bonds
ほしくい
プロローグ
なんだか遠い昔の夢を見た。
血塗れで倒れた女性に……。
泣き崩れ母に縋り叫ぶ少女の姿。
茫然と立ち尽くす僕……。
――そして、彼方に立つ血に飢えた獣……。
僕は何も出来なかった。
女の子の母親が懸命に稼いだ時間を無駄にした。
逃げ遅れた僕等を庇ってくれたのに……僕の足は一歩も動かない。
「ダメだよ、死んじゃヤダよ!!」
叫ぶ女の子の声が段々と遠ざかり、視界も掠れて行く。
僕もいずれあの獣に殺されるんだと諦めかけた時だ。
「ほその……く……ん」
掠れ声で名を呼ばれ我に返る。
土砂降りの雨の中でノノカさんの声は澄んで聞こえた。
「こっち……来て……くれる?」
肩から腹部に掛けて引かれた赤い線が内臓を抉り取られた跡など、あの頃の僕には到底と理解できて無いだろう。それでもノノカさんは辛い顔をなど見せず微笑む。
「困るかも……しれないけど、お願い……聞いてくれる?」
すぐそこまでお使いを頼む様な彼女の気楽さ。
でもその唇から伝う真赤な血が猶予も無い事を示していた。
真白な脳内とは裏腹に首が自然と頷く。
嬉しそうに頬を綻ばせノノカさんは僕に言った。
「私の変わりにこの子を……守ってあげて」
擦り寄る女の子の頭を優しく撫でる彼女は既に目が見えて無かった。
暗く寂しい中で僕の答えを待ち続けている。
ドスン――ドスン――
近付く足音は徐々に増す。すぐそこまで奴が来ている。
意を決して口を開く……。
「……はい。必ず守ります」
ノノカさんが最後まで聞いていたかは分からない。
ただ亡くなった思えない程に穏やかな死に顔だったのはよく覚えてる……。
そんな八年前の忘れない出来事。
変えようのない始まりの日の出来事。
bonds ほしくい @hosikui
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