第1話:僕の罪

退屈という言葉は僕にとって、僕を救う言葉だ。

憂鬱や傲慢さ、更には横着さまでもが日常的に僕を狙う。


僕はほかの人が体験できないことをする【権利】を持っているのに...いかだからこそ...


【記憶を改竄する能力】


この能力のせいで僕は知りたくもない事をたくさん知ってしまった。


人の脆さ。

人間という生き物に常に潜む脆弱性。

記憶の持つ莫大な力


人の弱さに関する全てを僕は知ってしまった。


話がずれるが、僕の初恋は小学5年生の時だった。

学校のマドンナ的存在で、みんなに愛されていた人がいた。


しかし、僕は他の誰よりも彼女を愛していた...

いや、まぁ...そのせいでほかの誰よりも彼女を傷付けてしまったのだが。


僕が初めて彼女に話しかけた時...確か僕が消しゴムを落として彼女に拾ってもらったのがきっかけだったか...

落としたのは僕だというにもかかわらず、彼女は笑顔で僕の消しゴムを拾ってくれた。


僕はその時完全に彼女に【惚れて】しまったのだ、彼女は小学生だったというのもあっただろうが、恋愛に一切興味はなかったようだった、その純白さもほかの人から好かれる理由の一つだったのだろう。


しかしそんな彼女に、僕はすごく強い【好感】を抱いてしまったのだ。

なんとしても手に入れたい、自分のものにしたい...思い返すと恥ずかしいより先に怖いと思う...うん、普通に狂気じみてる。


その狂気故に、僕は自分の能力を使ってしまったのだ。

【記憶を改竄する能力】

僕がこの能力を悪用したのもこれが初めてだったはずだ。


僕は彼女に....【勝治が好きでしょうがない】という記憶を埋め込んでしまった。

感情を記憶に埋め込むと言うのは本当に恐ろしい事だ。


例えば何でもない犬の糞を見たときに、普通なら【汚い】と思いその場から立ち去るだろう。

しかし、僕の能力でそれの【汚い】と感じた記憶を【怖い】に改竄したらどうなるだろう。


その人はあっという間に犬の糞がトラウマになる。

たった一つの糞でその人に一生もののトラウマを与えるのだ。

考え方によっては、これで殺人だってできる。

記憶の中に感情も含まれているのだから、どんな記憶にも【死にたい】という感情だって埋め込める。


その強度だって僕が自由に操作できる。


そう、僕はやってしまったのだ、彼女に【勝治が好きでしょうがない】という記憶を、【最強強度】で。


当然彼女は僕のことを好きになり、次の日からベタベタくっつくようになってきた。


最初は良かった、すごくよかった...最初は。

僕は学校中のみんなから羨ましがられた。嫉妬の目もあった。

圧倒的な優越感、僕はとても素晴らしいものを手に入れたんだなと自覚できた。


圧倒的な優越感....本当に僕はどうしようもない屑だった。

3日目ぐらいからだろうか、僕は優越感を感じなくなった。

最初は慣れたんだと思った、市販の風邪薬が、抵抗に勝てないように、僕が優越感に抵抗が出来たのだと思った。


でも違った、もう誰も僕を羨ましがる目では見ないし、ましてや嫉妬の目など存在しなかった。


5日目の出来事だ。

僕は彼女の首元、【うなじ】に傷跡があるのを発見した。

どうしたの?と聞いても彼女は「なんでもない」としか答えてくれなかった。


どうしても引っかかった僕は、彼女の記憶を再び改竄した。

【勝治にうなじの傷の事を説明しよう】という感情を彼女の読書中の記憶に押し込んだ。


そしたらあっさりと教えてくれた、【いじめを受けている】と。

首の傷は下駄箱の靴を取ろうと戸を開けた時に上からカミソリが落ちてきて出来た傷だと。


僕は本当に浅はかだった。という事に、僕はここで初めて気づかされた。

冷静に考えればこうなる事ぐらい予想できた。

みんなのあこがれでもあり、本人は売っていないが純白さが売りの彼女に、急に彼氏ができてベタベタくっついていたとなれば、みんなの夢を一瞬で打ち砕く事になる。

そうすれば当然彼女は逆恨みを買うことになる、しかしそこで何をされても彼女は僕を心配させないために全てを隠そうとする。


彼女に5日間も拷問を受けさせてしまった事に、僕はとてつもない罪悪感を感じた。

僕は罪滅ぼしがしたかったが、それは叶わなかった、僕の能力不足だ。

これと言った最善策も思いつかず、ただ彼女を救いたい一心でがむしゃらにもがく事しか出来なかった。


もがき苦しみ、僕はあるひとつの強行策を思いついた。

その時の会話はハッキリと覚えている。




「なぁ、ちょっと額見せてみ」


「え?どうして?」


「いいから」


そう言って僕は彼女の額に人差し指と中指を押し当て彼女の記憶を強く改竄した。

僕が最初に改竄した時から今日までの5日間を全部白紙にした。


大量の記憶を一度に白紙などと滅茶苦茶な事をしたので、彼女の脳は処理しきれず、彼女は倒れた。

僕は保健室に運び、自分の教室に戻った。


泣いた。その後僕はただひたすら泣いた。

僕は自分の欲望のせいで、自分の欲望さえも殺した。

見事な自爆をやってしまった。

自分の欲望のせいで、自分の大切な人を傷つけてしまい、ましてや彼女自身の学校生活も潰してしまった。


彼女は数時間もしないうちに目を覚ました、保険室の先生にはなんで倒れたか自分でも理解できないと答えたそうだが、まぁ5日分の記憶が全部消えてるんだからわからないのも当然だろう。


その1年後、彼女は自殺した。

いじめの延長戦が続き、彼女は耐え切れず自殺した。


いじめっ子の主犯やその取り巻きも全部知っていた、でも僕の能力は乱用できない。

1週間レベルの記憶を操作したければ直接脳の近くを触れなくてはダメだった。

当然チャンスは伺ったが、実際能力は使えなかった。


彼女の自殺のニュースを聞いたときに、僕は生まれて初めて自分の能力の恐ろしさを知った。

こんな能力いらないと思った。

しかし彼女は死んだ。


この能力を捨てたら彼女が蘇るというならいつでも捨てただろう、でも彼女の分まで僕は生きなくてはいけない。そう思った。


それが彼女を【殺した】僕の罪滅しだと思った。

それ以来高校に上がるまで僕は、常に罪悪感が付きまとうようになった。

全てがどうでも良くなった。

中2の冬あたりだろうか?僕は自分の能力を乱用するようになった。

折角なら鍛えて、いざと言う時に万全の状態で使おうと思ったからだ。


しかしどれだけ乱用してもこれといっていい成果は得られなかった。

もう本当にどうでも良くなっていた。


【罪滅ぼし】の為に僕は今を生きているが、生きてる今はまさしく地獄だ。


退屈という言葉は僕にとって、僕を救う言葉だ。

憂鬱や傲慢さ、更には横着さまでもが日常的に僕を狙う。


でも僕が今を生き延びるには、退屈という言葉で全てを放置するのが一番の得策だ。



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