第20話:無意識な仲間

「まぁ、そんなところだ」

俊介が全ての説明を終え、情けない俺はようやく状況を理解したようだった。


あそこにいた2人のピエロ仮面男達は、少女を捕まえたまま離さない。


「うっ...お前...お前!」


男の苦しみ悶える声が聞こえた。

過去の俊介とミレイ・ノルヴァは驚いた様に彼女を見ている。


「私の名前は季子...伊藤季子いとうきこお願いだからさ。もう...許してよ...許してよおおおおおおお」


生き残った女の子が、手に持っていたナイフで男を刺したのだ。


口で説明していても、実際に見るとかなりショッキングなのだろう。


もう一人の男が飛びかかろうとしている。


少女の顔が狂気に満ちていた。本当に恐怖心そのものを煽られる顔だ。


「お父さんも..お母さんも...お兄ちゃんも....全員死んだ、お前の...お前達のせいでぇ!」


彼女の顔は笑っている。俺は完全に放心していた。行動が探れなく困惑している。


少女が飛びかかってくる男にナイフを立てた。男はその場で命の危機を感じたらしく後ろにひこうとしていたが、それは無駄だった。大柄というだけはあって、重力の力でグサリと腹の奥の奥まで刺さっていった。


「ウゴっ...おゲッ...」

男が苦しみに悶えている。


「ヘヘヘ」


そこに少女特有の可愛らしさは存在しなかった。存在したのはタダの恐怖。

俺等の時間軸の俊介やミレイ・ノルヴァも、彼女のこの行動は予想してなかったらしく、驚きの表情が浮かんでいる。


「お前の死に方選ばせてあげようか?ん?絞殺がいい?それとも撲殺?あぁ、刺殺がいいのね」


一人で会話している。もうひとりの男は朦朧としているであろう意識の中、必死で少女を見つめている。

仮面のせいで眼球がどうなってるかわからなかったが、少女のことを見ているというのは分かった。


男に刺さっていたナイフが抜かれた。

そのナイフは再び男の体に刺さった。

あっという間に抜かれ、そしてあっという間に刺される。

手際が素人のものとは思えなかった。

殺人に玄人があっても困るのだが、それ以上に彼女の中にある【殺人の才能】が、彼女の狂気具合を引き立てている気がした。


彼女がギラリとこちらを睨み、口裂け女のような笑みを見せた。

どうやらターゲットが変わったらしい。

彼女は男からナイフを引き抜き、フラフラとした脚付でこちらに近づいてきた。


過去の情けない俺を見たせいか、なんだか冷静になることを覚えた気がする。

この状態で、俺が真っ先に取る行動は【テンパる】だろう。現に過去の時間軸の俺がそうなってる。

テンパってる時の俺の醜さにちょっと吐き気がしたが、今はそれどころではない。


フラフラとしているが、着実に。確実に近づいてくる。


彼女がナイフを構えた。

どうしたものだろうか、冷静に判断しても答えが見つからない。


時間に干渉せずにこの空間から離脱もしくは彼女の全ての攻撃を回避する方法。


「なぁ俊介。シュンヤと使ってた奴出来るか?」


俊介が俊介に聞いたのだが、なんというかあれだ。奇妙だ。


「あぁ、出来る。ただいいのか?場合によっては時代に干渉するよりやばい結末になるぞ?」


シュンヤが誰なのか見当も付かない。

しかし、彼らの表情には自信がみなぎっていた。


「ウッドソード」


「ウッドソード」


2人の俊介がほぼ同時に能力を呼び出した。


空が一瞬暗転し、辺りが全て変わった。

地球じゃない。地球に存在する場所じゃない。


石は空中に浮遊しており。木々は嵐のまま時間を止めたかのように空に散乱している。

地面にはガスのようなものが蔓延しており、あっという間に霧が濃くなってゆく。


二人の人間の手が見えた。2人の動きが左右反転しているよな、鏡芸のような光景見えた。


恐らくあの二人は俊介だ。


二人は手を下に下ろし、そのまま右に手を出した。

2人の手の中に魔法陣のような光が見えた。

その魔法陣は時計の形をしており、だんだんと針の回る速度が上がってきている。


石が砕け始め、木々が空に上がって行き、腐敗したカスが地面にパラパラと雨のように降り注ぐ。


殺人鬼の彼女が見えた。9歳ぐらいの身の丈をしている彼女は泣いていた。

彼女の手元にはナイフが無い。隠し持っているのかとも思ったが、見た感じどこにも無い。


「私が、殺した。人を殺した。家族を殺した。全部自分の手で殺した。なんで?」


彼女の発言には奇妙さを誘うものはなかった、あったのは目も当てられないような劣悪な臆病者の姿だった。


彼女は泣き崩れ、その場に膝をついた。


俊介が近づいてゆく。ここまで来るとあれが俺等の時間の俊介なのか、過去の俊介なのか見分けが付かない。


「なぁ、お前さんを狙ってたのは誰だ?ここだったら自由に吐いていい、追っ手がいるとしてもここには絶対に来ない。僕達はね、君の能力に目を付けているんだ。圧倒的な力を君は持っている、でもそれに君は気づいていない。どうだ?合ってるだろ」


彼女の眼球が左右に高速移動する。

動揺しているわけではない。

体の中で狂気が逃げ場を失ってがむしゃらに暴走しているのだろう。


女の子の物とは思えないほど、高速なパンチが俊介めがけて飛んできた。

俊介はそのパンチを片手で受け止めた。

流石に凄いと思った。あの勢いのパンチを片手で受け止められるとか、優れた格闘家でも驚くと思う。


もう片方の俊介が俺の方に近づいてくる。

見分けが付かないのが難点だが、まぁ実際数分のズレがあるだけで、どちらもあまり変わらない。

分身だと思えばなんとか自分を納得させられる。


「勝治、時間がないから簡単に説明だけしてやる、結構前にお前のイメージ世界に入ったことがあっただろ?ここは彼女のイメージ世界だ。俺一人だと力不足で、相手のイメージ世界を相手の思考回路無しで曲げることは出来ないんだが、2人ならそれすらも可能だ。まぁこれでも俺はミレイクラスはあるから、2人も揃ったらそりゃ無敵よ」


俊介は小声でにこりと俺にそういった。

そう言って俊介は、殺人鬼の彼女の方に向かっていった。


後ろに人の気配を感じだ。

パット振り向くまもなく、その人影は俺のすぐ隣までやってきた。


「勝治、貴方のイメージ世界と比べて、ここはどう?」


ミレイ・ノルヴァが答え合わせをするかのような口調で、俺に話しかけた。


「だいぶ荒れてるな、少なくとも俺が狂気に染まって3年間目が覚め無かったっていうあれよりずっと荒れてる」


そう言うとミレイ・ノルヴァは静かにため息をついた。


「そう...それが答えなの。彼女の精神は荒れている。無意識殺人なんて宝くじで当たる確率よりずっと低い確率で起こるの。それを引き起こしたトリガーがあの殺人だったとして、私たちはその殺人からきた精神崩壊を、彼女のイメージ世界に入って消す必要があるの」


謎は消えない。分からない事だらけだ。

全部分からない。俊介やミレイ・ノルヴァ。どちらもこれからどうするかのビジョンはできているのだろうが、俺にはちっとも理解できなかった。


「彼女を、仲間にするの」


ミレイ・ノルヴァのその一言で、頭の中で爆発が起こるような感覚を感じた。

理解と更なる疑問と、恐怖と、ワクワクとゾクゾクが一度に起こった。


最高じゃないか。やっと理解できたよ。


最高だ。

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