第15話 ブリスタが狙うもの

「へぇ……」

 ブリスタはすっと両目を細めて、クレテラを見た。

「容赦しない? 兄様が? まさか直々に斧でも持って追い払いに来るつもりなのサ?」

「お望みならその通りにしてあげるんだな」

 クレテラは今し方下ろした袋の口を開けて、中からハンマーを取り出した。

 随分と年季の入った道具だ。それを右手に持って、彼はブリスタと対峙する。

 その姿を滑稽に思ったらしい、ブリスタがけたけたと大口を開けて笑った。

「兄様が凄んだところで怖くはないのサ。本気でやれるなんてこれっぽっちも思ってないんだからサ」

「ブリスタ。悪ふざけはほどほどに……」

 女がブリスタを嗜める。

 そんな彼女の方についと視線を送り、ブリスタは言った。

「アーゼン。君は余計なことは言わなくていいのサ。狩人らしく獲物を狩ってればそれでいいのサ」

「…………」

 名指しで反論されて口を噤むアーゼン。

 思うところは彼女なりに色々とあるようだが、ブリスタの機嫌を損ねてまで提言しようとは思っていないようだ。

 ふうん、と鼻を鳴らすネフェロ。

「君、強そうなのに道化師君の言いなりなんだねェ。道化師君ってそんなに怖いの?」

 にこりと笑って、アーゼンの方へと歩み寄る。

 親しげに彼女の肩にぽんと手を置くと、彼女の顔を覗き込み、言った。

「たまには自分の主張を通さなきゃ。人生損だよ、ねェ?」

「……狩人でないお前に私の何が分かる」

 アーゼンはネフェロの手をぱしんと払うと、彼を険しい目で見つめた。

「お前が狩人だったら、問答無用で狩っているところだ」

 槍を突き出して、ぴっと穂先をネフェロの鼻先に向ける。

 ネフェロは動じない。笑みを浮かべた顔のまま、アーゼンのことを見つめている。

 膠着状態が続くこと、しばし。

 先に動いたのはアーゼンの方だった。

 槍を引っ込めると、彼女はくるりと踵を返した。

「……帰るぞ、ブリスタ。アノンがいないのなら此処にいる意味もない」

 クレテラたちから大分離れたところまで後退し、槍を強く握り締める。

 すると、彼女の全身が不自然に膨張し、一瞬のうちに彼女は巨大な鳥へと変貌を遂げた。

「……ま、仕方ないのサ」

 ブリスタは肩を竦め、アーゼンが扮する巨大鳥の背に飛び乗った。

 ブリスタを乗せたアーゼンは翼を大きく広げ、飛び上がる。

「今日のところは帰るのサ。狩人君が帰ってきたら、ワタシたちがきたことを伝えておいてほしいのサ」

 真紅の眼で眼下の3人を一瞥し、アーゼンは遠くの空に飛び去っていった。

 構えていたハンマーを下ろし、クレテラは溜め息をついた。

「全く……呆れたんだな。ブリスタには」

「何なの? あれ」

 2人が去っていった方向を眺めながら尋ねるネフェロ。

「ブリスタ……此処から南にあるモノイの跡地を開拓している開拓者なんだな」

「その開拓者が何で喧嘩売ってくるんだよ。『武器』ってのは何だ?」

 フィレールは足下に置いていた斧を拾い、言った。

 クレテラは置いていた袋を持ち上げて、その中にハンマーを戻した。

「『武器』はアノンが持っている対血眼者用の武器のことを指しているんだな。ブリスタは、アノンから武器を奪うために自分の狩人をけしかけてくる困った奴なんだな」

 その狩人がアーゼンなのだろう。

 しかも彼の口ぶりから察するに、今回のような出来事は以前からちょくちょくあったようである。

「『武器』は渡せないんだな……計画を成功させるためには、絶対に必要なんだな」

 真面目な面持ちでクレテラは呟く。

 そうだねぇ、と相槌を打って、そういえばとネフェロは言った。

「アノンが戻ってきたら、言うの? 今回のこと」

「一応伝えてはおくんだな」

「何か面倒だねェ。血眼者の他に、人間とも争わなくちゃいけないなんてさァ」

 ネフェロの言葉に、クレテラは再度大きな溜め息をついた。

「前途多難なんだな……でも、へこたれるわけにはいかないんだな」

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