第9話:元女神。

「警告?」


考えてたことと違うことが答えだった時のこの歯がゆさは慣れないものがある。

でも俊介にとって、この女はすべてが違う。


すべてが間違いなのだ。


「えぇ、警告。貴方、勝治で神のデメリットを探ろうとしているみたいだけど、彼は貴方が思っている以上に優れた能力者よ。もし貴方が予期せぬ事態が起こったとして、貴方は対応しきれるの?」


ため息。普通のため息。拍子抜けとは違うが、それに似た感覚が俊介にあった。


「対応ねぇ...ちょっと予想外だったかな、天界のチキン野郎共が、勝治っていう一人の人間のためにコロコロ世界を終わらせるとは思えないんだけどねぇ....」


俊介は、白紙の少女...【ミレイ・ノルヴァ】が嫌がるであろう喋り方を知っていた。


「俊介、その喋り方やめてもらえる?不快。」


「あえてやってるんだよ」


俊介の顔に笑みが浮かぶ、笑み、まぁ俗に言う【悪い顔】ってやつだ。


少しだけ俊介の昔話をしよう。

あれはちょうど、ミレイと俊介の決戦...というより虐殺のお話。

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あたりは紅の空に染まっている。雲は黒、ファンタジーのような光景。

そう、ここは地球ではない....天界が結ぶ2つの世界。

【地球】と【バーミア】ここはそのバーミアの世界なのだ。


結晶の中に閉じ込められたミレイ・ノルヴァ、彼女の目はただひたすらに冷たく俊介を睨んでいる。


「まさか、ここまであっさり裏切られるとは思ってもいなかった...」


結晶の牢獄の中で、彼女は深くため息をついた。


「所詮、シュンも俊介も同一人物って事なのね、浅はかだったのは私...」


彼女の目には涙のようなものが浮かんでいる。

しかし、俊介の顔にはハッキリ涙が滝のように流れている。


「貴方が...蒔いた種です....僕は....貴方を....殺さなくちゃ...だめ...」


俊介の精神はぐしゃぐしゃになっている。

自分に誰も体験できないような【憑依】という冒険を与えてくれた彼女。

圧倒的な力を手に入れても尚、先を行く尊敬できた彼女。

しかし今、目の前にいる彼女は悪魔そのもので、そこには女神の威厳も、圧倒的な力も存在しない。


「落ち着きなさい、俊介。別に貴方が私を【殺す】んじゃないの。ただ貴方が私になるだけなの。優秀で圧倒的な能力を持った、でもそれ故に他の神から蔑まれる。そんな神様に」


俊介は殺さなくてはいけない事を自覚していた。

このままこいつを生かしておけば、【シュン】が圧倒的な力を手に入れ、取り返しのつかない事になってしまう。

でもそれ以上に無抵抗の人間を殺すような非人道的な事が俊介にはできなかった。

ましてや尊敬している、圧倒的な力を持つ女神様を。彼女に育ててもらったこの能力で。


紅の空が黒に染まって来た。彼が近づいているのだ。


「シュン....」


コツ...コツ...コツ...と着実に一歩一歩、その姿はこちらに近づいて来ている。

圧倒的な力を感じる。

すべてが終を告げるような気分だ。


「やぁ俊介ぇ...げんきぃ?わざわざ生かしてやってるのに、出迎えもなしかいぃ~?」


この口調、ピリピリと感じる圧倒的な力。

地球とバーミアを終わらせ、2人の自分を一つにし、圧倒的な一人の【万物神】に成り上がった男。


シュンは俊介の後ろにある。ミレイ・ノルヴァが閉じ込められている結晶を見て、ニヤケ出した。


【悪い顔】だ。


「なんだぁ...滅茶苦茶いいプレゼント用意してくれてんじゃぁん」


そう言ってシュンは右手を突き出し、こう唱えた。


「ウッドソード」


地震が起こる、圧倒的な地震。とても大きく地面そのものが割るほどの地震。

木々が倒れ、圧倒的な風が巻き起こる。


シュンの右手はいつの間にか無くなっていた。

しかしそこには確かに存在していた。

鳥が、鹿が、虫が、沢山の魂が吸い込まれている。


彼の右手は【死】そのものになっているのだ。

そこに魂は吸い込まれ、全ては死んでゆく。


「待て!やめろシュン!」


俊介の警告も無視し、彼は結晶そのものを右手に吸い寄せ始めた。

もう行動を考える時間は無い。


「ウッドソード!」

俊介は力強くそれを叫び、叫んだ瞬間彼の右手には炎のようなオーラが纏った。


「ウグッ!!?」

ミレイ・ノルヴァの腹に拳が貫通している。


「うああああああああああああああああああああああああ」


俊介の拳が、雄叫びが、ミレイ・ノルヴァを突き通した。

貫通した手のオーラは徐々に大きくなり、ミレイ・ノルヴァを燃やし尽くした。


「それで...いいの...俊介....後は...分かるわね?」


すべて理解している。

神殺しの殺神試練。神を殺すと最初に神の能力、つまり【神の資格】が体に宿る。


ミレイ・ノルヴァは燃え尽き、その灰が血しぶきのようにあたりに飛び散る。

俊介は灰の雨を浴びながら、ただひたすらにシュンを睨んでいる。


涙は無い。

後悔も無い。

殺意も無い。


そこにあるのは、【圧倒的な力】それだけだ。


「あ~あ、僕へのプレゼントはぁ~?」


「...ねぇよ」


シュンの顔から笑顔が消えている。

そこにあるのはただの悪魔。悪魔そのもの。

完全な悪魔。

傲慢で、卑猥で、横着で、蹉跌さえも我が物とするような悪魔。


「ウッドソード」


「ウッドソード」


同じ能力、同じ肩書き。

互角のように思えるが違う。

シュンは捨て、俊介は入手した、能力がある。


殺神試練を正式に突破した俊介にのみ許される能力。


「ウッドソード・ロストブランク」


「!!?」

シュンの表情に驚きが見えた。

あんな表情のシュンを見たことがない。

シュンは地面に倒れ込んだ。

死んだのではない、意識以外のパラメーターが全て0になったのだ。

手も足もまぶたさえも動かない。


そこに倒れ込んだシュンは、ゴミ捨て場に捨てられたゴミのように醜く、下劣だった。


「この程度で...倒した..と...思うな俊介...俺と...お前は...同じ」


「黙ってろ」


「ウッドソード・ロストブランク」


【シュンの行った破壊】のパラメーターを0にし、先ほど吸い取った魂は全て元に戻った。

しかし、ウッドソードは違った。


地震が起こる、圧倒的な地震。とても大きく地面そのものが割るほどの地震。

木々が倒れ、圧倒的な風が巻き起こる。


俊介の右手はいつの間にか無くなっていた。

しかしそこには確かに存在していた。

鳥が、鹿が、虫が、沢山の魂が吸い込まれている。


彼の右手は【死】そのものになっているのだ。

そこに魂は吸い込まれ、全ては死んでゆく。


「あぁ...確かに同じだな、俺もお前も....だから殺す。俺は2人も要らない」


「ウグッエボッ....ハハハハハハハハハ、それだよ!それでいいんだ俊介!お前は所詮俺だ!」


そう言うとシュンは静かに倒れた。息も心臓も動いていない。

魂も俊介のウッドソードが完全に吸い取った。


「所詮....俺か...」


俊介の心には、大きすぎるほどの精神ダメージが入り、回復したところで歪むのは目に見えていた。

完全に空っぽになった俊介の精神を埋めていたのは【狂気】だった。


これが俊介とミレイ・ノルヴァの最後のお話、彼はその後神の資格を使って、神になることも可能だったのだが、【万物神】は他のどの神より圧倒的に優れた神だったが故に、俊介は神になる事に慎重になった。

精神生命維持装置の【狂気】が本能的にそう言ったのだ。

それ以降彼は残虐的思考を好むようになり、同時に尊敬できる人間の死を恐れるようになったのだ。


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「まぁ、貴方が元気そうでなによりだった」


彼女は、あの時殺したミレイ・ノルヴァの一部。そんな事ぐらい分かっている。

しかし、俊介にとってそれは、最も恐れる物の再来でもあった。


「復活したての奴に言うのもなんだが、そっちこそ元気そうでなによりだ」


そう俊介が言うと、ミレイはニッコリと微笑んで指を鳴らした。

その瞬間、ミレイ・ノルヴァの姿は消え、後には声だけが残った。


「警告はしたからね」


【元運命と時を司る女神】....の一部....時を操ることはお手の物ってか....


「あぁ、心に留めとくよ」

聞こえて無いという事ぐらいは知っていたが。なんとなくの気まぐれで、俊介はそう叫んだ。

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