第18話 建築の下準備

 木の枝が風もないのにがさがさと揺れている。

 細かい枝や葉を落としながら木の上から姿を現したシャロンは、手にした果実を麻の袋に入れて地面へと降り立った。

「……こんなものか」

 ずっしりと重くなった袋の口を閉じ、肩に担いで、彼は天幕がある方へと向かう。

「今、戻った」

 入口のカーテンを寛げて、彼は中にいるアノンに言った。

 アノンは木材をナイフで削り、スプーンを作っていた。その手を止めて、彼はシャロンを迎えた。

「早かったな」

「採りすぎても痛むだけだからな。何事も程々にが良い」

 シャロンは袋を開けた。

 掌サイズの熟れた果実がごろごろと中から姿を現す。そのうちのひとつを手に取って、彼は匂いを嗅いだ。

「食糧を保管する場所も考えねばな」

「最初に建てる家は倉庫の方がいいか?」

 アノンは作りかけのスプーンを膝の上に置き、傍らの生活用品の山から丸まった紙切れを引っ張り出した。

 それを、シャロンにも見えるように広げる。

 出てきたのは、家の設計図だった。

「倉庫も住居も作りは変わらないからな。畑で収穫できる作物のことも考えたら、倉庫を優先した方がいいのかもしれないな」

「アノン、いるー?」

 天幕のカーテンが持ち上がり、外からネフェロが覗き込んできた。

「家建てる場所が決まったから、来てほしいってフィレールが」

「分かった。今行く」

 設計図を置いて傍らの剣を手に取るアノンに、ああいいよと首を振ってネフェロは天幕の中に入ってきた。

「オレが背負ってくよ。いちいち剣を出すの大変でしょ?」

「……すまない」

「これくらい何てことはないよォ」

 目の前まで来て背を向けしゃがむネフェロに、アノンは頭を下げた。

 とはいえ、剣を持ち出すのは忘れない。

 アノンをしっかりと背負い、ネフェロは立ち上がる。

「来たな」

 外でアノンを待っていたフィレールは、彼を丸太が詰まれた場所まで連れて行った。

「スペースが確保できたから此処に建てるつもりだ」

 彼が指し示したのは、木を伐採した後にできた広場だった。

 切り株が幾つも並んでいるが、ちょっとした大きさの家が入るほどの空間がある。日当たりもそれなりに良く、天幕を含めた生活スペースからも近い、絶好の場所だ。

 アノンは頷いて、ネフェロに自分を下ろすように言った。

「分かった。それなら早速始めるか」

 周囲の男たちに自分の傍から離れるように注意した後、手にした剣をくっと強く握る。

 アノンの背に黒い翼が現れて──

 幾分もせずに、彼は巨大な竜へと姿を変えた。

 アノンは切り株が並ぶ場所に頭を向けて、大きく息を吸い込んだ。

 ぴたりと動きを止める、その一瞬後。

 強烈な勢いの炎がアノンの口から吹き出して、切り株を一気に包み込んだ。

「うわ、豪快だねェ」

 ネフェロが何やら感心した声を上げている。

 切り株が残らず炎に包まれたことを見届けて、アノンは元の人間の姿に戻った。

「火が消えたら土台造りを始めよう。その時になったらまた呼んでくれ」

「おう」

 頷くフィレール。

 アノンは畑の様子を見てくると言い残し、翼を生やしてその場から去っていった。

 残されたネフェロとフィレールは、もう少し材木を確保しようという話の流れになり、各々の道具を手に木との格闘を再開したのだった。

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