第6話:狂気。

神になる?


神になる。


神に...神に?

神になって何になる?

僕の精神が、罪悪感が、罪滅ぼしと思って生きてきたこれまでが全て空っぽ?


「殺神試験はそう簡単じゃない、清い心が必要とか吐かす馬鹿な奴らが居るが、実際はそうじゃない」


「必要なのは【狂気】だよ勝治。圧倒的な【狂気】さ」


狂気...僕は生まれてから一度も狂気満ちるという経験をした事がない、しかし、狂気と怒りは似たような感情なのかもしれない。


圧倒的な怒りの感情の先にあるのは【狂気】だ、痛みや苦しみ、嫌悪感や不精よりも圧倒的に恐ろしい、人間が抱いていはいけない感情。


狂気なんて僕は持ち合わせていない、でも怒りなら...圧倒的な怒りなら、今もずっと僕の体の中を駆け巡り続けている。


「違うよ勝治、君の空っぽな怒りなんかじゃ【狂気】は生まれない、でも君には【狂気】がある、さて何故でしょう」


怒りが狂気を生むならば、空っぽだろうが狂気は生まれるという事なのだろうか?

いや、違う。「空っぽな怒りなんかじゃ」って事はこれは違うって事だ、じゃぁなんだ?


生まれないものをどう産めと言うんだ...不可能だ。絶対に不可能だ。


理解が追いつかない。

今起こっている現象に対して理解が追いつくはずがない。


「うーん、理解力が足りないのは、神としてちょっと困るかなぁ、君は視覚人間だ、脳内でイメージを作れれば、簡単に理解できるはずなんだがなぁ...」


そう言うと彼は指を鳴らした。

彼女の灰が空に浮いた。

燃やし、骨になったと思ったが、なったのは骨ではなく灰だった、というのも驚きだが、それ以上に僕のイメージ世界が、彼の思い通りになってることが驚きでもあり、ストレスでもある。


「ウッドソード」


彼がそう唱えると、その灰はあっという間に形になった、人型のマネキン、人形のようなぬいぐるみの様な...しかし、その容姿は彼女そのものだった。


「待て、何する気だ」


彼は僕の話を聞く間もなく、彼女を象った人形は一枚のペラペラの【絵】に変えてしまった。


「はい、額縁とセットでプレゼントね」


そう言って俊介は僕に額縁に入った、彼女の絵を渡してきた。

絵の中で彼女は「助けて!」と言っている。

言葉は聞こえない、でも表情がそう言っている。


手をこちらに伸ばして、目には涙が浮かび、口は絶望の悲鳴をあげているようにポッカリと空いている。


「なぁ....なんでだ俊介、なんで僕にこれを渡すんだ」


今の気持ちは?と聞かれると「」と答える。

なんと言い表せばいいか分からない。

気持ちの整理はついている。ただ、ここまで悲しそうな顔をしている彼女を見て僕は。


何 も 感 じ な い


「君はもう気づいているんだろう?君はそんな姿にされた彼女を見て何も感じていない、悲しみも、恐怖も、何もかも...自分が【空っぽ】になっていることにももうすでに気づいているんだろう?」


「ここは君のイメージの世界、君の思考や理念、人間性そのものの世界なんだ、君が主役の君そのものの世界。ここがなにもない真っ白な空間なのも、人にちょっと煽られただけで圧倒的な恐怖を感じるのも、君が愛した人間がとても辛そうだと理解していても、何も感じないのも」


「全部君が空っぽだからだよ」


世界が崩れる、真っ白なミルクパズルが崩れるかのように、確実に一ピースずつ、バラバラと落ちていく。



僕の世界。


僕の為の世界。


僕のイメージの世界。


この世界は僕の全て。


この世界は....



僕だ。


空は黒い、赤い雲が霧のようにかかっている。


汚い、醜い。


この世界が僕そのものなら、僕はとても汚く醜い上っ面をしている。


木が大量に生えている。


僕の周りに森ができる。


僕に日のようなスポットライトが当たる。


ライトの色は赤、このイメージは流血だろうか?


木には果物のような刃物がなっている。


土が青い、これは血が抜けた人間だろうか?


木の幹はどれもこれも腐っている。


僕の後ろに石があった、僕の足に石が刺さってた。


僕の右手が飛んできた刃物型の果実に吹っ飛ばされた。


痛くない。怖くもない。何も感じない。


意識が飛んだ。


気がついたら建物の中にいた。


洋風の大きなお屋敷の中だ。


壁には助けを求める人間達の絵が飾られていた。


何も感じない。


気がついたら足元に死体が転がっていた、顔がない、歯もない、内蔵もない、グニョグニョになったゴム人形のような死体。


何も感じない。


足に穴が空いてる、腕が不完全な状態で再生している。


何も感じない。

気持ち悪さもない、怖くもない、痛くもない。


何も感じない。


ディナーが用意されている。

料理はステーキだ。

とても美味しそうだ。

美味しそう....?


美味しそうってなんだろう?

口からヨダレが垂れてきた。

すすれない。


僕は気づいたらステーキに飛びついていた、犬のように地面に転がりながら、バクバクと口の中にステーキを押し込んでいた。


美味しくない。

不味くもない。

甘くない。

辛くない。

熱くない。

冷たくない。


味が、食感が、匂いがわからない。


何も感じない。

退屈さも感じない。


ただ言葉として、感情を知っているだけ。

なにも感じない。



「なぁ勝治、お前が今まで生きてきた中で一番楽しかったことってなんだ?」


楽しかったこと?

楽しいってなんだ?

言葉は知ってる。

意味も知ってる。

楽しいってなんだ?

意味を知らない。

理解することができない。


楽しいこと。

楽しいこと!


やっと感じた。


僕が一番楽しかったこと。


【僕が女を殺した事!】


目の前にシャボン玉のような物が飛んできた。


世界を映し出している、綺麗だ。


美しい。


「ウッドソード」


彼がその能力を唱えた瞬間、全部に気づかされた。

その美しくも恐ろしいシャボン玉は圧倒的な光と共に爆発を起こし、僕は意識を失った。

意識を失いながら、頭の中でずっと同じ一言が繰り返されていた。


「”俺”は【時を司る神】、君が神になるための【鍵】だよ」

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