第30話
宮殿の一室で新たに手に入れた交換材料で何を要求するか、そんな話に夢中になっていたモヒートとカーライルだったが、その話し合いは部屋の扉をノックする音で中断された。
「戻りました」
ノックとともに開かれた扉から室内に入ってきたのは、金属ロープを握るルイザだ。
「おぅ、金の鶏は起きていたか?」
「に、鶏ですか? いえ、厩舎には鶏は預けていなかったと思いますが?」
扉に立ち尽くすルイザは、厩舎への預け物を確認するかのようにカーライルに視線を向けた。
「モヒート卿が言っているのは、その娘のことです」
その娘――とは、まさにルイザが握る金属ロープに繋がれ、恐る恐る内部を探るように部屋内を見渡している赤毛の少女だ。
「ど、どうやらここに強欲デブはいないようね……」
赤毛の少女は部屋で待っていたモヒートとカーライルを一目確認した後は無視し、強欲デブ――つまりアクマリアの前支配者であるバストラルの姿を探していた。
だが、その男は既にこの世にはいない。
「とりあえず中に入れや、外に聞かれちゃ困る話が色々とあるんでな」
モヒートは扉前に立ち尽くしていたルイザと、中の安全を確認して安堵の息を吐く赤毛の少女を部屋の中に引き入れた。
「わたしはアクマリアの実務担当官のカーライル、あなたの名前は?」
「教えない」
「……先日、あなたが賊に襲撃されていたところを助けたのが、こちらのモヒート卿。そして、あなたの横に座るのはアクマリアが擁する
「
「……あなたにここへ来てもらったのはこの魔剣の製造者、鍛冶場の場所、材料の貯蔵量など、鍛治に関するありとあらゆる情報を話してもらうためです」
「そんな物知らない」
小さなテーブルを挟んで向かい合うように座ったカーライルと赤毛の少女だったが、赤毛の少女はカーライルと視線を合わせず、誰もいない部屋の隅を睨んで数々の質問の答えを徹底的に拒否していた。
「あなたはどこの街で暮らしていたのですか?」
「言わない」
「事故死した御者の老人が魔剣の製造者ですか?」
「殺された、の間違いでしょ」
「……あなたの処遇は何を話すかによって変わります。領主会議の闇取引で売り払うか、アクマリアの労働力として働かせるか、それとも女としての仕事に従事してもらうか」
「解放はないのね」
赤毛の少女は深いため息を吐きながらうな垂れ、両足を抱えながら座らされた椅子の上で小さく丸まっていた。
「これは、あなたにとって決して悪い話ではないはずです。
「アクマリアに連れて行かれること自体が、女にとっての身の破滅よ……」
カーライルの説得も意味をなさず、未来を諦めたように呟く赤毛の少女の姿に、それまで窓際に立って黙って見ていたモヒートが動き出した。
「もういいわ、カーライル」
「で、ですがモヒート卿。魔剣の情報を聞き出さなくてはアクマリアの利益に繋がりません!」
椅子に座るカーライルの横にまで来たモヒートは、おもむろに上着の内側に手を入れた。
その動きを横目で見ていた赤毛の少女は、“もういい”という言葉と照らし合わせ、ある種の身の危険を感じ取り、僅かに体を震わせてモヒートの一挙手一投足を凝視していた。
森で賊に襲われた時に目撃した棍棒の一撃。頭部が粉砕され、地肉と脳髄をブチまけて押し倒れて来た男の姿――気を失う直前に見た光景が、赤毛の少女の網膜にリフレインする。
「うッ……」
だが、モヒートが上着から取り出したのは、相手を殺すための武器である棍棒などではなく――愛用のロングメタルコームだった。
真紅のモヒカンヘアーにメタルコームを通して整えながら、モヒートは赤毛の少女にとって最も重要な情報を口にした。
「バストラルは死んだ」
「えッ……?」
「バストラルはとっくの昔に死んだって言ってんだ。新しいアクマリアの支配者は男色のライデンだ。お前見てぇな小娘の体には何の興味ももたねぇよ」
それは紛れもない真実だった。建前上の新たなる支配者であるライデンは男好きであり、モヒートはくるもの拒まずではあるが根本的にノーマル。それに幼児体型は好みではなく、見下ろす赤毛の少女は十四〜十六歳程度の小娘だ。
労働力や鍛治師という貴重な技術力を持つ技術者は欲していても、性欲を満たすだけの年若い――いや、若すぎる少女になど興味はないのだ。
そんなモヒートの動きと言葉に、赤毛の少女は今更ながらに何かおかしいことが起こっていることに気づき始めていた。
「うそッ……強欲デブが死んだ?」
「嘘言ってどうするんだ――いいか小娘、手を出さずに聞くのはここまでだ。お前の返答次第では、俺たちが持っている魔族の素材をどう扱うかが変わる。売りに出すのか、自分たちで利用できるのかがな」
「あ、あんたたちが、魔族の素材を持っているっていうの? そ、そうか……強欲デブは魔族と相打ちになったってわけね……へっ、いい気味だわ」
赤毛の少女はモヒートの言葉に半信半疑だったが、魔族と絡めばどんな
魔族の素材を手に入れたということは、その代償は誰かが払っているはず――それがバストラルの命だと見当付けた赤毛の少女だったが、その考えはカーライルによって即座に否定された。
「いいえ――魔族を討ち取ったのはバストラル卿ではなく、アクマリアが擁する
「は――?! 魔族を
「もしも、
「すれば――?」
「有能な鍛治師を保護し、魔族の素材を継続的に提供できるとは思えませんか?」
「うっ――」
「それに加えてアクマリアは豊富な水源と
「た、確かに……」
「アクマリアの新領主、ライデン様は有益な情報をもたらした人物を無下に扱うことはしません。新たに建設中の居住区にはまだ余裕があります。今なら報酬としてそのうちの一軒を提示できます」
「い、家を――?」
「そうです。それに加えてアクマリアの食料自給率は他の街を凌駕しています。スガイモ畑は今季も豊作、今回の領主会議でも物財として様々な食料を持ち込んでいますし、アクマリアで働く住人たちへの配給量も他の街とは比べ物にならないでしょう」
「……(ゴクリ)」
カーライルは矢継ぎ早に好条件を提示していき、赤毛の少女の警戒心を解いていく。だが、カーライルの言っている話は特別な好条件を提示しているわけではない。
モヒートの指示により、アクマリアのために従事する“資産”には住む場所と食料の提供が行われている。
住居や食料分配量は従事する仕事の内容・成果・素行によって変わるが、労働者クラスでは大した違いはない。
それでも、食料分配量が他の街に比べて多いのは確かな話だった。前領主であるバストラルは、情欲と食欲に溺れた豚であった。その欲望を満たすため、防壁内には瑞々しい果樹園を作り、外には広大な田畑を拓いた。
バストラルの暴食がなくなり、収穫された食料を地位や労働の対価として均等に分けた時、アクマリアの食料事情は一気に改善した。
この改善の背景には、バストラルを倒したモヒートが食料を独り占めすることなく、アクマリアに無用の混乱が起こることを嫌ったことが大きい。
それに加え、体内に取り込んだ食糧を複製し取り出すことで、収穫量以上の食料を確保できたことがモヒートに安心感を与え、目先の食糧にとらわれることがなくなった。
それがモヒートに余裕として現れ、赤毛の少女の誘導をカーライルの好きにさせている。
そして、赤毛の少女は屈した。
「い、いいわ……鍛冶場の場所と、そこで打たれた武器の隠し場所を教える……だけど、魔剣を打った鍛治師は……し、死んだわ。馬車の御者をしていたお爺ちゃんが鍛治師だったの、わたしはその世話をしていただけ、鍛治に関しては何も知らないから! 聞いても無駄だからね!」
捲し立てる赤毛の少女の姿を見て、カーライルがモヒートに視線を向ける。
「いいだろう。とりあえず今はそれだけでいい、領主会議が終わったら鍛冶場に行き、道具から何から全て頂き、武器も回収する。もしも案内ができなかったり、情報が嘘なら……お前を殺す——いいな?」
「わ、わかったわ」
モヒートの言葉は冗談でも脅しでもなく。ただ冷酷に、淡々と今後の予定を話すかのように、死の宣告を言い放った。
赤毛の少女はモヒートの目を直視することができなかった。魔剣の話をしている時に見せていた好奇の眼光は消え去り、今は赤毛の少女に対して関心を失ったように見つめている。
それはどこか人を道具のように扱う力の亡者たちとも似て、どこか違う目の色だった。少なくとも、今は全く信用することが出来ない。
「それで……貴女の名前は?」
「……クルリナよ」
「よろしく、クルリナ」
それでも、同じ女性同士なら――赤毛の少女、クルリナはルイザの顔を見つめながら名を名乗り、観念したかのように座り心地の悪い椅子の背もたれに身を埋めた。
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