第20話 狩人の戦い
ひゅっ。
どす、と目の前を何かが貫いていき、アノンはその場に静止した。
地面に突き立っているものはない。しかし足下の地面が深く抉られている。
何かが飛来した方向を見やると。
「此処で会ったが100年目なのサ」
にやにやしているブリスタと、槍を片手に携えもう一方の手をこちらに翳しているアーゼンと目が合った。
「……今日はもう来ないと言っていたと聞いたが」
「前言撤回なのサ。狩れる時に狩る、これが狩猟の鉄則なのサ」
アノンの言葉に悪びれた風もなく言って、ブリスタはさあと声を張り上げた。
「今日こそその武器、頂くのサ。アーゼン、やるのサ!」
アーゼンが身構える。
アノンは傍らで目を丸くしているミラノたちに離れていろと警告して、翼を大きく広げた。
ざっ!
アノンの両脇を、不可視の刃が掠めて通り過ぎていく。
それをものともせず、アノンはアーゼンとの距離を一気に詰めた。
がぎぃっ!
剣の刃と槍の穂先が交わり、噛み合う。
拮抗した力で切り結びながら、アーゼンはアノンのゴーグル越しの瞳を見つめて言った。
「武器を私に渡せ。悪いようにはしない」
「これがないと仕事にならないのでね。お断りだ」
アノンは口元に僅かな笑みを浮かべて、手の力をわざと弱めた。
拮抗が崩れた剣の刃が槍の穂先を滑るように撫でていく。そのまま噛み合いから脱すると、アーゼンの喉元めがけて斬りつけた。
一撃が入ったかに思われたが、それをアーゼンは咄嗟に身を引いてかわした。
空しく虚空を斬った剣を持つ手に捻りを加え、振り抜いた体勢からそのまま更に斜めに斬り下ろすアノン。
剣先が薄くアーゼンの身体を捉える。うっすらと赤い線を胸元に刻まれたアーゼンは、ちっと舌打ちをしてその場から飛び退いた。
「何故、武器を持つことに拘る?」
再度槍を構え直しながら、彼女はアノンに問いかける。
「私が此処の人間も護ってやる。それでも武器は渡さないか?」
「それは俺の役目だ。あんたの出る幕じゃない」
翼をばさりとはためかせ、アノンは剣を持つ左手をすっと真横に持ち上げた。
「俺でなければ駄目だ」
「…………」
ふう、と溜め息にも似た吐息を漏らし、アーゼンは槍を構える手の力を緩めた。
構えを解いて、何処か悲しそうにアノンを見据える。
「……そう言えるのが私であったなら、どれほど良かっただろう」
「アーゼン、手を緩めるんじゃないのサ」
「気分じゃなくなった」
ブリスタの一言にぽつりと呟いて、彼女は槍で地面をざくりと突いた。
彼女の全身が変化し、巨大な鳥となる。
ちぇ、と残念そうに唇を尖らせて、ブリスタはアーゼンの背中に飛び乗った。
アーゼンが甲高い声で鳴く。大きな翼が虚空を叩き、その巨体が宙に持ち上がる。
「今日はこの辺で勘弁してあげるのサ。次回こそその武器、絶対に頂くのサ」
型通りのような台詞を言い残し、2人は南の空を目指して飛び去っていった。
ふう、と肩の力を抜いて、剣の構えを解くアノン。
傍らのミラノたちに、もう心配はないと告げる。
「何で争うの? 同じ人間同士なのに」
「さてね」
ロネの疑問に肩を竦めて、アノンは天幕に向けて移動を再開した。
「人間は欲深い生き物だからな。それなりの理由があるんだろうさ。俺には分からんがな」
遠くの空を見上げる。
小さな鳥の群れが、鳴きながら頭上を横切っていった。それを目にしながら、皆が待つキャンプに戻ろうと言うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます