第12話:殺人鬼。

俊介からテガティブックをもらった。元々は車だったのだが、車の持ち主は大丈夫だろうか?

まぁ...車を盗んだ訳じゃないから気にしないことにしよう。

気にしない気にしない。


俊介が能力を上書きしたこの本は、手にとってる時のみその効果を発揮するらしい。

単行本サイズのこの本は持っているだけで相手が最も嫌がる言葉が浮かび上がってくる。


まぁ、イタズラ程度にしか使えない本だ。

因みに中身は完全に白紙。一文字も書いていない。

しかし、何故かその本から物語に引き込まれるような感覚を感じる。


俊介にこの本をもらってから3日程経過している。

起きてからあんなに理解する事ができないような、神の常識を連続で体験していたのに、ここ3日間は何も起きなかった。

強いて言うなら、以前に歯科検診の事を聞いた友人の最も嫌う言葉が「くだらない」だった事だ。

この本で分かるのが嫌いな言葉までで、その理由までは分からない。全く不便な作りにしたものだ。


教師が教室に入ってきた。

皆が一斉に席に座る。


「えー、ここ最近通り魔事件が多発しているようです。犯人の狙いは高校生ぐらいの若い男だそうです。まぁ君達がバッチリターゲットに入ってるので、登下校の際は要注意してください」


通り魔...人の命をなんとも思っていないような冷酷な人間...そんな人間が存在していると考えると鳥肌が立つ。

快楽殺人なんて言葉が存在するが、本当に恐ろしい話だ。


「先生、犯人の特徴って分かってないんですか?」


誰かが言った。女子生徒だという事は声でわかるが、ターゲットは男子高校生だろ?と俺は内心思っていた。


「警察が公開している情報だと犯人は女性だそうだ。それ以外は公開されていない、だからと言って通り道の女性に警戒すると逆に怪しまれるから気をつけろよ」


そう言うと教師はハハと乾いた笑いをした。


女性...通り魔...まて、嫌な予感がする。

殺人鬼と言われても納得できてしまうような冷たい目をした女性を俺は知っている。

警察に捕まらない程の逃走スキルを持っているといっても全然過言じゃない女性を俺は知っている。


狙ってるのが男子高校生...待て、条件ピッタリ過ぎないか?


自重しろだって?そっちのほうが全然自重出来てないじゃないか...。


そんなこんなあって困惑した朝を過ごした訳だが、学校生活では特に何か起こる気配はなかった。


帰り道。

下校時にここまで暗いというのは違和感以外の言葉では言い表せない。

まぁ日が落ちるのが早い時期というのもあるが、それにしてもこれは日が落ちるのが早すぎる気がする。


!!?

目の前に刃物を持ち、フードをかぶった女性が立っていた。

顔はよく見えなかったが、狂気じみた笑みだけははっきり見えた。


嘘だろおい...なんでこうもバッタリ殺人鬼と合うんだよ...

心拍数があがってるのを感じる。

僕は胸ポケットに手を突っ込んで、ネガティブックに触れた。

視界が変わる、一瞬とは言え、この視界に広がる光は慣れない物だ。


殺人鬼のもっと嫌がる言葉が見えた。

(私の両親は何処?)


これが嫌がる言葉?理解が追いつかなかった。

嫌がる言葉をクラス全員分見たが、疑問形は見た事がなかった。

私の両親は何処?これがもっと嫌がる言葉?


殺人鬼というだけあってやはり1癖常人とは違うのだろうか。


「私の名前は季子...伊藤季子いとうきこ。お願いだからさ。もう...許してよ」


そう言って彼女は刃物をこちらに向けて突進してきた。

理解できない事は多くある。しかし今は...こうするしかない。


「君の両親って何処にいるんだろうねぇ?」


彼女の突進が止まった、地面に刃物が落ちた。

彼女の顔は相変わらずよく見えなかったが、これだけははっきり見えた。


彼女の唇から血が垂れている。

歯で唇を強く噛んでいるのが分かる。


しかしじっくりと観察している暇はない。

記憶を改竄して、まず攻撃を辞めさせないと...。


!!?


俺の能力は記憶を改竄する能力、改竄に伴って1日前までならしっかり相手の記憶を読めるはずなんだ...

しかし彼女の記憶が読めない...。


「お前...もしかして記憶喪失か?」


彼女の顔から涙が滴り落ちるのが見えた、さっきの言葉が原因だろうか。

彼女の両親の秘密がどうしても理解できない。

しかし記憶が読めないので改竄しようにもする場所がない...。

これだと両親の秘密をしゃべらせる事も出来ない。


「お前が...消した...お前が、お前があああああああああああああああ」

彼女は地面に落ちた刃物をさっと取り、再び突進してきた。


しまった、さっきの言葉で彼女の逆鱗に触れたらしい。

全然ネガティブックの有効活用が出来ない。


ヤバイ....彼女の攻撃を防ぐ術がない。

避けても振り回してくるだろう。

後ろに避けても突進の前では無力だ。


武術でもやってれば話は別だろうが、僕はこの能力故に、あまり武術には関わらなかった。

マジでやばい...どうしたもんか。


刃物の先っぽが自分の腹に触った。

動きがスローモーションに感じる。

刃物はゆっくりと、グサリという音を立てながら腹に突き刺さって行く。

実際にこんな音が鳴るんだという新しい発見に驚く暇もなく。

極端な痛みが体中を走り出した。


ズキズキと来る痛み。俺はその場に倒れ込んだ。

彼女は手馴れの殺人鬼のはずなのに、この時妙に腕が無いと感じた。素人ながらにそう感じた。

痛いだけで致命打になっていない事が、激痛が走る弱ったこの状態でも分かったのだ。


彼女は相変わらず泣いている。

滴る涙が傷口にしみ、あまりの激痛でこっちまで泣きそうになる。

というかもう涙が目に浮かんできている。


「お前が!お前が!お前がああああ!」


彼女はそう繰り返しながら何度も何度も抜いたり刺したりを繰り返してきた。

もはやここまで来ると痛みも感じない。

意識が途切れるのが先か、命が途切れるのが先か。

そんな恐ろしいレースが俺の中で始まっていた。


「ウッドソード・ロストブランク」


かろうじて聞き覚えのある声が聞こえた。

気づいた頃には俺の体は完全に修復を終えていた。

まるで刺されてなかったかのように完全に元通りに戻っていた。


しかし刺されて、今にも死にそうな瀕死状態だった事は確かなようだった。

地面に血の水たまり、血溜まりが出来ていた。


俺の事を連続で刺し続けていた殺人鬼はピクリとも動かない。


「お、おい、殺したのか?」


俊介は驚いたような、ちょっとがっかりしたような微妙な顔をしている。


「人聞きの悪いこと言うなよ、意識はあるぜ。ただロストブランクで手足の機能のパラメーターを0にさせてもらっただけだ」


確かに彼女が呼吸しているのが見える。

訳も分からない状態だろう。


なにせ、見ず知らずの男に秘密を暴かれたと思って殺していたら、いきなり手足が動かなくなってしまうのだから...。

彼女の呼吸が荒くなっている、複式呼吸になっているのだろうか?呼吸しているのが見て分かる。


「さて、僕が君に会おうとしたらこれだ。君は何か?疫病神にでもなるのかい?」


まぁ当然の煽りだ。俺自身も自分が疫病神なんじゃないかってぐらいに不運の連続に遭遇している。


「あぁ、ありがとう。助かったよ。マジで危なかった、ありがとう」


礼を言い忘れていたことを思い出したので、話が噛み合っていないが取り敢えず礼を言うことにした。

俺自身、現在進行形でテンパってる。


「さ、詳しい話聞かせてもらおうかな」

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