第18話




 拠点防衛用多脚ドローン“キャスター”は防衛システムの要である前脚二本を盾にして胴体を沈めると、左右のビームガトリングガンだけをその上部に晒して防衛体制を敷いた。

 六本の銃身から構成されるビームガトリングガンが空転を始め、内蔵された永久機関『アルキメデス』がフル稼働状態へと移行し、キャスターの単眼カメラを赤色に染め――莫大なエネルギーを狂気へと変換していく。


『あッ――圧殺しろ!』

「今更おせぇんだよ!」


 キャンサーの姿と空転を始めたビームガトリングガンに言い知れぬ恐怖と危機感を覚えたバストラルは、モヒートを挟み込む死の壁ウォール・オブ・デスを動かし始めた――が、能力の起動を一度停止させていたため、再始動まで僅かに時間が掛かった。


 その油断と侮りから来るタイムラグが、全ての決着へと導く口火となった。


 二門のビームガトリングガンから撃ち放たれたエネルギー粒子の雨が、回転玉座メリーゴーランドを覆う岩石の鎧を撃ち砕いていく――。


『ぐぅ――!』


 バストラルは苦し紛れにスパイクを射出するが、それもビームガトリングガンによって削られ、脚部盾レッグシールドに到達する頃には攻撃力の殆どを失っていた。

 しかし、ビームガトリングガンの威力はそれほど高いわけではない。モヒートの盾として運用するために急造したため、低威力の部類となる兵装を選択せざるを得なかったからだ。


 現に岩石を削り、回転玉座に多大な衝撃を与えてはいるものの、その内部にまでは届いてない――だが、それで十分だった。

 この攻撃はあくまでも時間稼ぎ、モヒートの本命はブラスターライフルに搭載されている五つ目のモード――“チャージキャノン”にあったからだ。


 トリガーガードのモード変更スイッチを操作すると、銃口が四つに割れて倍ほどの大きさに拡張し、照準サイトにはエネルギーチャージ量を示すメーターが表示される。


 このチャージキャノンは別名『対戦車キャノン』とも呼ばれ、終末戦争の主役ともなった無人機動兵器と戦うための主力モードでもあった。しかし、超小型アルキメデスをフル稼働させ、そのエネルギーを十分な量までチャージするには少なくない時間が必要だった。

 戦争当時では分隊による援護下や奇襲攻撃に使われるのが一般的で、モヒートのように一対一の戦いの最中にチャージするような攻撃手段ではない。


 だが、幻装騎兵エクティスという、当時の無人機動兵器に引けを取らない装甲を撃ち抜くには、このチャージキャノンが必要だとモヒートは判断したのだ。


 そして、フルチャージを知らせるサインが照準サイトに点灯する――。


 もはやモヒートがバストラルに掛ける言葉はなかった。ここまでの煽りも挑発も、すべては戦闘を自分に有利となるように誘導するためのもの。モヒートは戦いを楽しんでいるわけでも、殺しに愉悦を感じるわけでもない。

 自分が生き残るために、明日を生き抜くために、それが最善の行動だと――いや、それが最悪な行動だろうとも、決めたら即座に実行する。


 それがモヒートの信条だ。


 キャンサーの上部にチャージキャノンの砲身を乗せ、トリガーを引く。それはビームガトリングガンの銃撃がやむのとほぼ同時だった。何十、何百、何千回という衝撃を喰らい、バストラルの回転玉座メリーゴーランドは動きを止めていた。


 その時、バストラルは傲岸不遜を形にしたような玉座の上で何を見ただろうか?


 迫りくる眩いばかりの光の中に、自分の死を直感しただろうか? それとも矢継ぎ早に現れた未知の物体に不安を覚え、現実を見ることなく意識を永遠に閉ざすことになったのだろうか?


 その答えを知る者は誰もいなかった――しかし、光に包まれた回転玉座メリーゴーランドが爆音と共に融解し、真っ赤に爛れた岩石の大穴から僅かに足首だけを残したバストラルの姿を見つけた時――ルイザやライデン、そして警備隊員たちは、アクマリアの支配者が変わったことを確信した。











 アクマリアの支配者が騎士ライダーバストラルからモヒートへと変わって一ヵ月、街の雰囲気は以前と全く違うものへと変わっていた。


「ライデン様、居住区の新管理計画表の確認はお済ですか?」

「まだよ――」

「それでは、食糧配分に関する新規定への裁可は?」

「そ、それもまだよ――」

「……では、アクマリア湖の防壁点検計画の見積もり――」

「もーッ! それもまだ終わっていないわーン!」


 バストラル亡き後、アクマリアの責任者となったのはモヒートではなく、ライデンだった。

 バストラルが支配していた頃は、アクマリアの財政的管理は実務担当官が行っていたのだが、支配者が変わってからは全てを担当官任せにすることをライデンもモヒートも許しはしなかった。


 モヒートはライデンにアクマリアの管理を任せ――いや、正確には押し付けたのだが――最初にライデンの行わせたのは、バストラルと深い関りを持っていた者たちを追放することだった。

 ジルーバが率いていた親衛隊の解体、アクマリアの財産である食糧の横流しをしていた者、バストラルの支配が終わることを良しとしなかった者など、今後の集落コロニー運営に必要のない者は問答無用で放り出した。


 中には生き場を失い、アクマリアで生きることを懇願した者も多かったが、新体制での地位が最下層にまで落ちたのは言うまでもない。

 そして、ライデン体制で新しく運営が始まったアクマリアでは、それまで行われていた資源の無駄使いを見直し、砦内外の資源を有効活用するように徹底させた。


 具体的には――砦周辺のスラムを居住区として再整備し、老人に仕事と報酬(食糧)を与え、北側の田畑で行われていた農作業は少年を使った強制労働を見直し、大人の男や老人の中から農業経験や知識を持つ者、戦闘員として適性がない者を集め、農作業員として新しく編成した。


「アタシに仕事を押し付けて、モヒートとルイザはどこに行ったのよ~ン!?」


 砦内に作られた執務室で、この日何度目かの絶叫が轟いた。


「モヒート様とルイザ様は、朝から防壁の視察に出ています」

「視察だなんて嘘よ、嘘ッ! どうせまた料理長に弁当作らせてピクニック気分で遊んでいるんでしょッ!」


 実務担当官がライデンの絶叫を無視するように新しい書類を執務机に積み上げ、申請書や見積書に許可印が押されているもの、特別申請された書類にサインがされているものを回収していく。


「それではライデン様、午後にまた来ますので、それまでにこちらの書類全てに目を通しておいてください」


 実務担当官がライデンに一礼して執務室を出て行く――その後ろ姿をライデンは恨めしそうに見つめ、溜息をつきながら執務机に積まれた書類の山に手を伸ばしていった。







「いぃ~天気だぁ~」

「そうですね」


 アクマリアを支える水源、アクマリア湖を覆う防壁を視察に来ていたモヒートは、湖の畔でルイザの膝の上に頭を乗せ、真っ青な大空を見上げていた。


「それで、アクマリアの様子はどうだ?」

「モヒート様が指示された改革案を実行したことで、大半の者たちがライデン卿を新しいおさとして受け入れています」

「それ以外の奴らは?」

「その多くが元親衛隊や警備隊長などの要職に就いていた者ですが、新しい配属場所で燻りながら、モヒート様に害をなす計画を立てているようです」

「いいねぇ~」

「いい……ですか?」


 モヒートの面白がる声をルイザは不思議に思ったが、モヒートが指示したアクマリアの改革案は理にかなっていた。前々からスラムの老人たちと、重労働を課せられていた少年たちの待遇改善をバストラルに求めていたが、その度に嘘か本当か判らない理由を積み上げられて拒否されていた。

 だが、モヒートはバストラルからアクマリアの支配権を奪取すると、その権利をいとも容易くライデンに譲り渡した。そして同時に指示したのが、モヒートが資源と言ってはばからない老人や少年たちの待遇改善だった。


 モヒートが言うには――見るに堪えない資源の無駄使いが許せねぇ――ただそれだけの理由で指示したらしい。そして、その後の支配や統治には全く関心を示していない。

 そのモヒートが一ヵ月ぶりに関心を示したのが、自身に向けられる暗殺計画の話を聞いた瞬間だった。


「よっと――」


 モヒートはルイザの膝の上から頭を持ち上げると、湖の向こうに見える防壁を見つめながら話を変えた。


「で? あの防壁が接近を防いでいる病人っつうのは、そんなに厄介なのか?」

「は、はい……魔族がこの大陸に振り撒いた因子エレメントは人を狂わせ、凶暴化させます。そして何よりも脅威なのは、人を狂わせるのに生死を問わないという点です」

「生死を――問わない?」


 防壁を見ていたモヒートがルイザへと振り返ると、その表情は冗談を言っているようには見えない。


「生きている状態で因子エレメントに感染することは稀ですが、遺体を放置すれば感染する可能性がとても高くなります」

「まさか、死体が因子エレメントとやらに感染すると……動き出すのか?」

「……はい。疫鬼グールと呼ばれる闇に蠢く魔族の下僕となり、人や動物を襲い――その肉を食べるようになります」

「うへぇ、まるでゾンビだな」

「“ぞんび”? それが何かは存じませんが、疫鬼グールによって命を失った者は、その魂を魔族に奪われて疫鬼グール化します。たった一人の疫鬼グールによって、一夜のうちに村一つが疫鬼グール化した話は珍しくありません……」


 人を疫鬼グール化させる因子エレメントは目に見えるものではなく。フェイム大陸全土に撒かれた特殊なマナの粒子だ。疫鬼グール化した者は人を喰らう事だけを目的に闇の中を徘徊し、その身体能力はマナの暴走によって人を超える。

 ある意味で幻装騎兵エクティスと同種であり、対照的な存在である疫鬼グールは、魔族の殆どが去ったフェイム大陸に未だ残る厄災として恐れられていた。



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