第29話:対になる神

辺りがあっという間に暗転し、俺は気づいたらここにいた。

学校ではない。教室もなければ、クラスのメンバーもいない。

残ったのは俺と俊介だけ。


「はぁ....」

俊介から深い溜息が漏れた、俊介は闇をずっと睨んでいる。

薄暗く気味の悪い地平線のような世界。

何もない【無】をそのまま表したような世界。


そんな世界に急に飛ばされ、俺の脳は処理を停止していた。

何も考えられない。冷静になれない訳でも、パニックを起こしているわけでもないがそれに近いかんz尿はある。


完全な思考停止。俊介は確かに冷静だが、今の俺が冷静なのと理由が違うのは一目瞭然だった。


「久しぶりだな、俊介」


白いフードに神聖なオーラを感じる線が描かれたフードをかぶった男がそこに立っていた。


今までそこには誰もいなかったのに、闇の中からフェードインの様に現れた。

物理現象をはるかに超えている。


俺の仕事放棄した脳でも、ここがイメージ世界なのではないか?と考えることぐらいは出来た。


「何だ?復讐でもしに来たのか?」


俊介はすでにあのフードの男との接触があったようだ。

あの冷静さはそこから来ているのだろうが、なにより理解できないのが、ここがどこなのか?ということだ。

仮にイメージ世界だとすると、誰のイメージ世界だ?


サッパリ分からない。

思考停止に思考停止が合わさって、すごい奇妙な思考回路になっている。


考えたことが何かにブロックされて、そこから枝分かれした何かがどちらもブロックされて...と言った負の連鎖が頭の中で起こっている。


最悪以外の言葉では言い表せない。


「もう分かってるくせに」


フードの男は、フードのせいで顔が影になっている。しかし口元だけはハッキリわかった。


彼の口は...笑っていた。

その笑いはお世辞にも友好的な笑いとは思えず。

【威嚇】が含まれてるように思えた。


雨が降ってきた。

大粒の飴が大量に降り注ぐ。


「勝治、お前トス・バニッシュって知ってるか?」


「え?」


突然の俊介の言動に、俺は困惑を隠しきれなかった。


「コインマジックの基本技法だ。完全に投げ入れたはずなのに投げ入れられたコインは消えるんだぜ、不思議だよなぁ?」


困惑を隠しきれない以前にすごい勢いで溢れ出てくる。

なぜ急にその話になったのかサッパリ分からないし、そもそも俊介が何を意図してそれを言ってるのかも分からなかった。


気づいたら俊介は消えていた。


目の前にはフードの男が一人。そして隣にフードをかぶった女まで現れた。

俊介はいない。


ここまで来ると困惑を通り越して欝になる。

もう何も考えたくなくなる。




落ち着け。何をやってるんだ俺は。

困惑することなら今まで何度もやってきただろう。


季子の考え方を真似するんだ。

無数の仮説を立てて、事実に一番近いものから消去法で正しい仮説を選んでいく...。

季子程の演算はできないにしろ、それに近いものは俺だってできるはずだ。


まず急に放り込まれたここについてだ。

イメージ世界という解釈であってるのだろうか?

だとしたらこの雨は俺等が望んだものじゃない。

少なくとも俺は望んじゃいない。

だとすると俊介はどうだ?


いや、それも無い。まずあの状況で俊介がイメージ世界に俺を入れる必要性が無い。

となると、あのフード野郎のどちらかのイメージ世界になるわけだが、そもそもアイツ等は何者だ?


俊介が過去にあって、復讐がどうのこうの言ってたところを見ると、神に関係するのだろう。

神....天界の追っ手?


そうか、理解できた。アイツ等は天界の追っ手だ。だとすると話はすごい勢いで進む。

話は繋がっていた。

季子は昨日の時点でこいつらとあって、すでに対峙している。

結果ものの見事に惨敗し、置き手紙でなんとか存在だけでも伝えようとしたんだ。


まぁ勝ってたらこのフードの2人組が俺の目の前にいるはずもない。

恐らく負けたのだろう。

しかし安心した。置き手紙を残す力があったという事は追い込まれてはいなかったようだ。

それこそこいつらの舐めプのおかげで命は助かって、今は回復待ちと言ったところか。


神...天界の追っ手...復讐....もしかしてアイツ等ミレイ・ノルヴァの関係者か?


ミレイ・ノルヴァは、俊介の殺神試練のターゲットになったと言う話を聞いたことがある。

完全にそのときは流していたが、今思うと自分を殺しかけた人間と仲間になって一緒に行動するというのは相当狂気じみている。


まぁ、そういう奴らだ。で片付けなければ俺の頭はついていけない。


だいぶこの現状の整理が付いてきた。

ここはアイツ等のどっちかのイメージ世界で、まて。詰まった。ここは本当にイメージ世界か?

物理現象をはるかに超えているのは確かだが、相手が天界人って事を踏まえると...。

まぁ今いる場所なんてどうでもいい。

仮に戦う事になったら俺に勝ち目は無い。


だからこそ、アイツ等の正体が最重要だ。

それによっては戦わずに済むかも知れない。


「なぁ、お前達ミレイ・ノルヴァの関係者だろ?こういうことされるとこっちも困惑するんだよ、しっかり事前報告してくれよ」


「黙ってろ罪人風情が、ミレイ様をこのような面倒事に巻き込んだお前らをそうのうのうと生かしておく訳には行かないんでな、死ね」


頭は使った。

俺のできる思考はフルで使った。

季子の真似をし、沢山の仮説を立て、それっぽい仮説を選んだ。

現に答えはあってた。こいつらはミレイ・ノルヴァの関係者で、様づけしていたところを見ると部下かなにかなのだろう。


合っていた。答えは合っていた。

しかし、相手はこちらがそれに気付いている事に一切驚きもせず、帰ってきた言葉は【死ね】の二文字だった。


【死ね】という言葉にこれほどの重みを感じたのは生まれて初めてだった。

正直ブルって来ている。


でも俊介の姿が見えない今。頼れるのは自分のみだ。


「ファシズム」


女のほうがそう唱えると同時に、火時計が作られた。

その火時計は女の頭上で分裂を繰り返し、6つの時計に変わった。


「この6つの時計は3分ごとにずれている、この世界はミレイ様が過去に作られた【時間のシミュレーション世界】だ。場所により時間が異なり、お前がこっちに来るのに約6分ほどかかる。仮に拳銃を撃ったとしても、ここに届くのは6分後だ。この意味分かるか?」


頭が回る。相手が何を意図しているのか、何を言いたいのか。手に取るようにわかる。

そしてコイツ等は重要な事実をあっさり漏らした事も分かる。


ここはイメージ世界では無い。


これが分かっただけでも俺的には充分満足だ。

滅多に使う能力じゃないができるだろうか..。


「そうか、俺がそっちに行くのに6分かがるがお前達が来る分には6分【早く】来れるのか...そりゃ大変だな」


そう言って俺は能力を展開した。

相手の記憶を読み、空白に書き込む。


どうやら能力ならこの時間のずれは関係ないようだ。


そりゃ好都合。





俺はフードをかぶった男に拳を深く入れた。

顔パン一発、思いっきり入れてやった。


女の方も同じだ。

顔パンは流石に気が引けたので、右腕におもいっきり蹴りを一発入れてやった。


「何故?」


フードが解け、男の方の顔がはっきり見えた。


青い瞳、紫に近い髪。鼻筋高くその容姿は英国人に似たものがあった。

そしてその青く美しい瞳が、起こった現象を理解できずにうようよしている。


快感だ。風情という言葉を聞く限り、コイツ等は俺等を格下と見下している。

そんな奴らに入れる一撃は最高に気分がいい。


「お前ら俺の能力しっかり把握してんのか?まぁ最後に使ったのが小学校の時ぐらいだから知らないのも当然か」


男の困惑した顔がよく見える。

理解しようと必死にもがいているが、考えれば考える程深みにハマっている。

最高の気分だ。

自分で体験する分には最悪だが、俺を貶めようとした人間がこの様になっているのを見るのは本人には申し訳ないがとても快感だ。


2人組の男女がゆっくりと立ち上がり、反撃に出ようと右手を俺にかざした。


「ほい」


俊介が男の後ろに不意に現れ、頭をチョップで叩いた。


男が驚きながら後ろにばっと振り返り、水で剣のような物を作った。

その表面は鋭利で、まるで水圧カッターの様だった。


男が必死で水の剣を振り回す。

しかし俊介には一切当たらない。

当たっているように見えるが、全て貫通している。


「ダミズ!後ろ」


女の方がそう叫んだ時にはもう遅かった。

俊介は男の背後に立ち、手を叩き剣を落とさせ、そのまま額に指をつけた。

ここに来て男の顔に恐怖の表情が浮かんだ。


男はゆっくり両手を上げた。

降参の印だろうか?


「うん、それでよし。で、ヨカノ?お前はどうする?」


そう言うと女の方もフードを取り、両手を上げた。


赤い瞳、紅色のショートウルフの髪。

その容姿からはボーイッシュな印象を受けた。


ゆっくりと溜め息をついて、女の方が呟くかのようにこう言った。


「ミレイ様はどうしている?」


「暇している」

俊介の即答に、女はやれやれ、と言わんばかりの表情をしている。

男の方も似たようなリアクションを取っている。


なんと言うか。この二人組はなんとなく似ている。


「よくあのトス・バニッシュの話だけでよく俺の言いたいことが分かったな、正直驚いたよ」


「おかげさんで鍛えられましたからね」


俺が嫌味ったらしくそう答えると、俊介はハハハと乾いた笑いで返してきた。


「あ、そうそう。説明忘れてたな、この赤髪の堅物が【ホノミダ・オ・ヨカノ】一応火を司る現女神だ」


「誰が堅物だって?」


「で、こっちの色々テンパりやすい方が【ミカノヨ・ダミズ】一応水を司る現神だ」


そのヨカノって人の発言はスルーしちゃうんだな、と思ったが。とりあえず分かった。


こいつら全員人外だわ。


「で?何で俺等を襲った挙句、殺意満々に【死ね!】って言ってた訳?」


普通に疑問に思ってたことが漏れた。


「死ねって言った言葉には嘘はないよ」


ダミズのほうがそう答えた。

それの対になるかのようにヨカノ方がこう答えた。


「貴方達自分が何をしでかしたか分かってるの?天界はそれで大忙しだし、ミレイ反発派の連中がすごい勢いで天界離脱許可証の発行しているのよ?」


待て、このタイミングで俺の知らない単語を持ち出してくるな。

天界離脱許可証?


文字通りなら天界から下界..でいいのだろうか...まぁここに降りてくる許可証的な感じだよな。


罪人つみびとって言ってたところを見ると俺等は天界だと罪人ざいにん扱いになってるみたいだ。


「じゃぁあれか、これからすごい勢いで天界の追っ手がやってくるから、ミレイを守るって言う意味で俺等は邪魔って事か」


「えぇ、」


「俺らにハンデ戦まで挑んであっさり負けたのに?」


「....」


うん。こいつら面白い。

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