第21話




 防衛隊長のヘッケル、この男はライデン直属の元“掃除屋”だ。身を寄せている街や村を盗賊や武装グループから護り、時には襲撃し返して貯め込んだ物財を回収し、街や村に還元する。

 騎士ライダーではないが、戦術論を独学で学び、ライデンの右腕として活動を続けてきた。

 歳もライデンと近い壮年の戦術家、その能力を買われてライデンと共にバストラルの傘下に入ったが、バストラルに対する忠誠心といった感情は全くなかった。


 それはバストラルが倒され、表向きの権力者がライデンになり、裏でモヒートの目が光っていても変わりはしなかった。ヘッケルが忠誠を誓うのは、ライデンただ一人なのである。


 しかし、だからと言ってモヒートの指示を聞かないわけではない。現にモヒートの指示通りに防衛隊を動かし、次の行動の確認をとっている。


 モヒートは横に着いたヘッケルを見上げると――。


「見に行くに決まっているだろ。疫鬼グールとやらが本当に歩く死体ウォーキングデッドなのか興味があるからな」

「そうか――なら、くれぐれも咬まれるようなミスはしないように、生きたまま疫鬼グール化することは稀だが、それでも発症例が一番多いのは咬まれた時だ」

「おぅ、覚えておくぜ――ん?」


 武器庫の方へと走っていった先ほどの防衛隊員が戻って来るのが見えた。しかし、その手に握るのは疫鬼グールを殲滅する武器の類ではない。握られているのは長いリード、その先に繋がっているのは黒い中型犬だ。


「ヘッケル隊長、犬の準備できました」

「よし、サムソン、マーカス、バラカス、一緒に来い!」

「四人で対応するんですか?!」

「モヒート卿も一緒だ。残りの隊員は別の方角を警戒しろ!」


 ヘッケルの指示に従い、犬のリードを曳いている隊員とは別に、二人の男が走って来た。


「その犬は――何に使うんだ?」


 モヒートは黒い中型犬の頭を撫でながら、腹や足の肉付きを確認し――。


(――まだ食いごろじゃねぇな)


 モヒートの視線に何か恐怖を感じたのか、黒い中型犬は一歩、二歩と後退り、リードを握っている防衛隊員のサムソンの陰へ隠れてしまった。


「モヒート卿、一応言っておくが……食糧ではないぞ? 疫鬼グールは日が落ちた夜の間にしか動かない。夜の闇が魔族の眷属だからな、日が出ている間はただの死体になる。そして、こいつらは……とにかく臭い」


 この黒い中型犬はアクマリアで馬や牛と共に飼育され、日中の間に防壁の外側を索敵し、死臭を頼りに疫鬼グールの死体を探して適切に処理をする。

このような疫鬼グールの臭いを嗅ぎ分けられる犬は、各地で重宝されているのだ。


 出発の準備が出来たところで、ヘッケルと防衛隊員三人は馬に跨り防壁の北へと向かった。モヒートも四輪バイクのアリオンを出し、篝火が焚かれている狼煙台へと走らせる。


 馬とアリオンでは走行速度に大きな差がある。前後二輪の四輪駆動で荒野や砂漠地帯でもモノともせずに走破するアリオンは、先に出発したヘッケルたちを悠々と抜き去っていった。


「は、速い……」

「隊長、あれは一体……」

「モヒート卿の幻装騎兵エクティスだ……速いとは聞いていたが、こんなにも違うのか……」


 捜索犬を曳きながら走っているため、ヘッケルたちは全速力で走ることは出来ていない。モヒートが乗るアリオンは道があるわけでもない湖の北側までの野原を疾走し、ヘッケルたちとの距離を一気に引き離した。

ヘッケルたちはアリオンのテールランプを追いながら、馬の走る速さなんて些細な問題にすらならないことをすぐに思い知らされた。


「状況を教えろ」


 篝火が焚かれている狼煙台にアリオンを止め、降りてすぐに防壁の歩廊で外側を見ている巡回警備員たちに声を掛けた。


「あぁ、モヒートさん! 疫鬼グールが六体、壁際まで来てるんです!」


 モヒートは狼煙台の傍に造られた簡易階段を駆け上がると、巡回警備隊員たちに並んで防壁の反対側を覗いた。


「おいおい、マジでゾンビかよ」


 防壁の高さは三メートル程度。そこから見下ろす壁際に、六匹の動く腐乱死体が蠢いていた。


「くぅ~くせぇ!」


 蠢く疫鬼グールはどれも土色に変色し、体のあちこちが破損し欠損していた。


「モヒートさん、気をつけてくださいよ。疫鬼グールの中には自分の腕を引きちぎって投げつけてくる奴もいますから」

「本当か? そんなことしてまだ動けるのか?」

疫鬼グールを止めるのは……ほらあそこ、胸の所で瘤みたいになっているの見えますか?」


 横に立つ巡回警備員の一人が防壁の下で蠢く疫鬼グールの一体を指さし、モヒートもその先に視線を向ける。


「あぁ、確かに普通の瘤じゃねぇのがくっついてるな」


 どの疫鬼グールにも、体の一ヵ所に赤く脈打つ巨大な瘤がついていた。その大きさは拳どころではなく、人の頭ほどの大きさだ。


「あそこが因子エレメントに侵された部位で、疫鬼グールを動かしている核みたいなもんです」

「それはつまり、あそこが弱点っつ~ことか?」

「えぇ、あそこを破壊すれば疫鬼グールは止まります。逆に、そこ以外をどれだけ切り刻んでも、瘤がある限り腕だけ、頭だけでも動きますよ……」

「とんでもねぇ化け物だな……」


 モヒートは疫鬼グールの動きを観察しながら、幻装騎兵エクティスに続いて目の前に現れた未知の存在に声を失っていた。


 だが――。


「――こいつら、ひょっとして馬鹿か?」


 高さ三メートルほどしかない防壁に対し、疫鬼グールたちは壁を掻きむしるだけで登って来ようとはしていない。それどころか登り方さえ思いつかないようだった。


「馬鹿ですよ、幼児以下の知能すら持っていません。こいつらは人を襲い、田畑や水を汚染することしか考えていません。それ以外のことは、全くなにも考えちゃいないんですよ」


 巡回警備員の言う通り、見下ろす疫鬼グールたちは馬鹿としか言いようがない。しかし、愚直な突撃ほど怖いものはない。

アクマリアはバストラルが造った防壁に囲われているが、他の集落コロニーもここと同じように囲われているとは考えにくい。


モヒートはアクマリアの支配権を手に入れられたことを幸運に思う一方、旧アメリカとは全く違う難題に対処していかなければ、生きていけないことを実感し始めていた。


疫鬼グールの動きはどうなっている!」


 防壁の下を見ていると、背後から馬のいななきと共にヘッケルの声が響いた。


 巡回警備員はモヒートに報告したのと同じ内容をヘッケルに報告し、それを聞きながらヘッケルたちが歩廊に上がって来た。

 ヘッケルと防衛隊の三人の手には、防壁の下にまで届きそうな長柄の槍が握られているのがモヒートの目にとまった。


「ヘッケル、それで瘤を突けば疫鬼グール退治は終わりになるのか?」

「まずは防壁に取りついた疫鬼グールを処理する。その後は門から壁の外に出て、犬を使って足の遅い疫鬼グールを探すことになる。最終的には明るくなってから広く捜索をすることになるが、今から行うのは大きくこの二つだな」


 疫鬼グールは五体満足で動いている方が珍しい。移動速度も決して早くはないため、一集団だけを見て全てと判断すると大きなミスに繋がってしまう。

 犬による探索は疫鬼グール退治ではとても重要な工程であり、安全確保の要でもあった。


「よし、ならさっさと片付けちまうぞ」

「おぉ!」


 モヒートの号令にヘッケルと防衛隊員たちが気勢を上げ、防壁の歩廊から長柄の槍を突き下ろしていった。


 モヒートは体内からブラスターライフルを取り出し、モードをセミオートにして歩廊から構えた。


 それを横で見ていた巡回警備員は、モヒートが何をやっているのか理解できない反面、騎士ライダーとしてアクマリアに滞在していると聞くモヒートの幻装騎兵エクティスに非常に興味があった。


 モヒートは防壁で蠢く疫鬼グールたちが槍で突かれていくのを横目に見ながら、眼元にナイトビジョンデバイスを着けてもう少し遠くを見通していた。


疫鬼グールには足の遅い奴がいるんだよな? それは足がもげているってことか?」


 モヒートは横に立つ巡回警備員の方は向かずに、ブラスターライフルを構えたまま、のろまな疫鬼グールについて聞き始めた。


「そう……ですね。他にも図体がデカい奴や、極端に腹が出た奴なんかは移動速度が遅いです」

「そのデカい奴ってのは……人の倍くらい大きいのか?」

「デカい奴はそのぐらいありますね。普通の疫鬼グールには核が一つしかないんですけど、稀に複数の因子に侵されて核が暴走するんですよ――」

「そうすると、瘤が肥大化して体が倍以上の大きさになるわけか」

「――そうですけど……モヒートさん、疫鬼グールのこと知ってるじゃないですか」

「知ってるわけじゃねぇ、見えてんだよ! おい、ヘッケル! 雑木林の方からデカイのが来るぞ!」


 モヒートのナイトビジョンデバイスには、防壁の奥に広がる雑木林から一体の巨漢がゆっくりと近寄ってくるのが見えていた。


 モヒートの声に反応し、防壁の下で蠢く疫鬼グールの核を突いていたヘッケルたちの視線が雑木林の中へと向けられる。


「何も見えないぞ、モヒート卿」


 ナイトビジョンデバイスを着けているわけではないヘッケルたちには、闇色が濃い雑木林の向こう側が見通せるはずもなかった。しかし、モヒートにはそれが――そいつらがしっかりと見えていた。


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