信じるかは別か。

中身は意外としっかりしているのかもしれない。とりあえずここまでのことを話すことにした。話すと言っても目覚めたらここにいてじっとしていても仕方ないので動こうと柵に手をかけたら君とバッタリ会った。これで終わる。しかし話をしている時、正確にはここで目覚めたという言葉で一気に顔の表情が変わった。驚きから、何かを考えているような険しい表情のまま少し俯向く、その表情で僕の話を始終聞いていて、話し終えると静かな空間となった。先ほどまでの明るい雰囲気から一転だったので少し戸惑った。まさか信じてくれてないのではないだろうか、いやそもそも信じ難い話だから。不意に何秒か考え込んでいた青年は口を開けて話し始めた。

「ここで目覚めた....今の時期、なるほど」

「信じてくれないよね」

「いや、信じるよ」

信じてくれるんだ。目の前の青年の心の広さに感謝しつつも疑問に思う。なぜあっさりと信じたのだろうか?これは僕の夢だからサクサク進むようになっている、なんて説明がつくのかもしれない、それはそれで簡単だ。

「どうして、こうもあっさり信じてくれるの?」

青年の金色の目はまっすぐに、質問した僕をとらえていた。宝石のように綺麗な目は、僕の全てを見透かしているようだった。綺麗だけど、恐ろしい。その美しさに心奪われると同時に、青年に少し恐怖した。底知れぬものが、感じられたからだ。

「信じるしかないんですよ」

そう言いながら綺麗な直立になる。突如の改まった態度、そして敬語。戸惑いつつも口に出さない。青年の言葉を待つ。急な改まった態度、それが何を意味するのか、どんな言葉だろうと受け止めるつもりだ。

「私たちはあなたを待っていました。願って、願って、そうしてこたえてくれたのですね、勇者様」

それは、僕の予想はるか斜めをいく、言葉だった。


僕が、勇者?

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