第25話:不法侵入。

チーム結成のあれから一夜明け、俺は何とも言えない気分に浸っていた。

何とも言えない気分は普段の俺を蝕む。

まぁ、昨日はよく眠れなかった。

気づいたら朝になっていた、といった感じだろうか。


近くに時計がない。


手を伸ばしてバタバタしてスマホを探す。


四角い柔らかい何かに触った。


スマホカバーだ。


あれ?スマホは?


「あ、おはよう勝治」


!!?

純粋に驚いた。

いや、驚いたというか恐怖を感じた。

俺は思わず叫びそうになってしまった。


口を手で抑えられ、怖い視線のままこう言われた。


「お は よ う 勝 治」


「...はい、おはようございます」


正直状況が飲み込めていない。

そりゃそうだ。たくさんの疑問が同時に湧いている。


そう、俺の目の前にいたのはあの季子だった。

あの殺人鬼の季子だった。

命の危険を感じたが、どうもそういう要件じゃなささそうだ。


「で、どうしてお前が俺の部屋にいるわけ?てかまずどうやって入った?」


「そこ」


そう言って紀子は窓を指さした。


「うん、確かに窓空いてるね。俺昨日閉めたよね?ねぇ季子さん?不法侵入ってご存知?」


というかまぁ、不法侵入は以前俊介もやっていたからまだ理解は出来るんだが、それより気になってしょうがないのが...。


「ていうかなんで俺のスマホいじってんの?パスコードかかってたはずなんだけど」


「解いた」


「あぁ、そう」

何故か俺はこの状況をすっかり理解できた。


スマホの4桁のパスコードは約1万通りと聞いたことがあったが、まぁこいつにとっては1万分の1を当てるぐらい造作もないのだろう。


化け物め。


「で、何見てんの?」


「連絡先一覧」


あぁ、もうプライバシーもクソもねぇコイツ。


人の個人情報ってすごく簡単に盗られるんだなぁ、ハッキングとか現代的な盗み方しなくてもこんなアナログな方法で個人情報流失しちゃうんだなぁ...と痛感した。


まず季子がなんで俺の部屋に入って来て俺の連絡先を見ているのか気になったが、それよりも一睡もしていない俺が、紀子が部屋に侵入していたことに気付かなかったのが不思議でしょうがない。


「なぁ、もしかして【ハイド】使って侵入した?」


「うん」


随分あっさり認めるんだな、と思ったがここで新しい疑問が生まれた。

個人情報を盗み見るのが目的だったら入って出るまでずっと【ハイド】を使えばいいものを、こうしてわざわざ姿を出したってのは何故なのだろう。


「で?ご要件は?」


俺のこの発言に季子はちょっと意外と言いたそうな顔をした。


「え?見て分からないの?」


あぁ、もうコイツ腹立つ。いや、スマホを覗き見るのが本当の目的じゃないことぐらい分かっている。

本当に腹ただしい奴だ。


「スマホを覗き見るなんて悪趣味なことをするためにわざわざ俺の部屋まできたわけじゃないんだろ?分かってるよ。で?本当の目的は何?」


「いや、貴方に聞きたいことが山ほどあるの。それだけ」


あ?聞きたいこと?

ちょっと意外だった。コイツは頭の中で何もかも理解しているものだとばかり思っていたから、人から情報を取得しようとするとは思ってもいなかった。


「ふーん。で?聞きたいことって?」


「まず貴方の能力、【記憶を司る】って具体的にどんな能力なのかちっとも分からなかった。もうちょいわかりやすく説明してもらえる?」


その発言を聞いて、一瞬キレそうになった。まぁ落ち着こう。

謎が多すぎて今にも頭がパンクしそうになってる俺の説明だ。理解されなくて当然だ。


あぁダメだ。怒りがおさまんねぇ。

そう考えながら俺は深くため息を付いた。


割と落ち着いた。よくミレイ・ノルヴァがため息を付いているが、今の俺と同じ理由なのだろうか?


「はぁ、記憶を改竄する能力の事だよ。改竄したい相手の1日前まで記憶を読めて、その記憶の一部を改竄できる。最も、人間誰しも飯を食べたり風呂に入ったりするだろ?そういう文化的に生まれる記憶なら一日関係なしに自由に改竄出来る」


そう言うと季子はちょっと俯いた。どうも考え事をするときの仕草のようだ。


「じゃぁ、あれね。貴方の弱点は【相手の改竄してはいけない部分まで改竄する可能性がある】事ね」


弱点...よくよく思い返してみると考えた事もなかった。

この能力で誰かと常に戦闘している訳でも無い普通の俺にとって、弱点なんて気にする必要も無かった。


まぁここは能力の持ち主として、知ってました~的な振る舞いをしておくべきか...


「あ、あぁ。知ってる。そのせいで一度後悔しているしな」


勿論彼女殺しのあの件だ。

そういう意味では俺とコイツは似てるのかもしれない。

あ、いや。コイツは人殺しをなんと思わないサイコ野郎か。

俺はこれでも真剣に悔いている。


「嘘だね、弱点なんて今まで一回も意識したことなかったくせに」

季子はニッコリと笑い、素晴らしい笑顔で俺にそう言い放った。


コイツ、知っててカマかけてきやがったな。

俺がどういう人間かを話しながら答え合わせしていく気なのだろう。

本当に腹立つ奴だ。


どうしたもんか。

コイツに大した情報を与えずに、なんとかこの場をやり過ごせればベストなんだが。


「じゃぁ、貴方が抱えてる重大な【脆弱性】は気づいてる?」


「脆弱性?」


気にした事がなかった。

それ以前に俺が知らない俺の事をコイツが熟知していることがとても腹立しかった。


記憶を改竄する...記憶を変える...さっぱりわからん。

俺が抱えてる俺の脆弱性?

ちっとも分からない。


弱点は俺の攻撃の弱いところだ。それは知っている。

でも脆弱性ってなんだ?

俺自身の弱さと捉えていいのか?


「えぇ、脆弱性。貴方が抱えてる最も重要な脆弱性、簡単よ。【その能力で自分の身を守れない事】そうでしょ?現に貴方それで一回私にメッタ刺しにされてるじゃない」


そういえばそうだ。忘れていたわけではなかったが、殺人鬼を仲間に入れたというビックショックのせいで忘れかけていた。


記憶を改竄して身を守る。

やろうと思えば出来ない事はないが、それは直前の殺意を改竄しなくてはいけない。

そうなると条件がすごく狭まってくる。


・ものすごく強い殺意の場合、相手の額に触らないと行けない事。


・何も考えず、ほぼ無意識で行動している人間には能力を使えない事。


・直前の殺意だけでは人を動かすのに足りない事。


思い返せばこれは充分な脆弱性だ。

そして埋めるのは酷だ。


「流石だな」


俺は思わず思っていたことが口に出てしまった。

コイツに対して感嘆の声が漏れるのはこれで2度目だ。


「あらそう?簡単な話だと思ったんだけど」


前言撤回。やっぱコイツ鬱陶しい。


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